2016年07月30日

自然毒がもたらした人間との忌まわしい歴史劇

自然毒ほど怖いものはない!?

夫の酒に毒 別居妻を殺人未遂容疑で逮捕 宇都宮

産経新聞 2015年12月1日

夫を毒殺疑い、67歳女逮捕=直前に結婚、遺体から「青酸」―他にも不審死・京都:2014年11月19日




似たような毒による中毒死や自然毒を使った事件というのがある。

随分昔のことであるが、山菜と間違えてトリカブトの葉を味噌汁の具にして一家が中毒死するという事件があった。

近年にも東京の中華料理店の店主が、送られてきたトリカブト入り「葛餅」を食って中毒死するという事件があったし、保険金目的に妻をトリカブトで毒殺したとか、京都では結婚直後に夫に青酸カリを飲ませていたというような忌まわしい事件もあった。

青酸毒は人体の呼吸中枢を麻痺させるらしい。

青酸毒を盛られれば速やかに窒息死することになる。

自然界の毒物として知られるトリカブトという植物の根は、加工されて「附子」として漢方薬の処方や毒矢にも使われる。

アルカロイド系(アコニチン)の猛毒が含まれるだけに当然取扱には注意がいるわけである。

自然界にはこうした猛毒が存在する。

テレビかなんぞのサスペンス物か推理ドラマを彷彿させる毒殺事件ではあるが、これもテレビドラマの「警部コロンボ」を見ていたら、河豚毒(テトロドトキシン)をワインに混入させている場面があり、これもひそかに毒殺を謀ったものであった。

自然界にある毒物を使っての殺人は有史以前から随分あったわけで、中国では古来よりもっぱら鴆毒が使われた。

前漢時代、高祖(前漢の創始者・在位前202‐前195)の妻である呂后が、高祖と威婦人との間にできた趙王を殺すのに鴆毒が使われたという。

霊帝(在位167‐189)の后である何皇后が、帝の愛妾を鴆毒を使って殺させた。

鴆毒は中国の歴史書にも度々登場する有名な毒物であるが、日本人にはあまり知られてはいないようだ。

鴆毒自体は投与されると微量であっても命を落とすのだという。

通常鴆毒といえば暗殺に使われるわけで、その際には鴆酒として登場する。

鴆酒の作り方はしごく簡単である。

これは毒鳥といわれる鴆という鳥の羽を酒に浸して数回掻き回すだけで簡単に出来上がるという。

これを飲んだ者は、当初黄疸のように体が黄色くなるということからみれば、まず肝機能が冒され、さらに五臓六腑のすべてが爛れて終には死に至るとされる。

服毒すれば確実に多臓器が機能しなくなる。

何でも鴆にはそれほどの猛毒があるということで古来から恐れられていた。

古い記録では『養老律令』(757年(天平宝字元年)に記述があることからみれば、日本にも大陸から持ち込まれた可能性は極めて高いと思われる。

事例としては『太平記』に、足利直義が恒良親王に鴆毒を薬と偽って飲ませ暗殺したとある。

おそらく戦国時代まで使われていたであろう形跡がある。


これだけ有名な毒物であるのだが、この鴆という毒鳥の実態は古代よりその存在が曖昧であったのだ。

鴆という固有名詞や漢字があるのだから実際に生息していたのであろうが、どんな鳥なのか残念ながら小生は見たことはない。

中国の『三才図絵』や『本草綱目』あたりにその絵図は紹介されていると思うが、何でも広東省や江西省に生息しているキジ科の鳥で、形は鷹に似ていて首の長さは七〜八寸、くちばしは赤く首は黒いということである。

肉にも猛毒があるといい、その食性は蛇を好物にしていて、獲物の蛇が石垣の間などに逃げ込むと、それを引き出すのに石垣に糞を引っ掛けて石を砕くという。

本当にそのような鳥が生息しているのか疑問であろう。

蛇食い鳥の一種であろうか、そう聞くだけで何とも恐ろしげな怪鳥にみえてくるではないか。

実は鴆という鳥は中国の古い史書や文献には随所に登場するが、本当に実在していたのか疑問視されてきた毒鳥なのである。



それまでこの恐ろしい毒鳥は人々に忌み嫌われ、見つかり次第殺されてきたということで、中国大陸では相当早い時期に絶滅したとされていたわけである。

今でいう絶滅種であり、貴重動物ということになる。

おいおい、毒鳥が貴重な絶滅種とは何だということになってくる。

そうなると、いよいよ架空の鳥だろうということになってくる。

ところが、羽に毒がある鳥は架空の生き物ではなく20世紀末になってニューギニアの森林地帯で偶然発見されたのだ。

それも権威ある科学誌「サイエンス」に大きく取り上げられた(写真参照)。



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つまりこうした事例が出てきたことによって、古代中国大陸にこの種の鴆なる毒鳥が実在していたことの信憑性は一気に高まったというわけである。

歴史上の毒薬として再認識されるに至ったわけである。


歴史上有名な暗殺目的の毒薬ということでは、「ボルジア家の毒薬」というのが西洋ではことのほか高名である。

確かそういう題名の西洋映画が随分前にあった。

チェーザレ・ボルジアが登場し、彼が手にする毒薬は確か「カンタレラ」という名前であった。

名前から察するに恐らくカンタレルスが含まれているハンミョウという昆虫毒が使われていたか、もしくは猛毒の砒素が主成分だったのかもしれない。

とにかく、この毒薬が権勢欲の渦巻くルネッサンス時代の暗黒の世界で度々暗殺に使われた。

自然界の昆虫毒といえばまずハンミョウであるが、これは江戸時代薬種商が薬剤として扱っていて砒石(ヒ素を含む)などと同様に劇薬として販売先をいちいち確認していた。(これらは漢方薬としてもっぱら水腫の治療に使われていた)

当時、本当にハンミョウの毒などを使って夫の毒殺をたくらむ女房もいたらしく、そうした逸話も残っているし、巷では密かに財産を狙っての毒殺事件も少なくなかったようである。

一例をあげると、江戸時代に書かれた『道徳塗説』に出てくる話がそれにあてまるようだ。


下谷の源助店の長助という独り者は、ある日深川八幡の富籤を一枚買った。

現代の自治宝くじと思ってもらえばいい。これがなんと一等百両に当たった。

百両がどれほどの価値があったか気になるところであるが、当時1両あれば家族4人が1ヶ月間裕福に暮らせるだけの貨幣価値があった。

現代で言うなら1両が4,50万円ほどなのかもしれない。

いや2,30万もあれば田舎なら結構やっていけるかなとなる。

これが百両であるから、現代なら数千万の貨幣価値は十分あったことになる。

当時であれば、一般庶民が絶対に目にすることのできない金額である。

ということで、生まれてはじめて百両もの大金を手にした長助は飛び上がって喜んだ。

長助は百両のうちまず二十両をしきたりどうり神社に奉納した。

二日目、六十両を町役の大家に預けて、やっとどうにか落ち着くことができた。

三日目、残りの二十両を持って出掛け、仲間内の借銭、義理もすませた。そしてこの日浅草まで足をのばして、日ごろ口にしたこともないような御馳走を鱈腹食って長屋に帰ってきた。

残りの三両を神棚に上げてその晩はぐっすり眠ったのであるが、夜中にいきなり叩き起こされた。

「百両、そっくり出してもらおうか」と、押し入った三人の賊に長助は短刀を突きつけられたのである。

実はこれこれしかじか、残りの三両は神棚に、と長助は震えながら答えた。

たったの三両ときいて賊たちは拍子抜けしたが、土間近くに置かれていた祝い札の付いた上等の角樽が目に入った。

三両を仲良く山分けしたあとで賊たちは祝杯を上げることにし、その酒を残らず飲み干してしまった。 

翌朝、大騒ぎになった。

長助の長屋近くの路上で風体人相のよくない男達が、三人冷たくなって転がっていたからである。

間もなく長助は助け出された。

そして肝心の角樽の酒が毒入りであったことも判明した。

この角樽は源助店の大家からの到来物であった。

この結果調べが進み、長助から預かった六十両を着服しようとくわだてた大家のたくらみと知れたわけである。

直ちに大家は補縛され入牢、長助は町内預かりとなったという。



一般庶民でもこんな具合であったから、大名家や古代の王宮では毒殺を恐れて常時お毒味役が傍に控えていたらしい。

これもキムタク主演の時代劇があった。

それでもときには巧妙な方法で毒殺される危険性はあった。
ローマ皇帝ネロが暗殺した異母兄弟のブリタニクスの場合などがその好例である。



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豪華な食事の席でブリタニクスが好きなスープが出された。

傍に控えていた毒味役の奴隷が試食した後に、その湯気の立つスープ状の飲物をブリタニクスに差し出すと(猫舌の彼は)まだ熱かったので、顔をしかめて再び奴隷の手に戻した。

この一瞬に素早く毒物が混入されたのである。

少し間を置いてそのスープ皿はブリタニクスに渡されて、彼はそのまま口にした。

しばらくしてから、ブリタニクスは食事中にいきなり持病の癲癇発作に紛らわしい倒れ方をしてその場で悶死したという。

ネロは、素知らぬ顔でそれを傍観していたのである。

日ごろから用心深く対応している者でも一瞬の隙を衝かれれば、ブリタニクスのようにあっけなく命を落とすことになる。


フランスのブルボン王朝の祖となったアンリ四世は毒殺を恐れて、いつも自分でセーヌ川に水を汲みに行き自炊で卵をゆでていたという。

王様が自炊するとは何事か。


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というのはアンリ四世は毒殺未遂事件も含めて生涯に十七回も暗殺の危険にさらされたというから、安易に毒味役を置くなどという悠長なことはしておられなかったのである。

とにかく身の安全を考えると、まず自分が口にする食べ物の安全性を充分に確かめなくてはならず、細心の注意を払いながら自前で不慣れな調理もやっていたということである。


こうみてくると、まず食いしん坊やグルメ嗜好の美食家は王座に長く座り続けることは無理というものである。

権力者は、そうした権力の座にながく居続けることは実に大変なことである。

あの有名な英雄ナポレオンもセント・ヘレナ島で、最後は毒殺されてあえ無く終わったのである。

有名なイギリスの科学雑誌『ネイチ ャー』に発表されたところによると、残されていたナポレオンの頭髪には常人の十三倍の砒素が含まれていたことが確認されたということであった。

だが、20世紀後半になって次々と新説が現れて最近の歴史学者の研究によると、ナポレオン毒殺はそれまでの定説とは異なり政治的なものではなく、意外にもナポレオンの人妻との不倫が背後に絡んでいたという異説も出てきて、ここらは最後まで英雄的?であったというわけだ。──



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昔から中国では猛毒の砒素を医療分野で使って、難病の白血病の治療を行っていた。

これに注目したアメリカの癌センターが砒素をベースにした薬剤を急性前骨髄性白血病に投与したところ非常な好成績を上げたということで、現在米国では白血病の治療薬として承認されている。

これと繋がるのかどうか分からないが学生時代、症候概論担当の教授(医学博士)から、微量の砒素の投与は小児期の虚弱体質を改善し免疫力を強化する働きがあるということを聞いたことがある。

やはりトリカブト,ハンミョウ同様、毒も使いようということであろうか。






















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2016年07月28日

今宵は映画カサブランカを鑑賞してみませんか?

イングリッド・バーグマンは20世紀の女優です

イングリッド・バーグマン( Ingrid Bergman、1915年8月29日〜1982年8月29日)は、ヨーロッパとアメリカで活躍したスウェーデン出身の女優である。

出演した映画作品でアカデミー賞を3回、エミー賞を2回、トニー賞の演劇主演女優賞の受賞経験がある。

イングリッド・バーグマンが出演した映画作品はいくつもあるが、残念なことにこれまでに観たことのある作品は10本に満たない。



ジキル博士とハイド氏(1941年)
カサブランカ(1942年)
誰が為に鐘は鳴る(1943年)
ガス燈(1944年)
白い恐怖(1945年)

聖メリーの鐘(1945年)
サラトガ本線(1946年)
汚名(1946年)
凱旋門(1948年)
ジャンヌ・ダーク(1948年)
ストロンボリ 神の土地(1950年)
ヨーロッパ一九五一年(1952年)
われら女性(1952年)
イタリア旅行(1953年)
不安(1954年)
恋多き女(1956年)
追想(1956年)
無分別(1958年)
六番目の幸福(1958年)
さよならをもう一度(1961年)
訪れ(1964年)
黄色いロールスロイス(1965年)
サボテンの花(1969年)
春の雨の中を(1970年)
オリエント急行殺人事件(1974年)
秋のソナタ(1978年)
ゴルダと呼ばれた女(1982年、テレビドラマ)






 Casablanca (1942): Play it Sam, Play As Time Goes By. Ingrid Bergman, Humphrey Bogart, Sinatra sings

  








カサブランカ・最後の場面/ Casablanca Final  









Ingrid Bergman - Anastasia / 追想 1956












Ingrid Bergman - Can't take my eyes off of you

 












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夏の夜のクラッシックギター演奏会へのご招待

表現力豊かなギターの演奏

ギターは身近にある楽器です。
ギターは古い歴史のある楽器ということもあって音楽分野で幅広く使われているのですが、それはいわゆるクラシック音楽に限らず、フラメンコのほか、ジャズ、ロック、フォルクローレ、ボサノバ、ポピュラー音楽などのジャンルでもそれぞれ用いられています。

今回はクラッシックギターを中心に、最近ネットで遭遇した見事な演奏動画をいくつか紹介します。





 Moonlight Sonata Classical Guitar Eric Henderson

 







Ave Maria - Schubert (Michael Lucarelli, Classical guitar)

 







Tatyana Ryzhkova presents Libertango by Tatyana's Guitar Quartet

 







Canon in D (Pachelbel) played by Per-Olov Kindgren

 











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2016年07月26日

当ブログで一番読まれた記事を紹介します

当方のブログでもっとも読まれた記事とは?

「死相」とは死期が迫った顔色のことであります。

西洋医学では、ヒポクラテス顔貌(hippocratic face )瀕死顔貌ともいわれますが、それは「鼻はとがり、眼やこめかみはくぼみ、耳は冷たく、収縮し、耳たぶは突き出ている。額の皮膚は硬くてつやがなく、顔色は黄色か黒ずんでいるか、あるいは青白いく鉛色になっている」というもので、中国医学で表現される「死相」というのとものは少しニュアンスが違います。

普通は観相術といった占いの世界で使われる特殊な言葉であって、それ相応の経験がなければそうした顔に表れる変化には気付くことはできないものだとされています。

ということで、昔は易者や医者といった専門的技量をもった者が「死相」を見極めていたということになります。

今回はそうした部類の奇談であります。



戦国の名医曲直瀬道三外伝

戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した人物に、曲直瀬道三(まなせどうさん)という名医がいた。

幼い時に両親を亡くし姉の下で育てられたこともあり、当初は僧籍に身を置いていたようである。

漢学などの学問に秀でていただけでなく、若いころより医術の道を志すようになっていたが、幸いにも足利学校でさらに専門的な勉学を続けることができた。

当時明国から帰国したばかりの足利学校の教授田代三喜について、最新の李朱・中国医学を学びそれを完璧なまでに習得した。

道三は、「医学は身分・性別・年齢を問わぬ。誰であっても平等に治療せねばならぬ」という、師田代三喜の教えを終生守り医学の研鑽を怠らなかった。

その後、京都を中心に医療活動を始めたが、その卓抜した診断治療によって一躍名医として知られるようになった。

信長や秀吉といった当時の名だたる大名家に重用されただけでなく、格式高い宮中にまで出入りが許されるまでになった。

さらにはその名声を聞いて、曲直瀬道三のもとには入門を希望する俊才が全国から続々と集まってきた。

道三自身はそうした若い門弟を育てることにも力を注ぎ、医学を教習する啓迪塾という私塾も自ら建てるとともに、寸暇を惜しんで後進のために多くの医学書を著述した。

ここで医学を学んだ弟子の数は優に数百人にも及ぶといわれ、我が国の医学中興の祖として大きな足跡を残したことでも知られる。

下の写真は、曲直瀬道三が著した医書『察証辨治啓迪集(外題:啓迪集)』の写本・出典 東京大学附属図書館所蔵 )


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この名医曲直瀬道三には、その診断の巧みさで一度に多くの人命を救ったという逸話が残されている。

それは道三が数人の弟子を連れて諸国を遍歴していたときのことである。
中国地方の大名毛利家での病気治療を無事に終えて、京都に帰還する道中であったともいう。

道三一行がある海岸沿いの小さな漁村に差しかかったとき、一人の少年に出会った。

その少年の顔を見て、道三ははっとした。

その少年の顔色に、はっきりと死相が現れていたからである。

少年の顔色は青白くくすんでいた。
たち振る舞いには特別変わったところはなかったが、道三の目から見ればそれはまさに死期の迫った病人の(証)顔色であった。

道三は不思議に思いつつ、その少年に近づくと親しげに声をかけた。
「この当たりに宿を貸してくれる家はないかのお?」

道三一行は皆剃髪していたので旅の僧侶によく見間違えられる。
老僧然とした道三の顔をしげしげと見つめていたその少年は、微笑みながら答えた。

「それなら、おれのうちに泊まればいいよ」

少年は道三一行を自分の家に案内するという。すかさず弟子の一人が、困惑した表情で道三に近づくと耳元でささやいた。

「先生、きょうの宿は次の宿場町に泊まる手筈にいたしておりましたが」

「いや、今宵はこの子の家にどうしても泊まらなければならぬのじゃ」

道三以外は、だれもこの少年の異変に気づいてはいなかった。

道三は医学書の上だけでなく、常に実際の診療を大事にして弟子を養成していただけに、このような時も医師としての立場を寸刻も忘れなかったのである。

村中に足を踏み入れると、道三は周囲に漂う異様な気を感じとった。

どうしたことか、すれ違う村人の中には少年と同じように顔に死相が現れている者が幾人もみうけられたのである。

道三は、案内された村中の少年の家でも異様な光景を目にした。

人の良さそうなその漁師の父親は、道三一行を家の中へ快く招き入れてくれた。

道三がそれとなく少年の両親や幼い兄弟達の様子をみると、皆その顔に死相が現れていた。

このように人の顔色の変化をみて診断(望診)することは中国から渡来した医術の奥義であって、まさに名医のもっとも優れた技量を示す診断法の一つであった。

当時は、直接脈を診て病状を知る精緻な脈診さえも、そうした高度な診断法には及ばない技量であるとされていた。

道三はいよいよ不審に思って、その少年と家族全員の脈を弟子たちに診(み)させたがいずれも精気が失われようとする死脈そのものであった。

弟子たちはここで始めて道三からこの場の異変を知らされて、驚くと同時に一様に戸惑うばかりであった。

「先生これは一体いかなるわけでございましょう?」

「うむ」

何人もの者が一様に死脈というのは、異様なことで通常は有り得ないことである。

近隣に疫病が流行っている様子はない。

しかも死相、死脈が出ていながら、命いくばくもない重病人のように床に伏せっているわけでもない。

これには道三も考え込んでしまった。

道三はそのまま屋外に出ると、浜辺へとゆっくりと足を進めた。

絶え間なく浜辺にうち寄せる波を一心に見つめていたが、一瞬その道三の心に閃くものがあった。

「もはや猶予はあるまい!」

道三は、眼前の碧い海の彼方を見つめていた。

・・・・・・この場所、この土地の風水そのものに恐ろしい災禍が隠されているようだ。−−−

それは、この異変が天変地異の前触れかもしれぬという、不安とも予感ともつかぬ思いであった。

「身近に予期せぬ危機が迫ってきておる。一刻も早くこの場所を離れなさい」

道三は意を決すると漁師の家族はもとより、村中の者に近くの山へ避難するようにすすめた。

道三の弟子たちは、一斉に外へと走り出すと近隣の村人に危機を知らせて回った。

村中はたちまち騒然となった。

旅医者の狂言として嘲笑する者、怯えてそのまま座り込んでしまう者と、上へ下への大騒ぎとなった。

それでも村人の半数近くは、道三の言葉に従って足早に近くの山へ避難しはじめた。

少年とその家族も半信半疑で道三の言葉に従った。

海辺の村から退避した村人たちは、一様に不安げな面持ちで山の上から真下に見える村の様子を窺っていたが、穏やかな海面や村の眺望には何の変化もなかった。

「あれぇ、波が、波がやってくるよー!」

突然の子供の叫び声に一同は海の彼方に目をやった。

遥か彼方に水平線に黒々とした巨大な波の壁が見えた。

「あれは津波じゃ。大津波じゃ」

悲鳴に近い村人達の声があがった。




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巨大な波柱は恐ろしい早さで真っ直ぐこちらへ近づいてくる。

果たして不気味な海鳴りがしてきたかと思う間もなく、泡立つ大波が周辺の海岸に襲いかかってきた。

海岸沿いの小さな村は一瞬のうちに大波の渦に飲み込まれ一たまりもない。

波頭はさらに山に向かって這いあがりながら、轟音とともに木々を次々となぎ倒していく。

海全体が大きく膨れ上がり、ごうごうと唸りながらいまにも山上にまで襲いかかってきそうな勢いであった。

山上から、道三らは一部始終を見ていた。

津波の到来も一瞬なら、去っていくのも一瞬であった。

破壊された海岸沿いには先ほどまでの村の面影はまったくなかった。

瞬く間に大波がすべてを押し流し、抉り取るように村中の家屋を飲み込んでいった。

道三の足下で震えている少年の顔には、もはや死相はなかった。

津波から逃れた村人達の顔からも、おぞましい死相がすべて嘘のように消え去っていた。

このときの大津波は大地震によるもので、京都や近畿周辺にも甚大な被害を及ぼしたものであったという。


その後名医道三は、戦国の世を悠々と生き延びて文禄四年(一五九五)に逝去したが、八十八歳の長寿であった。















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2016年07月23日

女性問題は選挙の論点になり得るのか?!文化史的考察

選挙でもやはり注目が集まる!

女性問題は政治家や校長先生だけではない、精力絶倫を深く考察する


日本教育界注目!
據日本朝日電視台和時事通訊社4月8日報道,日本警方近日逮捕了一名涉嫌違反《兒童色情禁止法》的男子。該男子現年64歲,曾經是濱市立初中的校長。警方稱,
他在過去的20多年間曾對1.2萬名女性實施嫖娼。(2015.04)


「精力」という言葉があるが、これは如何にも東洋医学的意味相が強い。

さらに武道の世界では「精力善用」という、己の行動哲学ともいうべき明確な教えがある。

精力を発散するにも心して善用しなければ、欲望のままではそれこそあらぬ方向に突っ走ってしまうことになる。

その結果、身を損じ、大恥をかき、世間を騒がせ顔向けできぬ事態をも招きかねないわけだ。

ならば、いったいその精力の実体とは何なのか?

「精力善用」とて、根底には東洋的な思想としての節度ある君子の道が示されているわけであるが、それはむしろ表面的な事象に過ぎないのだ。

というのは健康面でみたときの相対的な体力というか、それこそ全体的観点から評価される精神的肉体的活力を指しているからである。

さらにそのなかには当然のことであるが、性的能力に繋がる意味も含まれていることを忘れてはならない。


今回は固い話をより固くして、私見を述べてみたいと思う。

これに関しては意外にも古代中国の竹簡に書かれた古典籍に詳細な記録がある。驚きである。

2千年以上前の古代中国では正統な医学と隣合わせに房中術(玄・素の術)が幅を効かせていた。

現代風にたとえれば、通常の医療とは別に健康増進の筋トレ体操コースがあったとでもいえようか。

これなどは、体の特定の部分ということではなしにト−タルな身体論で人間の生理を認識し、その上で集約された技術的な方術理論を展開していくという、いかにも東洋的発想が全編に横溢して非常に興味深いものである。

しかもそのベ−スとなる古代中国の陰陽五行説や随所に混在する医学知識のその多くが、 古代の内経医学からの借り物か、こじつけである事実も見逃せないのである。

具体的に言うと、この陰陽五行説にしても房中術に必ず出てくる「七損八益 」にしても、これらは『黄帝内経素問』の「陰陽応象大論」を下敷きにしているわけである。

いうまでもなく「陰陽応象大論」では人体と天地自然の陰陽理論を展開し、 その調和のもとに人間自身ができるだけ陽気を温存し、天寿を全うしていくことを教えているものである。

要するに体に無理な負担は掛けるなということである。

ところが房中術はその背後にある神仙思想にからめて、ここから飛躍した理論を持ち出してくる。

人体の陽気を養い、堅持して天寿を全うするという中国医学の根幹になる内経医学の理念に対してあらゆる病が自ら癒え、しかもその術を鍛錬して極めることにより不老不死の道が開けるという、いわゆる秘伝の養生法というものがあるという。

もともと房中術というのは神仙思想から出てきたものであって、医術とは似て非なるものであるが、ここのところの発想が実に紛らわしい。

そこに伝説上の有名な黄帝や神仙の彭祖を引き出してくるところがまた面白い。

彭祖は一夜に四十八人の女を御したとか、四十九人の妻を持ったとか言われる神仙であり、黄帝などは房中術を極め一千二百人の女を御して白日昇天し、仙人の列に入ったというのであるが、これらに続けとばかり理論展開するわけである。

『漢書芸文志』の記述によると、方技類を整理して、それぞれ医経・経方・房中・神僊の四種に分 けているが、房中術は保健養生術の類として扱われている。

というのは、この『芸文志 』の解説部分に次のようにあるからである。

「房中、情性の極にして、至道の際なり。是を以て聖王外の楽みを制して、 以て内の情を禁じ、而してこれが節文を為す。伝に曰く、「先王の楽みを作すは、百事 を節する所以なり」と。楽んでは、節有れば、即ち和平寿考なり。迷者顧みざるに及んでは、以て疾を生じて性命を隕す。」

ここが房中術の最も面白いところである。


日本で編纂された医学全書『医心方』房内にあるように房中術を正しく行なわなければ「夭折の慚有り」、そして正しく「陰陽の術を得ば、即ち不死の道なり」というのである。

しかも伝統的な医学の存在する一方で、このような神仙思想が信じられていたというところがまた愉快でもある。

事実古代中国の王侯貴族たちは、医師とは別にこうした房中術の専門家(方 術士)を側に置いて指導を受けていた。

私がここで最も関心を持つのはやはり医術との関わりである。

たとえば精力減退、 性的不能という症候を一例にとってみよう。

現代的にインポテンツ(ED: Erectile Dysfunction; ED)の一語で片付けられてしまうといかにも部分的機能 低下、失調に聞こえるが、この場合などはむしろ東洋医学的に、房労(房事過多)によって腎水を渇かし腎虚、房労傷、房室損傷となり、その結果としての性的不能と言った方が辻褄が合うように思う。

『医心方』房内に、「玉房秘決に云う。冲和子曰く、夫れ情を極め欲をほしいままにすれば、必ず損傷の病あり。斯れすなわち交験の著明しきものなり」とある。

だから「夭折の慚有り」なのであるが、房中術の中ではこのように房労の認識が極めて明確なのは注目すべき特徴である。

この影響で唐の時代になると、かえって『諸病源候論』などの医学書では虚労損傷(腎気衰弱,腎気虚損,腎虚)がことさら重要視されてきている。

まさしく房労による虚労損傷に警鐘を鳴らしているのである。

「腎は精を蔵す。今腎虚し精を制すること能はず」、「腎気虚損。精を蔵すること能はず」と、『諸病源候論』虚労病諸候の下にあり、そこには多くの関連する病症が書かれている。

『備急千金要方』を著した孫思貌にしても、養生の中で積極的に房中術を取り上げて解説をしているところをみると、彼なりに相当な認識があったと考えられる。

こうした流れは丹波康頼の『医心方』に受け継がれ、さらに後世の朝鮮医学の集大成であるところの『東医宝鑑』にも少なからず影響を与えている。

この許浚(ホジュン)の『東医宝鑑』内景篇では「精は人身の至宝なり」といい、さらに 雑病篇・虚労でも男子の病はまず房労を疑えと教えていることでも分かる。

精こそが生命エネルギーの源泉であるとの見方である。

また許浚の記述によると、精の質量自体は身体中に通常一升六合あるとされ、この精の蔵制が極度に充満すれば成人の場合3升ぐらいにまでなるという。

3升もあるというのは、結局体内の血液成分ということなのだろうか?

そうなると結局精力そのものは相対的な数量認識が可能ということになってくる。

ここに精力の相対量に自ずと個人差が生じる理由があるとされ、同時に養生の必要性が出てくるということになる。

それは精力の温存ということであり、相対的比較でいうならばいわゆる個体差から認識されるところの精力絶倫ということになる。

巷で言うところの精力絶倫とは一体どういうものなのか?

そこでこの精力の個人差について具体的に資料を上げてみようと思う。

とはいっても、こうしたものに関して科学的、また医学的なデ−タの存在を残念ながら私は知らない。

基準値以上のイレギュラーなデータはばらつきがあるだけに学問的評価の対象とはならないということだろう。

どうやらこうした身体機能を総合的に評価統合していく見方は、現代医科学には得てして馴染まないということのようである。


しかしながら巷にはこの精力絶倫なる評価は存在することは確かなことである。

精力絶倫なるがゆえの不祥事や不都合なニュース記事が溢れかえっているではないか。

そうした情報からいけば、情報自体は有り余るほどにあることになる。

中には歴史的な記録にさえなっている。

必要であればいままで書物の中で散見した歴史的記録として明記されているものをここでも列挙できるというわけである。

たとえばフランス文学で有名なヴィクトル・ユゴ−は精力絶倫ということでも知られていた。


彼自身の告白によると、新婚の夜彼は新妻を九回愛撫したという。(『ヴィ クトル・ユゴ−の生涯』アンドレ・モロウ,『新編・フランス文壇史』河盛好蔵)

また歴史書『チェ−ザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』(塩野七生著)の記述 によると、チェ−ザレはフランス国王ルイ十二世によって初夜の絶倫ぶりを証言されている。

そこには次のように書かれている。 「ヴァレンティ−ノ公爵(チェ−ザレ)は、私の時よりも、四本も多く槍を 折った。二回と、夜食を取った後、さらに六回もである。」とある。

十六世紀のイタリアのプラント−ムの作品として知られる『艶婦伝』による と、かってロ−マ人が一夜に十二回という最多記録を残していることが書かれてあった。

この書物は以前は新潮文庫の外国文学に含まれていたが、残念なことに現在絶版になっている。

十八世紀ロココの時代に活躍したカサノバの実録回顧録によると十回という記録がある。

『カサノバ回顧録』も以前はしっかりした全集が出でいたが、現在はこれまた絶版となっている。

日本でもこの種の有名な記録はいくつかあって、古いところでは『日本書紀 雄略天皇元年三月是月条』 に「七度」云々という具体的記述があったように記憶する。

近代では小林一茶の日記、さらに戦後の文献ではディック・ミネの『すりこぎ随筆』(光文社刊)等でもしっかりと確認できる。      


































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ラベル:都知事選
posted by モモちゃん at 07:54| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

紙芝居墓場の鬼太郎の原作はおどろおどしい!

原作とは違う鬼太郎

水木しげる原作の漫画「ゲゲゲの鬼太郎」はつとに有名であるが、昭和30年代の紙芝居の世界では「墓場の鬼太郎」という題名で子供たちに知られていた。

おどろおどろしい妖怪の世界が展開していたのであるが、当時のストーリーにはアニメの「ゲゲゲの鬼太郎」とは全く違った生々しい恐怖感が描き出されていた。

それは本当の意味での不気味さであり、おぞましい様な恐怖感というものを感じさせてもいた。

幽霊人間、鬼太郎であって、決していい子の鬼太郎というイメージではなかった。

描かれている絵のタッチそのものがそうした奇怪な雰囲気を醸し出していた。

今思えば、とても懐かしい幻想の世界でもあった。


紙芝居の「墓場の鬼太郎」はとても面白い作品に思えていたのだが、どうしたことか途中で中断してしまって続編には遭遇しなかった。

ずっと後年になってから、「ゲゲゲの鬼太郎」が少年漫画雑誌に連載が始まった。

それをみて、子供心にも「墓場の鬼太郎」の続きなんだと思った。


Hakaba Kitarou 墓場鬼太郎 1









墓場鬼太郎OP - 原画MAD

 















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ラベル:水木しげる
posted by モモちゃん at 09:17| 備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

半端ではない見事な演奏のおじさんバンド!

カッコいい、おじさんバンド発見!

ネット上ですごいテクニック揃いのおじさんバンドを見つけました。

アマチュアなのかプロなのかわかりませんが、音の切れは最高にいいです。

そして年齢を感じさせないパワーがあります。

和気藹々としたバンドの仲間意識が感じられて、とても恰好いいおじさんバンドだと思いました。



そんなヒロシに騙されて CHERRY30530

 










二人の銀座 CHERRY1978 鶴岡アートフォーラム 9-5

 









朝日のあたる家 CHERRY30530

 








秘密諜報員 CHERRY30530

 








夜霧のしのび逢い CHERRY1978 鶴岡アートフォーラム 9-4

 















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ラベル:エレキギター
posted by モモちゃん at 08:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

セミは3年以上の地下生活を経て地上に出てくる

まずは昆虫観察!

昨日の夕方、コンクリート壁に羽化中のセミを見つけた。

どうやらクマゼミの羽化のようであったが、すでに殻から体全体が出た状態であった。

しかも翅をもすでにきれいに伸ばしきっていたところをみると、羽化の最後の段階であることが分かる。

通常セミは羽化のとき無防備な状態なので、スズメバチやアリなどに襲われないように薄暗くなる夕方に羽化する。

羽化自体には時間がかかるので、夕方に地下から地上に現れて日没後に羽化を開始する。

羽を伸ばしきるには相当時間がかかるので、日没から翌朝までの間に飛べる状態にもっていく仕組みである。

RIMG0942


セミはしっかりした木の幹や葉の上に爪を立てて体を固定した後、少しづつ背中側が割れて殻から白い成虫の頭部が出てくるが、このときはまだ体全体が
軟らかである。

セミにとってこれが最後の脱皮である。

成虫は上体が殻から出したあと足を全部抜き出していくが、このときのけぞった逆さ吊り状態になる。

次第に足が硬く固まるにしたがって体を起こし、殻から腹部を抜き出して翅を伸ばしていく。

翅には細かな脈管があって、体液が流れていくに従いきれいに固まる。




RIMG0943


翌朝までにはセミの外骨格が固まり体色がついた成虫となる。









翌朝確認してみるとセミは無事に羽化したらしく、そこには殻だけが残っていた。



RIMG0946

















これも夏の風物詩といえよう。







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ラベル:羽化
posted by モモちゃん at 12:29| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

世界各地で目撃されるUFO怪情報!

UFOを観ました!

現在地球上で飛行しているUFOは、地球製と地球外製とがあるのだという。

地球製といってもそれらはもとより非公開のものであるが、すでに地上で製造されたものであって、現在米国を始めとしてイギリス、フランス、ロシア、アルゼンチンの5カ国が所有しているとされる。

非公開ということは、UFO自体軍事機密に属する飛行物体ということなのだろう。

その他には地球内部の世界から飛来するものもあるということで、実際には相当数のUFOが世界中を飛び交っていることになる。

これにさらに地球外生物のUFOが飛来してきているということなので、遭遇する機会は少なくないはずである。

飛行原理もすべて秘密のベールに包まれているのでその実態は不明であるが、ときたまその姿が映像として捉えられるのでその存在に否が応でも気付かされことになる。

何かの錯覚か見間違いなら何ということもないのだが、次々とUFOの映像が出てくると、これらがまんざら偽物というわけでもないような気がしてくるから面白い。

錯覚であろうと、とりあえず不可思議な物は不可思議としか言いようがない。




ロンドンの空に突如現れたUFOに市民も騒然











鮮明に映りすぎなUFOと宇宙人が話題¥ドイツ

Real UFO With Aliens Caught On Camera











Real UFO Over North England











[HD]UFO Lands In China!!! June 7th, 2013 Unbelievable UFO Sighting・中国





















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ラベル:超常現象
posted by モモちゃん at 14:10| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月16日

Windows 10での最初のトラブル対処法

音無しはまずいだろう!

Windows 10へのアップグレードではいくつかのトラブルがあるのですが、普通によくあるのがWindows7およびWindows 8からのアップグレードによって、いままで使っていたソフトがまったく使えなくなる場合です。

ソフトの互換性がない場合は、同じWindows であっても使えないというわけです。

しかもWindows 10では、Windows7で使えていたWindowsXPモードも使えなくなります。

プログラムの中には、設定していた内容がすっかりリセットされてしまい、最初から設定し直さなくてはならない場合もあります。


ここで頻発するのがアップグレードによって、PCから音が出なくなるというケースです。

youtubeサイトの動画を再生してもスピーカーやヘッドホンから音が出ないわけです。

今回Windows 10へのアップグレードでは、5台のうち1台のPCに音が出ないトラブルが発生しました。

再起動を何度か繰り返すと復旧するとかいわれますが、出ないものはそのままではいつまでたっても出ません。


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これはWindows 10になっても肝心のサウンドドライバが古いまま
でアップグレードされてしまっているために、Windows 10ではサウンドが機能しない状態になっているということが考えられます。

やはり対応策としては新しいWindows 10対応のサウンドドライバ を入れ直さなくてはなりません。

今回その手順を簡単に紹介します。


まずWindows画面左下のスタートアイコンを右クリックします。

メニューが表示されるので、デバイスマネージャーをクリックしてその中の「サウンド、ビデオ・およびゲームコントローラー」を選択しクリックします。

これの左端にある「>」のマークをクリックしてさらに開きます。

するとそこに2から3個のドライバが表示されます。

これらはWindows 10対応のサウンドドライバ ではない可能性がありますので、すべてインストールし直す必要があります。

それぞれにカーソルを合わせて右クリックして削除を実行します。

新しいドライバを入れ直すために、事前に古いドライバを取り除いておくわけです。

最後に、新しいWindows 10対応のサウンドドライバ をPCに認識させるためにデバイスマネージャーのメニューから「機能」を選び、さらに「ハードウェア変更のスキャン」をクリックします。

これだけの手順で、いったん削除されたサウンドドライバが新しいものに書き換えられます。


Windows 10をインストールから1ヵ月間は旧OSへのダウングレードが可能となっていますので、アップグレードの結果不都合がある場合は元のOSに戻ることもできます。


Windows 10の無償アップグレードの提供期間は2016年7月28日までになっています。

この際注意することは、アップグレードの際に個人情報漏えいに注意したければ「簡単設定」ではなく、個別に初期設定をカスタマイズしておくことと、Windows 10の機能を使って「回復ディスク」を忘れずに作成しておくとよいと思います。

















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posted by モモちゃん at 14:55| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする