2017年01月30日

20世紀の謎・ロシア大公女アナスタシア?

偽物がいっぱい出現!

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ(1901年6月18日 - 1918年7月17日)は、ロマノフ王朝最後のロシア皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の第四皇女・ロシア大公女として知られる。

1917年の二月革命で成立した臨時政府によって皇帝一家は全員が監禁されるとともに、翌1918年7月17日にエカテリンブルクのイパチェフ館においてヤコフ・ユロフスキーが指揮する銃殺隊によって、裁判手続きを踏まないままでここで一家は殺害された。

この事件によってアナスタシアは、父母や兄弟姉妹と共にわずか17歳の若さで銃殺されてしまった。

不可思議なことに、この事件後に皇帝一家の中でアナスタシアだけがこの殺戮現場から奇跡的に助けられて生存しているという噂が巷に流れた。

噂だけではなくて、自分がそのアナスタシアだという女性がヨーロッパ各地で次々と現れた。

それも一人や二人ではない。その数は、数十人にも及んだのである。

その都度、その真偽が検証されていったのであるが、アナスタシア生存説は20世紀の歴史的な謎の事件ともいわれ、多くの女性が自分が生き残ったアナスタシアであると主張したのだ。

彼女らは家族が殺害された状況で自分がどのようにして生き延びたかについて様々な物語を提供したことで、本や映画、TVドキュメンタリーまでが創られた。

最も有名なのがアンナ・アンダーソンである。

アナスタシアを騙った有名人であり、いまでは王族偽装者の一人とされているが、それでも彼女を支持支援する人は少なくなかったのだ。

このようにたくさんの偽物のアナスタシアが出現した背景には、ニコライ2世がアナスタシアのためにイングランド銀行に預けていた1000万ポンドの遺産ともいうべき信託金の受け取りが目当だったのではなかったのかといわれている。

現在、二十一世紀初頭までにこれら皇帝家族全員の遺骸が確認されたとされている。

また2000年にロシア正教会によってアナスタシアら皇帝一家は新致命者として列聖された。





Anastasia Nicholeavna Romanov -her true story









Anastasia | #TBT Trailer | 20th Century FOX











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ラベル:ロマノフ王朝
posted by モモちゃん at 15:57| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

形あるものが一瞬にして消え去るとき!

木造家屋は不向きのようです

日本には建物の爆破解体業というのは存在しているのでしょうか?

狭い国土だけに隣接する建物が密集状態ということで、日本では物理的にやりにくいのかもしれません。

派手にポンポン建物を爆破している海外の動画を観ているといかにも作業効率がいいようにもみえるのですが、実際には予想外の爆破失敗のケースもあります。

これが観てみると、意外と面白い。

こうした爆破失敗の後処理は、かえって大変なのではと思います。






TOP 100 BEST Implosions Explosion Compilation - Best Building Demolition Compilation 2016








Top 10 Demolitions Gone Wrong









Top 10 Demolitions Gone Wrong #2











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ラベル:爆破計画
posted by モモちゃん at 15:02| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

まず最初に葛根湯について書かれています!

葛根湯は知ってます!

「傷寒論」という本のことをご存知ですか?

傷寒論は、後漢末期〜三国時代に張仲景が編纂した中国医学書の古典籍ですが、2000年以上以前の医薬情報、治療情報が記された文献ということになります。

ただし早くにその原本、原文の一部は散逸してしまったため完全な形では後世に伝えられてはいないとされます。

もともとは紙に記されていたのではなく、薄い竹の板の表面に書かれていたのであって、原本そのものは竹簡といわれ紐で繋いで丸めてあったものです。

紙による書物が登場する以前の原始的すがたであったわけです。

当然紐が切れれば竹簡全体がばらばらになってしまいますし、虫に食われれば穴があいて書かれている文字が判読できなくなってしまいます。

いうまでもなく竹そのものは、虫食いやカビにとても弱い素材でした。

時とともに竹簡が脱落したりして散逸してしまえば、そのまま記されている情報は失われてしまいます。

いま現在まで過去の典籍が残されてきたということは、そうした歴史的変遷に耐えていくうちに竹簡から紙に書き写されどうにか伝えられてきたということになります。

そうした貴重な文献は、かっての遣唐使らが命懸けで日本に持ち帰った文物に含まれていました。

日本に伝わったそうした医学書は珍重され、日本でも独自に研究されました。

傷寒論の内容は簡潔な条文で構成されおり、その治病理論は極めて精緻であり、これまでにも歴代の医家によって研究と追試が試みられただけではなく、関連医書の編纂や多くの注釈本が書かれてきた貴重な古典医学書です。

そうした傷寒論について書かれた後世の専門的注釈本は、現在中国国内でも優に1千種を越える文献が確認されているといわれています。



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ここで一つ考えてみてください。

2千年以前の治療情報、薬物情報がいまだ現代にもほぼそのまま通用するということの背景を。

科学文明がこれだけ進歩した現代にあっては、何だか可笑しな話ではないでしょうか?

それも薬物や医療に関わる情報です。

いわゆるそうした情報は、短期間により優れたものの登場によって過去の遺物は次第に淘汰され消滅していくのが人類史の常套ではなかったでしょうか?

いつまでも古臭いものに縋りついていくというのは、どう考えてもいただけません。

過去の古いものは捨てられ忘れ去られていくのが、人類のすべての歴史でみられる当たり前の自然な流れでもあります。

特に医療技術や薬物情報というものは、常に新しい発見や画期的な術式が登場することによって確実に進歩の道筋を辿っていくものであるに違いありません。

ところが21世紀の今日においてさえ、意外過ぎる事実として傷寒論そのものは色あせずに存在し続けているというわけです。

現代でもこの傷寒論に書かれている情報は、医療の世界では高く評価されています。

傷寒論は、いまでも中国医学に関心を持つ世界中の医師や薬剤師に読まれ続けています。

本当に不思議といえば不思議です。


いわゆる漢方薬は副作用がないというのは間違いです。

漢方薬でも酷い副作用を起こす場合があります。

自然な生薬を使っていてさえも、薬というのは使い方を間違えると危険なのです。

はるか古代からの薬物情報がこの傷寒論には、集約されているともいえます。

事実、傷寒論が書かれた時代であっても、医家自身が師から受け継ぎ3代にわたって臨床試験がなされた処方しか患者には投与しないという諺が通用するほどに慎重な取り扱いがされたといいます。

そうした長時間の検証作業が積み重なって、ようやく傷寒論は成文化されたのだとも言えます。

過去の貴重な薬物情報だけでなく、その背後にある自然哲学的考え方も同時に再認識されるのが好ましいことではないでしょうか。

漢方薬がもっとも効果を発揮する使われ方は、傷寒論に書かれている診断技術によって確定された病証とそれに適応した薬物が処方された時というわけです。

これも何だか意外な感じです。
















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ラベル:漢方医学
posted by モモちゃん at 21:42| 歴史再発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世相を斬る嘉門達夫の替え歌シリーズが冴える!

大芸人、なごり寿司 !?

嘉門達夫の替え歌は、その発想のレベルからして天才的である。

面白い言葉遊びのようにみえて、そこには時代背景や人物のキャラクター、事物の組み合わせの意外性などといった卓越した多彩な手法がとられている。

それによって聴く人を瞬時に笑わせてしまうような軽妙ささえをも巧みに演出してみせている。

まさしく芸である。

嘉門達夫こそ大芸人の筆頭であろう。



商品化できない替え歌








嘉門達夫 没、替え歌メドレー








嘉門達夫 替え唄 Let It Go?ありのままで?その1








替え唄大メドレー / 嘉門達夫








嘉門達夫「2016年振り返り」替え唄メドレー








嘉門達夫 なごり寿司











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posted by モモちゃん at 06:53| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

人類の前に現れたスーパーバクテリアの正体!

「悪夢のスーパーバクテリア」

26種の抗生物質に耐性を持つ「悪夢のスーパーバクテリア」 70歳女性が死亡(米)
2017/1/23  Techinsight
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20170123-37045853-techinq

猛暑のシベリア西部ヤマロ=ネネツ自治管区で先週から炭疽菌が拡散し、家畜のトナカイが1,500匹大量死する事件が発生しました。NBCやRTによると、永久凍土に70年以上前に埋められたトナカイの骸から、猛暑で炭疽菌が蘇って広まった模様です。

http://www.gizmodo.jp/2016/08/_1500nbcrt70_71735_19415010136.html#cxrecs_s?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=201612






事実は小説より奇なり」などと言うが、私は個人的には逆の感慨を持っている。

予想だにしない突発的大事件が発生すると、我々はそれこそあたふたするわけであるが、よく考えてみるとこれは映 画か小説のストーリー展開とよく似ているではないかとはっとするときがある。

それこそ「映画や小説を地で行く」ということも結構あるわけである。

ペット用の珍しい猿がアフリカから密輸される。

検疫を受けていないからまさしく密輸である。

その猿はある恐ろしい未知の病原菌 (ウィルス)を持っていて、接触した人間に次々と伝染して急激な 感染症状をもたらす。

感染者は短期間に発熱、嘔吐、全身に赤い発 疹と出血症状が現れて死亡しはじめる。

もう町中がパニックである。ついに政府は軍隊を出動させる。

軍隊はこの猛烈な感染力をもつ伝染病を駆逐するために、空爆で一挙に 病原菌ごと町を吹っ飛ばすという対応に出ようとする。

つまり、この映画「アウトブレイク」の現実版が、皮肉にも驚くべきタイミングで再度にわたってアフリカに出現したという事実があった。

アフ リカ・ザイールで局地的に流行しているこのエボラ出血熱の登場は ショッキングであった。(リチャード・プレストンの「ホット・ゾー ン]も参照されたし)

現地ザイールでも軍隊が出動して、人口四、五十万の町は道路封 、もしくは完全に包囲されてしまった模様はそのとき世界中に報道された。

その際、WHOも迅速に活動を開始したことからみても、この感染症 の蔓延は深刻な事態を招きかねない危険性を秘めていた。


急激な病原菌の蔓延ということで想い出すのは、小生の場合まず 「アンドロメダ病原体」(マイクル・クライトン、1969年作) というSF小説である。これもやはり軍隊が出動する。

 アリゾナの平和な田舎町に人工衛星が墜落して、回収に向かった部隊からの連絡が途絶えるという異変が発生する。

町の住民も回収部隊のチームも死亡しているのが探索機のパイロットによって上空から確認される。

衛星が地球圏外で未知の病原体と接触し、そのまま地上に落下し たらしいということで、直ちに緊急体制が取られる。

ここからのアメリカ政府の危機管理の推移が非常に興味深い。

町もろとも未知の病原体を核爆弾で焼き払おうとするわけである。

これが「アウトブレイク」に先立つこと二十四、五年前に読んだ小説であった。


さらに二十年後に発表されたマックス・マーロウの「レッド・デス」も凄かった。

南極の氷河の下から十万年前の絶滅したオオナマケモノの死体が発見される。

地上最大の巨大な(三十フィート)標本として世界中の科学者に注目されるが、移送作業が難行する。

そのままだとやがて腐敗し始めるということで、解体して巨大生物の内蔵だけを海に投棄してしまう。

実はこの捨てられた内蔵の中に太古のウィルスが凍結したまま生存していたのである。この内蔵 をオキアミが食べ、さらに鱈が食う。

やがて鱈は漁師に捕獲される。
 
未知のウィルスはこのようにして人間のあいだに蔓延し始める。

感染すると体内で赤血球が猛烈な勢いで増殖し、血管を破綻させ出 血とともに死に至る恐ろしい伝染病である。

このウィルスは村から町へと広がり、ついには南半球全域が壊滅する。

小説の中では経済大国日本も敢えなく全滅する。
 
この後も残った人類が殺人ウィルスの猛威にどう対決するかスリリングな展開が読者を待っているというわけである。

こうした発想は欧米人の潜在的危機感に繋がるものかもしれないが、やはり明確な歴史的危機意識が根底で働いているといえるのではないかと思う。


伝染病の猛威といえば、ヨーロッパの中世末にペスト(黒死病) の猛威が各都市を周期的に襲った歴史がある。

ペスト菌がヨーロッパに到達したのが1340年代であったが、5年間でおよそ3000万〜5000万人が死亡した。

これは当時のヨーロッパの人口のほぼ半分に当たる犠牲者数であって、いかにペストの猛威が激烈であったかが窺える。

 各都市では城門を 閉ざして恐ろしいペストの流入を防ごうとしたらしい。

いまでいう道路封鎖というところである。
 
当然そこには外部と隔離された世界が出来る。

ここらに多くの小 説家が食指を動かす題材があるというわけである。(カミュの「ペ スト」などが有名)

城壁の外ではいよいよぺストの蔓延が猛威をふるい死者が溢れかえる。

 ところが、その隔離されて安全と思われていた城内でもついにペスト患者が発生するという破滅的展開である。

あの有名なノストラダムスもペストで最愛の妻子を亡くしている。

人々はペストを恐れて都市から次々に逃げ出していく。

それこそ無人の町が無数に出来ることになる。
 
そのような状況で、もっとも頼りにされたであろう教会の牧師や医者までが命惜しさに吾先に逃げまどう。

そうした混乱した状況は、人々の従来の社会的権威に対する不信へと繋がっていった。

それこそ科学万能の時代のように思われている現代にあっても、新型インフルエンザや強力な感染症を前にすると人間本来の無力さが露呈されてくる。
 
危機管理や情報に目敏い金持ちは、こういうときも対応が早い。

馬車に飛び乗っていち早く安全な地方に逃避することができるが、多くの貧乏人にはその手だてがない。

当然、犠牲者も彼らに集中する。

こうした歴史は繰り返されてきたことも事実である。

ヨーロッパでは疹チフスやペ ストといった疫病が十年周期ぐらいに人々を襲い、都市の人口が激減するという暗黒の時代が過去には何度もあったわけである。

このような新たな病原菌の出現は、地球的な大気汚染や気候の変化にも関連しているかも知れない。

熱帯地方の風土病と思われていたものが、突如として温帯地方の都市部でも発生し始めることも考えられる。
 
さらに、抗生物質に耐性のある病原菌が21世紀には爆発的に増加する可能性が出てくるという予想に立てば、結局現代医学の目指してきた感染源の病原体を抗生物質で叩くという薬物医療は大きな打撃を受けることになる。

ここで感染が阻止できなければ、当然外医療現場でも大変な混乱を生じるという状況も出てこよう。

現代社会ではこれがもっとも恐ろしい事態であろう。



 
【Technobahn 2007/8/9 15:23】米ラトガース大学(Rutgers University)の研究グループが南極から採取した氷に閉じ込められていた800万年前の微生物の解凍に成功していたことが7日、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文により明らかとなった。  この研究を行ったのはラトガース大学のKay Bidle教授を中心とする研究グループ。   Bidle研究員は南極のBeacon渓谷とMullins渓谷での氷河の表層から3〜5メートル下にある今から10万〜800万年前の氷を採取し、氷の中に閉じ込められていた当時の微生物を解凍して復活させることに成功した。  解凍した後、10万年前の氷から採取された微生物は7日ごとに倍の大きさに成長。一方、 800万年前の氷から採取された微生物は30〜70日ごとに倍の大きさに成長することが確認されたとしている。  研究グループでは800万年前の微生物の成長が10万年前のものと比べて遅いのは、氷に閉じ込められている間に受けた宇宙線の影響でDNAに損傷を受けたためではないかと見ている。

【2013年3月8日 AFP】ロシアの科学者らが南極の氷底湖、ボストーク(Vostok)湖から採取した水の中から、全く新種のバクテリアを発見したとロシア通信(RIA Novosti)が7日、報じた。  ペテルブルク核物理学研究所(Petersburg Nuclear Physics Institute、PNPI)遺伝学研究室のセルゲイ・ブラト(Sergei Bulat)氏(遺伝学)によると、見つかったバクテリアのDNAは現在確認されている地球上のどのバクテリアとも異なっていたという。「われわれは、この生命体が『未分類』で『未確認』のものだと考えている」(ブラト氏)












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ラベル:感染症
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2017年01月22日

南京事件30万の犠牲者数は本当なのか?!

原爆三発分の被害者数とは?

旧日本軍が一般市民を含む多くの中国人を殺害したとされる“南京事件”を否定する内容の書籍が、アパホテルに置かれていることがネットを介して中国で大きく問題化しているという。

今回、批判されている本は、アパグループCEOの元谷 外志雄氏が書いたエッセー集ということである。

これは一体どういうことであろうか?

当然、言論統制下の国と言論自由の国との間では、国民の反応はまったく違うはずである。

アパホテルのページからその書籍を探してきた。

(引用開始)
『本当の日本の歴史 理論近現代史学』P6二、南京三十万人大虐殺

「中国は日本軍が南京で三十万人を虐殺したと主張しているが、そもそも当時の南京市の人口は二十万人であり、三十万人を虐殺し、その一ヶ月後には人口が二十五万人に増えていたなどあり得ないことだ。しかも国民党中央宣伝部に雇われていた二人を除いて、欧米人など第三国の人が虐殺を目撃した日記も手紙も写真も、記録したものが一つもないことなど、更には、上海大学の朱学勤教授が「いわゆる南京大虐殺の被害者名簿というものは、ただの一人分も存在していない」と論文で発表したにもかかわらず、辞職もさせられていないことなどから、いわゆる南京虐殺事件が中国側のでっちあげであり、存在しなかったことは明らかである。」(引用終わり)
https://www.apa.co.jp/newsrelease/8325


このニュースを見た後で、次の情報も同時に入ってきた。

今現在、アメリカ国内でバカ売れしている本に「Killing the Rising Sun How Amerika Vanquished World War II Japan」(「日出ずる国を葬り去れ アメリカはどうやって第二次世界大戦で日本を(完全に)征服したのか」)というのがある。

いまどき日本について書かれた歴史書が、全米でこれほど大ヒットしているというのは意外ではある。

本の著者は20年間続いている報道番組の司会者であるビル・オライリー氏ということで、一般人よりもはるかに国際情報には通じている立場のはずであるのだが、意外な内容である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC

タイトルにある通り、本書は先の大戦で広島と長崎への原爆投下の正当性を検証する歴史書ということで、彼の有名な「Killing」シリーズの最新本ということになる。

書中では、第二次世界大戦で旧日本軍がアジアで非人道的な行為を行ったと記述されており、南京事件については「日本軍は組織的に冒とく的行為をし、南京の60万人の市民の半分を殺害した。中国の人々が残忍に虐げられるニュースに日本の人々は興奮していた」と表現されている。

彼は狂信的な共和党支持者といわれており、今後のトランプ政権と相まって過激で一方的発言も出てくると思われるが、注目すべきことは本書に書かれていることは現在中国が喧伝していることとまったく同様だということだ。

いうなれば同一の情報を共有しているということだろう。

ビル・オライリー氏の本書は発行数か月で、すでに50万部を超えるほどの大きな人気を集めているという。

早い話、これがアメリカ国内での定説として一般市民の間にも広がりつつあるという。

中国やビル・オライリー氏らは、日本軍が南京で三十万人を虐殺したと主張しているのだが、冷静に考えるとこの数字は余りにも大き過ぎるように思える。

その理由は下記のとおりである。

ネット上に「教えて!goo」というコーナーがある。
そこに登場した質問とそれに対する答えがあったので、以下引用する。
(引用開始)
「原爆・長崎・広島の被害者数は一体どれくらいなんでしょうか。」

「広島は当時人口42万人、死者、行方不明合わせて12万2338人、長崎は、人口24万人、 死者、行方不明合わせて7万3884人と言われています。 被爆後5年間の間に広島で20万人、長崎で14万人です。」(引用終わり)

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/945711.html


これを見たとき咄嗟に考えたのであるが、原爆一発の攻撃で長崎・広島では10万人以上、もしくはそれに近い単位の被害者数が発生している。

この原爆の人的被害をどう見るかである。

ここで先の南京での三十万人の犠牲者ということであれば、まさにかっての原爆三発に匹敵する桁違いの未曽有の規模の攻撃が旧日本軍によってなされていたということになる。

どうみても原爆三発に匹敵する犠牲者というのはおかしい。

それほどに旧日本軍は強大な力、もしくはそうした余力を持っていたのか?

これだけでも驚きである。

いやそれでも現実に中国やビル・オライリー氏らは、旧日本軍は原爆三発分に匹敵する想定不可能な殺傷力を発揮していたと言い張っていることになる。

市民三十万人を原爆を使用せずに、通常兵器で一気に虐殺しきったというのであるから、まさにこれは想像を絶する情報そのものである。

もっぱら敵となる軍隊に対して構える状況下で、無差別に市民に向ける豊富な銃弾や戦闘エネルギーが無尽蔵に際限なくあり得たとする設定には矛盾を感じるところである。

冷静に考えれば、妄想、虚言ともいえる一方的な話である。


ここではアパホテルが中国から批判されているのだが、問題の書籍では南京大虐殺の否定と並んで通州事件の陰謀説が登場している。

もとより通州事件は、歴史教科書では絶対に書かれない事件であるが、書籍であえてこれに触れられていることも今回の問題化の原因なのかもしれない。

これなどは日本人には、知られたくない歴史情報なのだろうか?




通州事件関連動画




通州事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6












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ラベル:アパホテル
posted by モモちゃん at 14:47| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外で注目を集める柴犬は日本原産!

日本犬が愛されている

いまでは人なっこい柴犬が、世界各地で活躍している。

そして人々に愛されている。

柴犬たちは海外でもペットとして幸せに暮らしている。

コンパクトなスタイルやくるりと巻いた尻尾の形などの外形だけでなく、外国人にも柴犬本来の可愛らしさはそのまま通じるようである。




Oujin 9 semaines









Shiba Inu : rencontre avec une eleveuse de chiens japonais











【柴犬】海外進出を果たした柴犬たちがリア充し過ぎて羨ましくなる画像集










Yuki The Talking Shiba Inu













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2017年01月21日

映画『沈黙』の次は大作『島原大乱』だろう!

いよいよ公開、映画『沈黙』

ハリウッド映画『沈黙』は、現代の日本でどう受け入れられるのだろうか。

原作は遠藤周作の小説であり、出演者も日本人が多数出ている。

原作小説は世界的にも高い評価を得たとされる。

映画そのものは宗教を題材にしたとても重い作品であり、過酷な拷問に苦しむキリシタン信徒の姿も描かれるわけだから、観る側も相当な覚悟がいるであろう。

映画作品にしろ、歴史小説にしろフィクションであるから、そこには独自の演出や誇張もあるであろうし、もっとも重要であるところの宗教教義に至ってはどこまで理解が及ぶものなのか分からない。


この作品は1966年に発表された直後、小説として評価されたにも関わらず、当時のカトリック教会に否定され、鹿児島、長崎では長い期間にわたって発禁本扱いにされていた事実がある。

この作品の時代設定は、島原の大乱が終わった直後の長崎が舞台である。

未曽有の島原の大乱とキリシタンとの関係を一体どう評価するというのか。

あの3万7千人もの犠牲者を出した大乱の直前ではなく、終息してしまったところから物語の幕が上がるということは、日本人としてはいささ違和感を覚えるところである。

時代背景から言えば、いわゆる日本のキリシタン迫害の過渡期、もしくはそのもっとも過酷な時期からは焦点が外れているともいえなくもない。

むしろ時代設定がそこにわざわざ絞り込まれていることで、キリシタン弾圧の過酷さだけがより強調されてくるのは確かである。

そこがこの映画の一つの狙いなのかもしれないが、そこには何かが都合よく見落とされている感じがする。

結果的事象の前には、その発生事由としての原因そのものがあるはずなのだ。

それは宗教的迫害が生まれた理由の明確化が、そこに厳然と示されていなくてはならないであろうということである。

それでなくては、そこに至るまでのキリスト教伝来以降の歴史的経緯として捉えておかなくてはならない時代背景はもちろんのこと、そこから生じたいくつもの宗教がらみの事件の重要な部分が欠落してしまっていることになる。

それが示されなければ、当時のキリシタン宗徒が何故に為政者からあれほどに忌み嫌われ排斥されていったのかの歴史的流れが曖昧なままで表には出てこない。

いうなればこの映画作品は、まさしく五幕物の最期を飾る悲劇作品というべきものであろう。

実際には、今回ここでは開幕公演されない一幕から四幕が存在しているのである。

しかもそれらがすべて悲劇的展開となっている。

多くの日本人は、そのことには関心を持たないであろう。





コロンブスを称賛し過ぎる歴史教科書
http://touyouigaku55.seesaa.net/article/440227547.html


戦国の奴隷取引は当たり前だったのか?
http://touyouigaku55.seesaa.net/article/433838442.html

南蛮に買い叩かれた戦国日本人奴隷
http://kenkoubook.seesaa.net/article/427942352.html

アジアにおける日本人奴隷の実態
http://kenkoubook.seesaa.net/article/427976864.html

奴隷貿易の儲けは山分け
http://kenkoubook.seesaa.net/article/443830699.html

日本でのイエズス会が採った見事な軍事戦略
http://kenkoubook.seesaa.net/article/427867734.html


秀吉は何故イエズス会の長崎城砦を破壊したのか?
http://touyouigaku55.seesaa.net/article/445128986.html

長崎代官は何故イエズス会と対立したのか
http://kenkoubook.seesaa.net/

知られざる元和の大殉教
http://kenkoubook.seesaa.net/article/445857820.html

海外からもたらされた火種が燻る島原領内
http://kenkoubook.seesaa.net/article/417899070.html

島原鉄砲軍団の装備と練兵の核心に迫る
http://kenkoubook.seesaa.net/article/445214175.html

「日本人奴隷貿易」ノンフィクションを出版しました!

http://kenkoubook.seesaa.net/article/453299976.html













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2017年01月20日

尖閣諸島を手放せ、尖閣は要らない!?

学校では絶対教えられない九州歴史発見シリーズ

南蛮に妨害された等安の台湾遠征
村山等安の台湾遠征は無駄だったのか?
台湾遠征計画に驚愕した長崎イエズス会
中国側(明)が支配海域をはっきりと明言した事実

東洋医学史研究会
宇田明男





「尖閣諸島を手放せ」■「尖閣は要らない」  ?


1615年徳川幕府は、大坂方の豊臣と戦端を開いた直後に、長崎代官の職にあった村山等安の台湾遠征計画を実行に移させるべく朱印状を与えた。

台湾遠征については、事前に長崎奉行・長谷川権六の薦めがあったのか、あるいは村山等安が自ら幕府に建白したのかは定かではない。

どちらにしても、事の発端は九州のキリシタン勢力と認識されていた等安の勢力をここで削ぐことを密かに画策していた幕府側の動きとも同調したものであったことは確かであった。

しかもこの台湾遠征という対外的事業に伴う一切の費用そのものは村山等安がすべて負担したのである。

長崎代官という公職に就いてはいたが、元を糺せば等安は一介の貿易商でしかなかった。

貿易商としての己の才覚で財を成していたとはいえ、等安は台湾遠征のための資材や船舶、さらにはそのための戦闘要員までをも事前に準備しなくてはならなかった。

おそらくそれは数十万石の大名でも難渋するであろう大事業に違いなかった。

彼の狙いは、まず第一に台湾島に交易の拠点、もしくは中継点を設けて直接日本と中国(明)との通商路をしっかりと確保することであった。

ここには貿易商としての等安の経験と独自の見識とが働いていた。

第2点は、隣接する中国沿岸海域や尖閣
諸島を含む海域での船舶の航行の安全を期するために日中間の支配海域と国境線を明確にすることにあった。

ここにも領有、支配海域という明確な認識がすでに等安にはあった。

第3点目は、これらの海域で暴れる倭寇勢力(海賊)の制圧にあった。

当時海賊の横行が、この海域での対外的交易において大きな障害となっていた。

この時期、東シナ海海域の倭寇勢力は台湾島にもすでに拠点を構えて暴れていた。

こうした視点に立ち得たのは、村山等安の貿易商としての長年の実務的経験と知識とがあったからである。

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このときの等安の台湾遠征計画自体は、江戸幕府だけでなく内外に大きな驚きを持って受け取られていた。

実はこの村山等安の台湾遠征の計画にもっとも敏感に危機感を持って反応したのは、かねてより生糸の転売で大きな利益を上げていたポルトガル商人らであり、その背後で経済的繋がりを持つイエズス会そのものであった。

ここにきてイエズス会と敵対する長崎の等安勢力が台湾へ遠征するという情報は、同じ長崎で活動する彼らに少なからぬ驚きをもって受け取られた。

もしもこの等安による遠征計画が成功すれば彼らは日本での生糸の独占的市場を失い莫大な経済的損失を被ることになるわけで、その結果彼らがこれまで独占してきた仲介貿易事業も宣教活動も一気に破たんすることになることは明白であった。

彼らからすれば、等安の遠征計画はそれだけ衝撃的なものであった。

これに対してすぐさま南蛮勢力は結束して直ちに遠征の妨害工作に出た。

実はこうした日本(幕府)と中国(明)との直接の交易の動きは以前より是が非でも阻止するように、彼らには教会上層部から特別に指示が出されていた。

それは日本の為政者である将軍が、明(中国)との直接の交易を強く望んでいることを事前に察知していたからであった。

1610年2月17日付けリスボン発、ポルトガル国王のインディア副王宛書簡「モンスーン文書と日本: 十七世紀ポルトガル公文書集」p173ー175 : 高瀬弘一郎著

「台湾を獲得して中国貿易を行おうとする日本国王の意図を、策を用いて妨害するよう命令」(1610年、文書13)より引用。
 「現在日本全土を統治している国王(=徳川秀忠)は、彼らが高砂と呼ぶフォルモザという島に遠征する準備をしている、と。其処は泉州の沿岸の近くである。彼の意図は、それ〔フォルモザ島〕を獲得して其処とシナとの間の貿易を手に入れることである。(中略)日本人たちにそれ〔狙い〕を遂げることなど出来ない旨の偽装工作をすることによって、それが成就しないよう尽力することを依頼する。」引用終わり

南蛮がこうした対抗策に出る直前の慶長十三年(1608年)、家康は日本に漂着した台湾のアミ族の者と駿河城で直接引見していた。

幕府はここで台湾で勢力を持つ高砂族との関係を改善して明国や東南アジアとの交易の際の中継となる拠点造りを強く望んだわけだが、いまだにそれは果たせないまま推移していた。

翌年の慶長十四年(1609年)、九州の大名有馬晴純は家康の名により、台湾へ朝貢を促すため渡海したが、台湾の原住民との交渉は成功せずに追い返されてしまっていた。

これとて事前に講じた南蛮勢力側の妨害工作が成功した結果であった。

こうした中で今回あらためて長崎代官・村山等安が、台湾遠征計画に名乗りを上げたわけである。

それに至る経緯は判然としないのであるが、この時期そのような建白書が等安から幕府へ奉じられていたのかも知れないところである。

幕府主導によってすべてここで台湾遠征の事業が考えられていたとしても、それを実施すること自体大変な企てであることには違いはなかった。

この間にも徳川と豊臣との戦いが、大坂では続いていた。

そうした状況の中で、台湾遠征と長崎代官である村山等安と結びついたことは誰がみても意外な展開であったはずである。

幕府にしてみれば、あるいはこの時期キリシタンである村山等安の勢力をここで削ぐために、無理難題が一方的に押し付けられたということも当然考えられよう。

幕府はすでに等安を西国におけるキリシタン勢力の中心人物として捉えていた。

当然こと、ここでは双方に腹の探り合いがあったはずである。

少なくとも台湾遠征ということであれば、村山等安自身には貿易商としての独自の見聞もあったはずであり、ここで長崎代官として自らそれ相応の手立てを幕府に建白して忠誠心をみせたのかもしれない。

逼迫した国内情勢を考えれば、このときそうした駆け引きが長崎のキリシタンを守ろうとする等安には是が非でも必要であった。

台湾遠征を企てるだけの力量なら、彼なら戦略を練る一かどの武人として、また貿易商として十二分に備わっていた。

長年代官職にあって、等安は同時に幕府直轄領長崎の貿易商としても活躍していたわけで、この間に多くの対外的交渉の場にも関わってきていた。

朝鮮や中国明国の海商はもとより、南蛮勢力や倭寇とも呼ばれた海賊とも少なからず交渉があった。

等安はその際も、彼らとの交渉に相手の言語で対応できる語学力を習得していた。

少なくとも彼には日本の国益を守ろうとする、武人としての気概があった。

等安の頭の中には、交易上の航路に関連する領海線や海洋上に点在する島々の領有権というものの重要性が強く意識されてきていた。

それはこれまでの南蛮との多くの商取引や貿易で培われた等安独自の外交感覚でもあった。

すでに南蛮勢力は東南アジア(マニラ)や中国(マカオ)などに交易上の拠点を確保してきており、強固な要塞を設けるなどしてその勢力を拡大しつつあった。

新たに交易に参入してきたオランダなどの西欧の重商主義的動向を密かに窺っていた等安自身は、西洋人がじわじわと東アジア海域や日本近海に拠点を設けて迫って来ていることを忸怩たる思いで眺めていた。

それだけに海上の通商路をしっかりと確保することと、日本の交易船が何の制約もなく自由に航行できる環境が必要と考えていた。

当初より等安は交易に付随して、台湾遠征計画においてもこの辺りの外交的な問題を明確にさせることを意図していた。 


台湾遠征が後世にもたらしたもの

もしも等安の台湾遠征が成功すれば、結果的に南蛮人商人は大きな打撃を受けるはずであった。

南蛮貿易の利権が一気に失われればイエズス会の日本での宣教事業も経済的に破綻して、たちまち頓挫してしまうことになる。

明らかにイエズス会と対立する等安の狙いは、当初よりそこにもあったはずである。

すでにこのとき等安は長崎周辺のイエズス会勢力とは熾烈な敵対関係にあった。

当然等安と敵対する彼らは、常にこうした日本側の動きには敏感に対応していたわけで、そうした南蛮商人やイエズス会勢力側から何らかの妨害工作があることをこのときの等安自身はどこまで予測していたのであろうか。

皮肉なことに村山等安とイエズス会勢力とは立ち位置や利害関係の確執から、ここでも互いに対立する状況が続くわけである。

国内だけではなく、すでに対立するそうした国外勢力も等安を抹殺するために背後で密かに画策し始めていた。

そのための資金提供も成されていた。

さらには当時の南蛮勢力は、中国沿岸の海賊集団である倭寇とも緊密に連携して実効性のある妨害工作を前もって講じていた。

等安の台湾遠征の企ては琉球王朝を通じて中国の明にも事前に伝えられ、沿岸海域での警戒感も高まっていた。

政略に長けた者同士、おそらくそうした水面下の熾烈な情報操作の戦いは当事者同士であれば十分に感知していたはずである。

等安の台湾遠征そのものの国内情報が少ないのは、ほとんど外部に対して秘密裏に進められたという事情が背景としてあったからであろう。

だが先に上げたように、等安の台湾遠征の情報そのものは早い段階で南蛮人や明国だけでなく、すでに周辺海域の倭寇らにまで瞬く間に知れ渡っていた。

言うなればそうした等安の画策に抵抗する多くの勢力がひしめく状況下にあって、あえて台湾遠征隊は送り出されたということになる。

長崎より、総員4000名の台湾遠征隊を村山等安は送りだした。

遠征隊の総大将は等安の息子長安(三男)であった。

急遽長崎港周辺から結集した十三艘の遠征船団は、元和2年(1616年)5月4日に出航したが、時期的に早過ぎたこともあって直後に琉球近海で激しい暴風に遭遇する。

遠征隊の総大将である村山長安の船を含む三艘は交阯(ベトナム)に漂着した後、翌年の元和3年7月に何の成果も得られずそのまま帰国を強いられた。

明石道友の船を含む別の三艘は台湾北部に漂着し内一艘の部隊はどうにか上陸して要塞を構築したが、周辺の原住民やその地を拠点としている倭寇の執拗な攻撃に晒され、さらに兵糧の補給不足で戦闘不能となり全員が自害してしまったためそれ以上の攻略を断念せざるを得なかった。

残りの七艘も暴風で遭難し船体に大きな損害を受けたが、琉球で船を修理した後に金門島、澎湖島を経て再度台湾の竹塹に上陸を果たした。

その後七艘は大陸沿岸部にまで進行して明国に交易を求めているが、何ら成果は得られず結果的には遠征自体はここでの交渉は失敗に終わってしまった。

明国の日本に対する警戒心がそれだけ強かったのである。

日本と明国の関係がこれまで同様に改善されないということは、ポルトガル側と倭寇との間に共通する海上交易の権益が従来通り維持されるということを意味した。

結局彼らによって準備された妨害工作が功を奏して、もっとも恐れていた明国と日本側の直接交易という計画は阻止されてしまい、今回の等安の遠征計画は完全に失敗に終わってしまった。

遠征したこれら船団の一部は周辺海域の倭寇とも果敢に交戦していたが、排撃の姿勢で待ち構えていた金門島の明国軍司令官・沈有容の軍船と激しい戦闘を交えうち1艘の船を失っている。

軍司令官の沈有容はこの戦功により福建水師提督に任命された。

遠征船団は、このとき東湧島で漁民に紛れこんでいた明国の偵倭官・董伯起を捕えて一旦日本に帰国していた。

翌年村山等安は明国との交易を求めるために、拉致してきた董伯起を鄭重に送還することとし、その交渉のすべてを明石道友に任せた。

このとき等安は明石道友に、細心の注意と細かな指示を与えて送り出した。

再度明国と領海と支配海域を確認するためであった。

だが遠征時に日本側と武力衝突があったことで相手の警戒心は殊のほか強く、等安による明国側との通商交渉は進展せずに事実上行き詰ってしまう。

長崎代官村山等安の使者明石道友は、このとき明国側に逮捕され役人(海道副使)に尋問を受けたのである。

その時の経緯が最近ようやく日の目を観た。

「引用開始」
「尖閣、400年前は支配外…明王朝公式日誌に」
【2013年1月21日 読売新聞】

 中国の明王朝の公式日誌「皇明実録」の中に、明の地方長官が日本の使者との間で、明の支配する海域が尖閣諸島(沖縄県)より中国側にある台湾の馬祖(ばそ)列島までと明言し、その外側の海は自由に航行できるとした記述を、長崎純心大の石井望准教授(漢文学)が見つけ、21日午前に長崎市内で記者会見して明らかにした。

 中国は現在、尖閣諸島を約600年前の明の時代から支配してきたと主張しているが、石井氏は記者会見で、「歴史的に見ても、尖閣を巡る論争は日本側の主張が正しいということが、この史料からわかる」と語った。

 石井氏が見つけたのは、江戸時代初期にあたる1617年8月の皇明実録の記述。沿岸を守る長官だった「海道副使」(海防監察長官)が、長崎からの使者・明石道友を逮捕・尋問した際の記録で、皇帝への上奏文として納められていた。

 それによると、この海道副使は明石に対し、沿岸から約40キロ・メートルの「東湧島」(現在の馬祖列島東端・東引島)などの島々を明示したうえで、この外側の海を「華夷の共にする所なり」とし、中国でも他国でも自由に使える海域だと指摘したという。魚釣島などからなる尖閣諸島は、中国大陸から約330キロ・メートル離れている。

 中国は、明王朝の1530年代に琉球に派遣された使者の記録をもとに、琉球の支配海域の境界は尖閣諸島の東側にある久米島と同諸島の大正島の間にあり、魚釣島などは明の領土だったと主張している。だが、今回の記述により、明の支配海域は沿岸から約40キロ・メートルまでで、尖閣諸島はどこの国にも属さない「無主地」だったことが明らかになった、と石井氏は指摘している。日本政府は、尖閣諸島が「無主地」であることを調査・確認したうえで、1895年に日本に編入したとしている。
「引用終了」










この稿、削除されなければ続く







参考資料:
読売新聞:2004年8月7日〜9月18日号・「九州こだわり歴史考・棄教の果て」
「サント・ドミンゴ会の修道師の記録による村山一家」(アルバレス・タラドーリス編注・佐久間正訳)
「完訳フロイス日本史」(中公文庫) ルイス フロイス (著) 松田 毅一 (翻訳) 川崎 桃太 (翻訳) 全12巻
 1 織田信長篇T「将軍義輝の最期および自由都市堺」(中公文庫,2000年1月)
 2 織田信長編U「信長とフロイス」(中公文庫,2000年2月)
 3 織田信長篇V「安土城と本能寺の変」(中公文庫,2000年3月)
 4 豊臣秀吉篇T「秀吉の天下統一と高山右近の追放」(中公文庫,2000年4月)
 5 豊臣秀吉篇U「暴君秀吉の野望」(中公文庫,2000年5月)
 6 大友宗麟篇T「ザビエルの来日と初期の布教活動」(中公文庫,2000年6月)
 7 大友宗麟篇U「宗麟の改宗と島津侵攻」(中公文庫,2000年7月)
 8 大友宗麟篇V「宗麟の死と嫡子吉統の背教」(中公文庫,2000年8月)
 9 大村純忠・有馬晴信篇T「島原・五島・天草・長崎布教の苦難」(中公文庫,2000年9月)
10 大村純忠・有馬晴信篇U「大村・竜造寺の戦いと有馬晴信の改宗」(中公文庫,2000年10月)
11 大村純忠・有馬晴信篇V「黒田官兵衛の改宗と少年使節の帰国」(中公文庫,2000年11月)
12 大村純忠・有馬晴信篇W「キリシタン弾圧と信仰の決意」(中公文庫,2000年12月)

「村山当安に関するヨーロッパの史料」アルバレス・タラドゥリース(著) 佐久間正(訳)
「キリシタンの世紀」 高瀬弘一郎 岩波書店 1993 「キリシタンの世紀―ザビエル渡日から「鎖国」まで」高瀬 弘一郎 (著)  岩波書店 1993

「堺」日本歴史新書・商人の進出と都市の自由 豊田武著 至文堂 1957
「キリシタン時代の貿易と外交」 著者: 高瀬弘一郎
「看羊録―朝鮮儒者の日本抑留記」 (東洋文庫 440)姜 (著)  朴 鐘鳴 (翻訳)
「村山等安とその末裔」(自費出版)村山トシ (著) 1993
「近代資本主義の成立と 奴隷貿易―――― A 教皇文書と新大陸での実態の吟味 カトリック教会は奴隷貿易を容認したのではないのか」 西山俊彦 2003 カトリック社会問題研究所 『福音と社会』 211
「イエズス会による対日軍事力行使をめぐる諸問題」 高橋裕史 2006
「近代資本主義の成立と奴隷貿易―――― B 教皇文書と新大陸での実態の吟味(2) キリスト教化は奴隷化の方便ではなかったか」 西山 俊彦著 2004 カトリック社会問題研究所 『福音と社会』 第 212 号



















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ラベル:長崎代官
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仏教の法華経とは一体どんな教本なんだろう?

さいこう先生の法華経講座

若い時に法華経の解説書を読んだことがありましたが、それ以来仏教には特別な関心はありませんでした。

もとより仏教は葬式宗教というセレモニーの範疇でしか見ていませんでしたが、今回さいこう先生のまとまった丁寧な法華経講義がネット上に公開されているのを知って聴講してみました。

日本文化や戦国史を考えるうえで参考になるかと思い、そうした関心もあって何度も動画を開いてみました。

とても分かり易くて、しかも奥深い仏教の教義に触れられているという感じでした。

仏教や法華経の内容に関心のある方は、これらの動画を参考にしてみてください。






さいこうの法華経講座 はじめに、時空を超えて!





さいこうの法華経講座 無量義経 徳行品 第1(1)






さいこうの法華経講座 無量義経 徳行品 第1(2)






さいこうの法華経講座 無量義経 徳行品 第1(3)







さいこうの法華経講座 無量義経 徳行品 第1(4)







さいこうの法華経講座 無量義経 徳行品 第1(5)







さいこうの法華経講座 無量義経 徳行品 第1(6)






さいこうの法華経講座 無量義経 説法品 第2(1)







さいこうの法華経講座 無量義経 説法品 第2(2)







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さいこうの法華経講座 無量義経 説法品第2(4)&十功徳品第3(1)







さいこうの法華経講座 無量義経 十功徳品第3(2)






さいこうの法華経講座 無量義経 十功徳品第3(3)






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