2020年05月22日

歴史的事実はどこまで信じられるのか!

驚きの老人医学の未来!

現代では人の長寿、延命と云うことで多くの研究が世界中で続けられている。

毎年のように多くの知見が発表されている。

人の寿命に「上限」あり、オランダ研究チーム2017年9月1日
発信地:ハーグ/オランダ

http://www.afpbb.com/articles/-/3141236


同様の研究成果が2016年のAFP=時事 10月6日付けで、人の寿命の「上限」を発見したとする研究論文が発表されていた。

米アルバート・アインシュタイン医科大学(Albert Einstein College of Medicine)の研究チームは、世界40か国以上の人口統計データを詳細に調べ、長年続いた最高寿命の上昇が1990年代にすでにその終点に「到達」していたとし、最高寿命の上昇は1997年頃には横ばい状態に達していたという結果に至ったということである。

その1997年という年は、奇しくもフランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなった年でもあった。


論文の共同執筆者で、アルバート・アインシュタイン医科大のブランドン・ミルホランド(Brandon Milholland)氏は、AFPの取材に「それ以降は、世界最年長者が115歳前後という傾向が続いている」と指摘している。


要するに現代西洋医科学のデーターによれば、人間の寿命は120歳辺りが上限であるとするのがどうやら科学的定説ということになりそうである。

ここまではいわゆる西欧圏の科学的常識ということになる。


これが中国文化圏ともなると、これとはまったく違ったものの見方、考え方がなされていることをご存じであろうか。

中国圏では西欧圏とは異なる伝統的な独自の生命観、健康観というものが歴史的背景をベースにして、次々と提示されてくるところが実に面白いところである。


中国の長寿情報に関していうなら当然のこと、ここでも数千年に及ぶ歴史的遺産がある。

その中国文化圏でもっとも長生きした人物といえば李清雲(Li Qing Yun / リ・チンユン)という人物の名前がまずその筆頭に挙げられてくる。

歴史に足跡を残した李清雲は何と256歳まで長生きしたといわれ、現代でもそう信じられている伝説的人物であり20世紀までしっかりと生存していた。


驚きである。


中国ではそれぞれの家には詳細な家譜(家系図のような記録文書)残されているので家系を何代にもわたってたどることが出来るので、李清雲も同様にこれらの家譜が専門家によって調べられている。

彼の家譜によれば1677年に生まれ、1933年、256歳で亡くなったと記録されているし、李清雲という人物の画像は実際にネット上にもいくつか紹介されている。(生薬の人参を手にしている李清雲)


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長寿者李清雲は清王朝の9人の歴代皇帝の時代を過ごしたという超人であるが、ここでは二百歳以上の長寿記録とい云うことで、とにもかくにもにわかには信じられないような驚くべき話である。

写真画像はようやく肖像写真がアジアでも普及し始めた19世紀後半頃の李清雲の画像であるが、彼の出生年代を考慮すると、これは200歳前後頃の肖像写真ということになる。

さらに晩年近くの肖像写真も残されている。

彼は著名な清王朝初期の優れた漢方医ということでも広く知られているが、一体どのような一生を送ったのであろうか?


実際に彼の存在が知られるようになったのはメディアが登場し始めた近代になってからである。

それも彼自身が長寿を世間に向かってことさら喧伝したからではなかった。

熟練の漢方医でありながら、字が読めない風さえもを装っていた。


李清雲という人物は医者の家系の出自であったことで、10歳頃から伝統的な漢方医学を学びはじめ、その後中国各地を遊学しながら優れた師を求めて医学を学びつつ、隈なく歩き回ったという。

家譜の記録によると、私生活では一生の間に結婚を23回、そして子供を200名以上もうけたという。

充実した長寿人生を過ごしていたことになる。

当然のことながら、いまでも中国全土に彼の多くの子孫が残っている。

李清雲は1749年、71歳のとき武術老師として清国の軍隊に入隊しており、100歳の時(1777年)漢方医学に精通していたことで、清国政府より公に表彰されただけではなく、200歳の時には一時期大学の教壇にも立って学生を指導した。

李清雲はその一生涯に亘って生薬の研究者として研鑽をし続け、人々の病気治療に従事しただけではなく、長い年月をかけて免疫力を高め延命効果のある生薬について探求し続けていたとされる。

実際に李清雲は甘粛省や陝西省、さらにはチベット、安南、西安、満州まで足を延ばし、その都度山林へ分け入って貴重な薬草類を採集してまわったとされ、長年健康を維持し続けたこともあって自らの足で遠くは東南アジアにまでその足跡を残した。

李清雲は交通が未発達な時代にありながら、若いときから健脚にまかせて広大な中国の山岳地域を長年歩き回って多くの貴重な生薬(薬草)を採取し、その薬効と綿密な特定作業を続けていた。驚くべき行動力である。

生薬には類似物が多く、的確に判別するには多くの経験と実際の採取作業が不可欠であった。土地によって効能にも大きな差があった。

彼の日常の生活習慣、食生活は一般の人とはまったく異なっていた。


彼は一般人が好むような喫煙や飲酒の習慣を避けたといい、また農夫のように常に早寝早起きをし毎日食事は規則的にとった。

記録によると約40年間にわたって山野で薬草を精査し続け、この間には霊芝、クコ、オタネニンジン、ツルドクダミ、ツボクサ、さらに最小限の米酒だけの質素な食物を摂り、肉食を避けて徹底した菜食主義者として一生涯を過ごし、過度にカロリーを摂取することはなかった。

さらに李清雲は中国の伝統的な漢方医学と同時に、身体の健康増進と延命効果を追求する伝統的な「養生法」にも精通し、導引法や気功法の奥義を極めたとされる。

これによって身体能力を維持し続けた。

養生法とは、身体の機能を高め健康を維持するために気を全身に巡らせる特殊な運動法や呼吸法をとりいれた中国発祥の保険医学、予防医学ともいうべき一連の健康保養の身体術式である。

李清雲先生が人々に示した長寿の秘訣は、「いつも心を穏やかに維持する事。そして、座るときは亀のように、歩くときは気力が溢れる鳩のように、寝るとき犬のように」というものであった。

単純明快、とにかく難解なことは云わなかったのである。

20世紀になると李清雲先生の存在にようやく世間が注目し始め、当時の欧米人もその存在に驚愕した。


1933年5月の米国の『タイム』誌には、李清雲氏の死亡記事が掲載されたが、記事のタイトルは上記の彼の言葉をとって「カメ - ハト - イヌ」だったという。


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中国医学では、すべての生命活動の根源は五臓六腑のいわゆる内臓器官にあるとされ、内蔵機能の維持が健康指標としては最も重要視される。

そこには、精緻な精神活動や脳の機能さえも五臓六腑の正常な機能維持によって保たれるという生理観があるからである。

李清雲先生は五臓六腑の健康管理だけでなく、生薬を巧みに使い免疫力の維持やバランスのとれた身体代謝に注力し続けた。

彼の健康観、さらには寿命を極限まで延ばすということでは、そうした独自の中国医学的な身体観と医療観を忠実に堅持していたことになる。

李清雲先生自身は老化についてどのように考えていたのだろうか。

身体の老化というものは、李清雲先生からみれば生体そのものが潜在的な疾病状態に陥ったことと同様であって、内臓や身体機能が衰え萎縮しつつ機能が次第に低下し、健康を維持する免疫力も年と共に衰えていくことを意味していたはずである。

老化によってあらゆる生体機能が低下し、身体組織や内臓器官が萎縮してくる。

ましてや重要な脳などの中枢神経自体の萎縮にどう対処したのであろうか?

老化現象は止めようもない。

高齢者となって脳が萎縮し機能が低下してくれば、当然痴呆症とて避けられない。

どこかでその身体バランスそのものが崩れてくれば、いずれ疾病に罹患し老衰していくことになる。

そのバランスをどう保つのか?


それでも彼からみれば、そうした一連の老化現象は明らかに疾病(未病)であった。

疾病(未病)であるならば、そこに治療法も予防法もあるというのが李清雲の漢方医としての確固たる考えであった。

そこには中国医学の伝統的な診断技術と病症(証)というものの独自の捉え方があった。

証とは、病気による症状だけではなく、さらには体質や体格、体調までも細かく捉える伝統的な診断法ということができる。

身体がどのような健康状態にあるのかを厳密に評価分析するのである。

漢方医だけに、ここらの健康と病気との線引きがとにかく独特の見方がされるのである。

健康そうに見えていて、すでに疾病の兆候が体には現れつつあることを感知すると云うことになる。

言い換えれば、病気による直接の症状が出る以前の未病(未だ病に至っていない)状態でもその判別が出来るということである。

これなどは症状が出て治療が必要になる以前に、精密検査に引っ掛かる状況に似ている。

しかしながら、この中国医学の未病という捉え方は現代の医療検査とは大いに異なっている。

現代の正常と異状というものの数値データによる捉え方と、中国医学の気のレベルの相対的捉え方とはまったく異質のものと言わざるを得ない。

見方も違えば、捉え方も違う。

年を経ることによるすべての身体運動機能、内蔵機能、精神機能、免疫機能の失調状態は、その証という捉え方にすべてが集約されていく。

そこでは未病の場合もあるし、病気状態である場合もあるわけで、老化現象そのものはことごとく証を見定める上で身体の変調は細大漏らさず補足されていくことになる。

李清雲先生は、老化とは潜在的疾病状態という中国医学の基本的考え方に従っていたことになる。

その過程で、李清雲先生はその己の潜在的な疾病状態をしっかりと捉えて「養生」という手法を的確に講じたのである。

それは日々の生活習慣であり、彼独特の菜食や導引吐納を実践し続けたし、各種の生薬、薬剤も適宜活用した。

その生薬の薬物としての処方にも李清雲先生は膨大な知識を持っていた。

李清雲先生は老齢期に至っても内蔵機能は壮年期のように充実していたし、身体機能もほとんど衰えをみせなかった。

健康を保つための免疫機能も維持し続けた。

事実200歳を超えても李清雲先生の性的機能は衰えなかった。

彼は中国各地を遊学する間に伝統的な「養生法」を習得していったことが、彼の長寿延命をさらに助けた。

中国で発祥した「養生法」そのものは、元来不老不死に通じるものとして王侯貴族の間に広まったものであるが、身体の免疫力を高めると同時に新陳代謝を呼吸によって自在にコントロールし老化に至るエントロピーを極力抑えるというものである。

李清雲先生は生体エネルギーである「気」を温存する食生活を長年堅持し、日々養生に努めた。

精神的ストレスに対する捉え方や運動の重要性を李清雲先生は、長寿に繋がる最重要項目として指摘している。

こうした日々の努力と生活とが、結果的には李清雲先生の体に遺伝子レベルでの身体変化を起こしたということになる。

ヒトの正常な体細胞には分裂可能回数に限界があるとされる。

テロメアは細胞の染色体の端にあるもので、加齢とともに縮むとされているが、逆にテロメアの長さをみれば、その人が生物学的に何歳なのかを推測することができるといわれる。

細胞分裂では細胞の染色体のテロメア部分が次第に短くなっていく。

当然老人のテロメアそのものは短くなっている。

李清雲先生の体の細胞のテロメアは通常よりも極端に長かったのは確かであろう。

テロメアが通常より長かったからこそ、李清雲先生は長寿を保ち何度もの細胞分裂が可能であったことは容易に推測できよう。

その結果が、李清雲先生の256歳という驚異的長寿をもたらしたということになる。

老化そのものは、命あるものにとって避けられない不可逆的な生理現象である。

老化自体は止められないが、しかしその老化のスピードを通常より5,6分の1に遅らせることが出来るということを李清雲先生は己の身体で実証してみせたということになってくる。

後漢時代の名医華佗も老人医学に精通していたが、華佗の生理観、病理観としてあるのは「人間は加齢とともに体内に疾穢が溜まってくる」というものである。

華佗はこの疾穢の蓄積が疾病の原因になるということで、最終的には外科手術で除去し洗浄する必要があるとした。

疾穢とは何なのか分からないが、身体老化に伴うある種の代謝物の蓄積と考えられる。

分かり易く云えば、老化によって増え続ける体内の老化細胞からの代謝物ということであろう。

李清雲先生はこの体内の老化細胞からの代謝物を抑制する手立てとして、または効率よく体外に代謝排出するために漢方処方を長年活用し続けたということになる。

その結果が、
内蔵機能全般を健康に保つ。
一定レベルの免疫機能を維持し続ける。
運動機能を維持し続ける。
感覚器官・精神活動を正常に保ち続ける。
ということになる。

256歳にも及ぶ人生とは一体どのようなものであろうか。

超人李清雲先生にしかそれはわからない。

おそらく近未来では、中国が生命科学やアンチエイジングの世界的研究拠点として台頭して来るであろうが、李清雲先生の研究がそこでは最大限生かされていることであろう。  

      







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posted by モモちゃん at 08:30| 歴史探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする