2018年05月09日

漢方医吉益東洞と江戸期名医の系譜

江戸期の名医の系譜

華岡青洲は世界で始めて全身麻酔を用いて乳がん手術を行ったことで知られている。

華岡青洲は天明2年(1782年)に紀州より京都に出て、当時名医としてして高名だった吉益南涯について漢方の古医方を集中的に学んだ。

華岡青洲は西洋のカスパル流外科学を学ぶ前に、こうした漢方の薬物についても研鑽を積んでいたことになる。

まさに名医の下に名医が連なっていたのである。

華岡青洲が師事した漢方医吉益南涯の実父吉益東洞もまた同様に著名な漢方医であったが、彼が著述した薬能学の専門書はベストセラーであったからその名は広く知られており、吉益東洞の門下には全国から六百名近い門弟が集まったとされる。

その吉益東洞の医案(治療経過の記録)のなかに特に興味深い記述部分があった。

「山城、淀藩の士人山下平左衛門は、《吉益東洞》先生に謁して曰く、「男ありて、生まれて5歳。唖にして癇、癇 日に一発或いは再発す。虚✈羸憊して、旦夕斃を待つ。且つその悶苦の状は日一日と甚だし。父母の情として坐視するに忍びず。願わくば、先生の術に頼りて、幸にひとたび起つを見れば、死すと雖も悔いなし」と。
  先生は因って為に之を診す。心下痞、之を按じて濡。乃って大黄黄連瀉心湯をつくりて之を飲ます。百日ばかりして、痞去りて癇は復発せず。而して胸肋妨張し、脇下支満す。唖は尚故の如し。又小柴胡湯及び三黄丸を作りて、之を與う。時に大陥胸丸を以て之を攻む。半歳ばかりして、一日乳母、兒を擁して門に倚る。適々馬を牽きて過ぎる者あり。兒忽呼びて「牟麻=ウマウマ」と曰く、父母喜び甚だし。乃ち襁負して倶に來り、之を先生に告ぐ。先生試みに糖菓を拈して、以て兒にその呼を挑む。
 兒忽ち復呼びて曰く「牟麻」と。父母以為(おもえ)らく「願いに過ぐ」と、踊躍して自勝せず。因って前方を服すること數月、言語卒は常の兒の如し。」《建珠録》


[以下意訳]
あるとき吉益東洞先生の下へ山下平左衛門という藩士が訪ねてきた。

彼が言うには、「自分には5歳になる男児がいるが、言葉がしゃべれず日に何度も癇を発します。身体は痩せ衰えて疲れ果てた様子で、いまにも死んでしまうのではないかと思える状態で、その苦しむ様は日一日と酷くなってきております。父母の情として座視しておられません。願わくは先生の医術におすがりし、幸いにも一度でもよくなった姿を目に出来るようでしたら、たとえ死んでも悔いはありません」という。


東洞先生はこれを受けて、その子を丁寧に診察して最初の処方を出した。

その処方を百日ほど服用すると癇が出なくなったが、以前同様その子はしゃべれないままであった。

東洞先生はここで病状の変化を見極めて、さらに別の処方を与えた。

このようにして半年ほど経過したある日、乳母がこの子を抱いて家の門によりかかっていると、たまたま馬を引いて行く人があった。

そのとき子供がいきなり「ウマ」と叫んだ。

声を発したのである。

父母の喜びは甚だしく、子供を負ぶってこのことを東洞先生の下へ報告に来た。

東洞先生は試しにお菓子をその子に示してみると、またしても「ウマ」といった。

父母は願いが叶ったことで、大喜びして躍り上がらんばかりであった。

その後もその処方を数ヶ月継続するうちに、言語は普通の子供同様にしゃべれるようになった。



時代背景が現代とは全く違うので、実際にこの子がどのような病状だったのかは判然とはしない。

ただここには、しゃべれなかった子供が名医の治療で普通にしゃべれるまでに回復したという驚きの事実が、しっかりと記されている。



唖とは言葉がしゃべれないことである。

癇とはいわゆる癇症のことであるが、『病名彙解』(蘆川桂洲)には次のように書かれている。

癇症・俗に云ふくつちがきなり、癲癇と連ねても云へり。大人のを癲と云ひ、小児のを癇と云へり。それ癇症は時に作り、時に止む。その癲狂の心を失して妄りに作り、久を経て癒えざる者と、もと一類にあらず

小児特有のひきつけの発作を指しているのであろう。










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ラベル:吉益東洞
posted by モモちゃん at 08:37| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする