2016年09月28日

古代の伝説の名医華佗をご存知ですか?

後漢時代に出現した伝説の名医

はるか昔、中国の後漢末期に華佗(か だ、? - 建安13年(208年))という名医がいた。

華佗は、薬学・鍼灸に非凡な才能を発揮した医師であったが、彼がもっとも得意とする医術は外科手術であった。

華佗の外科手術については、歴史書の三国志と後漢書に記録がある。

Guanyu




彼は鍼灸や投薬で治せない病の患者の場合は、麻沸散とよばれる麻酔薬を酒とともに投与して患者の意識を失わせたあと、腹部を切り開いて患部を切除し、さらに腹腔を洗浄し切開部を縫合したのちに薬草の軟膏を塗って傷口の治癒を促したとされる。

歴史上最初の麻酔外科手術ということになるが、華佗の外科手術の術式などの情報は彼が曹操によって殺害されたことですべて絶えてしまった。

『三国志』華佗伝や『後漢書』方術伝には、彼の行った数々の治療や診断の例が記録されているのだが、その症例のいくつかをウ ィキペディアから引用する。

1・陳登を診察した際、陳登の好物だった膾から感染した寄生虫が胃に巣くっていると診断した。治療として煎じ薬を2升作って半分ずつ飲ませ、寄生虫を吐き出させた。華佗は3年後に再発すると言い、果たしてその通りになったが、その時華佗やそれに代わる医者がおらず、陳登は死んでしまった。

2・曹操の武将李通の妻が重病になったとき華佗は、以前流産した際の胎児が残っているためと診断した。李通は胎児はもう降りたと言ったが、華佗は胎児は双子で、一人が残っているのが病因と診断し、果たしてその通りミイラのように石灰化した胎児が体内から取り出された。

3・県の役人の尹正が、手足が熱っぽく、口の中が乾いて、人の声を聞くと苛立ち、小便が通じない、という症状に悩まされていた。華佗は熱いものを食べ、汗が出れば平癒するが、出なければ3日で泣きながら絶命すると診断した。尹正は熱いものを食べたが汗は出ず、果たして診断通りの死に方をした。

4・軍の役人の李成が咳に苦しんで、時に血膿を吐いていた。診察した華佗は病原は肺ではなく腸炎と診断し、さらに18年後にちょっとした再発があるからと、その分も合わせて粉薬を出した。その5・6年後、李成の親類に同じ症状になった者がいたので、李成の親類は後で華佗から貰って来るからと李成に頼み、予備の薬を融通してもらった。親類は治癒すると、約束通り華佗のいるに向かったが、丁度華佗が曹操に捕縛され、薬は手に入らなかった。薬のない李成は、華佗の診察を受けた18年後に病が再発して死んでしまった。

5・重病に苦しむある郡守の様子を診たところ、激怒させるのが最も効果的な治療法だと診断する。そして華佗は高額の薬代を貰いながらも治療を行わず、ついには郡守の悪口を書いた手紙を残し去って行った。これに激怒した郡守が数升の血を吐いたところ、すっかり病気は治ってしまった。


2の症例のように胎児の遺体が石灰化してしまうことは「石児」または「石胎」と呼ばれるもので、非常に珍しい症例であるが、これはときどきニュースとして紹介されることがある。

91歳女性の子宮に石灰化した胎児
チリ西部の小さな町で、91歳の女性の子宮の中から石灰化した胎児が見つかった。女性は60年以上前の妊娠に気づいていなかったという


http://www.cnn.co.jp/video/14724.html
2015.08.05 Wed posted at 11:27 JST

母親の体内に36年間、胎児の骨格を摘出 インド
http://www.afpbb.com/articles/-/3024138

82歳老婆の腹に“石灰化した40歳の胎児”が発見される ― 人体の驚異「石児・石胎」とは?
http://tocana.jp/2013/12/post_3376_entry.html

その他にも華佗は小児病や食中毒についても巧みな治療を施している。

驚くべきことに華佗は、脳外科手術を曹操に提案したとされる。

物語の
『三国志演義』では、頭痛やめまいの持病に苦しんでいた曹操に召し出されたとき、華佗は曹操の病根は頭にあるため鍼や薬の治療は効かないと診断し、「まず麻肺湯を飲み、その後に斧をもって脳を切り開き、風涎を取り出して根を除きます」と治療法を告げた。

これに曹操は驚愕する。
「お前はわしを殺す気か!」と激怒する曹操に対し、華佗は関羽が毒矢が刺さった肘の骨を削られても少しも動じなかった事を引合いに出して説得する。

しかし曹操は、「脳を切り開く治療法などこれまで聞いたことがない。お前は関羽と親しかったから、治療にかこつけ俺を殺して関羽の仇を討つつもりであろう」とさらに激高すると、そのまま華佗を投獄して拷問にかけた末に殺してしまった。


この部分は物語の創作なので事実かどうかの確認はとれないが、華佗の医術がそれほどに革新的で神妙であったということである。


実は数十年前に華佗の医術や鍼灸について調べたことがあって、「鍼灸師からみた華佗の医術」という論考を東洋医学関係の専門誌に発表したことがあった。


奇しくもこれが後に、中国の医学雑誌に翻訳されて採録された。

どうやら拙論が本場中国でそれなりに評価されたらしい。






















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denden 










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ラベル:外科手術
posted by モモちゃん at 11:39| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする