2015年12月31日

思い出の異色の西部劇「大砂塵」

最後は女性同士の決闘

映画『大砂塵』を最初に観たのはいつだったろうか。

原題はジョニー・ギター(Johnny Guitar)だったが、普通の西部劇とは一風変わった雰囲気の西部劇であった。

題名のジョニー・ギターとは、放浪する主人公(スターリング・ヘイドン)の名前だが、彼はギターを抱えているそう呼ばれる。

彼と関わる二人の女性がこの映画の実質的な主人公であるが、いくつかの事件事象が重なって女性同士の熾烈な決闘シーンとへ繋がっていく。

当時こうした映画で、女性が銃を手にして争うシーンは始めて観たという感じであった。

個性的な女優が出演していたし、ペギー・リーが歌った主題歌『ジャニー・ギター』も世界的なヒットとなっている。

だから映画より先に「ジャニー・ギター 」という曲名の方が先に耳に入ってきた。

その後も1950年代の映画音楽が、いろいろとアレンジされて演奏されていたからである。

リバイバルで子供の時見たこの映画は、確かに西部が舞台の映画ではあったが、男女の愛憎が絡むストーリー展開は子ども心にはよく理解できず、なんとなく未消化な部分が残ってしまった映画という感じであった。



まだ鉄道も通っていない鉱山の町に流れ者のジョニー・ギターが現われ、昔の恋人だった酒場の主人ヴィエンナ(ジョーン・クロフォード)の元に身を寄せることになる。

ヴィエンナはこの町に鉄道を通そうとする野心を持っていたが、大地主や町の住民はそれに反対していた。

しかも彼女と無法者のダンシング・キッド一味との関係もあって町の人々から彼女は嫌われていた。

ダンシング・キッドに恋心を寄せていた大地主エマ(マーセデス・マッケンブリッジ)は町長たちをたきつけてヴィエンナを町から追放しようと画策し、両者の争いは一触即発の状態にあった。

ダンシング・キッド一味が銀行を襲撃したとき偶然その場に居合わせたヴィエンナとジョニー・ギターは、町の住民に彼らの仲間と疑われてしまい暴徒と化した人々にヴィエンナの酒場は破壊されてしまう。

そして、彼らには宿命的な悲しい結末が最後に訪れることになる。




Johnny Guitar √ Peggy Lee √ Lyrics

 







The Spotnicks - Johnny Guitar











ジャニー・ギター (ロス・インディオス・タバハラス)

 











denden 











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posted by モモちゃん at 15:53| 備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

従順で頼りになるロボット犬が戦場に現れる

ロボットがすべて代行してくれる未来

ロボット技術が年々凄い勢いで進歩している。

四足ロボットや二足歩行ロボットも確実にその成果を上げている。

それはより自然な動きであり、人間や動物に似たスムーズな動きに近づきつつある。

しなやかに力強く動き続けて疲れず、休まず従順にプログラム通り働くロボットこそ未来の本物の技術である。

これにAI(人工知能)が載ったら怠惰な人間はいらなくなるのかも知れない。

何をやらせても人間以上の働きをこなすのであれば、いろいろな条件を出す人間のプロなどはいらなくなる。

いや、すべての人間に代わって仕事を代行してくれるわけだから、最終的には人間を怠惰な生き物にしてしまうことになるのかもしれない。

人間に代わって勝手に生産活動をコントロールしてくれて、老人の介護だけでなく最終には遺言どおりに墓も丁寧に掘ってくれるだろうし、面倒な政治や戦争も代行しててきぱき処理してくれるようになるだろう。

そしていつの日か両者の立場が逆転してしまっていて、人間がロボットのペットのような存在になってしまうのかもしれない。

いやはや、それだと未来そのものが悪夢になってしまいそうだ。




Introducing Spot

 








HappyHolidays

 






MIT cheetah robot lands the running jump

 






Boston Dynamics All Prototypes

 









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ラベル:ハイテク兵器
posted by モモちゃん at 11:29| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月26日

タブレットのバッテリーは消耗品って知ってた!?

手元でバッテリー交換出来ますか?

最近はノートパソコンもタブレットも薄型が流行っている。

持ち運びに利便性があるということだろうけど、そのためにデザインとかの面で削ぎ落とされた部分は当然あるはずである。

その一つがバッテリー内臓の仕様である。

多くのタブレットPCは消耗品であるバッテリー交換をユーザーの手では出来ない仕様になっている。

これはいただけない。

バッテリー交換が簡単に出来ないということは、バッテリーが消耗して機能しなくなったら本体を新しく買い換えなくてはならないであろう。

いちいち修理に出すとしても工賃負担は避けられない。

バッテリーが4,5年十分にもつのであればユーザーも納得するであろうが、わずか1,2年で消耗ということになればどうであろうか?

リチウムポリマーバッテリーの充電出来る回数はそれほど多くはない。

バッテリーの使い方として最善の方法は、80%まで充電して40%まで使うのが理想だとされる。

通常100%まで充電しているバッテリーの充電可能回数は300〜500回しかないのに対し、70%までの充電のバッテリーがっ継続して維持されると1,200〜2,000回も充電できる状態になるといわれる。


そうした使い方であればバッテリーの耐用寿命は格段に長くなり、場合によっては4倍にも長くなるという。

であるとしてもユーザーから見れば、バッテリーの管理をそこまで徹底するのは面倒でしかない。

だから消耗品と分かっているバッテリーが密閉されているタブレットは購入したくない。

ipadも同様である。

当方が最初に購入したタブレットPCと呼ばれるものは富士通のFMV-T4010Dであった。

その仕様は次のようなものであった。

■型番 FMV-T4010D
■CPU PentiumM 1.6GHz
■メモリ 512MB
■HDD 60GB
■ドライブ CD-ROM (CD読込み用)
■LAN 有線 Gigabit Ethernet
■液晶 12.1TFT液晶 / タッチパネル
■OS Windows XP Tablet PC Edition
■サイズ/重量
29.3(W)×24.4(D)×3.5〜3.7(H)mm  約1.95kg

さすがに重量は軽いとはいえないし、形状もスリムとはいえない。

ただペンによるタッチパネルが使えて、液晶画面が回転して折りたためるという利便性があるのが特徴であった。

タブレットPCとしてはいささか中途半端な感じであった。



今後新たにタブレットPCを購入するのであれば、バッテリーがはっきりと消耗品として認識された製品に限られる。

たとえば下記のような機種が最適だと考えている。

デルが国内向けに発売しているWindows 8.1タブレットの Venue 11 proは10.8インチ1920 x 1080フルHD、プロセッサは Atom から " Haswell " Core i3 / i5 まで、重量 772g (Atom搭載時)。

このデルのタブレットPCシリーズは、以前からバッテリーの交換が可能ということで注目していた製品である。


◆基本スペック◆
メーカー/製品名:Dell VENUE 11 pro 7130 Core i5 4300Y
CPU:Corei5 4300Y 1.6GHz(2コア4スレッドTB時2.3GHz)
メモリ:DDR3 4GB
HDD:SSD 128GB
Webcam:2.0MPフロント / 8MPバック
搭載ドライブ:無し
ディスプレイ:10.8型液晶 Full HD(1920x1080)
無線LAN:Intel Dual Band Wireless-AC 7260 802.11 ac/a/b/g/n + Bluetooth4.0
コアラベル:Windows 8.1 Pro











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posted by モモちゃん at 10:03| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

「はがきデザインキット」は無料なのに何故凄い

無料でも超優れもの

郵便局の郵便年賀サービスに「はがきデザインキット」という無料アプリがあるが、これは使いこなすととても便利である。

年賀郵便だけでなく、一年中、季節ごとの各種はがき印刷にはすべて対応できるので使い勝手がいい。

ここ何年かはこのアプリを専ら使っているのだが、毎年バージョンアップしてきてより高機能になってきている。

まず起動するとこんな感じ。




capture-20151223-092557



















使用方法の動画案内もすぐに呼び出せる。





capture-20151223-092944



















入力作業はパネルをクリックして選択するだけ。

フリーハンドでの簡単な作画もできる。

編集画面に貼り付ける素材やキャラクターが用意されているし、自前の画像も自由に呼び出して使える。


一度貼り付けた文字列や画像は自在に縮小、拡大が出来るので編集画面上でそれらの配置が柔軟に調整して作業が進められる。





capture-20151223-093156



















取り込んだフレームや素材だけでも簡単に年賀はがきのカラー印刷ができる。

これが無料とは、ちょっと驚きである。

郵便年賀JP http://yubin-nenga.jp/design_kit/






























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ラベル:年賀状
posted by モモちゃん at 10:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

生まれた時から始まる宇宙旅行のご案内

無限の宇宙を旅し続ける太陽?

太陽系では太陽の周りを地球などの惑星がほぼ一定の周期で公転しています。

同様に太陽系も銀河系宇宙の中を公転しています。

だから太陽もその惑星も常に宇宙空間の定位置に留まってはいないことになります。

これはとてもスケールの大きな宇宙空間の話です。

太陽と同様に太陽系全体も同じ位置に留まることなく、さらに広大な銀河系宇宙の中で公転し移動し続けていることになります。

銀河系の大きさは、直径が10万光年、その厚さが最大で1万5千光年ほどあると半世紀前小学生のとき本で読みました。

この情報が今でも正しいものなのかどうかは知りませんが、とにかくこのような巨大な空間が存在していることだけは確かです。

銀河系の中心部分には銀河系宇宙の重心があって、核恒星系と呼ばれる恒星、もしくは巨大なブラックホールがあるといわれています。

この重心部分には巨大な質量があって、その重力で周りの恒星を引き寄せ、さらには太陽も公転軌道を描いて回転移動していることになります。

重力と引力の関係は、いまだに物理学の世界では解明されていない部分が多いとされています。

いわゆる未知の領域というわけです。

銀河系の太陽の公転周期は2億年〜2億5000万年ということですので、この間地球も間接的に太陽の引力の働きのもとで、留まることなくその周りにまとわり付きながら宇宙空間を移動し続けていることになります。

太陽系の惑星が公転しながら、太陽と共に銀河系宇宙を移動しているダイナミックな動画を紹介します。

しっかりしたイメージが湧いてくると思います。



The helical model - our solar system is a vortex

 













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ラベル:宇宙旅行案内
posted by モモちゃん at 10:17| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

今後も巡航ミサイルが注目され続ける理由

ヒットラーの遺産、巡航ミサイルのいま


科学には確かに真理追究のロマンがある。 

今朝スウェーデンのストックホルムでのノーベル賞の授賞式の映像が映し出されていた。

まさしく科学の平和利用ということである。

20世紀初頭ドイツの科学者の中には宇宙に向けてロケットを打ち上げる夢をもって地道な研究を続けていた学者グループがあった。

これに目を付けたナチス・ ドイツは、新兵器に転用できる科学技術として彼らのロケット研究を高く評価した。

そしてそこから瞬く間に無人爆撃機、さらにはV2号ロケットへと改良していった。

ヒットラーの期待に応えて、完成したV2号ロケットは次々と英国のロンドン市内に打ち込まれ市民を震え上がらせた。

V2号ロケット攻撃で数千人の犠牲者が出たのだ。

このロケットには画期的な姿勢制御装置(ジャイロ)がすでに搭載されていた。

ドイツ敗戦時、連合国側のアメリカとソ連の軍隊はこのV2号ロケット施設を競って接収した。

戦勝国側はナチスドイツ軍の脅威的な新兵器技術をすべて接収したのである。

ここでは工場設備はもとより、開発や製造に従事した科学者や技術者6千人を拘束しそれぞれの国に移送したとされる。

大戦後判明したことであるが、当時のドイツの科学技術水準は他国を大きく引き離していたわけで、皮肉にもその後の米ソの宇宙競争を支えたものは、まさにヒットラーの遺産ともいうべきこれらの軍事先端科学技術であった。

ヒットラーの遺産はいまや強大な軍事システムとして存続し続けている。


アジア太平洋地域で戦争があるとすれば、開戦と同時に最先端兵器の巡航ミサイルが最初に飛び交うことになる。

GPSによってコントロールされる巡航ミサイルは、50メートルほどの低空で飛行し適格に標的をピンポイント攻撃することが可能である。

コンピューター画面の地形図に標的の座標ポイントをクリックするだけで事足りるわけである。

すでに中国も「北斗 (衛星測位システム)」を3年前に実用化し、巡航ミサイルシステムもアジア太平洋地域に配備している。(2012)




衝撃映像「潜水艦がシリア沖から初めての巡航ミサイル攻撃」 Russian Caspian Sea fleet launches cruise missiles against ISIS sites in Syria

  







シリア空爆、米艦船から発射される巡航ミサイル US, Arab allies launch air strikes on IS jihadists in Syria

 








中国の長距離巡航ミサイルの第一波攻撃で日本は壊滅する

 













denden















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    ラベル:シリア空爆
    posted by モモちゃん at 09:32| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

    2015年12月10日

    破天荒な作家野坂昭如氏が残してくれたもの

    野坂昭如氏と大島渚氏との殴り合いがよかった

    一世を風靡した直木賞作家野坂昭如氏が亡くなった。

    テレビやマスコミを賑わせたその破天荒な言動は、どこかユーモアがあって面白い人だと以前から思っていた。

    世間にも名の知れた文化人なのに暴力沙汰も度々登場したりして、意外とパワフルな作家なんだということで型破りなイメージがとても強かった。

    昭和という激動の時代を力いっぱい生きて、さらに脳梗塞のリハビリで回復した後も執筆に励んでいたと聞いてあらためて凄い人なんだと感心してしまった。

    1990年に東京プリンスホテルで開かれた大島監督と小山明子夫妻の結婚30周年を祝うパーティーで、予定より何時間も待たされ酔って怒った野坂昭如氏が壇上で祝辞を述べた後に大島監督に右フックを食らわせた。

    動画として残されている野坂昭如氏と大島渚氏との一瞬の殴り合いは、本物の文化人らしい交流が垣間見られたようで実にいい。

    「殴ったことを誇っているわけじゃない。ほんとうにわるかった。しかし殴る相手がいたことをうれしく思う」と、事件後に週刊誌に野坂昭如氏の詫びとも思える文章が掲載されていた。





    野坂昭如&大島渚流「緊張と緩和」

     






    94.4.241/2

     






    野坂昭如の自己弁護小説 『火垂るの墓』 「昭如」と「清太」の違い Grave of the fireflies - Akiyuki Nosaka .









    火垂るの墓 「映画批評家 ロジャー・イーバート インタビュー映像」 (1999年)

     













    denden















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      ラベル:火垂るの墓
      posted by モモちゃん at 16:06| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

      2015年12月09日

      技術大国を謳歌した時代、凋落した時代

      「永遠のゼロ」と日本人が知らない「アクタン・ゼロ(英: Akutan Zero)」とは?


      シャープ液晶売却 サムスンも
      2015年12月9日(水)
      <シャープ>液晶事業売却先、サムスン浮上
      経営再建中のシャープの液晶事業の売却先として、韓国・サムスン電子が新たに浮上していることが8日分かった。


      歴史教科書では教えられない「あくたん・ぜろ」とは、一体何のことか?

      1942年7月11日、先の第二次世界大戦中、アラスカ準州アリューシャン列島のアクタン島に不時着した三菱零式艦上戦闘機二一型(製造番号4593)をほとんど無傷のままアメリカ軍は回収することに成功した。

      これが大戦中アメリカ軍が鹵獲した初めてのゼロ戦となったのである。

      それまで太平洋上で優位に立っていた日本軍のゼロ戦について、米軍は必死に情報を探索し続けていただけにゼロ戦本体はまさに最高の収穫物であった。

      勢力圏外の領域で最高の軍事機密を秘めたゼロ戦を不時着させたのであれば、それを確認した友軍機パイロットは当然焼却してしまうのが帝国軍人としての適切な対処法であったであろう。

      このときの不時着したゼロ戦の存在を日本軍側は何と考えていたのか。
      何故ゼロ戦の機密を秘守しなかたのか?


      ゼロ戦は回収された後、機体は解体修理されアメリカ軍テストパイロットによって飛行実験が繰り返された。

      それによってゼロ戦の優れた飛行性能と弱点とが徹底的に分析された。

      アメリカ軍は当時強敵であった大日本帝国海軍の主力戦闘機であったゼロ戦の機密のすべてを掌握し、対抗するための戦術を徹底して研究することができたのである。

      戦後史でもこのアクタン・ゼロについて、「アメリカにとってもっとも価値あるといってよい鹵獲物であり、おそらく太平洋戦争における最高の鹵獲物の一つ」と言われている。

      ゼロ戦の機密がアメリカ軍に渡った結果、すべての戦局が日本には不利となった。

      その後、このゼロ戦1機によって多大な戦略的被害を日本はこうむったわけである。

      manga1















      これに似たいまだに状況が続いている。

      日本のハイテク技術が海外に多くの失業技術者を介して漏れ出ている事実である。

      不況と共に解雇された日本企業の熟練技術者は、海外企業にスカウトされ続々と海外に流れ続けているということである。

      この結果大方のハイテク技術はまたたく間に国際的な競争力を失ってしまった。

      日本企業は従来からこうした技術者を優遇しないし、必然的にこうした流れが生まれる素地があるといえる。


      日本企業に勢いがあって、世界に誇る独自のハイテク技術として脚光を浴びているとき世間では可笑しな風潮が蔓延していた。

      「プロジェクトX」という番組があって、日本企業の技術開発の現場がやたらと露呈されたのである。

      企業は己の成功に奢って、それこそ自慢げにハイテク技術の開発過程を競うように美談さながらの口調で詳細に解説したのである。

      私などはこれを見て、「こいつら馬鹿じゃないの」と思っていた。

      自らシビアなハイテク技術の開発現場を晒す馬鹿がいるのに驚き半分、自慢げに手の内をひけらかす様子には本当に呆れ返ってしまった。

      この辺りの日本企業の経営感覚が何とも不可解である。

      欧米人にはない、日本人特有の奢り、高ぶりが齎す大らかさとでもいうのであろうか。



      その結果はどうか。

      当時ハイテク技術を謳歌して、「プロジェクトX」で穂とめいていた日本企業の現在の状況はどうなったか。

      そして日本の華々しかった産業の米とまで持て囃されていた半導体の業界はどうなったのか。

      我が世の春を謳歌しくさったハイテク企業の株価はどう推移していったのか。


      「アクタン・ゼロ」というか、まさしくスカタン・ゼロというところであろう。













      denden










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        2015年12月08日

        カリン酒をつくるなら今でしょ

        喉にいい、カリンを酒に漬けました



        例年通り今年もカリン酒を作ることにしました。

        知り合いの92歳のおばあさんに聞いて、カリン酒がとても喉によいということだったので11月に山までカリンを採りに行ってきました。





        RIMG1961 

















        1月近く置いておいたのですが、すこし黄色くなってきたのでいよいよカリンを漬けることにしました。

        カリンの香りはとてもよいです。
        ただしその実は硬く、今回も漬け込む前に切り分けたのですがその硬いこと硬いこと。

        最初は果物ナイフを使おうとしたのですが、歯が立たず出刃包丁で切り割りました。

        カボチャよりも硬いわけで、これだととても女性の手には負えない硬さだと思いました。

        カリンの実は、割と重いので色づく前に地面に落ちてしまいます。

        これが頭を直撃したら大変です。




        RIMG1962 
















        普通のミカンと大きさを比較したところです。

        表面は油っぽくてぬるぬるした不思議な感触があります。

        ちょうど表面にワセリンを塗ったような感じです。

        手に持っても表面がすべるので、注意しないと取り落としてしまいます。






        RIMG1963 














        カリンの木の高さは4,5メートルあります。

        木の真下にいて、そこへカリンの実が頭に落ちればやはり危険だと思います。

        カリンの木をゆさゆさ揺するとぼとっと落下してきます。


        色づくとすっかり黄色になります。





        RIMG1967 















        カリンの木は観賞用に植えられていることが多く、今回のようにカリン酒などにして食用に使うことは当地では余りありません。

        果実が活用されることもなく果実は土に還っていくのがほとんどです。

        これまで市販されているのを見たことがありません。

        本当にもったいないことです。






        RIMG1964 















        ということで、カリン酒の仕込が完了しました。

        ホワイトリカー、あるいはブランデーとそれに氷砂糖を入れておきます。

        1年も経過すればとてもまろやかな味に仕上がります。


        ただカリンの種子には梅の実同様に毒性のあるアミグダリンが含まれています。


        未熟な果実の場合は、そのままでは食用には向きませんので注意が必要です。





        参考:ウィキペディアの記述


        特徴
        原産は中国東部で、日本への伝来時期は不明。花期は3月〜5月頃で、5枚の花弁からなる白やピンク色の花を咲かせる。葉は互生し倒卵形ないし楕円状卵形、長さ3〜8cm、先は尖り基部は円く、縁に細鋸歯がある。

        未熟な実は表面に褐色の綿状の毛が密生する。成熟した果実は楕円形をしており黄色で大型、トリテルペン化合物による芳しい香りがする。10〜11月に収穫される。実には果糖、ビタミンC、リンゴ酸、クエン酸、タンニン、アミグダリンなどを含む。適湿地でよく育ち、耐寒性がある。


        花・果実とも楽しめ、さらに新緑・紅葉が非常に美しいため家庭果樹として最適である。語呂合わせで「金は貸すが借りない」の縁起を担ぎ庭の表にカリンを植え、裏にカシノキ を植えると商売繁盛に良いとも言われる。


        薬用

        果実は生薬名を和木瓜。
        古くから民間療法でのどの炎症を抑える、咳止め、利尿に利用。
        種子に含まれるアミグダリン が加水分解した成分ベンズアルデヒド が、咳止効果[要出典 ](ただし、アミグダリンは加水分解により猛毒のシアン化水素 も発生するため、国立健康・栄養研究所 などが注意を呼びかけている 。)




        denden












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          2015年12月02日

          歴史的事件には毒殺が関わっている

          夫の酒に毒 別居妻を殺人未遂容疑で逮捕 宇都宮

          産経新聞 12月1日

          夫を毒殺疑い、67歳女逮捕=直前に結婚、遺体から「青酸」―他にも不審死・京都:2014年11月19日




          似たような毒による中毒死や自然毒を使った事件というのがある。

          随分昔のことであるが、山菜と間違えてトリカブトの葉を味噌汁の具にして一家が中毒死するという事件があった。

          近年にも東京の中華料理店の店主が、送られてきたトリカブト入り「葛餅」を食って中毒死するという事件があったし、保険金目的に妻をトリカブトで毒殺したとか、昨年京都では結婚直後に夫に青酸カリを飲ませていたというような忌まわしい事件もあった。

          青酸毒は人体の呼吸中枢を麻痺させるらしい。

          青酸毒を盛られれば速やかに窒息死することになる。

          自然界の毒物として知られるトリカブトという植物の根は、加工されて「附子」として漢方薬の処方や毒矢にも使われる。

          アルカロイド系(アコニチン)の猛毒が含まれるだけに当然取扱には注意がいるわけである。

          自然界にはこうした猛毒が存在する。

          テレビかなんぞのサスペンス物か推理ドラマを彷彿させる毒殺事件ではあるが、これもテレビドラマの「警部コロンボ」を見ていたら、河豚毒(テトロドトキシン)をワインに混入させている場面があり、これもひそかに毒殺を謀ったものであった。

          自然界にある毒物を使っての殺人は有史以前から随分あったわけで、中国では古来よりもっぱら鴆毒が使われた。

          前漢時代、高祖(前漢の創始者・在位前202‐前195)の妻である呂后が、高祖と威婦人との間にできた趙王を殺すのに鴆毒が使われたという。

          霊帝(在位167‐189)の后である何皇后が、帝の愛妾を鴆毒を使って殺させた。

          鴆毒は中国の歴史書にも度々登場する有名な毒物であるが、日本人にはあまり知られてはいないようだ。

          鴆毒自体は投与されると微量であっても命を落とすのだという。

          通常鴆毒といえば暗殺に使われるわけで、その際には鴆酒として登場する。

          鴆酒の作り方はしごく簡単である。

          これは毒鳥といわれる鴆という鳥の羽を酒に浸して数回掻き回すだけで簡単に出来上がるという。

          これを飲んだ者は、当初黄疸のように体が黄色くなるということからみれば、まず肝機能が冒され、さらに五臓六腑のすべてが爛れて終には死に至るとされる。

          服毒すれば確実に多臓器が機能しなくなる。

          何でも鴆にはそれほどの猛毒があるということで古来から恐れられていた。

          古い記録では『養老律令』(757年(天平宝字元年)に記述があることからみれば、日本にも大陸から持ち込まれた可能性は極めて高いと思われる。

          事例としては『太平記』に、足利直義が恒良親王に鴆毒を薬と偽って飲ませ暗殺したとある。

          おそらく戦国時代まで使われていたであろう形跡がある。


          これだけ有名な毒物であるのだが、この鴆という毒鳥の実態は古代よりその存在が曖昧であったのだ。

          鴆という固有名詞や漢字があるのだから実際に生息していたのであろうが、どんな鳥なのか残念ながら小生は見たことはない。

          中国の『三才図絵』や『本草綱目』あたりにその絵図は紹介されていると思うが、何でも広東省や江西省に生息しているキジ科の鳥で、形は鷹に似ていて首の長さは七〜八寸、くちばしは赤く首は黒いということである。

          肉にも猛毒があるといい、その食性は蛇を好物にしていて、獲物の蛇が石垣の間などに逃げ込むと、それを引き出すのに石垣に糞を引っ掛けて石を砕くという。

          本当にそのような鳥が生息しているのか疑問であろう。

          蛇食い鳥の一種であろうか、そう聞くだけで何とも恐ろしげな怪鳥にみえてくるではないか。

          実は鴆という鳥は中国の古い史書や文献には随所に登場するが、本当に実在していたのか疑問視されてきた毒鳥なのである。



          それまでこの恐ろしい毒鳥は人々に忌み嫌われ、見つかり次第殺されてきたということで、中国大陸では相当早い時期に絶滅したとされていたわけである。

          今でいう絶滅種であり、貴重動物ということになる。

          おいおい、毒鳥が貴重な絶滅種とは何だということになってくる。

          そうなると、いよいよ架空の鳥だろうということになってくる。

          ところが、羽に毒がある鳥は架空の生き物ではなく20世紀末になってニューギニアの森林地帯で偶然発見されのだ。

          それも権威ある科学誌「サイエンス」に大きく取り上げられた(写真参照)。



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          つまりこうした事例が出てきたことによって、古代中国大陸にこの種の鴆なる毒鳥が実在していたことの信憑性は一気に高まったというわけである。

          歴史上の毒薬として再認識されるに至ったわけである。


          歴史上有名な暗殺目的の毒薬ということでは、「ボルジア家の毒薬」というのが西洋ではことのほか高名である。

          確かそういう題名の西洋映画が随分前にあった。

          チェーザレ・ボルジアが登場し、彼が手にする毒薬は確か「カンタレラ」という名前であった。

          名前から察するに恐らくカンタレルスが含まれているハンミョウという昆虫毒が使われていたか、もしくは猛毒の砒素が主成分だったのかもしれない。

          とにかく、この毒薬が権勢欲の渦巻くルネッサンス時代の暗黒の世界で度々暗殺に使われた。

          自然界の昆虫毒といえばまずハンミョウであるが、これは江戸時代薬種商が薬剤として扱っていて砒石(ヒ素を含む)などと同様に劇薬として販売先をいちいち確認していた。(これらは漢方薬としてもっぱら水腫の治療に使われていた)

          当時、本当にハンミョウの毒などを使って夫の毒殺をたくらむ女房もいたらしく、そうした逸話も残っているし、巷では密かに財産を狙っての毒殺事件も少なくなかったようである。

          一例をあげると、江戸時代に書かれた『道徳塗説』に出てくる話がそれにあてまるようだ。


          下谷の源助店の長助という独り者は、ある日深川八幡の富籤を一枚買った。

          現代の自治宝くじと思ってもらえばいい。これがなんと一等百両に当たった。

          百両がどれほどの価値があったか気になるところであるが、当時1両あれば家族4人が1ヶ月間裕福に暮らせるだけの貨幣価値があった。

          現代で言うなら1両が4,50万円ほどなのかもしれない。

          いや2,30万もあれば田舎なら結構やっていけるかなとなる。

          これが百両であるから、現代なら数千万の貨幣価値は十分あったことになる。

          当時であれば、一般庶民が絶対に目にすることのできない金額である。

          ということで、生まれてはじめて百両もの大金を手にした長助は飛び上がって喜んだ。

          長助は百両のうちまず二十両をしきたりどうり神社に奉納した。

          二日目、六十両を町役の大家に預けて、やっとどうにか落ち着くことができた。

          三日目、残りの二十両を持って出掛け、仲間内の借銭、義理もすませた。そしてこの日浅草まで足をのばして、日ごろ口にしたこともないような御馳走を鱈腹食って長屋に帰ってきた。

          残りの三両を神棚に上げてその晩はぐっすり眠ったのであるが、夜中にいきなり叩き起こされた。

          「百両、そっくり出してもらおうか」と、押し入った三人の賊に長助は短刀を突きつけられたのである。

          実はこれこれしかじか、残りの三両は神棚に、と長助は震えながら答えた。

          たったの三両ときいて賊たちは拍子抜けしたが、土間近くに置かれていた祝い札の付いた上等の角樽が目に入った。

          三両を仲良く山分けしたあとで賊たちは祝杯を上げることにし、その酒を残らず飲み干してしまった。 

          翌朝、大騒ぎになった。

          長助の長屋近くの路上で風体人相のよくない男達が、三人冷たくなって転がっていたからである。

          間もなく長助は助け出された。

          そして肝心の角樽の酒が毒入りであったことも判明した。

          この角樽は源助店の大家からの到来物であった。

          この結果調べが進み、長助から預かった六十両を着服しようとくわだてた大家のたくらみと知れたわけである。

          直ちに大家は補縛され入牢、長助は町内預かりとなったという。



          一般庶民でもこんな具合であったから、大名家や古代の王宮では毒殺を恐れて常時お毒味役が傍に控えていたらしい。

          これもキムタク主演の時代劇があった。

          それでもときには巧妙な方法で毒殺される危険性はあった。
          ローマ皇帝ネロが暗殺した異母兄弟のブリタニクスの場合などがその好例である。



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          豪華な食事の席でブリタニクスが好きなスープが出された。

          傍に控えていた毒味役の奴隷が試食した後に、その湯気の立つスープ状の飲物をブリタニクスに差し出すと(猫舌の彼は)まだ熱かったので、顔をしかめて再び奴隷の手に戻した。

          この一瞬に素早く毒物が混入されたのである。

          少し間を置いてそのスープ皿はブリタニクスに渡されて、彼はそのまま口にした。

          しばらくしてから、ブリタニクスは食事中にいきなり持病の癲癇発作に紛らわしい倒れ方をしてその場で悶死したという。

          ネロは、素知らぬ顔でそれを傍観していたのである。

          日ごろから用心深く対応している者でも一瞬の隙を衝かれれば、ブリタニクスのようにあっけなく命を落とすことになる。


          フランスのブルボン王朝の祖となったアンリ四世は毒殺を恐れて、いつも自分でセーヌ川に水を汲みに行き自炊で卵をゆでていたという。

          王様が自炊するとは何事か。


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          というのはアンリ四世は毒殺未遂事件も含めて生涯に十七回も暗殺の危険にさらされたというから、安易に毒味役を置くなどという悠長なことはしておられなかったのである。

          とにかく身の安全を考えると、まず自分が口にする食べ物の安全性を充分に確かめなくてはならず、細心の注意を払いながら自前で不慣れな調理もやっていたということである。


          こうみてくると、まず食いしん坊やグルメ嗜好の美食家は王座に長く座り続けることは無理というものである。

          権力者は、そうした権力の座にながく居続けることは実に大変なことである。

          あの有名な英雄ナポレオンもセント・ヘレナ島で、最後は毒殺されてあえ無く終わったのである。

          有名なイギリスの科学雑誌『ネイチ ャー』に発表されたところによると、残されていたナポレオンの頭髪には常人の十三倍の砒素が含まれていたことが確認されたということであった。

          だが、20世紀後半になって次々と新説が現れて最近の歴史学者の研究によると、ナポレオン毒殺はそれまでの定説とは異なり政治的なものではなく、意外にもナポレオンの人妻との不倫が背後に絡んでいたという異説も出てきて、ここらは最後まで英雄的?であったというわけだ。──



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          昔から中国では猛毒の砒素を医療分野で使って、難病の白血病の治療を行っていた。

          これに注目したアメリカの癌センターが砒素をベースにした薬剤を急性前骨髄性白血病に投与したところ非常な好成績を上げたということで、現在米国では白血病の治療薬として承認されている。

          これと繋がるのかどうか分からないが学生時代、症候概論担当の教授(医学博士)から、微量の砒素の投与は小児期の虚弱体質を改善し免疫力を強化する働きがあるということを聞いたことがある。

          やはりトリカブト,ハンミョウ同様、毒も使いようということであろうか。


























          denden














          ラベル:トウゴマ毒殺
          posted by モモちゃん at 14:24| 歴史の盲点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする