2018年04月09日

『鼠璞十種』の長寿に関わる怪異譚を追跡する!

松本清張が注目した怪異譚とは?


昔、八百歳まで長生きしたという八百比丘尼伝説が日本各地に、それも日本海側に似通った伝説が多く残されているようである。

民俗学者柳田国男は八百比丘尼伝説について「山島民譚集二」で触れている。

 「八百比丘尼は恰も右の大化と大同との中間に生まれた人でなければならぬ。何となれば比丘尼が山城の京に来て世人に囃されたのは正しく宝徳元年の夏である。此事実は当時の記録に三種まで見えて居る。先ず第一に臥雲日件録の七月二十六日の条には,近時八百歳の老尼若州より入洛す,洛中争ひ覩る,(略)次に唐橋綱光卿記の六月八日の条には,白比丘尼御所に参る云々,年八百歳の由申す,怪異の事也(略)此を以て見れば八百歳は証人の無い事称であって,殊に比丘尼の身を以て御所に参るに至つては頗る保守派の人々の同情を失ふ所以であつたとみえる。更に中原康富記の同年五月二十六日の記事には左の如く出て居る。曰く或は云ふ此二十日頃若狭国より白比丘尼とて二百余歳の比丘尼上洛せしむ。(略)伝説の方面に於ては先づ先づ世上の八百歳を信用して置くのである」


とにかく大化(650年頃)とか大同(810年頃)とかの時代にまで遡る話しであるから、まことに古めかしい伝承記録に違いない。

しかも八百年間も生きていたというのであるから、桁外れの長寿伝説であり、絵空事にしても内容自体とんでもない話しということになる。

全国にこの八百比丘尼伝説の話しは知られているようだか、共通していることは若い娘が一人不老不死の効能があるという人魚の肉を食べたことで、年を取ることなく若い姿のまま八百歳もの長寿を得たということである。

長寿であることが幸運というよりは、話自体はそうした運命に翻弄され齢を重ねることの無情さを感じさせないでもないのだが、実はこれとよく似た不思議な話が別に残されている。

それも主人公は女性である。

実はその話についてかって松本清張が怪異譚として、「作家の手帳」の中でほんの1,2行触れていたことがある。

そこに次のようにある。

 「怪異集」江戸の随筆から
安徳天皇(在位1180−1185)のころ海女をしていた女が六百余年もひとり生き残って、津軽の山奥に住んでいるのに、江戸の旅商人と遇うこと(同右)。」


ここでいう江戸の随筆とは『鼠璞十種』(そはくじっしゅ)のことであるが、これは江戸学者三田村鳶魚が江戸についての未刊随筆を集めた叢書である。

松本清張の記述はほんのわずかであるが、この話しも追跡していくと興味深い長寿に関わる話しであるが、話しの展開は泉鏡花の『高野聖』の冒頭部分を彷彿とさせる。

清張自身はこの話しに何らかの関心を持ったようであるが、話しが話しだけにちょっとメモするだけで、それ以上踏み込んではいなかったようである。


実際この長寿に関わる話しに繋がる伝承遺跡というのがあって、それは北九州市若松区大字乙丸の貴船神社のご神体として祭られている「長寿貝」である。

毎年貴船神社では「ほら貝祭」が開催されるが、そりについて神社の案内板には次のようにある。

 「毎年4月15日、若松区乙丸庄の浦の貴船神社で、ご神体のほら貝からお神酒をいただき、不老長寿を祈願する「ほら貝祭」が行われます。

 この地区には「筑前国庄の浦壽命貝由来記」が伝えられており、それには天明2年(1782)5月、筑前芦屋の商人が奥州津軽で600余年も生き続けた女性に会った話が記されています。

 一人の商人が津軽の山路で道に迷い、女に一夜の宿を頼みました。女は筑前の生まれというその男を懐かしんで家に案内し、語り始めました。

 「私は筑前山鹿の近くの庄の浦に住んでいた海女の子です。ある時、私は病いに倒れ、明日をも知れぬ命となっていましたが、孝行な子供達がほら貝を採って帰り、料理をして食べさせてくれました。おかげで元気を取り戻し、それからは病気一つしなくなりました。そして、いくら歳月が流れても老いの兆しもなく、あれが不老不死の薬だったのではと思っているうちに、早や、600年余りが過ぎてしまいました。
 夫も孫も皆死んでいくのに、自分一人歳をとることなく、生きるつらさに何度死のうとしたかわかりません。住みなれた村もだんだん住みにくくなったので、諸国の神社や寺院にお参りすることを思い立ち、一人で各地を渡り歩きました。ある所では夫婦になって暮らしたこともありますが、私が歳をとらないので化生の者と怪しまれ、こっそりと抜け出したことがあります。諸国を転々とするうち津軽に来て、断りきれずに、この家の主人に嫁ぎました。

 私が故郷を出る時、ほら貝を形見として小さな祠に納めて参りましたが、今ではどうなっていることでしょう。祠のそばに船留めの松というのがありましたが、松は千年といいますから今でもあるかもしれません。あなたがそこに行くことがあったら、私の子孫でもいればこの話をしてやって下さい。」

 商人はこの年の10月、庄の浦を訪れ、子孫の伝次郎という人に会い、この話を伝えました。 北九州市教育委員会」


話に出てくる船留めの松はすでに枯れてしまっていて、残ってはいない。

伝説によれば、この部落(かっては寿命谷といわれた)では氏子が病気の時にはこのホラ貝に水を入れて飲ませれば間もなく全快すると言い伝えられていたし、近隣に流行病のあるときにはホラ貝を吹き鳴らして疫病を追い払ったという。

伝説の女性は九州若松の庄の浦からはるばる奥州津軽の地まで歩いて移動したことになっている。

交通に不便であった時代に、ここでは九州から津軽にまで至るというまさに日本を縦断するような不思議な話しが残されていることが興味深いところである。

彼女の名前は伝わってはいないが、寿永年間(養和の後、元暦の前。1182年から1183年)にはすでに生まれていたといい、それより600年間まったく老いることなく生き続けてきたという。

彼女は故郷を出て豊前からまず四国に渡って霊場を巡り、さらに山陰路を辿って東国を流浪し、続いて磐城・岩代・陸前・陸中・陸奥と渡り歩いたのであった。

この間何度か男に嫁したのであるが、自分は若い姿のまま年を経ても夫や子、孫は老いて次々と亡くなっていく。

周囲の人々は彼女が老いないことを怪しみ、ついには妖怪変化のように噂するわけで、その土地に長く留まることは出来ない。

そうして彼女の孤独な旅は続くのである。

津軽地方にこの女性に関わる伝承が残されているのかどうかは、いまだ確認出来てはいない。















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ラベル:松本清張
posted by モモちゃん at 09:49| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする