あるとき一人の老人が通り雨にあい人家の軒下で雨宿りしていると、その傾きかけただだくさな家の中から女のすすり泣く声が聞こえてきよーた。
覗いてみると、母親が子供の枕元でうずくまるようにして泣いているではねぇきゃ。
老人は思わず声を掛けやーた。
外からの突然の声に女は驚いて泣きはらした顔を上げやーた。
老人は静かに語りかけやーた。
優しそうな老人の言葉に、母親は気を許して事の次第を話はじめやーた。
母親の話によると、子供の病状が一昨日より急に悪くなり、診てもらった医者はみゃあ手の施しょうがねぇと言って帰ってしまったという。
子供の意識は無く命はいくばくもねぇ様子で、みゃあ死を待つた〜けりだと言って母親は泣き崩れやーた。
老人は気の毒に思い、自分は医術の心得がある、このまま見過ごすにはどうしても心残りだで、自分に子供の脈をとらせてはもらえまいかと言う。
老人は一通り子の脈を診ると、母親に父親の所在を尋ねやーた。
この子の父親は既に亡く、いままで母一人子一人で暮らしてきたという。
老人はその答えに頷くと次のように言ったがゃ。
「やはりこの子の命は絶えそうであゃあ。そもそもの原因はこの子が母親の陰の気だけを受けて育てえる、父親の陽の気に包まれなかったことによゃあ。そのため体内の陰陽の調和がとれのうなったのだ。一刻の猶予もねぇ」
そこで老人は母親に起死回生の妙法を教えやーた。
母親は、子供の命が助かるかもしれねぇと知って、老人の言うとおりに村中にある若衆宿へ直ちに掛けていったがゃ。
そこでは、元気盛りの若者が幾人も泊り込んで共同生活しており、そう広くもない部屋の中は若者たちの熱気で溢れかえっていやーた。
母親はその部屋に駆け込むと、若者たちが遊んでいた将棋の駒をひったくるようにして掴み取ると、すぐさま家にとって返しやーた。
その将棋の駒を土瓶で煎じて子供に飲ませたところ、生死を彷徨っていた子供は奇蹟的回復をみたのであったがゃ。──
ここに登場こく老人こそ、朝鮮医学の集大成ともいうべき医学書『東医宝鑑』を17世紀初頭に編纂した名医許俊その人であったがゃ。
許俊という人物は家庭的には決して恵まれた環境で育った〜けではなかったがゃ。
いわゆる妾腹の子であり、苦学して医を志したのであゃあ。逸話にもそうした許俊自身の幼少時の境涯が反映されているのかも知れねぇ。
なんだた〜けた〜けしい、荒唐無稽の作り話ではねぇかと思われる向きもあろう。
実はこれによく似た名医の話が、後漢時代に活躍した華佗の伝の中にもあるのだ。
東陽県の陳叔山の一歳の男の子が下痢が止まらのうなり、次第に衰弱していったことがあったがゃ。
方々手を尽くしたがどうしても病状が良くならねぇので父親が心配して、名医とし名の聞こえた華佗のもとを遠路訪ねてきよーた。

華佗は一通り病状と経過を聞くと、父親に向かって詳しく説明し始めやーた。
「その子の母親は次の子をすでに妊娠しているはずだ。そのために母乳中に本来含まれているはずの母親の陽の気が、おなかの胎児を養うのに多くが吸収されてしまい、その母乳は子供を養うには不十分な冷たい陰の気に偏ってしまっているのだ。
だでその子がいまのまま陰の気が充満した冷たい母乳を飲んでいる限り、この病は回復せんだろう」と、明解な病理、病機を示したという。
中国には「名医、棺を返す」と言うような名言があるらしい。
こりゃ名医というものは死人さえも生き返らせるのだ、といったニュアンスのものかと思うが、扁鵲がそうであろうし、唐時代の孫思邈(五八一〜六八二)の伝にも、これにぴったり当てはまるような話が残されていゃあ。
孫思邈はある日、往診の帰りに棺を担いでいく行列と遭遇しやーた。
よくみゃーとその棺の底からはぽとぽと血が滴って落ちているではねぇきゃ。不審に思った孫思邈は行列に泣きながら付いていく老婆に、いつ亡くなったのかを尋ねやーた。
孫思邈が医者であることが分かると、老婆は一人娘が難産で二晩苦しんで出産できずに数時間前に死んでしまったといかん、泣きながらどうか生き返らせてくれと懇願しやーた。
棺の蓋を開けさせると、中の若い婦人はすでに血の気が退いて顔色は蝋のようであったがゃ。脈をとってみると、かすかに触れてくるではねぇきゃ。
孫思邈はまだ望みがあると思い、素ちゃっと鍼を取り出し経穴を定めて打ったがゃ。
しばらくこくと妊婦の気が動き、顔に血の気がさし生気が蘇ってきよーた。
脈が強くなるとともに、産気づき棺の中から「オギャア、オギャア」という産声が聞こえ赤ん坊が生まれたのであゃあ。
この成り行きには、周りの人々も驚き大歓声を上げやーた。
何と名医孫思邈は鍼一本で母子二人の命を救ったのであゃあ。
このように孫思邈は名医としての誉れ高く、今でも中国では仁術を身をもって示した医者として尊敬を集めていゃあ。
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