2019年02月26日

長崎県平戸市周辺を旅しました

長崎県平戸は当日雨でした



先日長崎県平戸に行ってきました。

あいにくの雨天でしたが、すでに海も野山も春めいていました。

「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景」を出版しました。

 戦国時代に題材と取った特殊な分野のドキュメント作品なのですが、これまで10年近くブログなどで単発的に発表してきたものをまとめて、さらに近年新たに出てきた史料を加えて完成させたものです。

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本書は400年以前の海外への日本人拉致事件ともいえる奴隷貿易をテーマに書き上げました。

 

内容紹介

戦国時代に人買い船が西方よりやって来た!
火薬一樽は、日本人の娘五十人で取引されたというのは事実なのか?!何故に、日本に鉄砲が持ち込まれたのか?!
鉄砲で始まり鉄砲による未曾有のキリシタン軍団の大乱で終わる秘められた九州戦国史、歴史教科書では絶対触れることの出来ない戦国時代のその真実とは?

時代の激流に翻弄されながら、武人としての矜持を保った長崎代官・村山等安の壮絶な生きざまも併せて紹介したドキュメント作品。

本書は戦国時代に題材と取った特殊な分野のドキュメント作品なのですが、これまでは国内で活躍した武将中心の世界を俯瞰するのとは別に、ここで視点を大きく変えて見てみました。

日本の戦国という時代様相とともに、当時の日本は海外とどのような対外的交渉があったのか捉えてみました。

新兵器の鉄砲伝来とキリスト教宣教師の渡来とによって、戦国日本にはいきなり南蛮という新たなファクターが付け加えられたのです。


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そこには悲惨な戦国難民が発生する一方で、端から日本人を奴隷種とみなす南蛮商人とが奇しくも同時に登場してくるという過酷な展開が見られたのです。














日本ではほとんど知られてはいませんが、アフリカだけではなく当時は大航海時代の美名の下で世界的なビジネスモデルとして奴隷貿易がはびこり、極東アジア地域にまで拡散してきていました。

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その時期、まさに日本は戦国時代真っ只中だったのです。

そうした戦乱の時代を背景にして、過酷な歴史が隠れたまま展開していたのだともいえます。

当方は立場上、アカデミックな学閥も政治も宗教問題も一切関係ありませんので、何の偏見もなく自在に考えたままに本稿を書き進めてましたので、その点は十分ご理解ください。

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ほんの一部分を書き著したつもりでしたが、当初の予想を超えて本著は四百ページを超えるものになってしまいました。

戦国の日本人奴隷貿易を扱った重い内容ですが、南蛮からの鉄砲とキリスト教の伝来を中心に時代を切り取り、その中での西洋と日本とが激突するダイナミックな歴史の流れを紹介しています。

歴史というのは単発の事件を並べただけでは解明できないものであって、すべての事象、事件というものは個々の人間を介して見えない部分で繋がっているものです。

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歴史にはその時代に生きた人間,証人となる確かな人物が登場しなくてはなりません。

そこで登場する日本人として、尾張の浪人として九州長崎に流れ込んできたキリシタン村山等安の数奇な半生を織り込んでみました。

等安は卓越した才覚によって貿易商として巨万の富を手にしただけではなく、長崎代官の役職にまで上り詰めますが、そこには政治絡みの権力闘争やキリシタンとしての宿命的な葛藤がありました。

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村山等安は対外的には中国(明)との支配海域を確認する外交交渉において画期的な成果を成し遂げていたのですが、当時の幕府も後世の為政者もこの事実を黙殺したのです。

これが皮肉なことに、現在の尖閣諸島問題と深くリンクしているのです。








本書の中では彼を取り巻く人物として、当時の権力者であった豊臣秀吉や徳川家康・秀忠、戦国大名の高山右近、大村喜前、天正遣欧少年使節千々石ミゲル、さらには宣教師ジョアン・ロドリゲス神父、デ・モラレス神父、貿易商末次平蔵、長崎奉行長谷川権六、イエズス会司祭荒木トマス、背教者不干斎ハビアン、村山マリアといった多くの人物が次々と登場してきます。

とにかく読んでいただければ、その面白さはご理解いただけると思います。


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小高い丘の河津桜は満開でした。





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全編の内容と主な目次
● 天正遣欧少年使節とイエズス会宣教師ヴァリニャーノ・何故に、鉄砲が持ち込まれたのか?!・すべてはキリスト教伝来から始まる・いま何故、千々石ミゲルの存在が問われるのか?天正遣欧少年使節・イエズス会(1)
● 九州戦国時代の様相・奴隷船がやってきた・千々石ミゲル(2)
● 宣教師が絶賛した織田信長・海外に売られた戦争捕虜・当時の奴隷供給の背景と様相 (3)
● 秀吉は、何故バテレン追放令を出したのか・アジアにおける日本人奴隷の実態・秀吉を激怒させたものとは何か・何故にキリシタンは、弾圧されたのか(4)
● 千々石ミゲルの棄教・大村喜前・応用倫理神学(5)
● キリシタン大名による奴隷貿易は特殊なものだったのか・保身に転じたキリシタン大名・その後の千々石ミゲルと時代背景・ 命を狙われる異端者、千々石ミゲル(6)
● 千々石ミゲル、長崎へ逃げる・長崎代官・村山等安とは何者か・ キリシタン貿易商としての活躍(7)
● 千々石ミゲルと長崎代官・村山等安との邂逅・ 長崎の教会と村山等安・それでも奴隷貿易は続く・奴隷の輸出許可書を誰が発行したのか・ ジョアン・ロドリゲス神父の登場(8)
● 長崎でのイエズス会・ジョアン・ロドリゲス神父の活動・ 等安、イエズス会からの離反を決意する ・ 村山等安と彼の一族が支援した宗教活動 (9)
● 長崎・マードレ・デ・デウス号事件・追い詰められるキリシタン・ 等安の命運を決定付けた長崎聖行列(10)
● 誇り高き同志、キリシタン高山右近との別れ・村山等安の決死の行動計画・その@・キリシタン弾圧と村山一族の動き・決死の行動計画・そのA(11)
● 幕府の思惑と村山等安の画策・幕府が恐れた村山等安の存在・等安の対コンフラリヤ策とは ・村山等安の台湾遠征の目的とは?(12)
● 村山等安に忍び寄る影・村山等安に対抗する勢力とは・村山等安と末次平蔵との確執(13)
● 末次平蔵の怒りを買った等安・末次平蔵を操るイエズス会の陰謀 (14)
● イエズス会司祭荒木トマスの暗躍・荒木トマスとは何者か・荒木トマスの放った一撃(15)
● 村山等安、窮地に陥る・末次平蔵の勝利 ・裁かれる村山一族・ 村山等安、ついに斬首される (16)
● 村山一族の斬首、殉教者・ キリシタン弾圧の時代と元和大殉教 ・キリシタン村山マリーアの殉教・ 陰謀の顛末とキリシタン弾圧の時代(17)
● 村山等安を評価していた背教者不干斎ハビアン・「破提宇子」=「地獄のペスト」を書いたハビアン・ハビアンの不可解な死に隠されたもの・その後の千々石ミゲル (18)
● イエズス会世界戦略・大航海時代と侵略の歴史・「宣教活動→仲介貿易→軍事行動→植民地化」という侵略の図式 (19)
● 日本でのイエズス会が採った軍事戦略・イエズス会に踊らされた秀吉・九州には、キリシタンによる内乱の火種があった・本能寺の変との関わり(20)


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● 国内最大の内乱が、キリシタン武装勢力、3万7千人の大乱勃発! ・村山等安一族が残した功績を顕彰する(21)
● 最強の傭兵部隊天草四郎鉄砲軍団の実態と、その攻防・鉄砲二千丁による猛攻とその後の悲劇 ・ついにはオランダ艦船の手を借りる(22)
● 悲劇の主役は、一体誰だったのか・何故に、ここにきて千々石ミゲルなのか・鎖国令・反乱はキリシタン傭兵部隊の暴走だったのか(23)

「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景: (ノンフィクション) Kindle版








「天魔王信長の野望を打ち砕く 我が武略に勝算あり」ノンフィクション

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「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景」ノンフィクション

奴隷船

「治療家・セラピストのための生体経絡・生気論」

経絡論

「時代小説短編集・憑依(つく)」
ミステリアスな題材による時代小説
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「徐福渡来伝説を検証する」太古の日本に渡来した徐福とは何者か?
古代史ドキュメント
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「おいしいりょうりをつくろう」
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「こわいおばけがでたぞ!」
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denden3商品詳細

電磁波過敏症対策・電磁波攻撃防御製品
原因不明の不快な環境ストレスの原因は、多くの場合目には見えない電磁波ノイズが関係しています。
電磁波中和装置「電磁番」は多用途の機能的防御が可能です。携帯するだけ、貼るだけ、置いておくだけ!
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「電磁番」はご利用者の皆様から高い評価を頂いております。
★電磁波中和放電装置「電磁番」をテレビやパソコン、各種電子機器、電子レンジなどの電気機器の上や車両内に、一個セットするだけで「特殊電子回路」が周囲に放射される有害電磁波に干渉して中和放電変換します。
★日本国内の電磁波環境に対応した製品です。不快な電磁波ノイズの中和放電によって身体への悪影響はほとんど感じられなくなります。
(実際のストア評価のお客様の声を参照ください)
★隣接した建物や施設から放射される不快な波動ノイズ、悪質な電磁波攻撃、嫌がらせにも対応いたします。 製品の耐用年数は、普通に使用すれば3,40年以上そのままで使用可能です。
★一般の住居内はもとより、店舗・事務室・治療室や病室、オフィス内環境を電磁波レベルで整え防御します。(取り扱い説明書を添付しております)
★製品サイズ 直径10cm 厚さ 1.5cm 重さ 約170g

電磁番使用時の注意事項

★「電磁波中和装置電磁盤」は、周囲のマイナス波動の電磁波を干渉中和放電するため、DVDショップなどの店舗内に設置された盗難防止システムのゲートセンサー(レーダー)の電磁波にも敏感に反応し、有害電波の波形を変換してしまいます。
そのため「でんじ・ばん」を携帯したまま入店されますと、警報システムによっては電磁波シールドの変化で出店時のゲートでの誤作動で警報が作動してしまう場合がありますので、店内持ち込みによるトラブルには十分ご注意下さい。


詳細は
外部サイトのリンクページの「電磁波中和装置電磁番」のセット方法について」をご覧ください。
電磁波過敏症や電磁波攻撃対策法については
外部サイトのリンクページの「波動電磁波情報検討会」を参照ください。
電磁波中和装置電磁番についての解説(クリックするとリンクページが開きます)
「電磁波中和装置電磁番」のご案内
電磁波過敏症について
電磁波攻撃によるストレス症状について
「電磁波中和装置電磁番」の干渉中和放電効果について
「電磁波中和装置電磁番」を使用されているお客様の声
「電磁波中和装置電磁番」の機能と構造について
「電磁波中和装置電磁番」に関するご質問と解説
「電磁波中和装置電磁番」を使った気の調整法について
電磁波過敏症の症状関連の出版物
最近の重要な電磁波情報
不眠症対策について
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スマホ電磁波の対策予防法
スマホ乗っ取り攻撃について
電磁波攻撃・嫌がらせ対策
最新の電磁波攻撃機器とは
電磁波被曝と準静電界について
米国大使館電磁波被曝事件

























































































posted by モモちゃん at 10:12| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

戦国に名を残した阿安姫の生涯

戦国九州美女伝説を探る

戦国時代の美女というと織田信長の妹お市の方や明智光秀の娘であり、武将細川忠興の妻であったガラシャ夫人がつとに有名なのですが、同じ戦国時代にあって忘れてならない特筆すべき美女の一人として九州の戦国大名竜造寺隆信の娘阿安姫がいます。

阿安姫の美しさは、当時九州一円はもとより交易の中心であった堺や京、大坂までつとに知られていたのです。

阿安姫こと「お安の方」ともいわれますが、彼女にも過酷で数奇な運命が待っていました。


戦国時代、九州の肥前国(現在の佐賀)の東方(現福岡県・筑後地方)に有力な国人であった小田氏の居城(蓮池城)がありました。

ここは当時、肥前と筑後とを結ぶ街道の要衝の地であり、軍事的にも要となる土地でした。

当時の北部九州の勢力図でいうとこの豪族小田氏の城は、肥前の覇者竜造寺氏と豊後(大分)の大友氏の狭間にちょうど位置していたことになります。

戦略的な拠点となり得る土地だけに、竜造寺も大友も互いにこの土地と城を狙っていたことになります。

東肥前の支配権を徐々に確立しつつあった竜造寺隆信は1562年、時の蓮池城主の小田鎮光に調略の手を伸ばし、まず手始めに懐柔策として縁談を持ち掛けてきたのです。

もとよりこれは戦略としての政略結婚の話しであることは、みえみえのことでした。

その縁談の相手とは隆信の娘お安(阿安姫)であり、このとき彼女は十七歳でありました。

当然のこと、小田氏側には多少の警戒心はあったと思われますが、この縁談に対して小田側の反応は意外にも早かったといいます。

小田氏にとってこの縁談はそれほど悪い話しではありませんでした。

竜造寺に対して弱小である小田氏からみれば、むしろ願ってもない好都合な話ということになります。

龍造寺家の姫たちが美しいことは周辺諸国にひろく知れ渡っていたのですが、実は竜造寺氏の阿安姫は隆信の娘といっても実子ではありませんでした。

阿安姫の実父は本家筋である龍造寺胤栄でしたが、胤栄が若くして病死したため、分家(水ヶ江竜造寺)であった隆信がその後を継ぐと同時に未亡人と隆信とが再婚し胤栄の娘お安が隆信の下に引き取られていたという事情がありました。

今風に云えば、妻の連れ子ということになります。

このように阿安姫は龍造寺家の正当な血筋ということでは、何ら問題のない出自であったのです。


阿安姫は、義父である隆信にとっては義理の娘ということになるのですが、阿安姫が成長するに従って三国一の美女としての噂が近隣諸国にまで広まってきました。

当時、龍造寺家は美女の係累が多いことでも知られていたのです。

そのような背景からいくと、この縁談は両家にとっては好ましいもののようにみえますが、これは明らかな政略結婚そのものだったのです。

もとより隆信はそうした調略や懐柔策に長けた、したたかな戦国武将であったわけです。

肥前と筑後を結ぶ街道の要衝を押さえる小田鎮光を巧妙に取り込むための政略結婚の手立てとして、隆信は明らかに阿安姫をその道具として使ったのです。

このことは後からはっきりと判ってきます。



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小田鎮光と竜造寺隆信との関係はそれまでの経緯から行くと決して良好なものではなかったのですが、それでも竜造寺の申し出を小田側がそのまま受け入れたのはお阿安姫の類稀なる美しさに惹かれたということも考えられるのです。

もとより小田側がもしここで縁談を拒絶してしまえば、勢力を増しつつあった竜造寺にかえって攻め込まれる口実を与えてしまう懸念とて考えられる状況下に置かれていたことも確かです。

明らかに両者には武力に大差がありましたし、弱小であった小田側からみれば不利な戦は避けたいところであったのです。

竜造寺が始めから小田氏を武力で攻めてもいいわけですが、力尽くでは犠牲を覚悟しなくてはなりません。

勢力を温存しておきたい竜造寺は、それを考慮して巧妙な調略をここでは講じてみせたわけです。

この婚儀によって竜造寺と縁戚関係が結べる方が、このときの小田側にとっても格段に得策であったはずです。

両者の思惑が合致したというわけです。

その後またたく間に両家の婚礼の儀式は整い、竜造寺家から阿安姫は無事小田家へと嫁いできました。

たしかに小田鎮光が目にした阿安姫こと新妻お安の方は、噂に違わず驚くような美女であったのです。

あまりの美しさに戸惑った鎮光や小田家の者は、当初お安の方を内心警戒するほどであったといいます。

だが、お安の方の優しい心根や天真爛漫さに触れていくに従って鎮光は心を許すようになっていきました。

またたく間に二人は仲睦まじい生活を送るようになっていきました。

しかしながら、一方の義父である竜造寺隆信は虎視眈々とその調略の時期を狙っていました。

そしてついに隆信の野望が牙をむくと、娘婿鎮光に一つの要求を付きつけてきたのです。

それは永禄二年1568年、お安の方が小田鎮光に嫁いで七年目であったのですが、突如として隆信は鎮光に領内の多久の梶峰城に移るよう命じてきました。

いわゆる領地変えです。

隆信の狙いは弟長信に街道の要衝であった小田氏の蓮池城を戦略的に押さえさせるためであったのです。

同時にここは小田の勢力を一気に抑え込もうとしたともとれます。

父祖の地を離れることは耐えがたいことでしたが、このときの小田鎮光には義父隆信の命に従うしか手立てがなかったのです。

妻であるお安の方も間に立って奔走したのですが、隆信の方針は覆ることはありませんでした。

翌々年の元亀元年1570年、竜造寺にとって長年の宿敵ともいえる豊後の大友宗麟が六万もの大軍勢で肥前にまで攻め込んできたのですが、大友勢の圧倒する勢いに肥前の国人衆も次々と大友方に寝返っていくなか、かねてより隆信のこうした仕打ちに不満を抱いていた鎮光も大友軍に加担してしまいます。

このとき当初攻め込んできた大友勢は有利に戦いを進めており、緒戦で竜造寺軍は押され気味でした。

そうした戦況を観て小田氏勢力は目ざとく大友勢側に就いたのです。


kyu03この場合にしても小田鎮光自身が竜造寺を見限ったというよりは、小田家一族一党で協議の上で最終決断されたことに従ったに過ぎません。

この決断に至ったというのも鎮光ひとりの考えではなく、これまで彼に仕えてきた家臣団の強い思いが背後にはあったということになります。

結果的には当主である小田鎮光は、義父である竜造寺隆信をここで裏切ったことになります。

当然女婿の身でありながら反逆したことに、隆信は烈火のごとく激怒します。

ここらは信長の妹お市の方と浅井長政との悲劇的な歴史の流れが思い浮かぶところです。

その後この戦いでは予想外の展開があって、押され気味であった竜造寺軍は隆信の義弟である名将鍋島直茂が緒戦において大戦果を挙げたのです。

その結果大方の予想に反して劣勢と思われていた竜造寺軍は鍋島直茂の活躍によって、ついには大友軍を撃破してしまったのです。

そしてこの戦が終結すると隆信は、直ちに裏切った国人衆の粛清を行いました。

それは熾烈なものでした。

隆信に反逆した鎮光は難を逃れて筑後に亡命し、一方お安の方は竜造寺に帰らせました。

竜造寺に反旗を翻したわけですから、鎮光はここで竜造寺との縁戚関係を一旦解消してみせたということです。

ここは成り行き上愛する者同士が別れたわけであって、戦国の世とはいえここでも夫婦共々苦汁の決断をしたことになります。

これに対して冷酷非情な隆信は、内心密かに一計を案じるのです。

あるとき義父である隆信は、お安の方にこう言い聞かせました。

わが娘であるお前は何も按ずることはない。こ度の事、鎮光が詫びを入れるなら許してやろう。二人して元の多久の梶峰城に戻ればよい

この言葉に喜んだお安の方は亡命中の夫に手紙を書きしたためました。

愛する妻からの手紙を読んだ鎮光は、すぐさま竜造寺の佐嘉に戻って行ったのです。

だがこれは始めから隆信が企んだ罠であって、お安の方との再会どころかここで待ち構えていた竜造寺側の討手によって小田一族はすべて囲まれ討ち取られてしまいました。(元亀二年(1571年))

お安の方は夫の死を知って大きな衝撃を受け、その場に卒倒してしまいました。

愛する夫鎮光が非業の死を遂げたのは、義父の謀とはいえお安の方自身が書き送った手紙がその騙し討ちの狡猾な誘いの具に使われたことは、さぞかし口惜しく無念であったことであろうと思います。

鎮光の裏切りを許さない隆信は、夫婦間の愛情を逆手にとって政略とはいえあまりにも惨い仕打ちをやって見せたのでした。

悲観したお安の方はその場で自害をしようとしますが、周りから押しとどめられてしまいます。

彼女の悲運はこれだけでは終わりませんでした。

さらにここにきて、またしても非情な義父隆信はお安の方を政略の具として利用することを考えるのです。

今度は強力な水軍を配下に持つ上松浦党の当主、波多三河守親に嫁ぐようお安の方に命じたのでした。

抵抗する術もなくお安の方は言われるがままに、義父に従わざるを得ませんでした。

当時の戦国の世にあっては、身分の高い女性が三度、四度と嫁ぐことは珍しいことではなかったのです。

お安の方は波多家に嫁いでからは、お安の方ではなく新たに秀の前と呼ばれるようになりました。

そうした中で、義父である竜造寺隆信は秀吉の九州征伐の直前の島津との戦い(沖田畷の戦い)であえなく討ち死してしまいます。(天正十二年・1584年)

これで肥前での竜造寺の勢力は衰えてしまいます。
 

その後の秀の前(安の方)の生涯が安泰であったかというと、そうとはならなかったのです。

秀の前はここでもその美しいがゆえにさらなる悲運を招くこととなります。

九州の名護屋に城を構え、朝鮮出兵を強行した太閤秀吉が波多三河守親の妻、秀の前が美貌であることを伝え聞くと、夫が出陣中にもかかわらず名護屋に出頭するよう妻の秀の前に命じてきたのです。

秀吉の命令は絶対でした。

大名の妻とて拒めるものではなかったのです。

この時期秀吉はご機嫌伺いということで、出陣中の夫の代りという名目で留守中の各大名の妻たちを名護屋城に呼び寄せて召見していました。

天下人秀吉の機嫌を損ねれば、いかなる災いを招くかわからない状況でした。

拒めば御家断絶の可能性さえあり得る過酷な時代です。

秀の前は太閤秀吉に拝謁しました。

もとより好色な秀吉は、その秀の前の美しさに驚嘆しました。

年齢的にいえばすでに秀の前は三十路であったのですが、その美貌はまったく衰えてはいなかったのです。

好色な秀吉の狙いを避ける手立てとして、その場で秀の前は頭を下げるのと同時にわざと胸から懐剣を畳に落としてみせました。

自分に手を出すとその場で自害するという、その当時の武家の女子の強い意志表示の一つの流儀でもあったのです。

胸に懐剣を納めて操を守る武家の作法そのものは、義父隆信の母、叔母でもある慶ァ尼(龍造寺胤和女)が始めたとされます。

おそらくは秀の前は直接、慶ァ尼からもそのように躾けられていたはずでした。

俗説では、そのとき秀の前は自ら顔を焼き謁見し、秀吉の意に逆らったともいいます。

どちらにしても召見の際に秀吉の不興を買ったわけで、第二次朝鮮出兵で夫である波多三河守親も戦死を遂げてしまい、その後波多家はお家断絶になってしまいました。

こうした悲運な経緯の後、孤独なまま秀の前は生地の佐嘉に戻り仏門に入って静室妙安尼といわれるようになりました。

地元には、秀の前は八十歳まで長寿を保ったという俗説が残っていますが、事実かどうかはわかりません。

墓は竜造寺一族の菩提寺、高伝寺にあります。

美人薄命という在り来たりの話しとは趣は少し異なりますが、その美しさ故に運命に翻弄された戦国の女性ということでは、東のお市の方やガラシャ夫人をも彷彿とさせるところがあります。









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電磁波過敏症対策・電磁波攻撃防御製品
原因不明の不快な環境ストレスの原因は、多くの場合目には見えない電磁波ノイズが関係しています。
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電磁番使用時の注意事項

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詳細は外部サイトのリンクページの「電磁波中和装置電磁番」のセット方法について」をご覧ください。
電磁波過敏症や電磁波攻撃対策法については
外部サイトのリンクページの「波動電磁波情報検討会」を参照ください。
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ラベル:美女伝説
posted by モモちゃん at 07:20| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月17日

戦国にも領有権・拉致問題が存在していた!

「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景」を出版しました

私事ですが、これまで書き溜めてきた原稿を整理していたのですがようやくアマゾンから書籍として出すことが出来ました。

戦国時代に題材と取った特殊な分野のドキュメント作品なのですが、これまで10年近くブログなどで単発的に発表してきたものをまとめて、さらに近年新たに出てきた史料を加えて完成させたものです。

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内容紹介

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日本ではほとんど知られてはいませんが、アフリカだけではなく当時は大航海時代の美名の下で世界的なビジネスモデルとして奴隷貿易がはびこり、極東アジア地域にまで拡散してきていました。

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その時期、まさに日本は戦国時代真っ只中だったのです。

そうした戦乱の時代を背景にして、過酷な歴史が隠れたまま展開していたのだともいえます。

当方は立場上、アカデミックな学閥も政治も宗教問題も一切関係ありませんので、何の偏見もなく自在に考えたままに本稿を書き進めてましたので、その点は十分ご理解ください。

ほんの一部分を書き著したつもりでしたが、当初の予想を超えて本著は四百ページを超えるものになってしまいました。

戦国の日本人奴隷貿易を扱った重い内容ですが、南蛮からの鉄砲とキリスト教の伝来を中心に時代を切り取り、その中での西洋と日本とが激突するダイナミックな歴史の流れを紹介しています。

歴史というのは単発の事件を並べただけでは解明できないものであって、すべての事象、事件というものは個々の人間を介して見えない部分で繋がっているものです。

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歴史にはその時代に生きた人間,証人となる確かな人物が登場しなくてはなりません。

そこで登場する日本人として、尾張の浪人として九州長崎に流れ込んできたキリシタン村山等安の数奇な半生を織り込んでみました。

等安は卓越した才覚によって貿易商として巨万の富を手にしただけではなく、長崎代官の役職にまで上り詰めますが、そこには政治絡みの権力闘争やキリシタンとしての宿命的な葛藤がありました。

村山等安は対外的には中国(明)との支配海域を確認する外交交渉において画期的な成果を成し遂げていたのですが、当時の幕府も後世の為政者もこの事実を黙殺したのです。これが皮肉なことに、現在の尖閣諸島問題と深くリンクしているのです。




本書の中では彼を取り巻く人物として、当時の権力者であった豊臣秀吉や徳川家康・秀忠、戦国大名の高山右近、大村喜前、天正遣欧少年使節千々石ミゲル、さらには宣教師ジョアン・ロドリゲス神父、デ・モラレス神父、貿易商末次平蔵、長崎奉行長谷川権六、イエズス会司祭荒木トマス、背教者不干斎ハビアン、村山マリアといった多くの人物が次々と登場してきます。
とにかく読んでいただければ、その面白さはご理解いただけると思います。


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全編の内容と主な目次
● 天正遣欧少年使節とイエズス会宣教師ヴァリニャーノ・何故に、鉄砲が持ち込まれたのか?!・すべてはキリスト教伝来から始まる・いま何故、千々石ミゲルの存在が問われるのか?天正遣欧少年使節・イエズス会(1)
● 九州戦国時代の様相・奴隷船がやってきた・千々石ミゲル(2)
● 宣教師が絶賛した織田信長・海外に売られた戦争捕虜・当時の奴隷供給の背景と様相 (3)
● 秀吉は、何故バテレン追放令を出したのか・アジアにおける日本人奴隷の実態・秀吉を激怒させたものとは何か・何故にキリシタンは、弾圧されたのか(4)
● 千々石ミゲルの棄教・大村喜前・応用倫理神学(5)
● キリシタン大名による奴隷貿易は特殊なものだったのか・保身に転じたキリシタン大名・その後の千々石ミゲルと時代背景・ 命を狙われる異端者、千々石ミゲル(6)
● 千々石ミゲル、長崎へ逃げる・長崎代官・村山等安とは何者か・ キリシタン貿易商としての活躍(7)
● 千々石ミゲルと長崎代官・村山等安との邂逅・ 長崎の教会と村山等安・それでも奴隷貿易は続く・奴隷の輸出許可書を誰が発行したのか・ ジョアン・ロドリゲス神父の登場(8)
● 長崎でのイエズス会・ジョアン・ロドリゲス神父の活動・ 等安、イエズス会からの離反を決意する ・ 村山等安と彼の一族が支援した宗教活動 (9)
● 長崎・マードレ・デ・デウス号事件・追い詰められるキリシタン・ 等安の命運を決定付けた長崎聖行列(10)
● 誇り高き同志、キリシタン高山右近との別れ・村山等安の決死の行動計画・その@・キリシタン弾圧と村山一族の動き・決死の行動計画・そのA(11)
● 幕府の思惑と村山等安の画策・幕府が恐れた村山等安の存在・等安の対コンフラリヤ策とは ・村山等安の台湾遠征の目的とは?(12)
● 村山等安に忍び寄る影・村山等安に対抗する勢力とは・村山等安と末次平蔵との確執(13)
● 末次平蔵の怒りを買った等安・末次平蔵を操るイエズス会の陰謀 (14)
● イエズス会司祭荒木トマスの暗躍・荒木トマスとは何者か・荒木トマスの放った一撃(15)
● 村山等安、窮地に陥る・末次平蔵の勝利 ・裁かれる村山一族・ 村山等安、ついに斬首される (16)
● 村山一族の斬首、殉教者・ キリシタン弾圧の時代と元和大殉教 ・キリシタン村山マリーアの殉教・ 陰謀の顛末とキリシタン弾圧の時代(17)
● 村山等安を評価していた背教者不干斎ハビアン・「破提宇子」=「地獄のペスト」を書いたハビアン・ハビアンの不可解な死に隠されたもの・その後の千々石ミゲル (18)
● イエズス会世界戦略・大航海時代と侵略の歴史・「宣教活動→仲介貿易→軍事行動→植民地化」という侵略の図式 (19)
● 日本でのイエズス会が採った軍事戦略・イエズス会に踊らされた秀吉・九州には、キリシタンによる内乱の火種があった・本能寺の変との関わり(20)


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● 国内最大の内乱が、キリシタン武装勢力、3万7千人の大乱勃発! ・村山等安一族が残した功績を顕彰する(21)
● 最強の傭兵部隊天草四郎鉄砲軍団の実態と、その攻防・鉄砲二千丁による猛攻とその後の悲劇 ・ついにはオランダ艦船の手を借りる(22)
● 悲劇の主役は、一体誰だったのか・何故に、ここにきて千々石ミゲルなのか・鎖国令・反乱はキリシタン傭兵部隊の暴走だったのか(23)

「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景: (ノンフィクション) Kindle版








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電磁波過敏症対策・電磁波攻撃防御製品
「電磁番」は多用途の機能的防御が可能です。携帯するだけ、貼るだけ、置いておくだけ!
準静電界レベルの干渉による不快な電磁波過敏症、電磁波音波攻撃対策の防御製品として、
「電磁番」はご利用者の皆様から高い評価を頂いております。
★電磁波中和放電装置「電磁番」をテレビやパソコン、各種電子機器、電子レンジなどの電気機器の上や車両内に、一個セットするだけで「特殊電子回路」が周囲に放射される有害電磁波に干渉して中和放電変換します。
★日本国内の電磁波環境に対応した製品です。不快な電磁波ノイズの中和放電によって身体への悪影響はほとんど感じられなくなります。(実際のストア評価のお客様の声を参照ください)
★隣接した建物や施設から放射される不快な波動ノイズ、悪質な電磁波攻撃、嫌がらせにも対応いたします。 製品の耐用年数は、普通に使用すれば3,40年以上そのままで使用可能です。
★一般の住居内はもとより、店舗・事務室・治療室や病室、オフィス内環境を電磁波レベルで整え防御します。(取り扱い説明書を添付しております)
★製品サイズ 直径10cm 厚さ 1.5cm 重さ 約170g

電磁番使用時の注意事項

★「電磁波中和装置電磁盤」は、周囲のマイナス波動の電磁波を干渉中和放電するため、DVDショップなどの店舗内に設置された盗難防止システムのゲートセンサー(レーダー)の電磁波にも敏感に反応し、有害電波の波形を変換してしまいます。
そのため「でんじ・ばん」を携帯したまま入店されますと、警報システムによっては電磁波シールドの変化で出店時のゲートでの誤作動で警報が作動してしまう場合がありますので、店内持ち込みによるトラブルには十分ご注意下さい。


詳細は外部サイトのリンクページの「電磁波中和装置電磁番」のセット方法について」をご覧ください。
電磁波過敏症や電磁波攻撃対策法については
外部サイトのリンクページの「波動電磁波情報検討会」を参照ください。
電磁波中和装置電磁番についての解説(クリックするとリンクページが開きます)
「電磁波中和装置電磁番」のご案内
電磁波過敏症について
電磁波攻撃によるストレス症状について
「電磁波中和装置電磁番」の干渉中和放電効果について
「電磁波中和装置電磁番」を使用されているお客様の声
「電磁波中和装置電磁番」の機能と構造について
「電磁波中和装置電磁番」に関するご質問と解説
「電磁波中和装置電磁番」を使った気の調整法について
電磁波過敏症の症状関連の出版物
最近の重要な電磁波情報
不眠症対策について
レーザーポインター攻撃
スマホ電磁波の対策予防法
スマホ乗っ取り攻撃について
電磁波攻撃・嫌がらせ対策
最新の電磁波攻撃機器とは
電磁波被曝と準静電界について
米国大使館電磁波被曝事件




「天魔王信長の野望を打ち砕く 我が武略に勝算あり」ノンフィクション

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「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景」ノンフィクション

奴隷船

「治療家・セラピストのための生体経絡・生気論」

経絡論

「時代小説短編集・憑依(つく)」
ミステリアスな題材による時代小説
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「徐福渡来伝説を検証する」太古の日本に渡来した徐福とは何者か?
古代史ドキュメント
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ラベル:領有権
posted by モモちゃん at 11:50| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

戦国史シリーズ第2彈を出しました!

歴史ドキュメント第2彈を出版しました!

今回戦国史シリーズ第2彈として、「天魔王信長の野望を打ち砕く 我が武略に勝算あり」を出版しました。

戦国史最大の謎とも云われる明智光秀による本能寺の変を独自の観点から説き明かしました。

織田家重臣として信長に重用されながら、明智光秀は何故に謀叛に至ったのか?

明智光秀の信長への反逆の理由だけでなく、謀叛計画の全貌とその周到な作戦計画を時系列で紹介しています。

同時に信長による徳川家康暗殺計画の有無、謀叛の黒幕の存在、さらには本能寺が外国勢力にも狙われていたとする信長爆殺説についての検証や朝廷による信長排除の動きにも触れて、本能寺の変にかかわる多くの謎を解明しつつ、その全貌を詳細に解説しています。

いままで不明瞭であった歴史の謎が解き明かされるときの、驚きと面白さとを合わせてお届けします。

「 天魔王信長の野望を打ち砕く 我が武略に勝算あり」
(本能寺の変に隠された光秀の緻密な戦略とは?)
  [目次]
  第一章 本能寺の変に隠された明智光秀の戦略とは何か?
  ●明智光秀の謀反に至る戦略の概要とその時系列
  ●本能寺の変は織田家のお家騒動なのか?
  ●明智光秀は何故情報戦略を欠いたのか?
  ●朝廷工作に賭けた明智光秀の戦略
  ●明智光秀謀叛の計画性を問う
  ●勝てる戦略を選ばなかった明智光秀
  ●謀反の黒幕は突き詰めるとこうなる
  ●明智光秀の誤算とは何か?
  ●明智光秀の戦略は何故に潰えたのか?
  ●細川家の対応から見えてくるもの
  ●光秀と秀吉の戦略の違いとは何か?
 
  第二章 イエズス会の陰謀と戦国武将織田信長 
  ●もう一つの信長暗殺計画の可能性とは何か?
  ●本能寺の変にイエズス会の陰謀が絡む理由とは何か?
  ●何故あえて信長爆殺説を支持するのか?
  ●信長爆殺説の新たな展開・「八切史観」と「副島説」
  ●イエズス会が魔王信長を見限ったとき
  ●イエズス会とアジア侵略の歴史

  第三章 光秀は家康饗応で信長暗殺決行を決意した
  ●光秀は家康饗応で信長暗殺決行を決意した
  ●光秀の策略は五月十七日夜に開始された
  ●信長は家康接待で光秀を何故足蹴にしたのか
  ●信長は家康の暗殺を本当に企んでいたのか
  ●徳川家康は本能寺の変をどう評価したのか?

   第四章 織田信長は何故「是非に及ばず」と云ったのか
  ●明智光秀は信長に何故反逆したのか
  ●問われ続ける明智光秀謀反の理由
  ●明智光秀の叛意そのものはいつ生じたのか?
  ●武将明智光秀の武門の意地とは何か?
  ●明智光秀家中の軍律に隠された真意とは何か
  ●武将明智光秀、天魔王織田信長の野望を叩き潰す!
  ●武将明智光秀、我が武略に勝算あり!
  ●織田信長は何故「是非に及ばず」と云ったのか?

coverhttps://www.amazon.co.jp/dp/B07L1WDTQ6



















登録情報







































































ラベル:本能寺の変
posted by モモちゃん at 06:33| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

秋の夜長は戦国史を紐解く

歴史発見シリーズ
戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景(11)

その他の重要な参考文献・資料の厳選163冊を紹介します。
画像をクリックすると、詳しい書籍の内容紹介が表示されます。



東洋医学史研究会
宇田明男



歴史発見館シリーズ!!
ノンフィクション・「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景: 長崎代官村山等安とその一族


・何故、千々石ミゲルはキリスト教を棄教したのか
・何故、長崎代官村山等安は斬首されたのか
・天草島原の乱はキリシタン傭兵部隊の反乱なのか




ドキュメント・「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景: 長崎代官村山等安とその一族」全編の内容と主な目次

● 天正遣欧少年使節とイエズス会宣教師ヴァリニャーノ・何故に、鉄砲が持ち込まれたのか?!・すべてはキリスト教伝来から始まる・いま何故、千々石ミゲルの存在が問われるのか?天正遣欧少年使節・イエズス会(1)
● 九州戦国時代の様相・奴隷船がやってきた・千々石ミゲル(2)
● 宣教師が絶賛した織田信長・海外に売られた戦争捕虜・当時の奴隷供給の背景と様相 (3)
● 秀吉は、何故バテレン追放令を出したのか・アジアにおける日本人奴隷の実態・秀吉を激怒させたものとは何か・何故にキリシタンは、弾圧されたのか(4)
● 千々石ミゲルの棄教・大村喜前・応用倫理神学(5)
● キリシタン大名による奴隷貿易は特殊なものだったのか・保身に転じたキリシタン大名・その後の千々石ミゲルと時代背景・ 命を狙われる異端者、千々石ミゲル(6)
● 千々石ミゲル、長崎へ逃げる・長崎代官・村山等安とは何者か・ キリシタン貿易商としての活躍(7)
● 千々石ミゲルと長崎代官・村山等安との邂逅・ 長崎の教会と村山等安・それでも奴隷貿易は続く・奴隷の輸出許可書を誰が発行したのか・ ジョアン・ロドリゲス神父の登場(8)
● 長崎でのイエズス会・ジョアン・ロドリゲス神父の活動・ 等安、イエズス会からの離反を決意する ・ 村山等安と彼の一族が支援した宗教活動 (9)
● 長崎・マードレ・デ・デウス号事件・追い詰められるキリシタン・ 等安の命運を決定付けた長崎聖行列(10)
● 誇り高き同志、キリシタン高山右近との別れ・村山等安の決死の行動計画・その@・キリシタン弾圧と村山一族の動き・決死の行動計画・そのA(11)
● 幕府の思惑と村山等安の画策・幕府が恐れた村山等安の存在・等安の対コンフラリヤ策とは ・村山等安の台湾遠征の目的とは?(12)
● 村山等安に忍び寄る影・村山等安に対抗する勢力とは・村山等安と末次平蔵との確執(13)
● 末次平蔵の怒りを買った等安・末次平蔵を操るイエズス会の陰謀 (14)
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そのため「でんじ・ばん」を携帯したまま入店されますと、警報システムによっては電磁波シールドの変化で出店時のゲートでの誤作動で警報が作動してしまう場合がありますので、店内持ち込みによるトラブルには十分ご注意下さい。

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2018年08月01日

戦国の悲劇を巡る「ダークツーリズム」!

長崎・天草「潜伏キリシタン」 世界遺産登録決定
国内22件目 2018/6/30

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3246706030062018MM8000/



九州戦国時代

「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景」を出版しました

私事ですが、これまで書き溜めてきた原稿を整理していたのですがようやくアマゾンから書籍として出すことが出来ました。

戦国時代に題材と取った特殊な分野のドキュメント作品なのですが、これまで10年近くブログなどで単発的に発表してきたものをまとめて、さらに近年新たに出てきた史料を加えて完成させたものです。

本書は400年以前の海外への日本人拉致事件ともいえる奴隷貿易をテーマに書き上げました。

日本ではほとんど知られてはいませんが、アフリカだけではなく当時は大航海時代の美名の下で世界的なビジネスモデルとして奴隷貿易がはびこり、極東アジア地域にまで拡散していました。

その時期、まさに日本は戦国時代真っ只中だったのです。

そうした戦乱の時代を背景にして、過酷な歴史が隠れたまま展開していたのだともいえます。

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posted by モモちゃん at 10:32| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月25日

忍者はフェィクニュースを巧みに流す!

募集中「年収945万円なのに忍者不足」!

忍者とは、鎌倉時代から戦国時代、さらに江戸時代に大名や領主に仕え、または独立した職能集団として組織的な諜報活動、戦場での破壊活動、敵国への浸透戦術、暗殺などを担っていたとされる。

もともとは村落単位の自衛組織として発祥してきたもので、その中で特殊な武器を使い戦闘能力を高めていった。

彼らは幼少期から忍者修行をするのであるが、なかには孤児や拉致されてきた児童までもが含まれていたという。

戦時には領主や各地の大名らに忍びの者、ラッパ、スッパとして集団で雇われ、諜報活動や戦闘に度々参加した。

忍者は人間離れした持久力や身体能力が要求されるだけに、その活躍や名称は日本国内にとどまらず広く世界的にも知られている。

特殊な職能集団として、いまや忍者は観光地では引く手あまたである。

「年収945万円で忍者募集」伊賀市、偽ニュースを否定
2018/7/24

「年収945万円なのに忍者不足」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180724-00000108-asahi-soci





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2018年07月20日

日本の発酵食品・味噌の仕込み方!

自家製味噌に挑戦する!


健康食を考える上でその中心に置いて考えるべき日常の食べ物といえば、やはり味噌だと思う。

日本人の食生活に不可欠な食材ということで、味噌に特別な拘りを持ておられる方も少なくないであろう。

まず味噌は日本人の健康食としてその筆頭に位置する存在に違いない。

味噌に拘りを持てば、必然的に手作りの手前味噌ということになる。


味噌づくりには、大豆と米こうじ、塩を用意する。

使用する容器や道具は、カビや雑菌が繁殖しないように事前にアルコールなどで消毒しておく。




RIMG0547


















今回は、教えてもらった分量は、大豆900グラム、塩600グラム、米こうじ3キログラムであった。

我が家も何年か前から自前で味噌を仕込むようになったが、実際に手伝うのは今回が初めて。






RIMG0549





















大豆を柔らかく煮てすり潰したものに細かくほぐした米こうじを混ぜ合わせる。

さらにこれに塩を加えて丁寧に混ぜる。








RIMG0553




















さらに混ぜ合わせて出来たものを小分けしてボールのように丸めていく。

仕上げは空気が入らないようにボール状にしたものを少しづつ押し固めながら容器に入れていく。

その作業が終わったら上からラップを被せて密着させ、味噌の表面をきれいに覆う。







RIMG0550



















仕込んだ直後は味噌は黄色っぽい大豆の色である。

これが半年経つと次第に発酵して味噌全体の熟成が進んでくる。

熟成してくると、次第に美味しそうないい匂いが漂ってくる。

手作り味噌を食べ始めると市販の味噌とは比較にならない美味しさに遭遇することになる。

自家製味噌は熟成に少なくとも半年は必要である。

味の芳醇さはもちろんその風味や香りに格段の違いがある。

市販の促成物とは違った本物の美味しさがある。






RIMG1724


















熟成した味噌壷を開けると味噌特有の芳香が広がってくる。

味噌の色も茶褐色になっていて、時間の経過と共にその色が濃くなっていく感じで熟成が進んでいく。






RIMG1723

















始めて体験したが、味噌作りは意外と面白い。

しかもこれは何やら男性向きの作業のように思える。













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2018年07月03日

戦国最強の放送禁止用語・死語について

織田信長が勝機を掴んだ瞬間!

「おわい屋」という語彙を始めて目にしたのは三島由紀夫の文学作品「仮面の告白」の文中であった。

それだけに何だか新鮮な響きがあった。

いまや放送禁止用語であり、死語となったこの語彙はおそらく関東周辺地域の古語であったのかもしれない。

「おわい屋(汚穢屋)」とは、便所の汲み取りを職業とする専門用語である。

現代の上下水道完備の若い世代には、この一昔前の便所の汲み取りということさえ理解が及ばないことであろう。

それこそむかしむかしの話になる。

庭の裏木戸があいて誰かが入って来た。小母さんは又,口を袂で押さえて,「ほら,来た来た豊田さん,貞子も。早く早く」といって自分から先に家へ入ってしまった。私も何が何だかわからないで,小母さんの後につづいてお勝手から入った。小島さんがお勝手と廊下をしめた。小島さんに,「何あに」と聞くと,小島さんは,「おわい屋,おわい屋」と言って笑った。…… ガボッガボッとおわいを汲む音が聞こえる。…… 手拭でほおかむりをした,おわい屋さんは,天秤棒をキシキシいわせて,こい桶をかついで出て行くところだった。うす黄色い水が汲み取り口から,点々と三四ヶ所たれていた。小母さんは,「まあ,だらしのないおわい屋さん」と言ってまゆをしかめた。…… 小島さんは小声で,「家のお母さんとっても綺麗好きなのよ。だから,おわい屋さんやなんかきて,さわった所は皆ふかせるのよ」と壜の蓋をしながら言った。』「綴方教室」(「綺麓好き」)(豊田正子著,木鶏社刊)


汚穢屋とはいっても、これはれっきとした歴史のある職業であり、江戸時代以前から重宝されていた。

長屋でもそうした汲み取りの人が回ってきて屎尿を回収していったわけで、その際には回収量に応じて大家にはいくばくかの金銭の支払いがあったのである。

大家にとってはいわゆる臨時収入ということになる。

汚穢屋は少なくとも一般庶民の衛生管理はもとより、農事に欠かせない堆肥をひろく回収斡旋していたことになるわけで、これは戦国時代からその活躍が各所で普通に見られたのである。

糞尿から塩硝が生成され始めたときにも、火薬の原材料という軍事物資にも直接かかわっていたわけで、ここから意外にも大いに財を成した者も出たことがそれとなく伺えてくる。

戦時には欠かせない兵糧運搬や糞尿処理の現場にしても、随所で御用商人らが深く関わっていた。

糞尿の運搬と処理がビジネスであったのだ。

人間が一時に大勢集まればそこにはあらゆる商売の機会が生まれてくるわけで、目敏い商人たらがこうした活気ある戦時経済の場へ次々と参画していった。

相手が誰であろうと売れる物があれば売る、買い取る物があれば買い叩く。それがビジネスの現場である。

もとより戦国時代であれば数千から数万の兵員が集団で戦場まで一定期間行軍するわけであるが、その間は厳しい軍律によって統制されていた。

無言のまま黙々と行軍する。途中の休息も食事もすべて指揮官の指図に従う。

行軍中は私語や勝手に隊列から離れての用便などは禁じられていたわけで、そこでの糞尿は御用商人が用意した桶にすへて漏らさずため込まねばならなかった。

事前にそのような取引が専門業者とされていた。

「こちらの隊の方は、この大桶にお願いします!」
「桶の外にはお漏らしになりませぬようご配慮ください。満杯の場合はすぐに次の桶をご用意いたします!」

そうした商人らの声が響く。

糞尿の回収が行われるのは、環境や衛生面のことを考慮していたからではなかった。

当時は糞尿にそれなりの商品価値があったからである。

この時代糞尿は肥やしとして農家に高く売れたのであり、そこらに気安く垂れ流すようなものではなかった。

当然戦時には大軍団にはかならず汚穢屋の屋号が入った肥え桶がぞろぞろと後を付いていったのである。

面白いことに、こうした糞尿回収が戦時経済では機能的に働いていたことになる。

こうした習いがあってのことか、笑い話ではなく実際に田舎では「よその土地で小便はするな!小便するときは自分とこの田圃にしろ!」と子供までが親に口うるさくいわれていたのである。

農事や経済に疎い戦国大名はこうした戦場の屎尿処理まで頭が回ってはいなかったようで、野放図に沿道に糞尿を放置していったこともあって近隣住民からは評判が悪かったのである。

糞尿処理がいい加減な武将は、厳しい戦国の時代を生きながらえることは出来なかったのは確かである。

逆にここで戦国時代の糞尿処理について、あえて衛生面について考えてみることも出来る。

むしろこれなどは戦況に大いに関連することでもあった。それも敵に周囲を囲まれてしまう籠城戦などでは深刻な問題が度々発生した。

たとえば籠城戦において城内の衛生環境が悪化したことによって悲劇的な結末を招いてしまったのが、能登(石川県)において行われた天正5(1577)年夏の第二次七尾城籠城戦である。

糞尿問題で話題になる事例でもある。

かっての七尾城は能登畠山氏の居城であったが、上杉謙信により包囲され、その周辺の領民1万5千人あまりが城内に避難して籠城戦となった。

七尾城は山城であり、山全体に郭が設けられかなりの人数を収容できる大きな城ではあったが、ここでは肝心の大人数分の飲料水の確保と屎尿処理がうまく対応できてはいなかった。

気温の高い夏場、大量の糞尿が城内に溜まっていったことで、井戸がたちまち汚染されてしまったのだ。

籠城戦で飲料水が汚染されてしまえば致命的である。

これが災いして瞬く間に城内に疫病が発生すると、ついには頼るべき城主が早々に倒れてしまった。

凄惨な状況に陥ったわけで、結果的には自滅したも同然であった。

表向きは籠城戦ではあるが、結局のところは自分らの溜まりにたまった屎尿が原因であえなく落城に至ったということである。

これが意外過ぎる戦国の糞尿譚なのである。


戦国時代の屎尿処理の事実を知ったとき私などはその合理性に感嘆せずにはおられなかったわけであるが、その際ふとある戦国武将のことが思い浮かんだのである。

それは駿河の戦国大名今川義元のことである。

2万5千といわれる大軍を率いて尾張に侵攻した今川義元・今川氏真親子に対し、尾張の大名・織田信長が少数の軍勢で今川本陣を強襲し、今川義元を討ち取った桶狭間の戦いがつとに有名である。

このとき昼食の支度にかかっていた今川陣営には、相当数の肥え桶が設営されていたのではあるまいか。

兵員の多くがいくぶん気が緩んだ瞬間であったであろう。

並べられた肥え桶の周りにも大勢集まっていたはずである。

そこを織田軍団が急襲した。

今川勢は逃げまどい大混乱に陥る。

この間に今川義元は討ちとられ大敗するのである。

それこそ織田勢に攻め込まれた桶狭間の戦場跡には、放置されたままの肥え桶があちらこちらに無様に転がっていたことであろう。

桶狭間に肥え桶である。

戦場が、桶狭間とはまさしく言い得て妙である。



















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2018年01月28日

美人ゆえの悲運に泣いた竜造寺家の阿安姫

戦国九州美女伝説の様相(3)

戦国時代の美女というと織田信長の妹お市の方や明智光秀の娘であり、武将細川忠興の妻であったガラシャ夫人がつとに有名なのですが、同じ戦国時代にあって忘れてならない特筆すべき美女の一人として九州の戦国大名竜造寺隆信の娘であった阿安姫がいます。

阿安姫こと「お安の方」ともいわれますが、彼女にも過酷で数奇な運命が待っていました。


戦国時代、九州の肥前国(現在の佐賀)の東方(現福岡県・筑後地方)に有力な国人であった小田氏の居城(蓮池城)がありました。

ここは当時、肥前と筑後とを結ぶ街道の要衝の地であり、軍事的にも要となる土地でした。

当時の北部九州の勢力図でいうとこの豪族小田氏の城は、肥前の覇者竜造寺氏と豊後(大分)の大友氏の狭間にちょうど位置していたことになります。

東肥前の支配権を徐々に確立しつつあった竜造寺隆信は1562年、時の蓮池城主の小田鎮光に調略の手を伸ばし、まず手始めに懐柔策として縁談を持ち掛けてきたのです。

その縁談の相手とは隆信の娘お安(阿安姫)で、このとき彼女は十七歳でありました。

当然のこと、小田氏には多少の警戒心はあったと思われますが、この縁談に対して小田側の反応は意外にも早かったといいます。

龍造寺家の姫たちが美しいことは周辺諸国にひろく知れ渡っていたのですが、実は竜造寺氏の阿安姫は隆信の娘といっても実子ではありませんでした。

阿安姫の実父は本家筋である龍造寺胤栄でしたが、胤栄が若くして病死したため、分家(水ヶ江竜造寺)であった隆信がその後を継ぐと同時に未亡人と隆信とが再婚し胤栄の娘お安が隆信の下に引き取られていたという事情がありました。

このように阿安姫は龍造寺家の正当な血筋ということでは、何ら問題のない出自であったのです。


阿安姫は、義父である隆信にとっては義理の娘ということになるのですが、阿安姫が成長するに従って三国一の美女としての噂が近隣諸国にまで広まっていました。

当時、龍造寺家は美女の係累が多いことでも知られていたのです。

そのような背景からいくと、この縁談は両家にとっては好ましいもののようにみえますが、これは明らかな政略結婚そのものだったのです。

肥前と筑後を結ぶ街道の要衝を押さえる小田鎮光を巧妙に取り込むための政略結婚の手立てとして、隆信は阿安姫をその道具として使ったのです。

隆信はそうした調略や懐柔策に長けたしたたかな戦国武将であったわけです。


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小田鎮光と竜造寺隆信との関係はそれまでの経緯から行くと決して良好なものではなかったのですが、それでも竜造寺の申し出を小田側が受け入れたのはお阿安姫の類稀なる美しさに惹かれたということも考えられるのです。

もとより小田側がもしここで縁談を拒絶し敵対すれば、勢力を増しつつあった竜造寺にかえって攻め込まれる口実を与えてしまう懸念とて考えられる状況下に置かれていたことも確かです。

明らかに両者には武力に大差がありましたし、小田側からみれば不利な戦は避けたいところであったのです。

この婚儀によって竜造寺と縁戚関係が結べる方が、このときの小田側にとっては格段に得策であったはずです。

その後またたく間に両家の婚礼の儀式は整い、竜造寺家から阿安姫は無事小田家へと嫁いできました。

たしかに小田鎮光が目にした阿安姫こと新妻お安の方は、噂に違わず驚くような美女であったのです。

あまりの美しさに戸惑った鎮光や小田家の者は、当初お安の方を内心警戒するほどであったといいます。

だが、お安の方の優しい心根や天真爛漫さに触れていくに従って鎮光は心を許すようになっていきました。

またたく間に二人は仲睦まじい生活を送るようになっていきました。

しかしながら、一方の竜造寺隆信は虎視眈々とその調略の時期を狙っていました。

そしてついに隆信の野望が牙をむくと、娘婿鎮光に一つの要求を付きつけてきたのです。

それは永禄二年1568年、お安の方が小田鎮光に嫁いで七年目であったのですが、突如として隆信は鎮光に領内の多久の梶峰城に移るよう命じてきました。

隆信の狙いは弟長信に街道の要衝であった蓮池城を戦略的に押さえさせるためであったのです。

ここは小田の勢力を一気に抑え込もうとしたともとれます。

父祖の地を離れることは耐えがたいことでしたが、このときの小田鎮光には義父隆信の命に従うしか手立てがなかったのです。

妻であるお安の方も間に立って奔走したのですが、隆信の方針は覆ることはありませんでした。

翌々年の元亀元年1570年、竜造寺にとって長年の宿敵ともいえる豊後の大友宗麟が六万もの大軍勢で肥前にまで攻め込んできたのですが、大友勢の圧倒する勢いに肥前の国人衆も次々と大友方に寝返っていくなか、かねてより隆信のこうした仕打ちに不満を抱いていた鎮光も大友軍に加担してしまいます。

当初攻め込んできた大友勢は有利に戦いを進めており、緒戦で竜造寺軍は押され気味でした。

そうした戦況を観て、鎮光は目ざとく大友勢側に就いたのです。


kyu03この場合にしても小田鎮光自身が竜造寺を見限ったというよりは、小田家一族一党で協議の上で最終決断されたことに従ったに過ぎません。

結果的には当主である小田鎮光は、義父である竜造寺隆信をここで裏切ったことになります。

当然女婿の身でありながら反逆したことに、隆信は激怒します。

ここらは信長の妹お市の方と浅井長政との悲劇的な歴史の流れが思い浮かぶところです。

その後この戦いでは予想外の展開があって、押され気味であった竜造寺軍は隆信の義弟である鍋島直茂が緒戦に置いて大戦果を挙げたのです。

その結果大方の予想に反して劣勢と思われていた竜造寺軍は鍋島直茂の活躍によって、ついには大友軍を撃破してしまったのです。

そしてこの戦が終結すると隆信は、直ちに裏切った国人衆の粛清を行いました。

隆信に反逆した鎮光は難を逃れて筑後に亡命し、一方お安の方は竜造寺に帰らせました。

竜造寺に反旗を翻したわけですから、鎮光はここで竜造寺との縁戚関係を一旦解消してみせたということです。

ここは成り行き上愛する者同士が別れたわけであって、戦国の世とはいえ夫婦共々苦汁の決断をしたことになります。

これに対して隆信は、内心密かに一計を案じるのです。

あるとき義父である隆信は、お安の方にこう言い聞かせました。

何も按ずることはない。こ度の事、鎮光が詫びを入れるなら許してやろう。二人して元の多久の梶峰城に戻ればよい

この言葉に喜んだお安の方は亡命中の夫に手紙を書きしたためました。

愛する妻からの手紙を読んだ鎮光は、すぐさま佐嘉に戻って行ったのです。

だがこれは始めから隆信が企んだ罠であって、お安の方との再会どころかここで待ち構えていた竜造寺側の討手によって小田一族はすべて討ち取られてしまいました。(元亀二年(1571年))

お安の方は夫の死を知って大きな衝撃を受け、その場に卒倒してしまいました。

愛する夫鎮光が非業の死を遂げたのは、義父の謀とはいえお安の方自身が書き送った手紙がその騙し討ちの狡猾な誘いの具に使われたことは、さぞかし口惜しく無念であったことであろうと思います。

鎮光の裏切りを許さない隆信は、夫婦間の愛情を逆手にとって政略とはいえあまりにも惨い仕打ちをやって見せたのでした。

悲観したお安の方はその場で自害をしようとしますが、周りから押しとどめられてしまいます。

さらにここにきて、またしても非情な義父隆信はお安の方を政略の具として利用することを考えるのです。

今度は強力な水軍を配下に持つ上松浦党の当主、波多三河守親に嫁ぐようお安の方に命じたのでした。

抵抗する術もなくお安の方は言われるがままに、これに従わざるを得なませんでした。

お安の方は波多家に嫁いでからは、お安の方ではなく新たに秀の前と呼ばれるようになりました。

そうした中で、義父である竜造寺隆信は秀吉の九州征伐の直前の島津との戦いで討ち死してしまいます。

これで肥前での竜造寺の勢力は衰えてしまうのです。
 

その後の秀の前(安の方)の生涯が安泰であったかというと、そうとはならなかったのです。

秀の前はここでもその美しいがゆえにさらなる悲運を招くこととなります。

九州の名護屋に城を構え、朝鮮出兵を強行した太閤秀吉が波多三河守親の妻、秀の前が美貌であることを伝え聞くと、夫が出陣中にもかかわらず名護屋に出頭するよう妻の秀の前に命じてきたのです。

秀吉の命令は絶対でした。

大名の妻とて拒めるものではなかったのです。

この時期秀吉はご機嫌伺いということで、出陣中の夫の代りという名目で留守中の各大名の妻たちを名護屋城に呼び寄せて召見していました。

天下人秀吉の機嫌を損ねれば、いかなる災いを招くかわからない状況でした。

拒めば御家断絶の可能性さえあり得る過酷な時代です。

秀の前は太閤秀吉に拝謁しました。

もとより好色な秀吉は、その秀の前の美しさに驚嘆しました。

年齢的にいえばすでに秀の前は三十路であったのですが、その美貌はまったく衰えてはいなかったのです。

好色な秀吉の狙いを避ける手立てとして、その場で秀の前は頭を下げるのと同時にわざと胸から懐剣を畳に落としてみせました。

自分に手を出すとその場で自害するという、その当時の武家の女子の強い意志表示の一つの流儀でもあったのです。

胸に懐剣を納めて操を守る作法そのものは、義父隆信の母、慶ァ尼(龍造寺胤和女)が始めたとされます。

おそらくは秀の前は直接、慶ァ尼からもそのように躾けられていたはずでした。

俗説では、そのとき秀の前は自ら顔を焼き謁見し、秀吉の意に逆らったともいいます。

どちらにしても召見の際に秀吉の不興を買ったわけで、その後波多家はお家断絶になってしまいました。

その後第二次朝鮮出兵で夫である波多三河守親も戦死を遂げてしまいます。

こうした悲運な経緯の後、孤独なまま秀の前は生地の佐嘉に戻り仏門に入って静室妙安尼といわれるようになりました。

地元には、秀の前は八十歳まで長寿を保ったという説が残っています。事実かどうかはわかりません。

墓は竜造寺一族の菩提寺、高伝寺にあります。

美人薄命という在り来たりの話しとは趣は少し異なりますが、その美しさ故に運命に翻弄された戦国の女性ということでは、東のお市の方を彷彿とさせるところがあります。

















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2017年10月28日

戦国の女性はかくも強かった?!

美女に押しかけられた話!

戦国時代の肥前の龍造寺隆信といえば、きわめて残忍な武将であったと伝えられている。

その龍造寺隆信の母といわれるのが、慶ァ尼(1509〜1600)である。

慶ァ尼は本家村中龍造寺16代当主胤和の長女として生まれ、分家の周家に嫁ぎ嫡子隆信を産んだ。

九州も戦国真っただ中にあったが、隆信は幼年期には寺に預けられたため一時期僧籍に身を置いていた。

天文14年(1545年)に夫であった周家が殺されたため慶ァ尼は出家した。

さらにそれに続いて龍造寺本家一族が謀略により殺されてしまうという悲劇が突然襲い、結果的には生き残っていた慶ァ尼の息子隆信が龍造寺本家そのものを継ぐこととなる。

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成り行きで本家を継いだこともあって信隆の下では本家家臣団のまとまりも覚束ない状況にあったため、慶ァ尼は献身的に息子信隆を背後から補佐し続けなくてはならなかった。

息子信隆は僧籍にあったとはいえ、もとより武将としての器量も兼ね備えていたのであるが、母慶ァ尼からみると次第に信隆には危うい部分があることに気付き始めていた。

大将として武将を束ねるのに寛容さに欠けるだけでなく、部下や国人に対するのにあまりにも猜疑心が強すぎ配慮に欠けている。

このままでは隆信の代で龍造寺の家は絶えるやもしれない。

賢明な慶ァ尼は、隆信の冷徹な性格や粗暴な一連の所業を知るにつけ母として常々憂慮していたのである。

そのことがあって慶ァ尼は、はやくから優秀な補佐役となる人物を隆信の側に置くべく陪臣の中からそうした人材を探し求めていた。

そのような折、隆信の従兄弟筋に当たる年下の鍋島直茂が14歳当時から隆信の近習の一人として仕えていたのであるが、あるときその実直な直茂の気質に慶ァ尼の目がとまった。

直茂は、武将の子らしく誠実味があって周囲の者に臆するところがない。

乱暴者の信隆にも機転のきく直茂はよく仕えたし、信隆とも馬が合って格別可愛がられてもいた。

しかも直茂は武勇にも秀でていて、戦場でも殊のほか戦上手でその都度連戦連勝の武勲をあげており、すでに家中でも名将との声も上がっていた。

もとより鍋島家は龍造寺の陪臣として仕えてきた家であり、龍造寺家が存亡の危機にあった時代も常に支え続けた忠臣であった。しかも直茂の父・鍋島清房は若い信隆の後見役を務めていた。

龍造寺に鍋島父子が味方し続ける限り、他の陪臣も国人らも離れることはないはずであると慶ァ尼は考えた。

慶ァ尼は息子信隆が継いだ龍造寺家の支配を盤石のものにするには、この鍋島父子の助力が是が非でも必要であることをこのとき あらためて確信したのであった。

そこで慶ァ尼は一計を案じた。


tatami








(画像は佐賀城内)


直茂の父・鍋島清房が登城した折、慶ァ尼が自ら出向いて彼を呼び止めたのである。

慶ァ尼はかしこまる清房に向かって親しげに話しかけた。

清房殿は先年つれあいを亡くされたと聞いておりますが、まだ幼子もいてさぞや男所帯で難儀されておられることでしょう。そうそうここは私がよい後添えを捜して進ぜましょうぞ」と言った。

慶ァ尼は、龍造寺家の重臣として父子共々支えてくれている鍋島家のことを気に掛けていることをここで自らの口で伝えてみせたのであった。

慶ァ尼は周囲からは龍造寺後家といわれていたが、当時47歳でありながらその容色はいまだ衰えはいなかった。

このとき艶然と優雅に微笑みかける慶ァ尼を目の前にして、清房自身は恐れ入って心中戸惑うばかりであった。

44歳の男盛りの鍋島清房にとって、主家の後家とはいえ慶ァ尼はまぶしく見えて仕方なかった。

従来より総じて肥前龍造寺家の女性は美形であるといわれ、遠国にまでその噂は広まっていたほどであった。

そのように主君の母堂から新しい妻を迎えた方が良いと諄々と説き伏せられ、清房は一方的にその気にさせられてしまっていた。

話は突然のことであったが、清房にしてみれば相手が慶ァ尼だけに強いて断ることも憚れたのである。

慶ァ尼の勢いに押された清房は、ここは相手がいることだとして顔合わせ(見合い)だけでも応じるという約束を終いには慶ァ尼としてしまったのだった。

そのように言い含められてしまったともいえよう。

清房にしてみれば突然の話であるから、とにかくこの成り行きには唐突であったこともあり戸惑うばかりであった。

それから数日後、鍋島清房の屋敷の前に前触れもなく花嫁行列の籠がとまった。

このとき清房が在宅中であったのかどうか、また清房が自ら花嫁を門外まで出迎えたのかどうかも分からない。

突然の出来事に鍋島家中が混乱したことだけは間違いあるまい。

何故に花嫁の籠が来たのか?

清房自身はいまだ話にあった婚儀相手との顔合わせそのものを行ってはいなかったのであるから、この突然の花嫁行列にはとにもかくにも驚愕したはずである。

白無垢の花嫁は籠から降りると案内も請わずに屋敷内に自ら入っていったから、家中の者も戸惑い驚き呆れたはずである。

籠から降りた花嫁はそのまま奥の座敷まで進んでいって清房と顔合わせしたかどうかは定かではないのだが、すでに花嫁衣装で屋敷に入ったことは傍目にも婚儀が成ったものとここては受け取らざるを得ない。

こうした展開に当の清房はすべて慶ァ尼の指図との認識があったであろうが、とにかくこのいきなりの展開にはさすがに心底驚いたはずである。

清房からみれば、まったく事前連絡もないままに事は進められたのだ。

家中が右往左往する中で、清房にはさらに驚愕する事実が判明する。

その肝心の花嫁というのが、後添えを真剣に勧めたあの慶ァ尼本人であることが分かったから清房は二度びっくりである。

この展開に清房の狼狽する顔が目に浮かぶようである。

清房は恐れ入ってここは必死に辞退したであろうが、慶ァ尼の決意は固くそのまま婚儀は成立してしまったのである。

慶ァ尼という女性は常に胸に懐剣を忍ばせていることでも知られていたが、恐らくはこの婚儀が思い通りに成らなければ彼女自身の恥辱であるからここで命を絶つと言い切って清房の前でごり押ししたのではないかとも想像される。

このとき一方的に押しかけてきた慶ァ尼は、それほどに必死であったのだといえる。

何せ竜造寺家の命運が掛かっているとして、慶ァ尼の思いは尋常ではなかったのだ。

これによって正式に慶ァ尼は直茂の継母となり、主君龍造寺信隆とは義兄弟となったのである。

結果、慶ァ尼の狙い通りに龍造寺の盤石の態勢がこれ以降成ったのであった。

後年隆信が島津との戦に敗れ討ち死にした時、直茂を肥前統治の後継者に推したのもこの賢明な慶ァ尼であった。

母は強し、されど慶ァ尼はさらに強しというところである。

この慶ァ尼の話は後世つくられたものだという説もあるのだが、かってこの経緯を伝え聞いた徳川家康が機会あるごとに慶ァ尼の思い切った行動を称賛したとされることから、あながち作り話ではないといえよう。













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ラベル:肥前鍋島
posted by モモちゃん at 07:26| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月07日

「日本人奴隷貿易」ノンフィクションを出版しました!

本日、歴史ドキュメントを出版しました。

私事ですが、これまで書き溜めてきた原稿を整理していたのですがようやくアマゾンから書籍として出すことが出来ました。

戦国時代に題材と取った特殊な分野のドキュメント作品なのですが、これまで10年近くブログなどで単発的に発表してきたものをまとめて、さらに近年新たに出てきた史料を加えて完成させたものです。

本書は400年以前の海外への日本人拉致事件ともいえる奴隷貿易をテーマに書き上げました。

日本ではほとんど知られてはいませんが、アフリカだけではなく当時は大航海時代の美名の下で世界的なビジネスモデルとして奴隷貿易がはびこり、極東アジア地域にまで拡散していました。

その時期、まさに日本は戦国時代真っ只中だったのです。

そうした戦乱の時代を背景にして、過酷な歴史が隠れたまま展開していたのだともいえます。

当方は立場上、アカデミックな学閥も政治も宗教問題も一切関係ありませんので、何の偏見もなく自在に考えたままに本稿を書き進めてましたので、その点は十分ご理解ください。

ほんの一部分を書き著したつもりでしたが、当初の予想を超えて本著は四百ページを超えるものになってしまいました。

戦国の日本人奴隷貿易を扱った重い内容ですが、南蛮からの鉄砲とキリスト教の伝来を中心に時代を切り取り、その中での西洋と日本とが激突するダイナミックな歴史の流れを紹介しています。

歴史というのは単発の事件を並べただけでは解明できないものであって、すべての事象、事件というものは個々の人間を介して見えない部分で繋がっているものです。

歴史にはその時代に生きた人間,証人となる確かな人物が登場しなくてはなりません。

そこで登場する日本人として、尾張の浪人として九州長崎に流れ込んできたキリシタン村山等安の数奇な半生を織り込んでみました。

等安は卓越した才覚によって貿易商として巨万の富を手にしただけではなく、長崎代官の役職にまで上り詰めますが、そこには政治絡みの権力闘争やキリシタンとしての宿命的な葛藤がありました。

本書の中では彼を取り巻く人物として、当時の権力者であった豊臣秀吉や徳川家康・秀忠、戦国大名の高山右近、大村喜前、天正遣欧少年使節千々石ミゲル、さらには宣教師ジョアン・ロドリゲス神父、デ・モラレス神父、貿易商末次平蔵、長崎奉行長谷川権六、イエズス会司祭荒木トマス、背教者不干斎ハビアンといった多くの人物が次々と登場してきます。

とにかく読んでいただければ、その面白さはご理解いただけると思います。



「戦国日本人奴隷貿易の真相とキリシタン弾圧の背景: 長崎代官村山等安とその一族」 (ノンフィクション) Kindle版







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posted by モモちゃん at 21:21| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月25日

戦国時代は尾張弁が主流だった?!

是非!名古屋弁を標準語に

かっては秀吉が日本六十余州を統一し、その支配下に置いたのだから尾張弁辺りが標準語になっていたとしてもおかしくはないところである。

秀吉の天下が彼一代で終わった短命政権であったことで、この標準語の流れそのものは途中で頓挫してしまったのだと思われる。

名古屋弁は言い回しが微妙な変化があって面白い。

聴いていて何だか元気になる感じかする。

女性が使うととても愛嬌があっていい感じである。

戦国の敵方との交渉の場では説得力が発揮されて、調略にはもっとも適していたのではなかろうか?

むしろ平和時には向かないのかもしれない。






金鳥 アミライト放談 名古屋弁 











河村たかし名古屋市長 -[Network2010]










方言彼女。 方言講座 右手愛美(名古屋弁)










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posted by モモちゃん at 07:20| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

戦国の桶狭間で起こっていたこととは?!

桶狭間に転がった桶とは?

「おわい屋」という語彙を始めて目にしたのは三島由紀夫の文学作品「仮面の告白」の文中であった。

いまや放送禁止用語であり、死語となったこの語彙はおそらく関東周辺地域の古語であったのかもしれない。

「おわい屋(汚穢屋)」とは、便所の汲み取りを職業とする専門用語である。

現代の上下水道完備の若い世代には、この一昔前の便所の汲み取りということさえ理解が及ばないことであろう。

それこそむかしむかしの話になる。

庭の裏木戸があいて誰かが入って来た。小母さんは又,口を袂で押さえて,「ほら,来た来た豊田さん,貞子も。早く早く」といって自分から先に家へ入ってしまった。私も何が何だかわからないで,小母さんの後につづいてお勝手から入った。小島さんがお勝手と廊下をしめた。小島さんに,「何あに」と聞くと,小島さんは,「おわい屋,おわい屋」と言って笑った。…… ガボッガボッとおわいを汲む音が聞こえる。…… 手拭でほおかむりをした,おわい屋さんは,天秤棒をキシキシいわせて,こい桶をかついで出て行くところだった。うす黄色い水が汲み取り口から,点々と三四ヶ所たれていた。小母さんは,「まあ,だらしのないおわい屋さん」と言ってまゆをしかめた。…… 小島さんは小声で,「家のお母さんとっても綺麗好きなのよ。だから,おわい屋さんやなんかきて,さわった所は皆ふかせるのよ」と壜の蓋をしながら言った。』「綴方教室」(「綺麓好き」)(豊田正子著,木鶏社刊)


汚穢屋とはいっても、これはれっきとした歴史のある職業であり、江戸時代以前から重宝されていた。

長屋でも汲み取りの人が回ってきてそうした屎尿を回収していったわけで、その際には回収量に応じて大家にはいくばくかの金銭の支払いがあったのである。

いわゆる臨時収入というやつである。

汚穢屋は少なくとも一般庶民の衛生管理はもとより、農事に欠かせない堆肥をひろく回収斡旋していたことになるわけで、これは戦国時代からその活躍が各所で見られたのである。

糞尿から塩硝が生成され始めたときにも、火薬の原材料という軍事物資にも直接かかわっていたわけで、ここから大いに財を成した者も出てきたことがそれとてく伺えてくる。

戦時には欠かせない兵糧運搬や糞尿処理の現場には、意外にも御用商人が関わっていた。

人間が一時に大勢集まればあらゆる商売の機会が生まれてくるわけで、目敏い商人たらがこうした戦時経済の場へ次々と参画していった。

相手が誰であろうと売れる物があれば売る、買い取る物があれば買い叩く。

もとより戦国時代であれば数千から数万の兵員が集団で戦場まで一定期間行軍するわけであるが、その間は厳しい軍律によって統制されていた。

行軍中は私語や勝手に隊列から離れての用便などは禁じられていたわけで、糞尿は指定御用商人が用意した桶にため込まねばならなかった。

事前にそのような取引が専門業者とされていたのだ。

「こちらの隊の方は、この桶にお願いします!」
「桶の外にはお漏らしになりませぬようご配慮ください。満杯の場合はすぐに次の桶をご用意いたします!」


この時代糞尿は肥やしとして農家に高く売れたのであり、そこらに気安く垂れ流すようなものではなかった。

当然戦時には大軍団にはかならず汚穢屋の屋号が入った肥え桶がぞろぞろと後を付いていったのである。

こうした糞尿回収が戦時経済では機能的に働いていたことになる。

こうした習いがあってのことか、笑い話ではなく実際に田舎では「よその土地で小便はするな!小便するときは自分とこの田圃にしろ!」と子供までが親に口うるさくいわれていたのである。

経済に疎い戦国大名はこうした戦場の屎尿処理まで頭が回ってはいなかったようで、野放図に沿道に糞尿を放置していったこともあって近隣住民からは評判が悪かったのである。

糞尿処理がいい加減な武将は、厳しい戦国の時代を生きながらえることは出来なかったのは確かである。

たとえば籠城戦において城内の衛生環境が悪化したことによって悲劇的な結末を招いてしまったのが、能登(石川県)において行われた天正5(1577)年夏の第二次七尾城籠城戦である。

糞尿問題で話題になる事例である。

七尾城は能登畠山氏の居城であったが、上杉謙信により包囲され、その周辺の領民1万5千人あまりが城内に避難してきていたときのことである。

七尾城は山城であり、山全体に郭が設けられかなりの人数を収容できる大きな城ではあったが、ここでは肝心の大人数分の飲料水の確保と屎尿処理がうまく対応できてはいなかった。

気温の高い夏場、大量の糞尿が城内に溜まっていったことで、井戸がたちまち汚染されてしまったのだ。

籠城戦で飲料水が汚染されてしまえば致命的である。

これが災いして瞬く間に城内に疫病が発生すると、ついには頼るべき城主が早々に倒れてしまう。

表向きは籠城戦ではあるが、結局のところは自分らの溜まりにたまった屎尿が原因であえなく落城に至ったということである。

これが意外過ぎる戦国の糞尿譚なのである。


戦国時代の屎尿処理の事実を知ったとき私などはその合理性に感嘆せずにはおられなかったわけであるが、その際ふとある戦国武将のことが思い浮かんだのである。

それは駿河の戦国大名今川義元である。

2万5千といわれる大軍を率いて尾張に侵攻した今川義元・今川氏真親子に対し、尾張の大名・織田信長が少数の軍勢で今川本陣を強襲し、今川義元を討ち取った桶狭間の戦いがつとに有名である。

このとき昼食の支度にかかった今川陣営には、相当数の肥え桶が設営されていたのではあるまいか。

兵員の多くがいくぶん気が緩んだ瞬間であったであろう。

並べられた肥え桶の周りにも大勢集まっていたはずである。

そこを織田軍団が急襲した。

今川勢は逃げまどい大混乱に陥る。

この間に今川義元は討ちとられ大敗するのである。

それこそ織田勢に攻め込まれた桶狭間の戦場跡には、放置されたままの肥え桶があちらこちらに転がっていたことであろう。

桶狭間に肥え桶である。

戦場が、桶狭間とはまさしく言い得て妙である。









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ラベル:桶狭間
posted by モモちゃん at 06:00| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

世界各地に日本の忍術は広まっていった!

いまや忍者は世界中に居ます!

忍者とは、鎌倉時代から戦国時代、さらに江戸時代に大名や領主に仕え、または独立した職能集団として組織的な諜報活動、戦場での破壊活動、敵国への浸透戦術、暗殺などを担っていたとされる。

もともとは村落単位の自衛組織として発祥してきたもので、その中で特殊な武器を使い戦闘能力を高めていった。

彼らは幼少期から忍者修行をするのであるが、なかには孤児や拉致されてきた児童までもが含まれていたという。

戦時には領主や各地の大名らに忍びの者、ラッパ、スッパとして集団で雇われ、諜報活動や戦闘に度々参加した。

忍者は人間離れした持久力や身体能力が要求されるだけに、その活躍や名称は日本国内にとどまらず広く世界的にも知られている。



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posted by モモちゃん at 17:31| 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする