2014年08月14日

本能寺の変・なぜ細川家は光秀の要請を拒否したのか(9)

九州歴史発見シリーズ
九州から本能寺の変を考える(9)


明智光秀は本当に日本史上最大の極悪人・謀反人なのか?
細川家の対処から見えてくるものとは何か


東洋医学史研究会
宇田明男







●細川家の対処から見えてくるもの
光秀の戦略はまず朝廷の威信を借りて、信長排除を評価してもらうことであった。
まずそのための政治工作が急がれた。
光秀は、これさえ上手くいけば多くの賛同者が馳せ参じるとみていた。
しかも光秀の考えでは、縁戚である与力の細川家がいち早く味方に付くと予想していた。
だが彼のこの目論見は呆気なく崩れたのである。
光秀の誤算の最たるものである。
このとき細川家の加勢が得られないということは光秀側にとっては致命的である。
ここで細川家が動かないというのであれば、一体ほかにどこの誰がこの企てに同調するというのであろうか。
細川家さえ加担しない軍事行動に共同歩調をとることの危うさに気付いた武将らは躊躇せざるを得ない。
光秀が盟友として期待していた大和郡山城主18万石の筒井順慶にしても反応は同様であった。
加担するのであれば、当然そこには戦うだけの確かな勝算と大義名分とがなくてはなるまい。


光秀と細川家とが緊密な繋がりを持っていたことは確かである。
光秀自身は今回の決起に対して、細川家からは同義的にも心情的にも賛同が得られる、同調してもらえるだけのものがそこには共有されていると確信していたことであろう。
しかし光秀の目算と細川家の観方はまったく違っていた。
細川家からみれば、そこには決起の大儀もなければ確かな勝算もなかった。
無謀すぎるただの反逆に過ぎなかった。
結局は光秀が引き起こした突発的な織田家内部のお家騒動であり、どこまでも主殺し、逆賊の誹りを免れない無謀な謀反そのものであった。
細川藤孝・忠興父子は光秀の誘いを拒否したのである。
この時点でみても、光秀は織田家中のすべての武将を敵に回したも同然であった。


細川家は光秀に近いだけに多くの判断材料が揃っていたのは勿論であったが、当時の戦国にあっては独自の情報戦を駆使したことでも細川家は傑出していた。
光秀の命運を左右するだけの立場にあったことは確かであるが、細川家の対処は早かった。
光秀謀反の理由に思い当たる部分があったとしても、細川家はまったくここでは感知すべきことではなかった。
つまりこの時点で見ても、光秀に織田信長を倒す明確な動機というものが浮かんでは来ない。
このときの細川家の判断がそれを如実に表している。
当然ここでの問題は、細川家の命運を掛けて軍事的に光秀側に加担すべきかどうかだけである。
もとよりその判断は光秀側の戦闘能力であったり、さしずめ光秀自身の武将としての人物評価であったり諸々の分析が出来たはずである。
そこでは光秀側の軍事的優位性とその統率能力とがまず厳密に問われてくる。
さらには多方面にわたる戦略が展開できる作戦能力や有能な家臣団の有無が問われる。
要は明智光秀が信長に取って代わって戦国の覇者として突き進めるだけの武人としての力量があるか否かを見極めたということである。
細川家としては光秀の勝算を値踏みし、そしてあらゆる名分を探った。
その結果はすべてが不可であったのだ。
そうなれば光秀と縁戚関係があろうとも細川家としては共同歩調はとれるはずも無かった。
光秀の謀反にまったく分がないこと、そしてそこには賛同すべき余地もまったく無かったということである。
それが細川家の不参戦の最終判断であったということになる。


もし事前に光秀が己の謀反を縁戚である細川藤孝・忠興父子に打ち明けていたなら、即刻その場で押し止められたに違いあるまい。
結局、明智光秀の謀反とはその程度のものであったということになる。


この稿続く









参考資料:
「完訳フロイス日本史」(中公文庫) ルイス フロイス (著) 松田 毅一 (翻訳) 川崎 桃太 (翻訳) 全12巻
 1 織田信長篇T「将軍義輝の最期および自由都市堺」(中公文庫,2000年1月)
 2 織田信長編U「信長とフロイス」(中公文庫,2000年2月)
 3 織田信長篇V「安土城と本能寺の変」(中公文庫,2000年3月)
「織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで」 (中公新書) 谷口 克広 (著) 2001
「信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学」 (講談社学術文庫) 藤本 正行 (著) 2003
戦国群雄伝 信長 秀吉 毛利 世界文化社 1996年
戦国京都・王城の地150年の英雄たち 1994年 学研
「戦国武将の参謀と異形の頭脳集団」 歴史と旅  秋田書店 1999年
「徳川創世記 家康・秀忠・家光の野望」歴史読本 1998年
「戦国武将一〇四傑」 別冊歴史読本94 新人物往来社 1998年
「秀吉天下人への道」 歴史読本 新人物往来社  1995年
歴史群像 明智光秀の野望 1992年12月号 学研
日本史史料集 笹山晴生 五味文彦 吉田伸之 鳥海靖 山川出版社 1994
日本史用語集 全国歴史教育研究協議会編 山川出版社 1994
図説日本史 啓骼ミ 1999
裏千家茶道のおしえ 千宗室(著) 日本放送出版 1979
「堺」豊田武(著) 至文堂 1957
「戦国武将ものしり事典」 奈良本達也監修 初版主婦と生活社  1993
戦国史新聞・乱世をスクープ! 戦国史新聞編纂委員会編 日本文芸社
「不思議日本史・歴史のウラが見えてくる」 南條範夫監修 主婦と生活社 1988 
信長と家康: 清須同盟の実体 (学研新書)
戦国の軍隊: 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢
織田信長のマネー革命 経済戦争としての戦国時代 (ソフトバンク新書)
信長が見た戦国京都 ~城塞に囲まれた異貌の都 (歴史新書y)
戦国関東の覇権戦争 (歴史新書y)
信長軍の司令官―部将たちの出世競争 (中公新書)
上杉謙信の夢と野望 (歴史新書y)
信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反 (中公新書)
関東戦国史と御館の乱 ~上杉景虎・敗北の歴史的意味とは? (歴史新書y)
長篠の戦い (歴史新書y)
大航海時代叢書〈第11〉日本王国記・日欧文化比較 アビラ・ヒロン (著), ルイス・フロイス (著) 岩波書店 1965






















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    posted by モモちゃん at 12:11| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする