2014年10月02日

火山噴火はなかった:消された戦国最大の地震災害史

戦国の由布岳噴火の謎に迫る


東洋医学史研究会
宇田明男



少年時代、父親の故郷(大分市)に行ったとき、海に沈んだ島の話を聞かされたことがあった。


それはずっと昔、別府湾にあった瓜生島という大きな島が、地震と津波によって一夜にして海に沈没してしまったという伝説であった。


 これがずっと長い間記憶の片隅に残っていたのであるが、後にまとまった伝承記録などであらためて確認する機会があった。(写真は別府湾)



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実は四十年ほど以前より水中考古学が日本でも注目されるようになって、海中や水中の伝承遺跡の発掘や科学的調査といったものが各地で実施されるようになった。


過去の地震記録については、中世のイエズス会宣教師の報告書にも地震遭遇の記述があって、有名なルイス・フロイスの「日本史」にもたしかに散見するし、この九州豊後地方の地震についてもその伝聞を記録している。


「府内に近く三千(歩)離れたところに、沖の浜と言われ多数の船の停泊港である大きな集落、または村落があり、…(中略)…或る夜突然何ら風にあおられぬのに、その地へ波が二度三度と(押し寄せ)、非常なざわめきと轟音をもって岸辺を洗い、町よりも七ブラサ以上の高さで(波が)打ち寄せた。…(中略)…そこで同じ勢いで打ち寄せた津波は、およそ千五百(歩)以上も陸地に浸水し、また引き返す津波はすべてを沖の浜の町とともに呑み込んでしまった。これらの界隈以外にいた人々だけが危険を免れた。それにしてもあの地獄のような深淵は、男も女も子供も雄牛も牝牛も家もその他いっさいのものをすべていっしょに奪い去り、陸地のその場には何もなかったかのようにあらゆるものが海に変わったように思われた。(「1596年(9月18日付、都発信)12月28日付、長崎発信、ルイス・フロイスの年報」補遺)とある。




この時、1596年(文禄5年)は西日本を中心に地震が立て続けに発生していた。


・閏7月9日 - 伊予国で大地震、薬師寺の本堂や仁王門、鶴岡八幡宮が倒壊する。





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 ・閏7月12日 - 豊後国で大地震と大津波、瓜生島が海中に没する。(7月9日ともいう)


・7月12日から13日 - 畿内一円で大地震、伏見城や方広寺の大仏殿が倒壊するといった具合である。


なお、この年は文禄5年10月27日(グレゴリオ暦1596年12月16日)に 慶長に改元した。


水中考古学の研究の分野でも、大分豊後府内地方の瓜生島伝説が注目されだして、それに関連する「豊陽古事談」や「豊府紀聞」、「日本一鑑」といったいくつかの古文書も日の目をみるようになったわけである。


驚いたことにその伝説の瓜生島の古地図もそれらの中に残されていることが分かった。これは本当に驚きであった。


単なる古代の伝説と思っていたものが、島の存在が図上に明示された古地図まで出てきていよいよ現実味を帯びてきたのである。




瓜生島が沈んだのは、いまよりちょうど四百年前の文禄5年(1596)閏7月9日、もしくは7月12日のことといわれる。


瓜生島は府中(大分市)の西北三・三キロのところに あったといい、東西三・九キロ、南北二・三キロ、周囲十二キロの島で あったという。(参照・「豊陽古事談」瓜生島図)


戸数は約千戸、島の中央に北裏町や南本町、沖ノ浜町があり、多くの 船が各地から出入りして活気があったという。


島には恵比寿神社や威徳寺といった大きな寺社もあって、当時、湾の周囲から眺めれば海に浮かぶ風光明媚な島の風景が広がっていたのではいかと想像される。





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この瓜生島が突然の大地震と、それに続く津波によって一夜にして海に没したというわけであるが、その被害者数は八百人前後と記録されている。


島の住人の大多数が犠牲となったわけである。


実は当方のご先祖様もこの大地震の被害をもろに被っていたという予想外の事実があった。


当時当方の先祖は府内(大分市)の東方に位置する鶴崎の地に刀鍛冶として一族が住んでいた。


元は京都の山城国の刀鍛冶(宇田国宗)であったが、室町幕府の内部抗争(観応の擾乱)が勃発した正平5年(1350年)当時、一族郎党共に九州の豊後に移ってきたのだった。


現在も現地に国宗という地名と国宗天満神社だけが残っている。


その後もこの地に刀鍛冶として定住していたが、1596年に発生したこの豊後の巨大地震と瓜生島沈没に遭遇してしまったことになる。


先祖が住んでいた国宗村は大野川の西岸の土地であり、それも別府湾に注ぐ河口に近かったこともありこのとき相当な津波被害を受けたものと思われる。


瓜生島が沈んだのは大地震による津波が原因ともいわれるだけに、このとき別府湾の海岸一体には大波が襲ったことであろう。


この大地震があった後に鍛冶場の一部を大野郡に移転させたりもしたらしい。


同時にこのとき由布岳や対岸の高崎山からの噴火があり、夥しい噴石が別府湾に降り注いだともいう。



このことは正史に一切記録されていない。


対岸の陸地でも地震の被害は甚大で、近くの鶴見岳が崩落して谷を埋めたことも記録されている。


由布岳が火山活動を示したのは1万年以前のことだというが、由布岳周辺は火山特有の痕跡を多く残している。







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それだけにこの地には数多くの温泉源もあるわけである。


このとき山が二つに裂けたともいい、もしかしたらそれは山頂が2つある由布岳のことかも知れない。






このような火山活動を伴った直下型の大地震と津波とが瓜生島周辺を直撃したということになるのだが、記録によるとこれと同時期に京都や近畿でも大地震が頻発している。


こちらでは余震が数カ月間も続き、豊臣秀吉の居城であった伏見城でも建物が倒壊し六百余人、堺でも六百余人の圧死者が出ているから、西日本全体に及ぶ大災害の時期であったことになる。(写真は由布岳)


当時の有名な話として、朝鮮出兵で石田三成らの讒言で秀吉の怒りを買って謹慎中の加藤清正がこのときいの一番に駆けつけ腰の抜けた秀吉を助け起こして大いに面目を施したということである。



豊後の地震についても日本の地理に精通したフロイスの記録にもあるわけだから間違いではあるまい。


古地図をみると瓜生島のすぐ北に、久米島という島があるが、この島も同じ地震によって前後して壊滅したといわれている。


現在の別府湾の様子からは、想像しがたい巨大な自然災害に襲われたわけである。


ところが瓜生島沈没の経緯は伝聞がいくつも錯綜していて、しかも明確な文献資料が乏しいこともあって、正確な歴史情報とはいえない部分もあるという。


驚くべき天変地異だけに、当然周辺諸国や正史にも詳しい記録があってもいいと思うのであるが、地元以外にほとんど瓜生島沈没の伝聞が残されていないというのはむしろ不自然というべきかもしれない。


災害直後に為政者による何らかの作為があったかもしれない。


この事件前後の戦国の豊後地方は政治的にも混乱していたのは確かである。



事実、それまでの領主であった大友家は秀吉によって咎められ、あっけなく潰されてしまう。




由布岳噴火活動史の盲点とは



由布岳の火山活動について気象庁の解説を見ると、地質学的な研究によってわかっている過去1万年の火山活動史でいうと由布岳は噴火活動の記録がないのだという。


以下、気象庁サイトから引用・ 

引用終わり・





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つまり正史を見る限り、由布岳はいっさい火山活動をみせていないことになる。


しかしながら冒頭で紹介したように、戦国時代の瓜生島沈没事件に関連する地元の文献史料には由布岳の噴火が記録されている。


それがどの程度の規模なのかわわからないが、何らかの火山活動の兆候を見せたのは確かであろう。





現在は湯布院周辺部は観光地化してしまっているが、5,60年前の湯布院はそこここに温泉が自然に吹き出ていた。


現在と情景はまったく違っていた。



私などは、湯布院の川から湯気があちこち立ち上る情景を見て子供心にも驚いたものである。


温泉源を掘削して水位が下がって、いまではそうした情景は見られなくなったが明らかに火山地帯特有の風景が広がっていたのである。




太古の昔、湯布院は大きな湖だったという伝説がある。


湯布院盆地全体が湖だったとするといまの姿とはまったく違っていたということになる。



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気象庁の情報でも「由布岳では、約2,200年前に規模の大きな噴火活動が発生した。 」とあるが、これが盆地形成のきっかけだったとするとこれが明らかな火山活動の結果ということになる。






























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    posted by モモちゃん at 17:11| 歴史の盲点 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする