2016年10月21日

秋は雷山千如寺にまで足を延ばしてみました

秋の千如寺・五百羅漢像を訪ねる



福岡県糸島市雷山にある千如寺大悲王院に行ってきました。

ここは成務天皇(第13代天皇(在位:成務天皇元年1月5日 - 同60年6月11日)の時代ということなので、古代の4世紀辺りにまで想定できる歴史があるということになります。

この時代の九州は、歴史教科書には記載されてはいない「九州王朝」が支配していた時代ということになりますので、成務天皇の事跡そのものは後世の日本書紀などの正史に詳しい記録はありません。

その縁起はというと、成務天皇の四十八年、雷山の地主神である雷大権現の招きで渡来した天竺の霊鷲山(りょうじゅせん)の僧清賀上人によってこの地に開創されたと伝えられています。

霊鷲山とはインドのビハール州にある山で、別名では耆闍崛山、鷲峰山、霊頭山、鷲頭山、鷲台としても知られていますが、1903年(明治36年)1月14日朝、大谷光瑞が率いる第1次大谷探検隊が朝日に照らされたこの山を仏典上の霊鷲山と同一と確定したことで有名な聖地です。

霊鷲山は、かって釈迦が無量寿経や法華経を説いた仏教の霊山ということになります。

その所縁の地からインド人の清賀上人が仏教と共に古代日本に渡来してきたということですから、ここでも従来の学会の定説や歴史観がひっくり返ってしまいます。

その後、千如寺は聖武天皇の時代には勅願道場となり、国司により七堂伽藍が建立されたということです。

仏教が盛んであった鎌倉時代には、この地には三百もの坊舎があったといわれます。



参詣する人たちが次々とバスで訪れていました。




RIMG0273


















千如寺は立派な樹齢400年といわれる楓の大木があることでも近隣に知られています。






RIMG0288

















中庭に大きな楓があります。






RIMG0276

















伽藍の裏は傍まで山が迫っていて、その斜面を覆うように石像が並んでいました。





RIMG0281



















杉の大木の間に羅漢像が整然と並べられています。





RIMG0280



















やはりこれだけ羅漢像があると壮観です。






RIMG0284
























jidai03









denden 










TOP カネマサ健康通販 電磁波過敏症対策からだ健康ネット資料館
健康医学専門ネット書店PM2.5汚染・感染症対策PC電脳特選街HPカネマサ工房






ラベル:仏教伝来
posted by モモちゃん at 11:56| 歴史発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする