2020年09月14日

公家衆が求めた秋限定の高級食材とは何か?

平安貴族も賞味した高級食材・キノコ

キノコの時期になると食中毒や遭難といった事故が毎年のように発生する。

慣れた人でも山中に入って道に迷うこともある。

キノコを見付けても、食用キノコと毒キノコの判別はとても難しい。

これまたキノコ選別のベテランでもときたま間違えて中毒になる場合がある。

美味しいキノコといえばいろいろあるのだが、毎年発生する毒キノコの「スギヒラタケ」を食べたという中毒事件を耳にする度に、平安時代のきのこ狩り名人藤原陳忠のことを思い出してしまう。

その経緯は、古典文学作品に登場する。

今昔物語集 巻28 「信濃守藤原陳忠落入御坂語 第三十八」 に紹介されている逸話であるが、これを最初に読んだとき藤原陳忠という人物に思わず好感をもってしまった。

まさに平安時代のナチュラリストというべき人物である。


以下は「今昔物語集」に収録されている可笑しな逸話である。

「今は昔、信濃守藤原陳忠と云ふ人ありけり。任国に下りて国を治めて、任はてにければ上(のぼ)りけるに、御坂を越ゆる間に、多くの馬どもに荷をかけ、人の乗りたる馬、数知らず続きて行きける程に、多くの人の乗りたる中に、守の乗りたりける馬しも、懸橋(かけはし)の端の木を後足を以て踏み折りて、守、逆様(さかさま)に馬に乗りながら落ち入りぬ。底いくらばかりとも知らぬ深さなれば、守、生きてあるべくもなし。」



当時信濃守を任されていた藤原陳忠は任期を終えて京の都に帰還する途中であったのだが、そのとき陳忠は馬に乗って数人の従者を従えて足下が危険な御坂峠を越えつつあった。

そこは険しい崖っぷちで、深い谷合いの懸け橋を通りかかったときのことである。

そのときふいに陳忠が乗っている馬が足を滑らせてしまい、陳忠共々谷底へと転落してしまった。

崖から転落してはとても無事で済すむはずもなく、主人陳忠が生きているようには思えなかったのだが、従者たちが深い谷底を覗いていると下からかすかに陳忠の呼ぶ声が聞こえてきた。

たしかに「おーい、おーい」と呼び声がする。

なんと陳忠は生きていた。

谷底へ転がり落ちた陳忠は、このとき落ちながらも崖に生えていた木の枝を必死に掴んでどうやらそれ以上の落下を避けることができていたのだ。

乗っていた馬の方はそのまま谷底へ転落してしまっていて、どうすることもできない。

陳忠は近くの枝を足場に必死にしがみついていたのであるが、するとその急な崖の斜面に珍しいヒラタケがびっしりと生えているのに気がついた。

一瞬、陳忠の目が輝いた。

ナチュラリストで食通の陳忠は、そのヒラタケが格別美味であることを知っていたのだ。

おお、これほどにたくさんに生えておるわい!」

しかもそれがきわめて入手し難いキノコであったからたまらない。

陳忠は、片手を伸ばしてヒラタケを必死につかみ取ってみると、まさしく上等のヒラタケである。

陳忠は自分が窮地にあることを忘れてしまうほどに驚喜する。





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陳忠は崖下から従者に籠を下ろすように命じる。

従者が言われるままに籠を下ろして、その重くなった籠をするすると引き上げてみるとそれにはヒラタケだけがいっぱい入っている。

再度籠を下すようにと、陳忠は崖下から叫ぶのである。


 「亦引け。」と云ふ声あれば、声に随ひて引くに、

此の度はいみじく重し。あまたの人かかりてくり上げたるを

見れば、守、旅籠に乗りてくり上げられたり。

守、片手には縄をとらへ給へり。今片手には、平茸を三ふさ

ばかり持ちて上り給へり。」


陳忠は従者に籠を下すように命じると、この得難いチャンスを逃すまいとばかりにそこらに生えているヒラタケをかき集め、これを手土産にしながら従者の下ろした籠でどうにか救出されたのである。


陳忠は、絶体絶命の危機から脱したのであるから非常に幸運だったというべきところである。

陳忠は命が助かった上に珍しいヒラタケも手に入れことで、このとき満足気だったかというと、意外にもそうではなかった。

「落ち入りつる時に、馬はとく底に落ち入りつるに、我は後れてふためき落ち行きつる程に、木の枝のしげくさし合ひたる上に不意(すずろ)に落ちかかりつれば、其の木の枝のさはりつれば、それをふまへて、大きなる股の枝に取りつきて、それをかかへてとまりつるに、其の木に平茸の多く生えたりつれば、見すて難くて、先づ手の及びつる限り取りて、旅籠に入れて上げつるなり。未だ残りやありつらむ。云はむ方なく多かりつるものかな。いみじき損を取りつる物かな。いみじき損を取りつる心地こそつれ。」


ここで陳忠は意外な心境を口にする。

何と崖の上に無事這い上がった陳忠は崖の下にはまだ沢山のヒラタケがあったと心残り気なことをいい、それを採り残してきてしまったことが「とてもくやしい、おしいことをした」などと何とも強欲なことを口にするのでまわりの者は呆れかえってしまった。

それほどにヒラタケは陳忠にとって得がたい珍味であって、格別美味しい食材であったということだ。

取り残したことが余程口惜しかったのであろうが、まあそれでも陳忠は傷だらけになりながらも珍味でもある珍しいヒラタケの収穫に成功したわけで、自分が命拾いしたこと以上にこのとき思いがけずキノコ狩りが出来たことがよほど嬉しかったらしく、その経緯が面白おかしく古典文学にもしっかり収録されているわけである。

それこそ、転んでもただでは起きない藤原陳忠は、珍しくしたたかなお公家さんだったというわけである



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ラベル:絶体絶命
posted by モモちゃん at 06:54| 歴史探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする