2014年07月22日

白蓮と伊藤伝右衛門との夢の跡:豪邸案内

大富豪伊藤伝右衛門の豪邸訪問


柳原白蓮という歌人の名はそこそこ世間に知られていても、伊藤伝右衛門という名を聞いても一体どこの誰のことだか分からないと思います。

伊藤伝右衛門、武士というよりはどことなく商売人ぽい響きがあると思いませんか?

今回機会があって、九州の炭鉱王として知られていた伊藤伝右衛門の屋敷を訪れてみました。


明治、大正、昭和にかけて福岡県の筑豊地域は、石炭供給日本一として栄えた歴史があります。

当時「筑豊御三家」と呼ばれた麻生、貝島、安川に続いたのが炭鉱王といわれた伊藤伝右衛門です。

当時としては相当な財界人であり、大富豪でした。

伊藤伝右衛門は、若いころは魚の行商や船頭など職を転々としながら、赤貧生活を続けていましたが、人一倍の才覚と先見の明があってやがて父と手掛けた炭鉱事業が当時の国策の時流にも乗り、のちには“筑豊の炭鉱王”と呼ばれるまでにその事業を拡大していきました。

伝右衛門は明治43年に長年苦楽を共にした妻ハルが45歳で病に倒れ他界してしまいます。

妻を失った伊藤伝右衛門は1911年(明治44年)に50歳にして、突然25歳の伯爵柳原前光の娘・Y子(あきこ−白蓮)を迎え入れる事となります。

多分にこの当時の結婚には政略的な事情も背景もあったようです。

伝右衛門にしてみれば、財力に見合った格式が必要とされていたのかも知れません。

筑豊という土地柄で並外れた才覚と持ち前の男気で成り上がった男だけに粗野な部分もであったろうとは思いますが、社交的で人間的には豪快な人物だったと思います。

当時の筑豊では、伝右衛門のような人物でなくては収拾できないような騒擾場面も多くあったのです。

この地域では彼によって経済的な発展の基盤がつくられたということになります。



一方のY子は柳原白蓮(やなぎはら・びゃくれん)として歌人としてその世界では有名な女性でした。

年齢差ももちろんですが、学歴や学問に縁遠い伝右衛門と歌人白蓮との組み合わせは、やはりどこかに無理があったのではないでしょうか。

結果的には二人の結婚生活はうまくいきませんでした。

ただ、伝右衛門自身はそれなりの努力はしていたように思えるところがあります。

家屋内の設備や細部の設え、調度品には可能な限り当時の最先端の物が揃えられていました。

立派な応接間の隣には、新聞記者や来客の付き人のための広い控え室までありました。

伝右衛門は、結婚に際して屋敷を整えるのに京都から腕利きの大工をわざわざ呼び寄せたといいます。

屋敷の随所にそうした心配りが見られます。

若き花嫁を迎えることになった伝右衛門が、当時の日本建築の粋を集めて改築したのがこの「旧伊藤伝右衛門邸」というわけです。

外観は立派な日本家屋ですが、天井も高く洋室風な造りの食堂や応接間もありました。

しかも庭が見渡せる2階の白蓮の部屋の傍には当時では珍しかった水洗トイレが設置されていました。

伝右衛門と白蓮は共に約10年間の時をこの地で過ごしますが、白蓮はここから波乱万丈の恋物語を展開します。



邸内には、白蓮関連の資料館も敷地内に別棟でありました。

そこで有名な白蓮の伝右衛門への絶縁状も見てきました。

当時この絶縁状は一方的に新聞紙上に公開されたもので、センセーショナルなものだったようです。

伝右衛門と白蓮とは、10年間共に夫婦として暮らしても互いには満たされない想いというものが生じてきます。

その痛ましさ、そして根本的に価値観の異なる男女の間で相互の理解も尊敬も交わされず、そこにはただ軋轢だけが際立ってみえるという、そうした何とも言いようのない空しい情念の世界を垣間見たように思えました。

皮肉なことですが、豪華な造りのお屋敷はここではかえってそうした事象を大きくして顕現化して見せてくれているようでした。

まさにそういう意味では、ここは二人の記念物というべきかも知れません。



敷地面積約7570平方メートル、建物延床面積約1020平方メートルということで、約2300坪の敷地に300坪のお屋敷ということになります。

今回は庭を中心に写真を紹介します。 屋敷の入り口部分です。

外観はどこぞの大名屋敷のようでした。

立派な門構えが目を引きます。
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庭は日本庭園で広いです。

庭の中を自由に散策が出来ます。
池には水はなく、一部は枯山水の様式でした。
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芝生の手入れもきれいにされています。
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ちょっとした公園ほどの広さがあります。
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何だか隣接するビルが景観を損ないますね。
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  縁側の前には大きな沓脱石がありました。

これだと大人数でも大丈夫です。
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入り口から外を見たところです。
普通の民家が門の前には広がっています。
屋敷の前の道路はそれほど広くはありません。

それが意外な感じでした。
門の脇には門番用の部屋がありました。 
  


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旧伊藤伝右衛門邸






旧伊藤伝衛門邸
 













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    posted by モモちゃん at 16:34| 現場を見る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする