2018年04月09日

『鼠璞十種』の長寿に関わる怪異譚を追跡する!

松本清張が注目した怪異譚とは?


昔、八百歳まで長生きしたという八百比丘尼伝説が日本各地に、それも日本海側に似通った伝説が多く残されているようである。

民俗学者柳田国男は八百比丘尼伝説について「山島民譚集二」で触れている。

 「八百比丘尼は恰も右の大化と大同との中間に生まれた人でなければならぬ。何となれば比丘尼が山城の京に来て世人に囃されたのは正しく宝徳元年の夏である。此事実は当時の記録に三種まで見えて居る。先ず第一に臥雲日件録の七月二十六日の条には,近時八百歳の老尼若州より入洛す,洛中争ひ覩る,(略)次に唐橋綱光卿記の六月八日の条には,白比丘尼御所に参る云々,年八百歳の由申す,怪異の事也(略)此を以て見れば八百歳は証人の無い事称であって,殊に比丘尼の身を以て御所に参るに至つては頗る保守派の人々の同情を失ふ所以であつたとみえる。更に中原康富記の同年五月二十六日の記事には左の如く出て居る。曰く或は云ふ此二十日頃若狭国より白比丘尼とて二百余歳の比丘尼上洛せしむ。(略)伝説の方面に於ては先づ先づ世上の八百歳を信用して置くのである」


とにかく大化(650年頃)とか大同(810年頃)とかの時代にまで遡る話しであるから、まことに古めかしい伝承記録に違いない。

しかも八百年間も生きていたというのであるから、桁外れの長寿伝説であり、絵空事にしても内容自体とんでもない話しということになる。

全国にこの八百比丘尼伝説の話しは知られているようだか、共通していることは若い娘が一人不老不死の効能があるという人魚の肉を食べたことで、年を取ることなく若い姿のまま八百歳もの長寿を得たということである。

長寿であることが幸運というよりは、話自体はそうした運命に翻弄され齢を重ねることの無情さを感じさせないでもないのだが、実はこれとよく似た不思議な話が別に残されている。

それも主人公は女性である。

実はその話についてかって松本清張が怪異譚として、「作家の手帳」の中でほんの1,2行触れていたことがある。

そこに次のようにある。

 「怪異集」江戸の随筆から
安徳天皇(在位1180−1185)のころ海女をしていた女が六百余年もひとり生き残って、津軽の山奥に住んでいるのに、江戸の旅商人と遇うこと(同右)。」


ここでいう江戸の随筆とは『鼠璞十種』(そはくじっしゅ)のことであるが、これは江戸学者三田村鳶魚が江戸についての未刊随筆を集めた叢書である。

松本清張の記述はほんのわずかであるが、この話しも追跡していくと興味深い長寿に関わる話しであるが、話しの展開は泉鏡花の『高野聖』の冒頭部分を彷彿とさせる。

清張自身はこの話しに何らかの関心を持ったようであるが、話しが話しだけにちょっとメモするだけで、それ以上踏み込んではいなかったようである。


実際この長寿に関わる話しに繋がる伝承遺跡というのがあって、それは北九州市若松区大字乙丸の貴船神社のご神体として祭られている「長寿貝」である。

毎年貴船神社では「ほら貝祭」が開催されるが、そりについて神社の案内板には次のようにある。

 「毎年4月15日、若松区乙丸庄の浦の貴船神社で、ご神体のほら貝からお神酒をいただき、不老長寿を祈願する「ほら貝祭」が行われます。

 この地区には「筑前国庄の浦壽命貝由来記」が伝えられており、それには天明2年(1782)5月、筑前芦屋の商人が奥州津軽で600余年も生き続けた女性に会った話が記されています。

 一人の商人が津軽の山路で道に迷い、女に一夜の宿を頼みました。女は筑前の生まれというその男を懐かしんで家に案内し、語り始めました。

 「私は筑前山鹿の近くの庄の浦に住んでいた海女の子です。ある時、私は病いに倒れ、明日をも知れぬ命となっていましたが、孝行な子供達がほら貝を採って帰り、料理をして食べさせてくれました。おかげで元気を取り戻し、それからは病気一つしなくなりました。そして、いくら歳月が流れても老いの兆しもなく、あれが不老不死の薬だったのではと思っているうちに、早や、600年余りが過ぎてしまいました。
 夫も孫も皆死んでいくのに、自分一人歳をとることなく、生きるつらさに何度死のうとしたかわかりません。住みなれた村もだんだん住みにくくなったので、諸国の神社や寺院にお参りすることを思い立ち、一人で各地を渡り歩きました。ある所では夫婦になって暮らしたこともありますが、私が歳をとらないので化生の者と怪しまれ、こっそりと抜け出したことがあります。諸国を転々とするうち津軽に来て、断りきれずに、この家の主人に嫁ぎました。

 私が故郷を出る時、ほら貝を形見として小さな祠に納めて参りましたが、今ではどうなっていることでしょう。祠のそばに船留めの松というのがありましたが、松は千年といいますから今でもあるかもしれません。あなたがそこに行くことがあったら、私の子孫でもいればこの話をしてやって下さい。」

 商人はこの年の10月、庄の浦を訪れ、子孫の伝次郎という人に会い、この話を伝えました。 北九州市教育委員会」


話に出てくる船留めの松はすでに枯れてしまっていて、残ってはいない。

伝説によれば、この部落(かっては寿命谷といわれた)では氏子が病気の時にはこのホラ貝に水を入れて飲ませれば間もなく全快すると言い伝えられていたし、近隣に流行病のあるときにはホラ貝を吹き鳴らして疫病を追い払ったという。

伝説の女性は九州若松の庄の浦からはるばる奥州津軽の地まで歩いて移動したことになっている。

交通に不便であった時代に、ここでは九州から津軽にまで至るというまさに日本を縦断するような不思議な話しが残されていることが興味深いところである。

彼女の名前は伝わってはいないが、寿永年間(養和の後、元暦の前。1182年から1183年)にはすでに生まれていたといい、それより600年間まったく老いることなく生き続けてきたという。

彼女は故郷を出て豊前からまず四国に渡って霊場を巡り、さらに山陰路を辿って東国を流浪し、続いて磐城・岩代・陸前・陸中・陸奥と渡り歩いたのであった。

この間何度か男に嫁したのであるが、自分は若い姿のまま年を経ても夫や子、孫は老いて次々と亡くなっていく。

周囲の人々は彼女が老いないことを怪しみ、ついには妖怪変化のように噂するわけで、その土地に長く留まることは出来ない。

そうして彼女の孤独な旅は続くのである。

津軽地方にこの女性に関わる伝承が残されているのかどうかは、いまだ確認出来てはいない。















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2018年04月06日

来日したペリー提督が苦言を呈したこと

ユーが見た日本人は淫蕩な人種だった?

ご存知の方は極めて少ないと思うのだが、日本は古代から明治期の辺りまでは混浴がごく普通の当たり前の習俗風景があった。

江戸時代の銭湯も簡単な仕切り程度の、ほぼ混浴の状態が庶民の生活の中に自然なものとして溶け込んでいた。

とくに地方の温泉地などはその傾向が明治以降も強く残っていて、大分県では昭和30年代までは混浴の温泉が普通にあった記憶がある。

そうした従来からの伝統的な生活習慣があったことから、地元の人たちには混浴そのものには何の違和感もなかったのである。


YAMA
































ところが幕末以降の西洋文明が流れ込むと、こうした習俗にことさら批判の目が向けられだした。

ついには銭湯での混浴が全面的に禁じられたのだ。


日本人のこうした男女混浴の習俗については、幕末に来航した有名なペリー提督の遠征記にも触れられている。

ペリー提督「日本遠征記」には、挿絵付で嫌悪感を込めて次のように記している。

「(日本人の)男も女も赤裸々な裸体をなんとも思わず、互いに入り乱れて混浴しているのを見ると、この町の住民の道徳心に疑いを挟まざるを得ない。他の東洋国民に比し、道徳心がはるかに優れているにもかかわらず、確かに淫蕩な人民である」と。

ペリー提督が、混浴を目にして日本人は淫蕩な人民であると断じてしまうところが欧米人らしいところではあるが、その先入観というか、当時の大らかな日本人の国民性を削ぎ落とすようなものの見方にはいささか抵抗を感じないでもない。

とにもかくにも、彼はここでははっきりと混浴を淫蕩な行為とみなしているわけである。

入浴自体は何も淫蕩ではあるまいに、ただ男女が混浴状態にあること自体がとにかく淫蕩という一方的な認識である。

確かに1791年に江戸の銭湯では混浴を禁止するいわゆる男女混浴禁止令が出されたが、当時の江戸の風俗だけが乱れていただけのことである。

何も当時の一般庶民が混浴までして自ら淫蕩でありたいと望んでいたわけではない。

ましてや、当時の人々は混浴を淫蕩なるものとしては意識さえもしてはいなかった。

しかも当時の日本人すべてが混浴していたというわけでもない。

もとより都市部の余裕のある暮らしをしていた富裕層はこうした習俗には染まらないし、染まる必要もなかった。

何故なら、そういう人間は自宅に自前の風呂の設備があるわけで、その燃料費にも何ら不自由はしないからである。

端から銭湯などで人前で肌を晒す必要などないのである。

昔は家に風呂などない貧しい一般庶民の方が多かった。

結局のところ淫蕩などと決めつけてしまうのは、貧しい庶民の生活環境をまったく配慮しない一方的なものの見方と言わざるを得ない。

しかも明治期以降の西洋的文明観が、ますますそういう意識を強めていったのである。

文明開化の波にに乗った都市部の文化人が、ひとたび鄙びた温泉地を訪れるとやたら混浴は淫蕩だと言い出す。

結果混浴そのものを法律で禁じ規制した。

その流れのまま、現在では混浴自体ははっきりと県単位でもって公衆浴場条例で規制されてしまっている。

旅館などはは1948年にできた旅館業法に基づく、「旅館業における衛生等管理要領」の適用で管理されており、同要領でははっきりと「共同浴室にあっては、おおむね10歳以上の男女を混浴させないこと」となっている。

ただし共同浴室ではない旅館の貸切風呂においては、宿泊客のは混浴が可能らしい。

実際は日帰り入浴施設では、基本的に混浴そのものは禁止なのだ。

30年以前のことであるが、九州のある温泉地に家族で出かけたとき、地元の共同の温泉場に入ったことがあった。

地元の古くからの施設ということで、外来者は入浴料を随意入口の箱に入れるのだがそこの風呂場には仕切りが一切なかった。

いわゆる伝統的な混浴浴場である。

いまでもそのまま残っているのかもしれない。

私と子供たちはそのまま裸になって入浴したのだが、混浴の風習を知らない家内はどこかで水着に着替えて後から入ってきた。

水着を着て入浴というのは、何だか変な感じである。

しばらくしてそこへ地元のおじさんがいきなり入ってきたのだけど、その場に水着姿の人間が入浴している姿を見て一瞬驚いたような表情を浮かべてみせた。

地元のおじさんからみれば、「なんじゃ、こりゃあ!」という感じであったろう。

いまでは裸での男女混浴は淫蕩なものという認識と意識とが、わが温泉大国日本では日常的にすっかり定着してしまっているようである。

しかしながら、いつの日か再び混浴が日本の温泉地で復活してくるのかもしれない。

そうした予感がしないでもない。




温泉好きOLが選ぶ、人気温泉郷「黒川温泉」。

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2018年04月04日

幕末維新に開花した最強の剣法とは!

三船敏郎の抜刀術・映画『椿三十郎』

少年の頃始めて本物の刀を触らせてもらった時、そのずしりとした重量感には驚いた。

本当に真剣は重いのだと思った。

昔の武士はそうした重い刀剣を戦場で自在に操っていたわけだから、それ相応の膂力を身に付けるべく日々鍛錬していたことになる。

それも一瞬のうちに抜き打ちする抜刀術となると、その俊敏さは想像を絶する。

そういうこともあって、以前から黒澤明の映画『椿三十郎』で主演した三船敏郎が最後の場面で繰り出した抜刀術はどのような技なのか気になっていたが、そのことについてウィキペディアに解説があった。

どうやらこれは弧刀影裡流の技ということである。


弧刀影裡流居合術(ことえりりゅういあいじゅつ)は、九州出身の野瀬庄五郎が西南戦争に従軍した経験から編み出した居合術。

車返し、風切りなど9本の形があったという。黒澤明の映画『椿三十郎』のラストで主演の三船敏郎が最後の場面で繰り出した技は、この流派の形(抜き手、切りかかる手に切りつけるもの)を参照して殺陣師の久世浩(久世龍)が編み出したものだとされる。 『「映画を愛した二人」黒沢明 三船敏郎』によると「逆抜き不意打ち斬り」という名で、心臓を切る技とされる。 映画では相手の室戸半兵衛役の仲代達矢が抜刀するより早く帯刀の刀を左手で逆手に抜き(元になった弧刀影裡流の技では順手に抜く)、刀の峰に右手を添えて刀を押し出して仲代達矢の右腕の下付近を切ったように見える。三船敏郎は早く抜くために普通の刀より5寸(15cm)ほど短い刀を使用したという。」

まさしく映画でも薩摩示現流に対峙した抜刀術として描かれている。

どちらも一撃必殺の剣法ということになる。






















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2018年03月25日

「杏林」の本当の意味をご存じですか?!

高額医療費が払えますか?の話し

江戸時代の一両小判の価値とは、一体どのくらいのものであったのであろうか?

当時は幕府によって米一石が一両と一応決められていたが、相場による変動が度々あった。

いわゆる米価がすべての物価の基準であった。

米価によって実質的な経済力が判別されたことになる。

そして、この米の価格から一両小判を現代の円に換算すると幾らに相当するかということがよく話題になる。

これには諸説があって三万円代から四万、六万、八万、十六万、高いところでは三十万というのがある。ここらは意外といい加減である。

しかし当時一両ものカネがあれば、4人家族が1ヶ月間ゆったりと暮らせる貨幣価値があったのだとも言う。

ゆったりと暮らせるとは、感覚的に果たして1月の生活費はいくらあればいいのだろうか?


下級武士の生活で考えてみよう。

家禄が百石取りの武士の場合、四公六民で四十石がその取り分となる。

俸禄が百石といっても、お上からまるまる百石分をもらえるわけではない。

通常は米を白米にするのにここで五石のつき減りがあり、実質三十五石が手取りということになる。

現代のサラリーマンが、源泉徴収であれこれその給料から差し引かれるのと同じである。 

当時も俸禄全部が手取りではないのだ。

このうち自家用に消費するのが十一石あまりで、 残り二十四石をどうにか換金することができる。

最終的にはここでは二十四石分が、その家の実質的な可処分所得ということになる。

エンゲル係数はそこそこであった。

昔の人は、その総カロリーの多くをもっぱら米食から摂っていたわけで、それだけ一家の米の消費量が多くなるし、その他の野菜類も自家栽培であった。

さらにさらに、一石=一両=八万円で計算すると一九二万円、 これが百石取りの一年間のその他の生活費となるわけで、当時の消費生活がいくらか窺えるというものである。

表向き家禄が少ない武士といえどもバイト収入が多い特別な階層もあった。

実質的な既得権益を有する武士であり、いまでいうところの実力派特権階級ということになる。

たとえば生え抜きのエリートである奥医師となると俸禄が二百石の知行であっても、年間四千両(約三億二千万円)のバイト副収入があったという。

この役得は凄いことになる。

しかも自分の家があっても、別に役宅として立派な屋敷も用意されるわけだから、住居費は掛からない。

まさに特権階級ということになる。

家族は役宅に住んで、自宅は別に借家にすれば賃貸料収入(不動産所得)までもが得られる。

ここらは歴史教科書では一言も触れられないことであるが、将軍の御脈をとる御匙医師ともなると大変な格式があって、大名が診てもらうと盆暮に千両箱が届けられるのが通例であった。

このように奥医師の場合は知行に加えて足高やアルバイト収入(雑所得)に税金は一切かからず、生活自体は裕福この上なかったわけである。

医者の中には巨富を元手に高利貸でさらに資産を増やし、金融業で名を成した者もいたという次第であった。

専業だけではなく、貸付金融業や借家賃貸不動産業といった多業種事業でさらに懐を肥やしたのである。

江戸時代の医療費はというと、安政度で診察料が銀十五匁から三十匁(約一万五千円)、往診料は初度に二十二匁五分、その後は一度毎に十五匁という相場であったが、さらにこうした医療費とは別に往診料が加わるわけで、一里内外は三十匁、二里は六十匁、二里半は二両、三里以上は五両(約十五万円)、おまけに二里以上は駕籠の往来であれば、 さらに往診療に追加されて駕籠賃、弁当代までも病家が出すというものであった。

薬代はというと、七日分が銀三十匁、三日分が十五匁であるが、宵越しの金など持たない庶民はそう簡単に医者に掛かれなかったのである。

そうなると自然と手軽な鍼灸療法ということになる。灸は京阪とも二十四文(約144円相当) ですえられた。


按摩代は子供の按摩の揉み代、上下揉んで二十四文。大人の按摩は上下揉みは四十八文であったのだ。

現代でいえば、お手軽クイック整体というところである。

もちろんこれが相場であるから、世間にはこれより高い料金を取った者もいたであろうし、割り引いた場合もあったろう。

これを酒の価格と比較すると実感としてよく分かる。

安政の時代では、上酒一升が三百四十文から四百文(約二千四百円)のあいだであったという。『守貞漫稿』

ただし当時には、今のように酒に割高な税金は掛けられてはいなかった。


二千年前のハムラビ法典には骨折を治癒させた医師には銀貨を支払う規定があったように、医療に対する報酬は昔から明確に保証されていた。

それに値する特殊技能として当時も認知されていたことになる。

古代中国の戦国時代には疽(悪性の腫れ物)は血膿を口で吸い出すのが常法であり、信じられないかもしれないが痔の治療では医師が舌で直接患部を嘗めて治していた。

古い記録にそうあるのだから、何とも言いようがない。

このことを知った時は、我ながら大変に驚いたものである。

秦王は腫れ物を吸う医師には車一台、痔を嘗めれば五台を与えるという具合に汚い病ほど報酬を多くしていたことが古典籍の『荘子』にしっかりと記録されている。

当時の車一台といっても現在と価値自体は大差ない。

ただしこれが普通車なのか、ベンツ並みの高級車なのかは判然とはしない。

とにかく古代の治療代はべらぼうに高額であった。

確か大夫簡子を診た名医の扁鵲はその報酬として四万畝の広大な田地を賜ったということが『 史記』に書かれているが、貧乏人には到底まねのできないところである。(周代の一畝 は1.82アール)

東京ドーム何十個分なのかは計算してください。

何でこのような事を書きだしたかというと、医療に対する報酬について歴史的事実に基づいて突っ込んでみ たかったからである。

実は意外なことであるが、洋の東西を問わず古来医者を卑しむことが多かった。

『論語』に「人にして恆なくんば以て巫医をも作すべからず」とあるし、『列子』には「乞児・馬医と雖も敢えて侮らず」とある。

古代において、医者は卑しい職業と見られていたということは意外であろう。

二千年前のインドのマヌの法典には「高利貸しの食物は糞のように忌まわしい。医者の食物は血膿のように汚らしい」と、その報酬に対する貪欲さを卑しめて揶揄している。

ようするに昔の医者は巫、乞食、高利貸しと並称される存在であったというわけである。

東西にわたって同じような評価がされていることが興味深いところである。

医術は君子が個々に身に付ける一種の素養と考えられた時代があって、それは身過ぎ(生活のための稼ぎ)のための職業的技術とするのではなくて、自分の両親や一族に病人が出た時に適宜対応する手段として必要視されたのであった。

ここらの古代の医術のあり方というもののニュアンスは非常に分かりにくいところである。

身分の高いものから見れば、そこには医療行為によって専ら報酬を得るという職業的概念がなかったともとれる。

逆にいえば、巷には医療行為を行って多額の報酬を得る医者も当然いたということである。

さらには医術を専門とする者(医者)も現れていたということである。

ただし、概して医者の身分はどこまでも工人(職人)扱いであって、報酬を得る以上卑しい行為とみられていた。

江戸時代の『近世風俗見聞集』に具体的に紹介されている当時の医師や医療の記述をみると、ここらの事情や背景はおおよその見当がつく。

「官医以下、町医者・国々の医師も驕慢に構へ、療治の道に鍛練を尽くさず、只形姿 を立派にのみ拵え、利欲を稼ぐに精根を尽くすなり」、「本人はもとより家従までも不 行跡を尽くし、医道の玄妙至らざる故、親切の情さらになく、表向きのみ飾りさも良医の体に見せて人をだますなり」、「人を助くる心を失ひ、いささかも病人の為を弁えず、 兎角療治の功を争ひ──或いは売薬を競ひ、その上、山医者などいえるもの出来て、後々病者の身の害となる事も厭はず、眼前即効の奇薬を与え、或いは禁穴をも構はずして 灸を点じ、一時の験気を発せしめて人を服さしめ──当世は山医者・売薬人多く出来て、世を費やし、また天命を縮むるもの多し」等々、当時の医者や医療に対する憤懣がうんざりするほど書き連ねてある。

だから、概して廉潔の士は医業(職人)に就かなかった。

この知識人らの当時の感覚は非常に面白いところである。

もともと本来が医を業とする者は金 銭に執着して汚く、金ずくめだからこそ血膿をすすったり尻を嘗めるのだといった侮蔑の意識の方が強かったのである。

しかも貧乏人からもなけなしの金銭を容赦なく取り立てていくそうした根性を嫌ったのであり、そのいかがわしさ、貪欲さを当時の文化人は許容できなかったのである。

当時は社会的な医療とか福祉とか衛生事業とかいう概念が無かったともいえる。

それは医術の暗黒時代であったともいえるし、医道の確立される淘汰の時代だったとも言えるわけである。

しかし医道というものが、それまで蔑ろにされていたということではない。

西洋ではヒポクラテスの時代にも、医道についてすでにその理念について言及され医学の根幹として認識されていた。

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そうした倫理観については、古代中国の医学書『黄帝内径』にも張仲景の『傷寒論』自序にも、さらには唐の時代の孫思邈の医学書においても医道に関しては明確な姿勢を示している。

我が国においては丹波康頼の『医心方』の冒頭に「太医病を治するに無欲無求、大慈惻隠の心に発すべし」と、唐時代の孫思邈の仁術の教えを忠実に伝えようとしている。

天下万民に対する仁術であり、憐みの心である。

こうみると結局、医道と医術、仁術と医学とはそれぞれ分離した存在、あるいは分離されやすい存在であったということであろうか。

早い話、医術に対して仁術が正道としても、他に算術、忍術、魔術といった諸々の選択肢があったということになる。

ここで報酬に執着しなかった中国唐時代の名医孫思邈の仁術について書いてみよう。

孫思邈は唐時代の非凡な医師であるが、「人の命は千金に代えがたい」として、中国 に古代から伝わる医薬、鍼灸を実験と経験によって集大成し、『備急千金要方』三十巻三十三冊を撰したことで知られている。

現代中国でも歴史上の名医を問われれば、名医としてまず孫思邈の名前が必ず出てくる。

彼は仁術を身を以て実践したというが、貧乏な者からは治療代を取らず、遠くの病人でもロバに薬袋をぶら下げて自ら往診し、深夜といえども親切に診療し重病人は自宅で丁寧に看護した。

彼の名声は巷に広がり、彼の医療の恩恵を受けた貧しい人々は、彼の家の周りに杏の種を治療のお礼に埋めていったという。

長年の間にこれらの杏の木が育ち、後に見事な杏林となったという。

何故、貧しい患者たちは杏の種を植えていくのか、これには前例となる有名な出典があったからである。

中国の古典籍『神仙伝』にあるが、董奉が人の病を治しても報酬を受け取らず、治った者には杏を記念に植えさせたので何年か後には立派な林を成したという故事に孫思邈の患者も同じようにならったのである。

つまり「杏林」とは、仁術を施す名医にふさわしい異称だったのである。

しかしながら、この事実に対して当時の文化人は意外にも冷やかな目で見ていたのである。

いわゆる古代から続く医者へ向けられた偏見そのものであった。

一方では孫思邈自身も文章博士であり当時の第一級の文化人であったが、日常的に医を業としたので、いわゆる身分上は方技を行う職人(工)としてしか周囲からはみられなかったのである。

それほどに古代の身分制度は厳しいものであった。

これらすべては昔のことであるから、世情や価値観がいくら違っていても少しもおかしくはないわけであるが、時代の流れと平行した一つの歴史的変遷として医療に対する報酬を考えてみるのも、ここでは文化的・史料的価値はあろうというものである。

まあ現在の日本の世情からいけばなるべく高価な薬がいかにも効きそうに思えるし、高い治療費を請求された方がより良い医療サービスを受けているように錯覚してしまうときもあるわけである。

やはり医療サービスの多くは、すべて経済的価値観そのものが実質的に支えていることに違いはあるまい。

結局のところ、最高のサービスというものにはそれなりのコストが要求されるということである。

医療が無料にならない限りそこには表向きの貧富の格差だけではなくて、さらには特権階級との対応差というものも当然出てくる。

これは歴史的に見ても致し方のないところではあろう。


























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2018年02月18日

意外にも千両箱は重かった!

掛かり付けのお医者様とはちと違う?

侍医とは古くは典薬寮に属し、天皇の脈を診、進薬を掌った医師をいう。

戦国時代になると各大名家が、宮廷をならって侍医を抱えるようになった。

昭和天皇の侍医団の真剣な対応は我々の記憶にもあるのだが、侍医という制度は常にその時代の最高権威の医師と医療技術が投入される体制をも意味するものである。

歴史的にみても宮廷はもちろん、大名や身分の高い人はこのような掛かり付けというより専属のお抱え医師団を持っていた。

と、堅苦しい感じで紹介すると息苦しくなるが、庶民にはまったく関係のないことだけに何と言うこともない。

話は単純である。権威ある王室直属の専属医師団のことである。

チャングムやホジュンの韓国ドラマを観ておられたら、すでにその辺りはご存知であろうと思う。

日本の天皇家の侍医団の場合は日頃から、毎日欠かすことなく朝と晩の二回、おぬる(体温)とお脈を頂戴して拝診し、かつ、「おとう (大便)」と 「おじゃじゃ(尿)」を拝見しつつ、さらにまた週一回は念入りな「定期拝診」が実施されるといった万全の体制をとって日夜その重い任にあたっていた。

いまどきの教科書には書かれてはいないが、本来権威ある制度なのである。

ここには歴史と伝統とに裏打ちされた格式そのものがあるだけに、侍医というものはそれ相応の身分が保証され権威もそれなりに高かった。

現代の皇室の医師団も同様である。

侍医ということでまず思い出すのは戦国中世の曲直瀬道三(一五〇七〜一五九四)であり、その一門である。

桃山時代より江戸時代にかけて宮廷と幕府に仕えた医家の名門である。

初代の道三は天文十五年(一五四五)に将軍足利義輝の病を治療して効があり侍医となったが、さらには豊臣家、徳川家、細川家、三好修理、松永弾正、毛利元就など戦国の錚々たる武将に重んぜられた。

道三は、それだけでなく医学教育や医書の著述でも大きな功績があり、我が国の実証医学の先駆けとなった名医であった。

曲直瀬玄朔(二代目道三)も名医の誉れ高く、正親町天皇や式部郷親王、また関白秀次の治療でも効がありその侍医となっていた。

文禄四年(一五九五)秀次は暴虐の振る舞いで秀吉によって自害を命ぜられたが、このとき玄朔は秀次の侍医として側に仕えていたということで気の毒にも陸奥の国へ流されてしまった。

秀次が排除された際に、まともにとばっちりを食らったのである。

慶長三年(一五九八)後陽成天皇が病に倒れられ、名のある医家達が治療にあたるが効能なく、ついに玄朔の罪を免じて京へ招くことになった。

玄朔が薬を献じたところたちどころに著効があり、天皇は短時日で治癒された。 

やはり名医だけに腕は確かであった。

戦国の大名で、こうした侍医集団の充実にもっとも力を入れたのが徳川家康であった。

彼は多少太り気味ではあったが、日ごろから粗食で養生に努め健康管理には殊のほか注意を払っていた。

家康自身が医術・本草学(薬物)に詳しかったことは当時のいくつかの記録からも窺えるし、三河にいたころは減慶、長閑という明人医師までも傍に召し抱えていた。


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さらに家康は、天下平定後は久志本左京や半井、曲直瀬、野間、竹田といった一流の京の医師を揃えていたし、他に旧武田家に仕えていた板坂卜斉、片山宗哲などの名だたる名医が集められて、侍医として傍近くに控えていた。

家康の場合はただ名医を側近く召し抱えるだけでなく、これらの医師に対しては常に新しい医学知識の習得に努めさせていた。

それは長崎よりいち早く中国や朝鮮の医学書を取り寄せ、自ら研究するといった家康の積極的な対応にみることができる。

たとえば朝鮮の『東医宝鑑』や中国の「本草綱目」を入手すると直ちに、侍医らに読ませていることでも分かる。

そうした海外の医学情報には家康はことのほか敏感であったわけである。

家康は最良の医療が受けられることを念頭に、有能な侍医(奥医師)の体制を調えようとして高禄で召し抱え、しかも子々孫々まで医家として仕えることを命じた。

ところが、当然といえば当然のことであるがこの医家の世襲、家禄を継ぐということの弊害が次第に現れてきたのである。

要するにいかに医家の名門とて、そううまく名医がたて続けに出るわけがない。

なかには医者に不向きな者や、見るからに愚鈍の子弟が目立ちはじめたのである。

これは如何ともし難いことであった。

事は将軍家の健康管理、医療体制の根幹に関わってくる重大事であるだけに幕府も放置しておくことはできなかった。

こうなると幕府は家柄に関係なく、腕のよい藩医や町医からも一代限りという条件はあったものの次々に奥医師に抜擢するといった思い切った対応策を講じたのである。

こうした奥医師といわれる者は二十人前後おり、六人づつ交代で江戸城に出仕し、同時に外科、眼科、鍼医が二人づつ三日ごとに出仕するという決まりであった。

毎朝この八人の医師が総掛かりで将軍を診察(脈診)するのであるが、その様子そのものは実におかしなものであった。

通常この診察は午前中御髪番が結髪をしている最中にお脈伺いということで始まるのであるが、医師が二人一組になって左右より将軍の手を取って片方ずつ脈を拝見する。

脈診中は医師は決して顔を上げることはできず、常時頭を低く垂れて前傾したままへんてこりんな姿勢でおそるおそる行う。

このようにして四組の医師の代わる代わる脈診するのが徳川家の伝統的診察法であったが、実際のところどれほど機能したか疑わしい。

これら奥医師は大奥の御台所や側室の定期健康診断も受け持っていたし、二の丸、西の丸にいる世継ぎらを診察してまわった。

奥医師の頂点に立つのが典薬頭であるが、若年寄の支配下にあって幕府の医療行政を統括していた。 

これを医家の名門半井・今大路両家が代々世襲した。

この下にいる奥医師は二百俵高、御番料二百俵ぐらいの家禄で大した待遇ではなかったが、法眼・法印といった権威が与えられていたし、そのアルバイト収入が莫大であった。

慶安三年(一六五〇)正月、奥医師狩野玄竹は幕府の命をうけ老中堀田正盛の急病を治療したが、これを首尾よく全治させて幕府より褒美として千両賜った。

更に堀田家からも治療代として千両が届けられ、つごう二千両が薬礼となった。

これが先例となって、これ以降奥医師の薬礼としては千両が通例となった。

千両とは莫大な金額である。

千両箱一個で三十キロぐらいあるから、時代劇にあるように盗賊といえども肩に担いで逃げ回ることは出来ない。

二人がかりで運び込まなくてはならないから、篭屋を雇って運び込んだのであろう。

当時の1両の貨幣価値はというと、一両あれば普通の一家が1ヶ月間ゆったりと生活できたということから考えれば、このときの千両がいかに莫大な礼金であるかが分かるはずである。

このように侍医の待遇がよいのは、その責任の重大さとまったく無縁ではなかった。

かって朝鮮の李朝王朝においては、王の眼疾の治療に失敗してしまった医師団は即刻処刑されたのだという。

まさに侍医とは、本来命懸けの職責であった。


魏の曹操は、頭痛や眩暈(めまい)の持病で苦しんでいたが、そのこともあって天下の名医として知られる華佗を典医として傍に置いていた。

華佗は巧みな外科手術による治療や内臓疾患の治療を得意とし、多くの薬物に精通した名医としても有名であった。

華佗は曹操を診察して、持病の頭痛や眩暈は鍼治療で一時的に解消できるが、それだけでは根治させることはできないことを曹操に伝えた。

そしてその病を根治させるには「麻沸散」という麻酔薬で麻酔をかけ頭部を切開手術しなければならないと言うと、猜疑心の強い曹操は手術にかこつけて自分を殺害するものと疑った。

それでなくとも当時は典医といっても医者の身分はきわめて低く、華佗は士大夫としての扱いもされなかったことで不満が募っていった。

華佗は典医という窮屈な状況を嫌っていたわけで、妻が病気であると偽って故郷へ帰ってしまい曹操のもとへは戻ろうとしなかった。

このことに曹操はひどく激怒して、ついには彼を捕縛し投獄すると終には華佗を殺してしまった。

周囲から華佗の命乞いがあっても曹操は「鼠一匹の命に何のことがある」といって怒りにまかせて殺害してしまうのだが、曹操の持病の頭痛や眩暈を治せるのは華佗の鍼の技量しかないことに後から気が付く。

さらにには曹操の庶子で才気煥発な曹沖が病で倒れた時、適切に診断治療が出来る医者が傍におらず夭折させてしまった事を後々まで後悔することとなる。

侍医は得がたいのであった。








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2018年02月01日

京都所司代の文春砲が咆吼するとき!

家康の寛大な処置とは

江戸時代初期の慶長14年(1609年)、複数の朝廷内の高位の公家衆が絡んだ醜聞事件が発覚した。

それが猪熊事件といわれるものである。

この事件によって公家の風紀上の乱脈ぶりが白日の下にさらされただけでなく、その後の江戸幕府による宮廷制御の強化へと繋がったとされるのであるが、それだけにここでは教科書には取り上げられないスキャンダラスな事件として特筆すべきものである。

宮廷内では従来より不倫は雅な文化ではあったろうが、不義密通は重罪とされる武家の習いでは決して許されるものではなかった。

この事件の中心にいたのは、京都の公家であった左近衛少将猪熊教利であったが、彼は天下無双とたたえられるほどの美男子ということで宮中で知られ、『源氏物語』の光源氏や平安時代の在原業平にもたとえられた人物であっただけに京中の衆目を集めた。

当時の宮中は伝統的な平安時の王朝貴族の気風も色濃く残っており、『源氏物語』同様の自由恋愛も若い公達の間には横行していたのである。

そうした中で、特に猪熊教利の素行は目立ったのである。

教利はイケメンな上に和琴の名手であったし、当時流行のかぶき者として服装にも凝っていた。

彼のしゃれた髪型や帯の結び方は京でもしきりに持て囃されていたほどであり、それだけに女癖が悪く、人妻や宮廷に仕える女官達にも手を出し素行が悪かった。

そのようなこともあって、教利は「公家衆乱行随一」と巷ではもっぱら称されてもいたのである。

慶長12年(1607年)に女官との密通がいくつか露顕したことで、ついには宮廷からから勅勘(天皇からの勘当)を蒙り、猪熊は京都から一旦追放されていたのだが、いつの間にか古巣である京の街へ舞い戻ってきていた。

さっそくに遊び慣れた仲間の手引きがあったのだが、その後も教利の素行は一向にあらたまらず、仲間の公卿らを誘って再び宮中の女官との不義密通を重ねていた。

そうした中で、仲間内の左近衛権少将・花山院忠長は、ある時後陽成天皇の寵愛を受けていた広橋局(武家伝奏・大納言広橋兼勝の娘)に懸想していたのであるが、これにも猪熊教利が背後でかかわってきていた。

広橋局は宮廷内でもきわめつけの美女として知られていたが、その一方で宮中一の美男として自他共に認める教利がこれを指をくわえて見逃すはずもなかった。

教利はかねてより宮中深くまで出入りを許されていた牙医師(歯科医)の兼安備後に仲介を頼んで広橋局との文通を始めたのであるが、広橋局も相手があのイケメンの教利ということでとうとう宮廷内で密会を重ねるまでに進展してしまっていたのである。

一説によると、花山院忠長の密会の話を漏れ聞いた教利が忠長を脅して後からそれに便乗したのだともいうが、どちらにしても教利がその後の主導権を握って遊び仲間の飛鳥井雅賢をはじめ、色事好みの公卿衆や女官らを誘い出し、様々な場所で乱交を重ねることとなったのだという。

もとより宮廷内はすべてが雅で風雅な趣が好まれ、男女の間でも逐一『源氏物語』の世界が今様に再現されていたのである。

しかしここにきて江戸幕府が開かれ、次第に武家の政権が力を持ってくると事情は変わってくる。

こうした目に余る大人数の乱行や淫蕩な素行については、宮廷を警備する者から京都所司代へと逐一情報がもたらされるのである。

幕府が支配する京都所司代は京都の治安の維持はもとより、当初より朝廷・公家衆の監察、西日本諸大名の監視がなされていたが、事が事だけにここでは慎重な探索がなされていた。

日時や人物の特定と追跡が、秘密裏に続けられたのである。

そこには朝廷内の公家同士の諍いからの密告もあったといい、ついに慶長14年(1609年)7月、後陽成天皇の寵愛を受けていた広橋局も関係していたことが天皇の耳にまで達する事態となった。

宮廷内でも隠しおおせない状況に至ったわけで、いまさらのように持ち上がった事件に周囲は戸惑い混乱するばかりであった。






これまた露見したと知ると当の猪熊教利本人は素早く九州の日向にまで逃れると、さらには朝鮮国へと渡る手筈をも模索していた。

朝廷内で発覚してしまった乱交に関わった者を重罪として罰しようにも公家の法には死罪などは無かったし、このような場合の捜査権もなかったのである。

朝廷には収拾の手立てがまったくなかったのである。

その結果、猪熊教利の追跡と捕縛はもとより、宮廷内の捜査自体も幕府の京都所司代の手に委ねられた。

事件を聞いた大御所・徳川家康は京都所司代の板倉勝重と幾度となく綿密な協議を重ねていた。

事件の調査が進み全容が判明するにつれ、そこには五十名以上の大人数の公家衆がこの件に関わっていることが判ったのであるが、ここですべての者を死罪とすれば宮廷内が大混乱を生ずることが懸念されるという前代未聞の事態となった。

いうなれば宮廷が司る多くの祭祀や伝統的文化が、一気に廃れてしまうという危機的状況が出来したというわけである。

ここにきて国母(天皇の生母)である新上東門院(勧修寺晴子)からも寛大な処置を願うという歎願が所司代や家康の下に伝えられた。

いわゆる命乞いである。

その年の9月、日向に潜伏していた猪熊教利が捕縛され京都へ護送されてきた。

主犯格の猪熊教利の護送直後に詳細な調書・報告書が作成された。

所司代・板倉勝重は、直ちに駿府の家康の下へ調書を持参し今回の事件の処罰について協議した。

9月23日(新暦10月20日)、駿府の家康の下から戻った板倉勝重より、事件に関わった者、内公卿8人、女官5人、地下人1人に対して以下のような寛大な処分案が朝廷に示された。


死罪 左近衛少将 猪熊教利 牙医 兼安備後(頼継)

配流左近衛権中将 大炊御門頼国 → 硫黄島配流 (→ 慶長18年(1613年)流刑地で死没)

左近衛少将 花山院忠長 → 蝦夷松前配流
 (→ 寛永13年(1636年)勅免)

左近衛少将 飛鳥井雅賢 → 隠岐配流 (→ 寛永3年(1626年)流刑地で死没)

左近衛少将 難波宗勝 → 伊豆配流 (→ 慶長17年(1612年)勅免)

右近衛少将 中御門宗信 → 硫黄島配流 (→ 流刑地で死没)

新大典侍 広橋局(広橋兼勝の娘) → 伊豆新島配流 (→ 元和9年9月(1623年)勅免)

権典侍 中院局(中院通勝の娘) → 伊豆新島配流 (→ 元和9年9月(1623年)勅免)

中内侍 水無瀬(水無瀬氏成の娘) → 伊豆新島配流 (→ 元和9年9月(1623年)勅免)

菅内侍 唐橋局(唐橋在通の娘) → 伊豆新島配流 (→ 元和9年9月(1623年)勅免)

命婦 讃岐(兼安頼継の妹) → 伊豆新島配流 (→ 元和9年9月(1623年)勅免)

恩免 参議烏丸光広  右近衛少将徳大寺実久

この処分案に対し朝廷は賛意を示すと共に、各の処刑が確定した。

10月17日(11月13日)、常禅寺において猪熊教利が斬首され、鴨川の河原で兼安が斬首された。














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2018年01月16日

「鬼平犯科帳」の軍鶏鍋は本当に旨いのか?

「五鉄」の旨そうな軍鶏鍋が喰いたい

ようやく池波正太郎の「鬼平犯科帳」全24巻(文春文庫)を読破することが出来ました。

これまでにも「鬼平犯科帳」は読んだことはありましたし、機会があれば「オール読物」に連載されている作品も何篇かその都度読んでいました。

今回はあらたまって全巻を片っ端から読み進めて見たというわけです。

30年以上以前の若い時に読んだ鬼平シリーズと比較すれば随分と違った感じがするもので、そこここに漂う独特の江戸の風情というものを今一度しっかりと味わったような気がしました。

このシリーズの中では度々食事のシーンか描かれているのですが、どれもこれも実に旨そうな料理が出されてくるのです。

これが読者にはひどく気になるのであります。





粋人








吉右衛門

 







「食事シーン 軍鶏鍋」【鬼平犯科帳 第3部 第9話「雨隠れの鶴吉」 から】最高に旨そうな時代劇食事シーン JAPANESE TV DORAMA EAT Japanese food   









「食事シーン集」【鬼平犯科帳 第6部 全篇から】最高に旨そうな時代劇食事シーン JAPANESE TV DORAMA EAT Japanese








「どんぶり屋の一膳飯と雑炊」【鬼平犯科帳 第5部 第1話「土蜘蛛の金五郎」から】最高に旨そうな時代劇食事シーン JAPANESE TV DORAMA EAT Japanese food  





















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2017年12月29日

ブログ記事インデックス特集(1)

店長特製のインデックス集


ラベル:特集記事
posted by モモちゃん at 09:00| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月20日

江戸市中で取り引きされた高貴薬の謎!

巷の庶民には無縁の高貴薬?

約30年前に観たテレビの番組で中国の漢方薬が紹介されていたのだが、そのなかで天然の二十年ものの薬用人参が展示販売されているところが映しだされていた。


この一本の立派な人参の販売価格が、なんと当時70万円だといっていた。

現在であれば、優に5倍以上にはなっているだろう。


一瞬唖然としたが天然資源が枯渇している現状を考えれば、その稀少価値は計り知れないとも感じた。


人参といえば朝鮮人参が有名であるが、江戸時代の吉宗の代になって初めて国産化さ れたといい、それまではすべて大陸からの輸入品に頼っていたのである。



ninjin







たとえば正倉院御物のなかに人参は含まれていたし、後に光明皇后の施薬院のためにそこから五十斤(三十キログラム)もの人参が流用されたというが、とてつもなく貴重な渡来薬物であったのだ。


時代劇にも人参は高貴薬としてよく登場する。


親の病気に薬代が嵩み、娘が泣く泣く身売りするというよくある話がそれである。


当時、それほど人参は高かったかどうか、どうしても当時の事情が知りたくなって図書館に行って調べてみたことがある。


江戸時代の天保七年に人参一斤(六百グラム〕銀三十八貫という高値があったというが、大抵は一斤が銀十六貫辺りが平均的相場だったらしい。


当時の専門技術者であった京都の大工の日当が銀三匁(江戸は五匁)、これで銀十六貫を割ると5333日分に当たる計算である。

平成元年3月34日の銀の相場でこれを計算してみたところ、大工の日当は318円、人参六百グラムは約170万円相当になる。



現在平成27年11月26日の銀の相場ではどうか。

銀が倍以上に値上がりしていて、大工の日当は720円になる。(江戸だと1200円相当)。

当時の銀の価値は日本国内での基準であって、ここでは確かな経済指標とはならないのは確かである。



ほかの物価と換算した場合は、江戸時代は現在より銀の価値が2〜3倍になるのでさらに人参の薬価そのものは高くなってしまう。


たとえば通説に従って一両を現代の3万円と換算すると、大工の日当は1500円、人参一斤は8百万という感覚であろうか。


とにかく現在の経済感覚で単純に計算したところで正確な数値が出てきはしないが、 それでもこの驚くべき価格には現代人でもおおよそ感覚的には察しが付くというものである。


物価が上がるのは需要と供給に関係があるということぐらい、経済オンチの私にも分かる。


円安だと、今も昔も同様に海外からの舶来品は当然高くなる。


それに当時の人参は供給量が特に少ない薬物ときている。


だがこの高値には、もう一つ理由があるようである。


寛文・延宝(1661〜1680)の頃、数原通玄という良医、朝鮮人参の効能を考へ──衆人の命を助くる事限り知らず。──これより大効ある事をいよいよ知る」と、 『近代世事談』にあるとおり、この時代人参の薬効に人気が集まったらしい。


昔から人参湯の薬効そのものは起死回生の薬として知られていた。


この薬湯は漢方の医学書『金匱要略』に登場するし、『傷寒論』には理中丸として出てくる。 

いまでいう特別な新薬というわけではなかった。


しかしながら、通常処方される人参湯には三両(十二匁)、つまり45グラム(現代では十五日分)の人参が必要となるが、とても一般庶民が買える薬ではない。


円に換算するとこれだけで60万以上もする高貴薬である。


天文(1532〜1554)の頃の名医永田徳本は薬一服18八文以上取らなかった。


患者が二代将軍秀忠のときも治療代は18文だけしか取らなかったというが、これは例外中の例外であろう。

医療や医薬が安価であるはずはないのだ。


江戸時代医家,売薬で巨富を成すものが多かったのは、各種の史料をみれば分かることであるが、ここには高貴薬の人参が絡んでいる。


安政度で診察料が銀十五匁から三十匁(約一万五千円)、往診料は初度に二十二匁五分、その後は一度毎に十五匁ということで、こうした医療費とは別に一里内外は三十匁、二里は六十匁、二里半は二両、三里以上は五両(約十五万円)、おまけに二里以上は駕籠の往来であれば、 さらに往診療として駕籠賃、弁当代は病家が出すというものであった。


薬代はというと、七日分が銀三十匁、三日分が十五匁であるが、宵越しの金など持たない庶民はそう簡単に医者に掛かれなかったのである。


そうなると自然とお手軽な鍼灸療法ということになる。灸は京阪とも二十四文(約144円相当) ですえられた。


按摩代は子供の按摩の揉み代、上下揉んで二十四文。大人の按摩は上下揉みは四十八文であったのだ。

現代でいえば、お手軽クイック整体というところである。


もちろんこれが相場であるから、世間にはこれより高い料金を取った者もいたであろうし、より安めに割り引いた場合もあったろう。

これを酒の価格と比較すると実感としてよく分かる。

安政の時代では、上酒一升が三百四十文から四百文(約2400円)のあいだであったという。『守貞漫稿』

ただし当時には、今のように酒に割高な税金は掛けられてはいなかった。



酒で病を紛らわすこともあった。




















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2017年11月26日

世界にいまも通用する浮世絵文化

動く浮世絵を鑑賞する!

浮世絵といえば、普段目にするのは静止画である。

江戸時代の風俗を中心に美人画や役者絵、さらには名所風景といった観光案内図が描かれている。

東洲斎写楽の「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」や葛飾北斎の「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」などの有名な作品は、日本だけではなく海外でもよく知られている。

こうした浮世絵を題材にしたGIFアニメーションが動画としてさかんに紹介されている。

日本のアニメ文化とも相まって国内だけではなくて、海外でも話題となっているようだ。

動画になった浮世絵も何だか斬新で面白い。





【動く浮世絵】特等席 by 瀬川三十七









うごく浮世絵 北斎えほん









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ラベル:安藤広重
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2017年11月20日

本当に饅頭が嫌いな人たちがいます!?

そこにある食物が怖い!?

子どもの食物アレルギー、治療や検査で8人が重症

横浜市の医療機関で食物アレルギー治療の臨床研究に参加した子どもが一時心肺停止になった問題に関連し、全国でほかの子ども8人も治療や検査で重い症状が出ていたことが19日、わかった。2017年11月19日 朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASKCM6FX9KCMUBQU011.html


人にはそれぞれ食物に好き嫌いといった嗜好がある。

どうしても酒が飲めない、なになにが食べられないという人はわりと多いものである。

若いとき友人の屈強な武道家に無理にビールを飲ませたら、一口飲んだら顔が真っ赤になってそのままぶっ倒れてしまい驚いたことがある。

友人は外見とは違って、アルコールをまったく受け付けなかったのである。

そのように苦手な食品があるとか、ただ嫌いというだけなら話はわかるが、それらに近づくのも恐ろしいとなると話は変わってくる。

もちろんあの「饅頭怖い」の類の話ではないのであるが、世の中には本当にアンコが嫌い、一口も食べられないという人もいるわけだからここらは奥が深いところである。

これに関していくつか江戸時代の奇談を集めてみた。


 
man.jpg 




享保年間のことである。

御先手を勤めていた鈴木伊兵衛という人はどうしたことか百合の花が無性に嫌いであった。

あるとき茶会で仲間が四五人集まった席で、吸い物が出て皆が箸をとったのに伊兵衛だけが不快そうな顔をして落ち着かない様子であった。

いかにも機嫌が悪そうにみえ箸も取らない。

皆が一体どうしたのかと聞くと、「もしかしてこの吸い物に百合の根でもはいっているのではないか」という。

「いや貴殿が百合が嫌いなことは以前から知っていることだから、そのような無礼なことはしない」と、主人が言う。

そうこうしているうちに同席している一座のなかの膳に、なんと百合の絵が描かれているのがあったのである。

これには皆驚いてしまった。

すぐにこの膳を下げて取り替えてもらったところ、伊兵衛は元のように元気になったというのである。


次は鍼師山本東作の伝える話である。

土屋能登守(土浦城主・九万五千石)の家来に樋口小学という医師がいたが、この人は非常に鼠が嫌いであった。

あるとき同僚達で一緒に食事をすることになり、彼もこの席に招かれた。

ところがこのとき彼だけが少し遅れて来ることになったのであるが、皆で「以前から 鼠嫌いとは聞いているが、いかにも妙である。本当かどうか一つためしてみようではないか」、ということになった。

そこで鼠の死骸を持ってきて小学が座る席の畳の下に隠しておいて、そ知らぬ顔して待っいることにしたのである。

しばらくして小学がやってきたのでその席に座らせ、膳も出させた。

すると小学は急に顔色が悪くなり、全身から汗を流していかにも苦しそうな素振りである。

「どうしたのだ」、と皆が声をかけるがそれに答えることもできないほど弱りきった様子である。

いまさら鼠を隠していることなど言えば果たし合いになるやもしれず、皆はそのことには口に出せないまま交互に介抱するより他になかった。

小学が帰宅したいというので人を付けて送っていったが、後から聞いてみると、宿に帰って後はすっかり回復して何のこともなかったということであった──。(以上『耳袋』より)


二つの事例によれば、嫌いな物は恐ろしいほど徹底して嫌いなのである。

ではこのような状況を強いられた者が、極限までいくとどうなってしまうのか。

これについても江戸時代の記録が残されているので紹介しょう。

元禄時代の尾張藩の御畳奉行が書き残した日記に次のようなものがあった。

元禄七年の出来である。

ある男がどうしたことか、焼き味噌を極端に恐れるということで城下で噂になっていた。

それを聞いた藩主源敬公(初代義直)は、この男を直に試してみようと酒宴に呼び寄せ焼き味噌を肴に杯をたまわった。

公は例の男に声をかけられ、その焼き味噌を手ずから下されたのである。

男は焼き味噌を恐れながらも公の御前で逃げることもできないまま、仕方無く手を差し出し頂戴した。

だがその途端、いきなりその手が強直してしまい引くことも曲げることも出来なくなってしまったのである。

この事態に驚いた公は直ちに男を次の間に引き下がらせ、掌の焼き味噌を捨てさせるという騒ぎとなった。

ところがその後、この男の掌には赤黒く味噌の痕が醜く残り、次第にその部分から腐りはじめてやがて死んだというのである。──

このように過去の記録としては残ってはいるが、厳密な意味での因果関係は分からないところではあろう。

こうした事例をみてどう考えるかである。

普通であれば何のこともない無いものが、特定の人にとっては体に害をなすという事態である。

ある種のアレルギー症とみるか、ショック状態があるところをみればアナフィラキシー・ショックというべきか。

いや、何らかの恐怖心からくるのであるのなら心因性、精神性の過剰反応というふうに片づけてしまうというのが西洋医学に近い考えというところであろうか。

むしろすっぱりと、このような現象は「電磁波過敏症」同様に西洋医学の範疇に入らぬと言い切るのが正論であろう。

イレギュラーな情報は削除しても支障はあるまい。

では東洋医学的にみて、こうした現象が説明できるのであろうか。

実は中国医学にはこのような現象を逆に応用した伝統的な治療手法がある。

古代から実践されていた握薬(敷掌心法)というのがそれである。

薬味を手掌にのせるだけ、あるいは握らせるだけで薬(の気)が身体に作用し、治療としての効力を発揮するというものである。

このような治療に関しては、古くは中国の葛洪(二八三〜三六三)や呉尚先(一八〇六〜一 八八六)の医学書にも記述があることが知られている。

具体的に例を上げてみよう。

16世紀末に李時珍の著した『本草綱目』の石燕(化石の一種)に関する記述によると、これは通常には痔や下痢に効能があるとされるのだが、最も注目すべき用法は雌雄があるとされる石燕各一片づつを、陣痛に苦しむ妊婦の両手に握らせた時に顕れるという。

なんと、それだけで妊婦が苦痛から解放されるというのであるから面白い。

すでては「気」のレベルの話である。

これが本当に事実かどうかは試していないので何ともいえないが、ここから拡大解釈したにしても、実際に石燕に薬気なるものがあるか、いや膳に描かれた百合の絵に気があるか、さらに鼠の死骸や焼き味噌に気があるのかといわれれば、これ以上は私としても答えようがないわけである。

何かの気が出ているとするならば、それがある人にとっては薬気となり一方では邪気となるわけだし、あるいは気ではなくて何かの波動・信号波・微粒子が身体に対して作用しているとこじつけたにしても、もちろんこれではすぐさま科学的な答えとはなりえない。

しかしとにもかくにも、この動植物や薬気に感応し反応する現象、要するに抗原抗体反応を想起させるような人体の未知の部分には少なからず興味が湧くわけである。


余談であるが、かって「文化ゴリラ」とまでいわれ自ら肉体を鍛え上げた作家の三島由紀夫は意外にも海産物の蟹を極度に恐れたということである。

「蟹」の姿そのものはもちろんのこと、蟹という字形さえも見るのを嫌って逃げたという。

当方は小豆でつくった「あんこ」が、大好きである。

ところが親族に「あんこ」の類いがまったく食べられないという者がいる。

この極端な取り合わせが可笑しくてたまらない。













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posted by モモちゃん at 08:37| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

筑後柳川の掘り割り風景を見る・廃市

水郷柳河と掘り割りの風景

柳川は水郷ともいわれるように、街中を縦横に掘割が走っている。

柳川は戦国時代の蒲池氏の城下 (柳河城)として、安土桃山時代は田中吉政が入府し、さらに江戸時代には立花宗茂の柳河藩13万石の城下町として発展してきた歴史がある。

こうした掘割は歴代の領主による治水工事でここまで整備されたもので、江戸時代当時とほぼ変わらない水路をいまも随所に残している。

だから城下周辺の水路沿いの人家や寺社は、かっての古地図と変わらぬ位置にあることになる。

それが独特の風情ということになる。



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もともとこの土地が有明海にも近く低湿地帯であったことで、その排水路を掘割の整備によって改善したのである。

水路の間に町があり、町の間にいくつもの水路が流れている。



RIMG1252



























だから掘割には各所に水門が設けられていて、その水位を調節できるようになっている。



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多くの掘割は、かっては運河として貨物の輸送にも活用されたし、その水は住民の生活用水としても使われていた。



RIMG1262
























掘り割りも整備されて、見た目にもひなびた観光地にみえる。

柳川といえば、現在ではもっぱら観光川下りとして有名である。








RIMG1261



























江戸時代も掘割の両側にはたくさんの商家か並んでいた。

掘割に隣接しているから、重い荷駄も船を使って運び込めたのでその積み下ろしには至極便利であった。







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こうした街の佇まいのなかに、詩人北原白秋の生家が残されている。





RIMG1266




























北原白秋生家とその記念館が並んでいる。










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むかしの面影を残した造り酒屋の様子が伺える。






RIMG1265



























夕方の白秋生家記念館の庭には、大きな晩白柚が実っていた。







RIMG1268



























掘り割りに面して、各家々には水くみ場が設けられている。

かっての武家屋敷には、こうした掘割からの石段の上り口が設けられていた。

そこから小舟に乗ることも出来たし、婚礼の時は道路を使わずにこうした船着き場からそのまま花嫁の輿入れが行われていた。


柳川ではいまでもそうした伝統が残されている。








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柳河は福永武彦の小説『廃市』(はいし)の舞台となったことで知られるが、その小説を原作にした大林宣彦監督の映画も1984年に公開された。

壮絶な男女の情念が絡んだ恋愛と葛藤とを描いた原作小説も読んでいたし映画も見た記憶がある。

その映画作品はかっての風情ある柳河の自然が美しく映し出されていただけでなく、小説の世界が見事に再現されていたように思う。





「廃市」 The Deserted City (1984) Trailer 予告編  











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2017年10月02日

川柳で笑って学び直す江戸文化!

いつの世も腎張が幅を効かす!


「精力」という言葉があるが、これは如何にも東洋医学的意味相が強い。

さらに武道の世界では「精力善用」という、己の行動哲学ともいうべき明確な教えがある。

精力を発散するにも心して善用しなければ、欲望のままではそれこそあらぬ方向に突っ走ってしまうことになる。

その結果、身を損じ、大恥をかき、世間を騒がせ顔向けできぬ事態をも招きかねないわけだ。

ならば、いったいその精力の実体とは何なのか?

「精力善用」とて、根底には東洋的な思想としての節度ある君子の道が示されているわけであるが、それはむしろ表面的な事象に過ぎないのだ。

というのは健康面でみたときの相対的な体力というか、それこそ全体的観点から評価される精神的肉体的活力を指しているからである。

さらにそのなかには当然のことであるが、性的能力に繋がる意味も含まれていることを忘れてはならない。

同様の話をするのに共通の言語認識がないと、当然のことであるが相手に話がまったく通じないことがある。

職業であれば共通の業界用語というのがあるが、これなどは部外者にはさっぱり分からないものである。

ここではそうした言葉の古典的意味合いをまず始めに紹介しておきたいと思う。


「命知らずとよし言はば言へ 君故に腎虚せんこと望みなれ」(新撰筑波集・恋の都) −−

西洋の医学が入ってくるまでは大陸から伝播した中国医学がもっぱら行われていた。

いろいろな病気や症状もすべてがそうした東洋医学的な説明がされていたことになる。

体に具わっている免疫力や基礎的エネルギーは[気]の働きによるものだとされていた。

しかもこうした生命エネルギーそのものは目には捉えられないが、その根源は五臓六腑の腎にあると考えられていたわけで、腎はそれだけ重要な働きをする臓器であるとの認識があったことになる。

そもそも人体の生命エネルギーは、両親から生前先天的にもたらされる先天の元気と、呼吸や食物の摂取によって得られる後天の元気があるのだという。

これらが合わさって誕生後の生命活動が維持されているのだという自然哲学的な考え方である。

当然この生命エネルギー自体には大きな個体差、個人差がある。

体力的に強靱な者もおれば、腺病質で虚弱な者もいるといった具相で、体質、体格にも格差が出てくることになる。

そこから体力がある者を腎張といい、体力がなく消耗した状態の者を腎虚といった。

腎張は精力絶倫ということで通常は男性を指していったのだが、もちろん女性の場合も同様に扱われた。

もとは医学専門用語であったのだが、一般に使われ出したのは江戸時代も後半になってからである。

漢方医学で腎虚証といえば、痩せた老人によくみられるということであるが、最近は冷え性の自覚症状がある若い女性や低体温の子供などもこれに該当するようである。

若年層にそういう傾向が出てきたということは、現代生活や食生活に原因の一端はある かも知れない。

中国の中医学でも腎陰、腎陽それぞれに虚証の認識があるし、それぞれに対応した薬剤の処方もある。

そもそもこの腎虚なる言葉がわが国で使われだしたのは、いつのことであったのか考えてみた。

少なくとも「医心方」が編纂された頃には、当時の貴族社会にはその認識は充分に浸透 していたであろう。

そういえば若い頃、南原幹雄の時代小説「天平の写経師」というのを読んだことがあったが、その中に 特に印象深い部分があった。

写経といっても、大抵は中国伝来の文献類が写経師によって筆写されていた。

あるとき一人の写経師が渡来文献を書き写している際に、偶然房内に関連した貴重な文献に遭遇する。

それには腎虚、腎陽を補う処方が記載されていた。

写経師らはこの貴重な医術情報に大喜びするのであるが、その処方の内容をみて悲鳴に近い 落胆の声を上げる。

何故ならば、ほとんどの薬剤が彼らには到底入手する術もない高価な物ばかりであったからである。

それらの薬剤が値のはるものであれば、たとえそれらを使った処方を知ったところで彼らにはどうすることもできないではないか。

結局これらの処方は朝廷内の高位の貴族階級が独り占めしてしまう医療情報でしかなかった。

安い労賃でその日暮らしに違いない彼らのこの落胆ぶりに、貧乏学生であった当時の私は一種の共感を覚えた記憶がある。

同じ頃読んだ池波正太郎の時代小説「鬼平犯科帳」にも、女盗賊に囲われた若い男の腎虚が巧みに描写されていた。

それこそ江戸時代になると腎虚そのものは掃いて捨てるほど巷に転がっていたようである。

その薬腎虚させ手が煎じてる

当時の川柳をみると一般庶民に広く知られた腎虚の薬というものがあったようである。 

それはどんな薬かといえば、同じ川柳に「地黄丸女(房)がほめる薬なり」とあるから、 これはどうやら腎陰虚や腎陽虚に使われる六味地黄丸とか八味地黄丸あたりの強精剤を指 しているということが判明する。

川柳が教えるあたりは粋なものである。

しかも関連するのは一つや二つではない。

「地黄はやりて天下泰平」

「雌鶏すすめて玉子湯で地黄丸」

「六味丸焼石に水の打つような」

「六味丸買いに女房の細い腰」

とにかく笑ってしまう。


さらに「ああ少ないかな腎と地黄丸」という面白いものもある。 この川柳は論語の「巧言令色鮮ないかな仁」を教養高くもじったものである。

さらに「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ」にかけて、「三十で地黄のあうは知れた事」、 「地黄と聞いて笑う三十」というのもある。

また「六味丸拵えている納所坊」とあるから、お寺の和尚さんにもそこそこ需要があったということらしい。

江戸時代、「腎虚」の反対の状態を「腎張り」と言った。それこそもてもての状況であろうか。

腎張りはおっとせい程つれ歩き











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ラベル:腎張
posted by モモちゃん at 09:43| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

世界で通用する日本の癒やし整体手技

従来の柔道整復師や腕のある理学療法士さえもが整体師として独立開業するケースが多くなりました
整体院・アロマ・癒しサロン開業マニュアル

ビジネス・スキルアップ情報サイト
何故健康サロン、癒し整体はインターネットと相性がいいのか?

むしろ整体・癒しサロンは地方の田舎でこそ開業のチャンスがあります!

整体院開業に、学歴や年齢、性別、国籍に関係なく就業可能です。
どなたでも自由に癒し整体業(医業類似行為)・リラクセーションの職業につけます。

どなたでも就業に対する熱意とその
スキル(skill)
さえあれば確かなビジネスチャンスがあります。

@整体業には公的免許は必要ではありません。当然、薬物の取り扱い、病気の診断、手術、治療など医師法に触れる行為は禁止されています。

A健康を害する行為を行わなければ憲法で保障された職業選択の自由として、癒し整体の療術を業とすることが出来ます。

B整体は伝統的な民間療法の一つです。法律の範囲内での健康法を業として施すことは違法ではありません。

C癒しやリラクセーションなど、広告や看板設置も業務の内容について法律の範囲内で自由にできます。


こうした療術業については、「いわゆる無届医業類似行為業に関する最高裁判所の判決について」(昭和35年3月30日)に基づき、昭和36年6月に行われた「衆議院社会労働委員会の徒手技術(療術)行為の審議に対する厚生省 (現・厚生労働省)の意見要旨」でも示されています。

業務に必要な施術面でのスキルを磨くことはもとより、親切丁寧な接客に必要な社会性のあるコミュニケーションセンスを身につけることが出来れば誰でも整体師になれます。これこそが最大のポイントです。
資格や設備についての法的規制がないこともあって、多くの場合初期投資も小額で開業可能です。

場合によっては施術スペースだけ用意すればいいわけで、高額な機械器具などは特別必要ありません。

ご存知ですか、この業界は国籍さえもまったく関係ないのです。
手っ取り早く仕事が出来る分野ということで外国人でさえ進出できる新しい業態なのです。

しかもネット環境さえあれば専門的情報も簡単に入手できるのです。
不況にも強く定年もありませんので、女性であっても一生涯に渡って独立して自由に癒しやリラクゼーション分野の仕事が続けられます。

初期投資が押さえられることから、今後も多くのヘルス関連企業や大手の美容サロンが進出してきます。

何故なら癒しやリラクゼーションの分野の潜在的需要は、世界中で増え続けているからなのです。






ただし癒し整体・療術の範囲を厳守すること

個人でも多少の適性は考慮すべきです。
日ごろから癒しや健康情報に関心がある方、接客が得意な方、話題が豊富で人との会話が苦痛ではない方、武道やスポーツ、介護などの経験がある方、インターネットを使って市場調査や情報の発信が出来る方、マーケティングやセールスの接客センスがある方などはより適性があって有利です。

これが、まず癒し整体業に従事する上での重要なスキルになり得ます。

ただ看板だけを挙げてじっと待っていれば顧客が自然に集まるというものではありません。

整体や癒し健康サロンなどの広告に関して、現在インターネット分野は規制がほとんどされていません。

法律で規定された業種は必ずその業務範囲と広告の規制とが課せられますが、規制のない業態にはそうした部分の拘束がないわけです。

そこでは業態としての自由な広告表現ができるわけで、営業活動はやり易いことがまず第一に挙げられるわけです。

しかし当然のことですが、癒し整体や療術の範囲から逸脱すると規制の対象となります。

当然のことですが、病気治療などの医師法や薬事法などの法律に抵触する広告は規制されます。

もとより逸脱した違反広告は厳しく罰せられるべきものなのです。

広告や集客手法に関していえることは、現代のインターネットそのものは不可欠の宣伝媒体となるということです。

始めは口コミでスタート出来ても、継続的に集客していくにはインターネットを使ったセールスメニューが当然必要です。

まわりにある整体院やアロマサロンを見てみてください。
そこにいかに巧みなイメージ戦略がネット上で展開されているかを観察してみてください。

整体そのものは、ファッションや美容の業界にも似た美意識に訴えるイメージ戦略がもっとも発揮できる業態ですので、女性にはより有望な職種となりうるのです。

最低限、インターネットを利用した広告媒体だけは用意する必要があります。

開業資金の都合で立地条件がよくない自宅開業を選択した場合などは、特にそうしたネット広告の初期投資が盛業を目指すための重要な必須ポイントとなります。

まず業務範囲のリスク対策をしておくことが重要です!

職業である以上、就業中のリスクはあります。

社会的規範、関連法規等は当然のこと、社会生活として人との接触が頻繁であればいろいろなトラブルも生じるわけですからそれらは常識の範囲として個別に対処すべきことです。

ここでいう就業リスクとは、癒し整体業や療術業でのリスクやトラブルそのものは必須の事項として事前にリスク管理として考慮しておくべきだということです。

まず手始めとして、自賠責の保険に加入があげられます。

癒し整体業や療術業を対象とした専門の「賠償保険」がありますので、可能な限りこれを利用しておくべきです。



開業に関係する法律は絶対に見落とせない!
整体業や健康癒しサロン開業は自由であっても、やはりそこには直接関係してくる法律があります。
何が出来て何が規制されているのかの判断基準はこれらの関連法規に従うべきなのです。
こうした知識無しの安易な受け売りだけで業務は継続できないことを理解しておかなくてはなりません。

整体師ー整体院開業整体師、整体院に関連する法規の解説







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posted by モモちゃん at 06:57| 江戸時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

忘れられた歴史的語彙・武士の意地とは何か?

森鴎外武士の意地が描かれている作品


森鴎外の短編小説に『阿部一族』という作品がある。

江戸時代初期に肥後藩で起きた殉死に関わる事件を題材にしもので、家中の重職であった阿部一族が上意討ちに至る経緯が歴史小説として、大正2年(1913年)1月に『中央公論』誌上に発表された。

その事件の発端は、寛永18年(1641年)肥後藩主細川忠利の病状が悪化し、側近たちは次々と殉死を願い出て許されたのであるが、老臣の阿部弥一右衛門も同様に殉死の許可を乞うが、主君忠利は「生きて新藩主を助けよ」と遺言し、忠利は死去する。

主君の許可なく腹を切ったのでは犬死だと、弥一右衛門は考えていた。

旧臣たちが次々と殉死していく中で弥一右衛門は、殉死できぬまま従来どおり勤務していたが、周囲からは彼が命を惜しんでいるという陰口を耳にしたことで、息子ら一族を集め彼らの面前で切腹を遂げる。

しかし主君の遺命に背いたことが問題となり、阿部家は藩から殉死者の遺族として扱われず、逆に家格を落とす処分を受けることとなる。

鬱憤をつのらせた弥一右衛門の嫡子・権兵衛は、忠利の一周忌法要の場で髻を切ったことで非礼を咎められ、捕縛され罪人同様に縛り首となる。

藩から一族への度重なる恥辱によって彼ら一族は家中での武士としての面目を失い、追い詰められたことで、次男の弥五兵衛はじめ兄弟は覚悟を決して屋敷に立てこもる。

そしてついには藩のさし向けた討手を相手に壮絶な死闘を展開し、阿部一族は全滅する。

阿部一族の武士としての意地が鮮烈に描かれている作品である。


ここで初めて熊谷久虎監督の戦前の映画作品「阿部一族(1938)」を観た。

この作品は、森鴎外の作品を忠実に描き切っているように思えた。






阿部一族(1938)/熊谷久虎













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