2019年01月04日

あと二百年生きるつもりだった漢方医の話?!

人の老化現象とは生体の潜在的疾病状態に他ならない!

中国医学から生まれた薬ががんに効く可能性
2018/12/28
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181228-00010002-nknatiogeo-sctch

人の寿命に「上限」あり、オランダ研究チーム2017年9月1日
発信地:ハーグ/オランダ
http://www.afpbb.com/articles/-/3141236




この研究に先立つ1年前、2016年のAFP=時事 10月6日付けで、人の寿命の「上限」を発見したとする研究論文が発表された。

米アルバート・アインシュタイン医科大学(Albert Einstein College of Medicine)の研究チームは、世界40か国以上の人口統計データを詳細に調べ、長年続いた最高寿命の上昇が1990年代にすでにその終点に「到達」していたとし、最高寿命の上昇は1997年頃には横ばい状態に達していたという結果に至ったということである。

その1997年という年は、奇しくもフランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなった年でもあった。


論文の共同執筆者で、アルバート・アインシュタイン医科大のブランドン・ミルホランド(Brandon Milholland)氏は、AFPの取材に「それ以降は、世界最年長者が115歳前後という傾向が続いている」と指摘している。


要するに現代西洋医科学の研究データーによれば、人間の寿命は120歳辺りが上限であるとするのがどうやら定説ということになりそうである。

ここまではいわゆる西欧圏の定説・科学的常識ということになる。


これが中国文化圏ともなると、これとはまったく違ったものの見方、考え方がなされる。

ご存じのように中国文化圏には営々と継承されてきた中国医学大系がある。

その中国医学には養生医学、老人医学という分野がある。

しかもそこでは西欧圏とは異なる伝統的な独自の生命観、健康観というものが歴史的背景をベースにして、次々と提示されてくるところが実に面白い。

長寿に関していうなら、ここでも数千年に及ぶ歴史的遺産がある。

そしてその中国文化圏でもっとも長生きした人物といえば李清雲(Li Qing Yun / リ・チンユン)という名前がまずその筆頭に挙げられる。

歴史に足跡を残した彼は何と256歳まで長生きしたといわれ、現代でもそう信じられている伝説的人物である。


李清雲は二十世紀に至る2世紀半にわたって生き続けた、まさに超人と言えるであろう。

李清雲は1677年に生まれ1933年、256歳で亡くなったと記録されているし、李清雲という人物の画像は実際にネット上にも紹介されている。


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李清雲は清王朝の9人の歴代皇帝の時代を過ごしたという超人であるが、とにもかくにもにわかには信じられないような驚くべき話ではある。

彼は清王朝初期の優れた漢方医ということでも広く知られているが、一体どのような一生を送ったのであろうか?


李清雲という人物は中国四川省の医者の家系の出自であったらしく、10歳頃から伝統的な漢方医学を学びはじめ、その後中国各地を遊学しながら優れた師を求めて隈なく歩き回ったという。



李清雲は交通が未発達な時代にありながら、若いときから健脚にまかせて広大な中国の山岳地域を長年歩き回わり、有用な生薬を探し求めた。

実際に李清雲は甘粛省や陝西省、さらにはチベット、安南、西安、満州まで足を延ばし、その都度山林へ分け入って貴重な薬草類を採集してまわったとされ、長年健康を維持し続けたこともあって自らの足で遠くは東南アジア地域にまでその足跡を残した。

李清雲は生薬の研究者として研鑽をし続け、病気治療に従事しただけではなく、長い年月をかけて免疫力を高め延命効果のある生薬について探求し続けたとされる。


彼は記録によると壮年期を中心に約40年間にわたって山野で薬草を精査し続け、この間には霊芝、クコ、オタネニンジン、ツルドクダミ、ツボクサ、米酒だけの質素な食物を摂り、肉食を避けて徹底した菜食主義者として体を慣らし一生涯を過ごした。

さらに李清雲は、中国の伝統的な漢方医学と同時に、研鑽時代に習得した身体の健康増進と延命効果を追求する養生法にもひろく精通するようになり、導引法や気功法の奥義を極めたとされる。

養生法とは、身体の機能を高め健康を維持するために気を全身に巡らせる特殊な運動法や呼吸法をとりいれた中国発祥の保険医学、予防医学ともいうべき一連の健康保養の体を使った術式である。

中国ではそれぞれの家には詳細な家譜(家系図のような記録文書)が残されているので家系を何代にもわたってたどることが出来るので、李清雲も同様にこれらの家譜が専門家によって調べられている。

記録によると1749年、71歳のときに彼は武術老師として清国の軍隊に入隊して教練に従事しており、私生活では一生の間に、結婚を23回、そして子供を200名以上もうけたという。

当然のことながら、いまでも中国全土に彼の多くの子孫が残っている。

記録によると100歳の時(1777年)漢方に精通していたことで、清国政府より公に表彰されただけではなく、200歳の時には一時期大学の教壇にも立って学生を指導した経歴がある。



李清雲先生が人々に示した長寿の秘訣は、「いつも心を穏やかに維持する事。そして、座るときは亀のように、歩くときは気力が溢れる鳩のように、寝るとき犬のように」というものであった。

李清雲先生の存在に当時の中国在住の欧米人も注目したわげで、実際に取材してその実態に驚愕した。


1933年5月の米国の『タイム』誌には、李清雲氏の死亡記事が掲載されたが、記事のタイトルは上記の彼の言葉をとって「カメ ・ ハト・ イヌ」だったという。


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彼は一般人が好むような生活習慣としての喫煙や飲酒を避けたといい、また農夫のように常に早寝早起きをし毎日食事は規則的にとったとされる。

中国医学ではすべての生命活動の根源は五臓六腑のいわゆる内臓器官にあるとされ、内蔵機能の維持健康が最も重要視される。

内臓に過度の負担を掛けない生活習慣の堅持が必要になる。

そこには、精緻な精神活動や脳の機能さえも五臓六腑の正常な機能維持によって保たれるという生理観があるからである。

李清雲先生は五臓六腑の健康管理だけでなく、生薬を巧みに使い免疫力の維持に注力し続けた。

加齢によって身体機能が衰えるだけでなく、急速に免疫力が衰えていくことにどう対処するかを李清雲先生は常に考えていた。

彼の健康観、さらには寿命を極限まで延ばすということではそうした独自の中国医学的な身体観と医療観を持っていたことになる。

実際に李清雲先生自身は老化についてどのように考えていたのだろうか。

身体の老化というものは、李清雲先生からみれば生体そのものが潜在的な疾病状態に陥ったことと同様であって、内臓や身体機能が衰え萎縮しつつ機能が次第に低下し、免疫力も年と共に衰えていくことを意味していたはずである。

老化によってあらゆる生体機能が低下し、身体組織や内臓器官が萎縮してくる。

徐々に、しかも確実にそれらは時間と共に衰退していく。

ましてや重要な脳などの中枢神経や感覚器官自体の萎縮にどう対処するのか?

そのバランスをどう保つのか?


それでも彼からみれば明らかに老化現象は疾病(未病)であった。

疾病(未病)であるならば、そこに治療法も予防法もあるというのが李清雲の漢方医としての確固たる考えであった。

そこには中国医学の伝統的な診断技術と病症(証)というものの捉え方があった。

証とは、病気による症状だけではなく、さらには体質や体格、体調までも細かく捉える伝統的な診断法ということができる。

言い換えれば、病気による直接の症状が出る以前の未病(未だ病に至っていない)状態でもその病状の進行度、病態が判別が出来るということになる。

これは症状が出て治療が必要になる以前に、精密検査に数値レベルで引っ掛かる状況に似ている。

しかしながら、この中国医学の未病という捉え方そのものは現代の医療検査とは大いに異なっている。

現代の正常と異状というものの数値データによる捉え方と、中国医学の気のレベルの相対的捉え方とはまったく異質のものと言わざるを得ない。

そうした情報にしても見方も違えば、捉え方も違う。

年を経ることによるすべての身体機能、内蔵機能、精神機能の失調状態は、その証という捉え方に集約されていく。

それらは決してばらばらに存在しているのではなく、一つの傾向を示しうるものであり、一つの範疇に含まれているのだとも云える。

一つ一つの枝葉を辿っていくと、いずれは大きな根幹部分に触れるということである。

そこでは未病の場合もあるし、病気状態である場合もあるわけで、老化現象そのものはことごとく証を見定める上で細大漏らさず補足されることになる。

面白いことに、それらは現代科学とは全く異なった異質の身体情報と云うことになるわけで、そうした気レベルでのデータで李清雲先生の健康が維持できていたと云うことになる。

結局のところ李清雲先生は、老化とは潜在的疾病状態という中国医学の基本的考え方に従っていたことになる。

李清雲先生はその己の潜在的な疾病状態をしっかりと見据えて、「養生」という手法を自ら的確に講じたのである。

怠惰な精神では到底継続することは不可能であったであろう。

それは日々の生活習慣であり、彼独特の菜食や導引吐納をたゆまず実践し続けた。

李清雲先生は伝統的な医療体操を実践し、各種の生薬、薬剤も活用した。

その生薬の薬物としての処方にも李清雲先生は膨大な知識を持っていた。


李清雲先生は老齢期に至っても内蔵機能は充実していたし、身体機能もほとんど衰えをみせなかった。

事実李清雲先生は200歳を超えても耳目の機能はもとより、男性としての性的機能も衰えてはいなかった。

彼は中国各地を遊学する間に伝統的な「養生法」を習得していったことが、彼の長寿延命をさらに助けた。

中国で発祥した「養生法」そのものは、元来不老不死に通じるものとして道教思想と共に広まったものであるが、身体の免疫力を高めると同時に新陳代謝を呼吸によって自在にコントロールし老化に至るエントロピーを極力抑えるという特異な考え方が含まれている。

現在でも中国では太極拳などは根強い人気がある。

李清雲先生は、そうした生体エネルギーである「気」を温存する食生活を長年堅持し、日々体を鍛え養生に努めた。

精神的ストレスに対する捉え方や運動の重要性を李清雲先生は、長寿に繋がる最重要項目として指摘している。

その結果が、李清雲先生の256歳という驚異的長寿をもたらしたということになる。

李清雲先生自身は、さらに数百年は寿命が延ばせると真剣に考えていたようであるから驚きである。

老化そのものは、命あるものにとって避けられない不可逆的な生理現象である。

老化自体は止められないが、しかしその老化のスピードを通常より5,6分の1に遅らせることが出来るということを李清雲先生は己の身体で実証してみせたのである。


256歳にも及ぶ人生とは一体どのようなものであろうか。

超人李清雲先生にしかそれはわからない。


おそらく近未来では、中国が生命科学やアンチエイジングの世界的研究拠点として台頭して来るであろうが、李清雲先生の研究がそこでは最大限生かされていることであろう。  

      













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ラベル:生命科学
posted by モモちゃん at 11:13| 歴史的瞬間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする