2020年03月16日

歴史書に散見される高額報酬の話し

報酬に対する考え方を考える

江戸時代の一両小判の価値とは、一体どのくらいのものであったのであろうか?

当時は幕府によって米一石が一両と一応決められていたが、相場による変動が度々あった。

いわゆる米価がすべての物価の基準であった。

米価によって実質的な経済力が判別されたことになる。

そして、この米の価格から一両小判を現代の円に換算すると幾らに相当するかということがよく話題になる。

これには諸説があって三万円代から四万、六万、八万、十六万、高いところでは三十万というのがある。ここらは意外といい加減である。

貧しい生活で黄金色に輝く小判そのものを目にしたことのないような階層も、たしかに存在した時代であった。

しかし当時一両ものカネがあれば、4人家族が1ヶ月間ゆったりと暮らせる貨幣価値があったのだとも言う。

すごい大金である。

一家がゆったりと暮らせる額だとなると、感覚的に果たして1月の生活費はいくらあればいいのだろうか?

小判がありがたがられる所以である。


下級武士の生活で考えてみよう。

家禄が百石取りの武士の場合、四公六民で四十石がその取り分となる。

ここで俸禄が百石といっても、お上からまるまる百石分をもらえるわけではない。

通常は米を白米にするのにここで五石のつき減りがあり、実質三十五石が手取りということになる。

現代のサラリーマンが、源泉徴収であれこれその給料から差し引かれるのと同じ感覚であろうか。 

当時も俸禄全部が手取りではないのは確かである。

このうち自家用に消費するのが十一石あまりで、 残り二十四石をどうにか換金することができる。

ここで十一石というのも平均的な消費量と云うことになる。

最終的には残りの二十四石分が、その家の実質的な年間可処分所得ということになる。

エンゲル係数はそこそこであった。

昔の人は、その総カロリーの多くをもっぱら米食から摂っていたわけで、それだけ一家の米の消費量が多くなるし、その他の野菜類も大抵自家栽培であった。

敷地内や庭の端っこで野菜は家庭栽培と云うことになる。

家禄だけでは生活が苦しいこともあってお内儀はそれぞれ内職や副業でやりくりしていたわけで、出来るだけ生活費は切り詰めるためのそうした工夫がまさしく生活の知恵でもあった。

さらにさらに、ここで一石=一両=八万円で計算すると一九二万円、 これが百石取りの一年間のその他の生活費となるわけで、当時の消費生活がいくらか窺えるというものである。



ただし表向き家禄が少ない武士といえども、バイト収入が多い特別な階層もあった。

実質的な既得権益を有する武士であり、いまでいうところの実力派特権階級ということになる。

たとえば生え抜きのエリートである奥医師となると俸禄が二百石の知行であっても、年間四千両(約三億二千万円)のバイト副収入があったという。

この役得は凄いことになる。

しかも自分の家があっても、別に役宅として立派な屋敷も用意されるわけだから、住居費はまったく掛からない。

まさにこれこそが特権階級ということになる。

家族は役宅に住んで、自宅は別に借家にすれば賃貸料収入(不動産所得)までもが得られる。

ここらは歴史教科書では一言も触れられないことであるが、将軍の御脈をとる御匙医師ともなると大変な格式があって、大名が診てもらうと盆暮に千両箱が届けられるのが通例であった。

時代劇では盗賊が奪った千両箱を肩に担いで走る場面があるが、実際の千両箱はそんなに軽くはなかった。

少なくとも30キロ前後はあるはずであるから、運ぶには舟か荷馬車は必要であったであろう。

医師の役宅に千両箱が届けられるときは、運び込むのに確か専用籠が使われたようである。

このように奥医師の場合は知行に加えて足高やアルバイト収入(雑所得)に税金は一切かからず、生活自体は裕福この上なかったわけである。

富裕層の最たる者といえよう。

当時の医者の中には巨富を元手に高利貸でさらに資産を増やし、金融業で名を成した者もいたという次第であった。

専業だけではなく、貸付金融業や借家賃貸不動産業といった多業種事業展開でさらに懐を肥やしたのである。

江戸時代の医療費はというと、安政度で診察料が銀十五匁から三十匁(約一万五千円)、往診料は初度に二十二匁五分、その後は一度毎に十五匁という相場であったが、さらにこうした医療費とは別に往診料が加わるわけで、一里内外は三十匁、二里は六十匁、二里半は二両、三里以上は五両(約十五万円)、おまけに二里以上は駕籠の往来であれば、 さらに往診療に追加されて駕籠賃、弁当代までも病家が出すというものであった。

薬代はというと、七日分が銀三十匁、三日分が十五匁であるが、宵越しの金など持たない庶民はそう簡単に医者には掛かれなかったのである。

そうなると自然と手軽な鍼灸療法ということになる。灸は京阪とも二十四文(約144円相当) ですえられた。


按摩代は子供の按摩の揉み代、上下揉んで二十四文。大人の按摩は上下揉みは四十八文であったのだ。

現代でいえば、お手軽クイック整体というところである。

もちろんこれが相場であるから、世間にはこれより高い料金を取った者もいたであろうし、割り引いた場合もあったろう。

これを酒の価格と比較すると生活実感としてよく分かる。

安政の時代では、上酒一升が三百四十文から四百文(約二千四百円)のあいだであったという。『守貞漫稿』

ただし当時には、今のように酒に割高な税金は掛けられてはいなかった。


二千年前のハムラビ法典には骨折を治癒させた医師には銀貨を支払う規定があったように、医療に対する報酬は昔から明確に保証されていた。

それに値する特殊技能として当時も認知されていたことになる。

古代中国の戦国時代には疽(悪性の腫れ物)は血膿を口で吸い出すのが常法であり、信じられないかもしれないが痔の治療では医師が舌で直接患部を嘗めて治していた。

古い記録にそうあるのだから、何とも言いようがない。

このことを知った時は、大いに驚いたものである。

秦王は腫れ物を吸う医師には車一台、痔を嘗めれば五台を与えるという具合に汚い病ほど報酬を多くしていたことが古典籍の『荘子』にしっかりと記録されている。

当時の車一台といっても現在と価値自体は大差ないとは云えるだろうが、報酬が高額だったという感覚だけは多少は感じられよう。

ただしこれが普通車なのか、ベンツ並みの高級車なのかは判然とはしない。

とにかく古代の治療代はべらぼうに高額であった。

確か大夫簡子を診た名医の扁鵲はその報酬として四万畝の広大な田地を賜ったということが『 史記』に書かれているが、貧乏人には到底まねのできないところである。(古代中国の周代の一畝 は1.82アール)

東京ドーム何十個分なのかはご自分で計算してください。

何でこのような事を書きだしたかというと、医療に対する報酬について歴史的事実に基づいて突っ込んでみ たかったからである。

実は意外なことであるが、洋の東西を問わず古来医者を卑しむことが多かった。

『論語』に「人にして恆なくんば以て巫医をも作すべからず」とあるし、『列子』には「乞児・馬医と雖も敢えて侮らず」とある。

古代において、医者は卑しい職業と見られていたということは意外であろう。

二千年前のインドのマヌの法典には「高利貸しの食物は糞のように忌まわしい。医者の食物は血膿のように汚らしい」と、その報酬に対する貪欲さを卑しめて揶揄している。

ようするに昔の医者は巫、乞食、高利貸しと並称される存在であったというわけである。

東西にわたって同じような評価がされていることが興味深いところである。

医術は君子が個々に身に付ける一種の素養と考えられた時代があって、それは身過ぎ(生活のための稼ぎ)のための職業的技術とするのではなくて、自分の両親や一族に病人が出た時に適宜対応する手段として必要視されたのであった。

ここらの古代の医術のあり方というもののニュアンスは非常に分かりにくいところである。

身分の高いものから見れば、そこには医療行為によって専ら報酬を得るという職業的概念がなかったともとれる。

逆にいえば、巷には医療行為を行って多額の報酬を得る医者も当然いたということである。

さらには医術を専門とする者(医者)も現れていたということである。

ただし、概して医者の身分はどこまでも工人(職人)扱いであって、報酬を得る以上卑しい行為とみられていた。

江戸時代の『近世風俗見聞集』に具体的に紹介されている当時の医師や医療の記述をみると、ここらの事情や背景はおおよその見当がつく。

「官医以下、町医者・国々の医師も驕慢に構へ、療治の道に鍛練を尽くさず、只形姿 を立派にのみ拵え、利欲を稼ぐに精根を尽くすなり」、「本人はもとより家従までも不 行跡を尽くし、医道の玄妙至らざる故、親切の情さらになく、表向きのみ飾りさも良医の体に見せて人をだますなり」、「人を助くる心を失ひ、いささかも病人の為を弁えず、 兎角療治の功を争ひ──或いは売薬を競ひ、その上、山医者などいえるもの出来て、後々病者の身の害となる事も厭はず、眼前即効の奇薬を与え、或いは禁穴をも構はずして 灸を点じ、一時の験気を発せしめて人を服さしめ──当世は山医者・売薬人多く出来て、世を費やし、また天命を縮むるもの多し」等々、当時の医者や医療に対する憤懣がうんざりするほど書き連ねてある。

だから、概して廉潔の士は医業(職人)に就かなかった。

この知識人らの当時の感覚は非常に面白いところである。

もともと本来が医を業とする者は金 銭に執着して汚く、金ずくめだからこそ血膿をすすったり尻を嘗めるのだといった侮蔑の意識の方が強かったのである。

しかも貧乏人からもなけなしの金銭を容赦なく取り立てていくそうした根性を嫌ったのであり、そのいかがわしさ、貪欲さを当時の文化人は許容できなかったのである。

当時は社会的な医療とか福祉とか衛生事業とかいう概念が無かったともいえる。

それは医術の暗黒時代であったともいえるし、医道の確立される淘汰の時代だったとも言えるわけである。

しかし医道というものが、それまで蔑ろにされていたということではない。

西洋ではヒポクラテスの時代にも、医道についてすでにその理念について言及され医学の根幹として認識されていた。

Hippocrates_rubens.jpg




そうした倫理観については、古代中国の医学書『黄帝内径』にも張仲景の『傷寒論』自序にも、さらには唐の時代の孫思邈の医学書においても医道に関しては明確な姿勢を示している。

我が国においては丹波康頼の『医心方』の冒頭に「太医病を治するに無欲無求、大慈惻隠の心に発すべし」と、唐時代の孫思邈の仁術の教えを忠実に伝えようとしている。

天下万民に対する仁術であり、憐みの心である。

こうみると結局、医道と医術、仁術と医学とはそれぞれ分離した存在、あるいは分離されやすい存在であったということであろうか。

早い話、医術に対して仁術が正道としても、他に算術、忍術、魔術といった諸々の選択肢があったということになる。

ここで報酬に執着しなかった中国唐時代の名医孫思邈の仁術について書いてみよう。

孫思邈は唐時代の非凡な医師であるが、「人の命は千金に代えがたい」として、中国 に古代から伝わる医薬、鍼灸を実験と経験によって集大成し、『備急千金要方』三十巻三十三冊を撰したことで知られている。

現代中国でも歴史上の名医を問われれば、名医としてまず孫思邈の名前が必ず出てくる。

彼は仁術を身を以て実践したというが、貧乏な者からは治療代を取らず、遠くの病人でもロバに薬袋をぶら下げて自ら往診し、深夜といえども親切に診療し重病人は自宅で丁寧に看護した。

彼の名声は巷に広がり、彼の医療の恩恵を受けた貧しい人々は、彼の家の周りに杏の種を治療のお礼に埋めていったという。

長年の間にこれらの杏の木が育ち、後に見事な杏林となったという。

何故、貧しい患者たちは杏の種を植えていくのか、これには前例となる有名な出典があったからである。

中国の古典籍『神仙伝』にあるが、董奉が人の病を治しても報酬を受け取らず、治った者には杏を記念に植えさせたので何年か後には立派な林を成したという故事に孫思邈の患者も同じようにならったのである。

つまり「杏林」とは、仁術を施す名医にふさわしい異称だったのである。

しかしながら、この事実に対して当時の文化人は意外にも冷やかな目で見ていたのである。

いわゆる古代から続く医者へ向けられた偏見そのものであった。

一方では孫思邈自身も文章博士であり当時の第一級の文化人であったが、日常的に医を業としたので、いわゆる身分上は方技を行う職人(工)としてしか周囲からはみられなかったのである。

それほどに古代の身分制度は厳しいものであった。

これらすべては昔のことであるから、世情や価値観がいくら違っていても少しもおかしくはないわけであるが、時代の流れと平行した一つの歴史的変遷として医療に対する報酬を考えてみるのも、ここでは文化的・史料的価値はあろうというものである。

まあ現在の日本の世情からいけばなるべく高価な薬がいかにも効きそうに思えるし、高い治療費を請求された方がより良い医療サービスを受けているように錯覚してしまうときもあるわけである。

やはり医療サービスの多くは、すべて経済的価値観そのものが実質的に支えていることに違いはあるまい。

結局のところ、最高のサービスというものにはそれなりのコストが要求されるということである。

医療が無料にならない限りそこには表向きの貧富の格差だけではなくて、さらには特権階級との対応差というものも当然出てくる。

これは歴史的に見ても致し方のないところではあろう。















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2020年01月04日

アンチエージングに生涯を掛けた漢方医

人の老化現象は遅らせることが出来る!

中国医学から生まれた薬ががんに効く可能性
2018/12/28
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181228-00010002-nknatiogeo-sctch

人の寿命に「上限」あり、オランダ研究チーム2017年9月1日
発信地:ハーグ/オランダ
http://www.afpbb.com/articles/-/3141236




この研究に先立つ1年前、2016年のAFP=時事 10月6日付けで、人の寿命の「上限」を発見したとする研究論文が発表された。

米アルバート・アインシュタイン医科大学(Albert Einstein College of Medicine)の研究チームは、世界40か国以上の人口統計データを詳細に調べ、長年続いた最高寿命の上昇が1990年代にすでにその終点に「到達」していたとし、最高寿命の上昇は1997年頃には横ばい状態に達していたという結果に至ったということである。

その1997年という年は、奇しくもフランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなった年でもあった。


論文の共同執筆者で、アルバート・アインシュタイン医科大のブランドン・ミルホランド(Brandon Milholland)氏は、AFPの取材に「それ以降は、世界最年長者が115歳前後という傾向が続いている」と指摘している。


要するに現代西洋医科学の研究データーによれば、人間の寿命は120歳辺りが上限であるとするのがどうやら定説ということになりそうである。

ここまではいわゆる西欧圏の定説・科学的常識ということになる。


これが中国文化圏ともなると、これとはまったく違ったものの見方、考え方がなされる。

ご存じのように中国文化圏には営々と継承されてきた中国医学大系があるが、その中には養生医学、老人医学という特別な分野がある。

それは病気の治療と同時に、本来は人の延命長寿という考え方も古代から重要視されてきていたからである。

しかもそこでは西欧圏とは異なる伝統的な独自の生命観、健康観というものが歴史的背景をベースにして、次々と提示されてくるところが実に面白い。

長寿に関していうなら、ここでも数千年に及ぶ歴史的遺産がある。

そしてその中国文化圏でもっとも長生きした人物といえば、まず李清雲(Li Qing Yun / リ・チンユン)という名前がその筆頭に挙げられる。

歴史に足跡を残した彼は何と256歳まで長生きしたといわれ、現代でもそう信じられている伝説的人物である。


中国の成都大学の胡忠謙(Wu Chung-chieh)教授が、1930年発刊のニューヨーク・タイムズ紙に1827年に清朝政府が「李青曇」の150歳の誕生日を祝った記念式典の記述を発見した。さらに、1877年には200歳の誕生日を祝っていた事実も判明した。

胡忠謙教授は李清雲の『出生証明』も発見したとされ、そこには出生年が1677年であり、李清雲は1933年、256歳で亡くなったと記録されている。

それが事実であれば李清雲は2世紀半にわたって生き続けたわけで、まさに超人と言えるであろう。

李清雲という人物の画像はネット上でもいくつか確認することができる。


466px-Li_chingYuen


































この画像は西洋から写真術が伝わってきた19世紀当時に撮られたものであろうから、このとき李清雲はすでに200歳を超えていたと思われる。

李清雲は清王朝の9人の歴代皇帝の時代を過ごしたという超人であるが、とにもかくにもにわかには信じられないような驚くべき話ではある。

彼は清王朝初期の優れた漢方医ということでも広く知られているが、一体どのような一生を送ったのか大いに興味がわくところである。


李清雲という人物は中国四川省の医者の家系の出自であったらしく、10歳頃から伝統的な漢方医学を学びはじめ、その後中国各地を遊学しながら優れた師を求めて隈なく歩き回ったという。

李清雲は交通が未発達な時代にありながら、若いときから健脚にまかせて広大な中国の山岳地域を長年歩き回わり、有用な生薬を探し求めた。

実際に李清雲は甘粛省や陝西省、さらにはチベット、安南、西安、満州まで足を延ばし、その都度山林へ分け入って貴重な薬草類を採集してまわったとされ、長年健康を維持し続けたこともあって自らの足で遠くは東南アジア地域にまでその足跡を残したという。

李清雲は生薬の研究者として研鑽をし続け、病気治療に従事しただけではなく、長い年月をかけて免疫力を高め延命効果のある生薬について各地に足を運び探求し続けたとされる。


彼は記録によると壮年期を中心に約40年間にわたって山野で薬草を精査し続け、この間には霊芝、クコ、オタネニンジン、ツルドクダミ、ツボクサを採取し、日常的には米酒だけの質素な食物を摂りつつ、肉食を避けて徹底した菜食主義者として体を慣らし一生涯を過ごした。

さらに李清雲は、中国の伝統的な漢方医学と同時に、研鑽時代に習得した身体の健康増進と延命効果を追求する養生法にもひろく精通するようになり、導引法や気功法の奥義をも極めたとされる。

養生法とは、身体の機能を高め健康を維持するために気を全身に巡らせる特殊な運動法や呼吸法をとりいれた中国発祥の保険医学、予防医学ともいうべき一連の健康保養の体を使った術式である。

中国ではそれぞれの家には詳細な家譜(家系図のような記録文書)が残されているので家系を何代にもわたってたどることが出来るので、李清雲も同様にこれらの家譜が専門家によって調べられている。

記録によると1749年、71歳のときに彼は武術老師として清国の軍隊に入隊して教練に従事しており、私生活では一生の間に、結婚を23回、そして子供を200名以上もうけたという。

当然のことながら、いまでも中国全土に彼の多くの子孫が残っている。

前述したように、記録によると100歳の時(1777年)漢方に精通していたことで、清国政府より公に表彰されただけではなく、200歳の時には一時期大学の教壇にも立って学生を指導した経歴がある。



李清雲先生が人々に示した長寿の秘訣は、「いつも心を穏やかに維持する事。そして、座るときは亀のように、歩くときは気力が溢れる鳩のように、寝るとき犬のように」というものであった。

李清雲先生の存在に当時の中国在住の欧米人も注目したわげで、実際に彼を取材してその実態に驚愕した。

しかし欧米に李清雲先生の存在が知られたのは、残念なことにその最晩年に近い時期であった。

1933年5月の米国の『タイム』誌には李清雲氏の死亡記事が掲載されたが、記事のタイトルは上記の彼の言葉をとって「カメ ・ ハト・ イヌ」だったという。


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李清雲先生はそれまでどのような実生活をしていたのであろうか。

彼は一般人が好むような生活習慣としての喫煙や飲酒を避けたといい、また農夫のように常に早寝早起きをし毎日食事は規則的にとったとされる。

そうなると李清雲先生はありきたりの節制に努めただけとしかみえない。

李清雲先生の場合なにが違っていたのだろうか。

中国医学ではすべての生命活動の根源は五臓六腑のいわゆる内臓器官にあるとされ、内蔵機能の維持健康が最も重要視されるところである。

それだけに健康を維持するには内臓に過度の負担を掛けない生活習慣の堅持が必要になってくる。

内臓機能が正常でなければ、いわゆる人の長寿そのものは到底望めない。

そこには、精緻な精神活動や脳の機能さえも五臓六腑の正常な機能維持によって保たれるという生理観があるからである。

李清雲先生は五臓六腑の健康管理だけでなく、日頃から生薬を巧みに使い免疫力の維持に注力し続けた。

加齢によって身体機能が衰えるだけでなく、急速に免疫力が衰えていくことにどう対処するかを李清雲先生は常に考えていた。

彼の健康観、さらには寿命を極限まで延ばすということではそうした独自の中国医学的な身体観と医療観を持っていたことになる。

実際に李清雲先生自身は、老化とい現象についてどのような捉え方をしていたのだろうか。

身体の老化というものは、李清雲先生からみれば生体そのものが潜在的な疾病状態に陥ったことと同様であって、内臓や身体機能が衰え萎縮しつつ機能が次第に低下し、免疫力も年と共に衰えていくことを意味していたはずである。

老化によってあらゆる生体機能が低下し、身体組織や内臓器官が萎縮してくるし、徐々に、しかも確実にそれらは時間と共に衰退していく。

ましてや重要な脳などの中枢神経や感覚器官自体の老化による退行性の変化にどう対処するのか?

そのバランスをどう保つというのか?


それでも彼からみれば明らかに老化現象は疾病(未病)に見えたはずである。

疾病(未病)であるならば、そこに治療法も予防法もあるというのが李清雲の漢方医としての確固たる考えであったし、そこには中国医学独特の診断技術と病症(証)という病態の捉え方がされていた。

証とは、病気による症状だけではなく、さらには体質や体格、体調までも細かく捉える伝統的な診断法ということができる。

言い換えれば、病気による直接の症状が出る以前の未病(未だ病に至っていない)状態でもその病状の進行度、微細な病態が判別が出来るということになる。

これは症状が出て治療が必要になる以前に、精密検査に数値レベルで引っ掛かる状況に似ている。

しかしながら、この中国医学の未病という捉え方そのものは現代の医療検査とは大いに異なっている。

現代の正常と異状というものの数値データによる捉え方と、中国医学の気のレベルの相対的捉え方とはまったく異質のものと言わざるを得ないし、もとよりそうした情報にしても見方も違えば捉え方も違う。

年を経ることによるすべての身体機能、内蔵機能、精神機能の失調状態は、その証という捉え方に集約されていく。

それらは決してばらばらに存在しているのではなく、一つの傾向を示しうるものであり、一つの範疇に含まれているのだとも云える。

一つ一つの枝葉を辿っていくと、いずれは大きな根幹部分に触れるということである。

そこでは未病の場合もあるし、病気状態である場合もあるわけで、老化現象そのものはことごとく証を見定める上で細大漏らさず補足されてくるという話しである。

面白いことに、それらは現代科学とは全く異なった異質の身体情報と云うことになるわけで、そうした気レベルでのデータで李清雲先生の健康が維持できていたことになる。

結局のところ李清雲先生は、老化とは潜在的疾病状態という中国医学の基本的考え方に従っていたことになる。

身体は老化によって身体組織も細胞レベルでの再生と破壊の様相が変化してくる。

細胞の再生そのものが破壊されていくスピードに追いつかなければ、実質細胞の数が減少しその組織は萎縮していく。

李清雲先生は老化現象に伴う潜在的な疾病状態をしっかりと見据えて、「養生」という手法を自ら的確に講じていったし、それが先生独自の生活習慣でもあった。

怠惰な精神では到底継続することは不可能であったであろうし、それは日々の生活習慣であり、彼独特の菜食や導引吐納をたゆまず実践し続けた。

李清雲先生は伝統的な医療体操を実践し、各種の生薬、薬剤も活用し続けていきながら、その生薬の薬物としての処方にも李清雲先生は膨大な知識を蓄えていった。


李清雲先生は老齢期に至っても内蔵機能は充実していたし、運動においてもその身体機能もほとんど衰えをみせなかったわけで、事実李清雲先生は200歳を超えても耳目の機能はもとより、男性としての性的機能も衰えてはいなかった。

彼は中国各地を遊学する間に伝統的な「養生法」を習得していったことが、彼のそうした長寿延命をさらに助けた。

中国で発祥した「養生法」そのものは、元来不老不死に通じるものとして道教思想と共に広まったものであるが、身体の免疫力を高めると同時に新陳代謝を呼吸によって自在にコントロールし老化に至るエントロピーを極力抑えるという特異な考え方が含まれている。

現在でも中国では太極拳などは根強い人気がある。

李清雲先生は、そうした生体エネルギーである「気」を温存する食生活を長年堅持し、日々体を鍛え養生に努めただけあって、李清雲先生は精神的ストレスに対する捉え方や運動の重要性を長寿に繋がる最重要項目として上げている。

その結果が、李清雲先生の256歳という驚異的長寿をもたらしたということになるが、李清雲先生自身はさらに数百年は寿命が延ばせると真剣に考えていたようであるから驚きである。

老化そのものは、命あるものにとって避けられない不可逆的な生理現象である。

老化自体は止められないが、しかしその老化のスピードを通常より5,6分の1に遅らせることが出来るということを李清雲先生は己の身体で実証してみせたのである。

老化が遅れれば、自ずと寿命も延びるのであって、李清雲先生からみれば現代人をも含めてその老化現象は著しく早すぎるということになるはずなのである。

256歳にも及ぶ人生とは一体どのようなものであろうか。

超人李清雲先生にしかそれはわからないことであるが、李清雲先生は人としてやるべきことはすべてやり尽くしたと言い残している。

おそらく近未来では、中国が生命科学やアンチエイジングの世界的研究拠点として台頭して来るであろうが、李清雲先生の研究成果がそこでは最大限生かされてることになるであろう。  

      









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2020年01月02日

不可思議な古代の治療技術の話し

 人類最古の治療技術とは何か?


2016年8月11日(日本時間12日)、リオ五輪競泳男子200m個人メドレー決勝に出場したマイケル・フェルプス選手(Michael Phelps、米国)は1分54秒66で圧勝した。

マイケル・フェルプス選手は、このとき競泳史上初となる同一種目での五輪4連覇を達成した。

そのとき注目されたのはマイケル・フェルプス選手の記録もであるが、彼の両肩に丸い紫色のキスマークのような痕がみられたことである。

始めて目にする人は驚くであろうが、これは古代中国の時代から行われている「カッピング(吸角法)」と呼ばれる治療法でできたものであり、血行循環の改善や体調を整え体力促進に役立つ健康療法として米国内のセレブの間でも流行しているものである。

最近ではスポーツ界にドーピングの影響があるだけに、こうした数千年の歴史がある薬物を使わないこの吸引療法はオリンピックでも合法的な療法とされている。

世界的にもセレブにも人気のあるカッピング療法であるが、グウィネス・パルトロウ(Gwyneth Paltrow)やヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)、そしてジェニファー・アニストン(Jennifer Aniston)らも体に痕が残るこの療法の信奉者といわれる。

特にフェルプス選手は、この治療法が自分の体調管理に役立つとだといっていたのだ。



カッピング療法は東洋に起源がある療法であるが、意外にも日本人の多くは知らないに違いない。

皮肉なことであるが、日本人が忘れ去ったものを欧米人が再評価して活用しているものの一つである。

これは通常、「吸玉、吸角療法、カッピング」療法といわれるものである。

その起源は相当古く、東南アジアから中国、朝鮮半島、日本まで広範囲に伝播している術式で、アジアの代表的な伝統医療ということになる。

おそらく4,5千年以上、あるいは数万年の歴史があるのではあるまいか。

吸玉は中国でも古い歴史と伝統があって、現代中国でも一般に「バッカン療法」と呼ばれて活用されている。

通常は木製の筒、陶器の筒、ガラスのカップが使われていて、古代では動物の角がもっぱら使われた。

気密性が保つために角の空洞部分が使われたのだ。

吸玉療法の特徴は、一般には慢性疾患や内臓の病気にも効能があるとされ、伝染性の疾患や出血性のものでなければ多くの疾病治療に幅広く利用することが出来る。

その手法や手順自体は実に簡単である。

現在では簡便で衛生的なガラス製の器具が使われる。



RIMG0060

















まず吸玉ガラスの内側にアルコールを塗布した後に、着火しそのまま素早く患部の体表面に吸着させる。

あるいは小型の真空ポンプを使ってガラス器具内に陰圧状態をつくり、そのまま体表に吸着させる方法もある。

皮膚面に吸盤のようにぴったりと吸い付くのである。

体表に吸着する力は思ったより強い。



RIMG0061

















患部の血行が悪かったり、疲労物質が蓄積した部位では吸玉の後ではうっ血して赤黒く皮膚が変色する。

短時間で皮膚の表面にうっ血がはっきりと浮かび上がる。

それはまるで打ち身の跡のように、次第に皮膚の暗赤色に色が変わってくる。

その部位の血流が悪いほどに、あるいは体の状態が悪いほどその色合いはよりきついものになる。

結果は一目瞭然である。

色合いによって体の弱っている部分が特定できるだけでなく、吸玉を掛けることが即治療となる。


皮膚表面ではいわゆる内蔵体壁反射による特有の生理的反応が現れていて、その部分にはうっ血部分が広がっていたり血流は弱くなっていたりするわけで、吸玉効果によってはっきりとその変化が見てとれる。

つまり同じように吸玉をかけてもうっ血の反応の出方は違うわけで、明らかに機能低下した部分の皮膚表面にはよりはっきりした違いが出てくるというわけである。




RIMG0003















このような吸玉の跡がついても術後には何の痛みも違和感も無い。

見た目には何だか痛々しい感じがするが、血行が良くなるので本人はすっきりした感じになる。

吸玉療法は皮膚刺激による治療とも言えるし、これによってうっ血した静脈の流れが改善されてくるわけで、皮膚表面部分での生理的なガス交換や循環機能も改善されるという効果がある。

これによって身体の体液レベル全体の生理的活性化を促すことになり、本来の免疫力を正常にアップさせたり、血液の組成バランスまでも正常な状態に持っていく狙いがある。

もとより血流が目に見えて改善するので、スポーツマンの筋肉疲労や強張り、筋肉性の疼痛にも効果的である。

マッサージより軽微な刺激である。

とにかく薬物など一切使用しないソフトな療法なので体にはまったく負担が掛からない。

吸玉は、身体の健康を保つ上で重要な働きを担う血液やリンパ液の生理的機能をより改善していく自然療法ということができる。

むしろ薬物万能の時代になって、ドーピングが問題視されだしたことが原因で、あらためてこうした伝統的な療法が再評価されだしたというのが実に愉快である。

経験的にはかって関西地方でよく見た療法であるが、現在ではどうなんだろう。







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2019年12月28日

戦国に猛女といわれた美女の話し

戦国九州美女伝説の真相に迫る!

戦国時代の肥前の龍造寺隆信といえば巷では肥前の熊ともいわれ、きわめて残忍な武将であったと伝えられている。

熊と例えられるだけに、隆信はその名に恥じないほどの怪力であったことでも知られていた。

その龍造寺隆信の母といわれるのが、慶ァ尼(1509〜1600)である。

慶ァ尼は本家村中龍造寺16代当主胤和の長女として生まれ、分家の周家に嫁ぎ嫡子隆信を産んだ。

九州も戦国真っただ中にあったが、隆信は幼年期には寺に預けられたため一時期僧籍に身を置いていた。

天文14年(1545年)に夫であった周家が殺されたため慶ァ尼は出家した。

さらにそれに続いて龍造寺本家一族が謀略により殺されてしまうという悲劇が突然襲い、結果的には生き残っていた慶ァ尼の息子隆信が龍造寺本家そのものを継ぐこととなった。


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成り行きで本家を継いだこともあって隆信の下では本家家臣団のまとまりも覚束もおぼつかないい状況にあったため、慶ァ尼は献身的に息子隆信を背後から補佐し続けなくてはならなかった。

息子隆信は僧籍にあったとはいえ、もとより武将としての器量も兼ね備えていたのであるが、母慶ァ尼からみると次第に隆信には危うい部分があることに気付き始めた。

大将として武将を束ねるのに寛容さに欠けるだけでなく、部下や国人に対するのにあまりにも猜疑心が強すぎるなど当主としては配慮に欠けている。

そのうえ冷酷無比な所業が目に余るのである。

このままでは隆信の代で龍造寺の家は絶えるやもしれないという不安がよぎるのであった。

賢明な慶ァ尼は、当主である隆信のそうした冷徹な性格や粗暴過ぎる一連の悪行の数々を知るにつけ、母として常々憂慮してきていたのである。

そのことがあって慶ァ尼は、はやくから優秀な補佐役となる人物を隆信の側に置くべく家中の陪臣の中からそうした人材を探し求めていた。

そのような折、隆信の従兄弟筋に当たる年下の鍋島直茂が14歳当時から隆信の近習の一人として仕えていたのであるが、あるときその実直な直茂の気質に慶ァ尼の目がとまった。

直茂は、武将の子らしく快活で、話す言葉に誠実味があって周囲の者に臆するところがない。

しかも機転のきく直茂は日頃から乱暴者の隆信にもよく仕えたし、隆信とも馬が合って格別可愛がられてもいた。

その上直茂は武勇にも秀でていて、戦場でも殊のほか戦上手でその都度連戦連勝の武勲をあげており、すでに家中でも名将との声も上がってきていた。

もとより鍋島家は龍造寺の陪臣として仕えてきた家であり、龍造寺家が存亡の危機にあった時代も常に傍近くで支え続けた忠臣であった。

しかも直茂の父・鍋島清房は若い隆信の後見役を務めてもいた。

龍造寺に鍋島父子が味方し続ける限り、他の陪臣も国人らも龍造寺から離れることはないであろうと慶ァ尼は考えた。

慶ァ尼は、息子隆信が継いだ龍造寺家の支配を盤石のものにするには、この鍋島父子の助力が是が非でも必要であることをこのときあらためて確信したのであった。

そこで慶ァ尼は一計を案じた。


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(画像は佐賀城内)


直茂の父・鍋島清房が登城した折、慶ァ尼が自ら出向いて彼を呼び止めたのである。

慶ァ尼はかしこまる清房に向かって親しげに話しかけた。

清房殿は先年つれあいを亡くされたと聞いておりますが、まだ幼子もいてさぞや男所帯で難儀されておられることでしょう。そうそうここは私がよい後添えを捜して進ぜましょうぞ」、と笑みを浮かべてそう云った。

慶ァ尼は、龍造寺家の重臣として父子共々支えてくれている鍋島家のことを気に掛けていることをここで自らの口で伝えてみせたのであった。

慶ァ尼は周囲からは龍造寺後家といわれていたが、美女の誉れ高く当時47歳でありながらその容色はいまだ衰えはいなかった。

このとき艶然と優雅に微笑みかける慶ァ尼を目の前にして、清房自身は恐れ入って慶ァ尼の申し出に心中戸惑うばかりであった。

44歳の男盛りの鍋島清房にとって、主家の後家とはいえ慶ァ尼はまぶしく見えて仕方なかった。

従来より総じて肥前龍造寺家の女性は美形であるといわれ、遠国にまでその噂は広まっていたほどであった。

そのように主君の母堂から新しい妻を迎えた方が良いと諄々と説き伏せられ、清房は一方的にその気にさせられてしまた。

慶ァ尼の勢いに押された清房は、ここは相手がいることだとして顔合わせ(見合い)だけでも応じるという約束を終いには慶ァ尼としてしまったのだった。

話は突然のことであったが、清房にしてみれば相手が慶ァ尼だけに強いて断ることも憚れたのである。

清房にしてみれば突然の話であるから、とにかくこの成り行きには唐突であったこともあり殊の外戸惑うばかりであったが、結局のところは慶ァ尼に一方的に言い含められてしまったともいえよう。

それから数日後、鍋島清房の屋敷の前に何の前触れもなく豪華な花嫁行列の籠がとまった。

このとき清房が在宅中であったのかどうか、また清房が自ら花嫁を門外まで出迎えたのかどうかも分からないのであるが、門前から花嫁行列の籠が屋敷内に入っていったのは確かである。

突然の出来事に、このとき鍋島家中が大騒ぎになったことだけは間違いあるまい。

何故にいきなり花嫁の籠が到来したのかは、家中の誰にもわからなかった。

清房自身はいまだ話にあった婚儀相手との顔合わせそのものは済まされてはいなかったのであるから、この突然の花嫁行列にはとにもかくにも驚いたはずである。

白無垢の花嫁は籠から降りると案内も請わずに屋敷内に自ら足早に入っていったから、家中の者も戸惑い驚き呆れたはずである。

ついにはその花嫁は奥座敷にまで進んでいってしまった。

その座敷でその花嫁は清房とどのように顔合わせをしたのか定かではないのだが、すでに花嫁衣装で屋敷に入ったということは傍目にも婚儀が成ったものと受け取らざるを得ない状況ではあったろう。

このときの清房の驚きは想像に難くない。

こうした展開に当の清房はすべて慶ァ尼の指図との認識があったであろうが、とにかくこのいきなりの花嫁の登場にはさすがに内心動揺したはずである。

清房からみれば、まったく事前連絡もないままに事は進められたということになる。

家中が右往左往する中で、清房にはさらに驚愕する事態に遭遇する。

その肝心の花嫁というのが、後添えを真剣に勧めたあの慶ァ尼本人であることが分かったから清房は二度びっくりである。

この展開に清房の狼狽する顔が目に浮かぶようである。

清房は恐れ入ってここは必死に辞退したであろうが、慶ァ尼の決意は固くそのまま婚儀は成立してしまったのである。

それは一体どういうことなのであろうか。

慶ァ尼という女性は常に胸に懐剣を忍ばせていることでも知られていたが、恐らくはこの婚儀が思い通りに成らなければ彼女自身の恥辱であるからここで命を絶つと言い切って清房の前でごり押ししたのではないかとも想像される。

慶ァ尼とて、ここは命がけである。このとき一方的に押しかけてきた慶ァ尼は、それほどにこの婚儀に必死であったのだといえる。

何せ竜造寺家の命運が掛かっているとして、慶ァ尼の思いは尋常ではなかったのだ。

どうあろうとも清房はこの成り行きをそのまま享受せざるを得ない。

これによって正式に慶ァ尼は直茂の継母となり、主君龍造寺隆信とは義兄弟となったのである。

結果、慶ァ尼の狙い通りに龍造寺の盤石の態勢がこれ以降成ったのであった。

後年隆信が島津との戦に敗れ討ち死にした時、直茂を肥前統治の後継者として推したのもこの賢明な慶ァ尼であった。

この慶ァ尼の話は後世つくられたものだという通説もあるのだが、かってこの経緯を伝え聞いた徳川家康が機会あるごとに慶ァ尼の思い切った行動を称賛したとされることから、あながち作り話などでとはいえまい。

母は強し、されど慶ァ尼はさらに強しというところである。

とにかく九州のおなご(女性)は、ほんなこて(本当に)強かですよ。









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2019年09月16日

命懸けで食べたい珍味のキノコとは?

美味しいキノコ狩りは命がけ

毎年キノコの時期になると食中毒や遭難といった事故が発生する。

慣れた人でも山中に入って道に迷うこともある。

キノコを見付けても、食用キノコと毒キノコの判別はとても難しい。

これまたキノコ選別のベテランでも間違えて中毒になる場合かある。

美味しいキノコといえばいろいろあるのだが、毎年発生する毒キノコの「スギヒラタケ」を食べたという中毒事件を耳にする度に、平安時代のきのこ狩り名人藤原陳忠のことを思い出す。

その経緯は、古典文学作品に登場する。

「今昔物語集 巻28 「信濃守藤原陳忠落入御坂語 第三十八」 に紹介されている逸話であるが、これを最初に読んだとき藤原陳忠という人物に好感をもってしまった。

まさに平安時代のナチュラリストというべき人物である。


以下は「今昔物語集」に収録されている可笑しな逸話である。

「今は昔、信濃守藤原陳忠と云ふ人ありけり。任国に下りて国を治めて、任はてにければ上(のぼ)りけるに、御坂を越ゆる間に、多くの馬どもに荷をかけ、人の乗りたる馬、数知らず続きて行きける程に、多くの人の乗りたる中に、守の乗りたりける馬しも、懸橋(かけはし)の端の木を後足を以て踏み折りて、守、逆様(さかさま)に馬に乗りながら落ち入りぬ。底いくらばかりとも知らぬ深さなれば、守、生きてあるべくもなし。」



当時信濃守を任されていた藤原陳忠は任期を終えて京の都に帰る途中であったのだが、そのとき陳忠は馬に乗って数人の従者を従えて足下が危険な御坂峠を越える途中であった。

そこは険しい崖っぷちで、深い谷のそばの懸け橋を通りかかったのである。

そのとき、ふいに陳忠が乗っている馬が足を滑らせてしまい陳忠共々谷底へ転落してしまった。

ここから転落してはとても無事で済すむはずもなく、主人陳忠が生きているようには思えなかったのだが、従者たちが深い谷底を覗いていると下からかすかに陳忠の呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーい、おーい」と呼び声がする。

なんと陳忠は生きていた。

谷底へ転がり落ちた陳忠は、このとき落ちながらも崖に生えていた木の枝を必死に掴んでどうやらそれ以上の落下を避けることができたのだ。

乗っていた馬の方はそのまま谷底へ転落してしまっていて、どうすることもできない。

陳忠は近くの枝を足場に必死にしがみついていたのであるが、するとその急な崖の斜面に珍しいヒラタケがびっしりと生えているのに気がついた。

一瞬、陳忠の目が輝いた。

ナチュラリストで食通の陳忠は、そのヒラタケが格別美味であることを知っていたのだ。

おお、これほどにたくさんに生えておるわい!」

しかもそれがきわめて入手し難いキノコであったからたまらない。

陳忠は、片手を伸ばしてヒラタケを必死につかみ取るてみる。

まさしく上等のヒラタケである。




mushrooms-295823_640


















陳忠は、従者に籠を下ろすように命じる。

従者が言われるままに籠を下ろして、するすると引き上げてみるとその籠にはヒラタケだけがいっぱい入っている。

再度籠を下すようにと、陳忠は崖下から叫ぶのである。


 「亦引け。」と云ふ声あれば、声に随ひて引くに、

此の度はいみじく重し。あまたの人かかりてくり上げたるを

見れば、守、旅籠に乗りてくり上げられたり。

守、片手には縄をとらへ給へり。今片手には、平茸を三ふさ

ばかり持ちて上り給へり。」


陳忠は従者に籠を下すように命じると、この得難いチャンスを逃すまいとばかりにそこらに生えているヒラタケをかき集め、これを手土産にしながら従者の下ろした籠でどうにか救出されたのである。


陳忠は、絶体絶命の危機から脱して非常に幸運だった。

陳忠は命が助かった上に珍しいヒラタケも手に入れことで、このとき満足気だったかというと、意外にもそうではなかった。

「落ち入りつる時に、馬はとく底に落ち入りつるに、我は後れてふためき落ち行きつる程に、木の枝のしげくさし合ひたる上に不意(すずろ)に落ちかかりつれば、其の木の枝のさはりつれば、それをふまへて、大きなる股の枝に取りつきて、それをかかへてとまりつるに、其の木に平茸の多く生えたりつれば、見すて難くて、先づ手の及びつる限り取りて、旅籠に入れて上げつるなり。未だ残りやありつらむ。云はむ方なく多かりつるものかな。いみじき損を取りつる物かな。いみじき損を取りつる心地こそつれ。」




何と崖の上に無事這い上がった陳忠は崖の下にはまだ沢山のヒラタケがあったと心残り気なことをいい、それを採り残してきてしまったことが「とてもくやしい、おしいことをした」などと何とも強欲なことを口にするのでまわりの者は呆れかえってしまった。

それほどにヒラタケは陳忠にとって珍味であって、格別美味しい食材であったということだ。

取り残したことが余程口惜しかったのであろうが、まあそれでも陳忠は傷だらけになりながらも珍味でもある珍しいヒラタケの収穫に成功したわけで、自分が命拾いしたこと以上にこのとき思いがけずキノコ狩りが出来たことがよほど嬉しかったらしく、その経緯が面白おかしく古典文学にもしっかり収録されているわけである。

それこそ、転んでもただでは起きない藤原陳忠は、珍しくしたたかなお公家さんだったというわけである







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商品詳細

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原因不明の不快な環境ストレスの原因は、多くの場合目には見えない電磁波ノイズが関係しています。
反射錯乱する電磁波ノンズは遮断だけでは防御出来ないのです?!
電磁波中和装置「電磁番」は多用途の機能的防御が可能です。携帯するだけ、貼るだけ、置いておくだけ!
準静電界レベルの干渉による不快な電磁波過敏、電磁波音波攻撃対策の防御製品として、
「電磁番」はご利用者の皆様から高い評価を頂いております。
★電磁波中和放電装置「電磁番」をテレビやパソコン、各種電子機器、電子レンジなどの電気機器の上や車両内に、一個セットするだけで「特殊電子回路」が周囲に放射される有害電磁波に干渉して中和放電変換します。
★日本国内の電磁波環境に対応した製品です。不快な電磁波ノイズの中和放電によって身体への悪影響はほとんど感じられなくなります。
(実際のストア評価のお客様の声を参照ください)
★隣接した建物や施設から放射される不快な波動ノイズ、悪質な電磁波攻撃、嫌がらせにも対応いたします。 製品の耐用年数は、普通に使用すれば3,40年以上そのままで使用可能です。
★一般の住居内はもとより、店舗・事務室・治療室や病室、オフィス内環境を電磁波レベルで整え防御します。(取り扱い説明書を添付しております)
★製品サイズ 直径10cm 厚さ 1.5cm 重さ 約170g

電磁番使用時の注意事項

★「電磁波中和装置電磁盤」は、周囲のマイナス波動の電磁波を干渉中和放電するため、DVDショップなどの店舗内に設置された盗難防止システムのゲートセンサー(レーダー)の電磁波にも敏感に反応し、有害電波の波形を変換してしまいます。
そのため「でんじ・ばん」を携帯したまま入店されますと、警報システムによっては電磁波シールドの変化で出店時のゲートでの誤作動で警報が作動してしまう場合がありますので、店内持ち込みによるトラブルには十分ご注意下さい。


詳細は
外部サイトのリンクページの「電磁波中和装置電磁番」のセット方法について」をご覧ください。
電磁波過敏や電磁波攻撃対策法については
外部サイトのリンクページの「波動電磁波情報検討会」を参照ください。
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ラベル:古典文学
posted by モモちゃん at 19:33| 歴史奇談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

寿命が尽きる日を知る方法がある?!

あたしゃあ、今にも死にそう!

自分の死ぬ日を予知して、わざわざ周囲に知らせて回ったという人物が古今東西に多数存在していることに気づき文献史料を探してみました。

未来をほぼ正確に預言、予知するということは常識では考えにくいことなのですが、そうした歴史上の事例をいくつもめていくと新たな視点も生まれてきます。

過去から未来へと時間が一方に流れているというのは普通われわれの感覚的捉え方ですが、本当は未来から過去に時間が流れていて、そこここに干渉し合っているという量子力学分野の最新研究もあります。

要は未来があるから目の前にいま現在の事象そのものがあるのです。

結局のところ、目の前の現象はすでに確定していることであって、はるか未来の時空からただその残像が投影されているだけなのかも知れません。

歴史上にはそうした拡大された時空や次元から俯瞰できる能力を持った人物が居たことだけは、多くの事例をみれば確かなことのように思えてきます。



寿命が尽きる日

予知といえばいろいろあるが、今回は人の命、寿命に関わる予知の話としたい。

まず、我が国の古いところでは、聖徳太子が自分の死ぬ日時を予言して、その日に亡くなったという記録がある。(『聖徳太子伝暦』)

空海も自分の死ぬ日を予言し、死の四箇月前、弟子たちを集めて告げたことで知られている。

吾、入滅せんと擬するは今年三月二十一日寅の刻なり、もろもろの弟子等悲泣するなかれ」と明言し、その予告通り、承和二年(八三五)に空海は大往生した。

この種の伝統は受け継がれ、比叡山定心院の十禅師成意も弟子や同僚に前もって知らせた上で入滅したというし、熊谷直実入道の入滅の予言も『吾妻鏡』に記録されていて特に有名である。


borugu.jpg



外国にもこの類の話は少なくないようで、学者というより霊界の話で有名なスェーデンボルグの場合は、死ぬ一月以上前の一七七二年二月にメソジスト派の創始者であるジョン・ウェズリーに手紙を書き、その中で「自分は三月二十九日に死ぬから、それまでに会いに来てくれ」といい、実際にその予告した日に死亡した。


このような話ばかりだとうんざりするので、ここらで少し話の向きを変えてみよう。

江戸時代の文政年間、京都の医界で名医として知られた中神琴渓は、近江国山田村の貧農の家に生まれたとされるが、そこから独学奮励して医者になった人物である。

彼には次のような「死を予知する」ということに関連した有名な逸話がある。

三十を過ぎたある日、いつものように野菜の行商で大津まで出て、ある髪結床に作物を買ってもらい、そこで一休みしていた時のことである。

床屋の親方が妙なことを口にした。

先程帰った客の老人は気の毒だが近いうちに死ぬだろうと言うのである。

それを聞いて半信半疑でそれとなく気に止めていたところ、はたしてその老人は幾日かして本当に死んだのである。

琴渓は驚いて、なぜ老人の死が予知できたのかしつこく親方に尋ねるとその理由を話してくれた。

これまで何千人もの髪を結ってきたが、死が近づくと決まって代月のところに証が現れるのが分かるようになっただけのことだ」と。

琴渓はこれに大いに感じた。

無学な髪結床の親方さえこれだけのことが分かるのである。

自分も医者となりその道を極めれば、人の生死を診断し予見できるようになると。

一大決心をした琴渓は医学書を漁り、その中でも特に六角重任著・吉益東洞閲『古方便覧』二巻を精読・研究し、ついに四十九歳のとき京に出て開業したという。

昔は人の生死を的確に見極めることが、医師の技量の一つであった。

中国の歴史書『史記』・扁鵲倉公列伝にあるように、名医であった扁鵲や倉公は患者の三日後、八日後、半年後の生死を診断の結果見事に言い当てるわけである。

「後漢書」の伝によると、名医華佗(? - 建安13年(208年))などは三年後の病気の再発や十年後の病死を的中さたと記されている。

こうした病状の変化は、すべて人の顔色や脈に現れるという。

古代中国の医学書『素問』・陰陽別論七に、「凡そ、真脉の蔵脉を持する者は、肝の至ること懸絶にして急なるは十八日に死す。心至ること懸絶なるものは九日に死す。肺至ること懸絶なるは十二日に死す。腎至ること懸絶なるは七日に死す。脾至ること懸絶なるは四日に死す。」とある。

病がすすんで臓器まで病に冒されると、おのずと死期が決まってくるというのである。

予後に関して古代の医学書『難経』・二十四難にも同じように脈気と死症について記述があるし、その『難経』・十七難にも「其の死生存亡脉を切して之を知るべきことありや」といって、脈と死症の要諦を上げている。

確か同書に書かれている五十三難の七伝や六十難の真心痛も死に至るものであるが、素人には何のことなのかさっぱり分からないところである。

こうした予後の判定というものが、疾病の軽重や経過からみての判断というものに掛かってくるとき、当然医者と易者とではその判断基準がおのずと違うはずである。

であるが、しかし多分に易者のいう観相術と医術の望診とは似通っているように思えてくる。

人が「命旦夕に 迫る」とき、まさに命が絶えようとするとき、その変化は顔に表れるというのだ。

医学でいう、衰弱したビポクラテス顔貌はやはり死相に違いないだろうし、生命力が失われつつある人はそれ相応の衰退を双眸にも顔貌全体にも現してくるはずである。

確かにそれはいえることである。



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病気見舞いに行って、素人目にもああ、もうこれは長くはないなと不謹慎にも内心思ってしまうことと大差はないのかもしれない。

しかしその道を究めた者となると、そこには逆に格別な技量の冴えというか真骨頂の展開があっても、それはそれでいいのではないのかという気分になる。

ただ類似した情報を並べただけでは面白くないということだ。

名人芸というか、ここでは世間をあっと驚かせるような究極のセオリーが欲しいところである。

人の命に関わる事なので多少差し障りがあるであろうが、広い世間ではそういうちょっとは変わった事象があってもいいのではないかとも思うわけである。

そこでこういう話が出てくる。

『近世奇人伝』に紹介されている中村龍袋という、当時名を知られた観相家の逸話によると、彼は晩年自分の相を観て、「餓死の相が出ている」として家の門を閉じ、弟子たちの出入りを禁じ、絶食してついには餓死したということである。

これなどはこじつけがましく、予知というより予告めいた勝手な自殺行為そのものというべきものである。

易者とはそういう程度のものなのかということになる。


ところが同じ易者でもこれが本場中国となると、そのスケールがまったく違ってくる。

『後漢書』・方術伝によると、折像という易者が自分の死ぬ日を占い予知した。

そこでその命が絶えるであろう日に、長年付き合った親戚や友人一同を自宅に招いて賑やかに酒宴を開いて別れを惜しんだ。

折像は最後に同席した親しい人々に別れの挨拶をして、それが終わると同時に見事にその場でこと切れたという。

わざわざ史書に記録が残されているのだから、実際にそうだったのだろう。

それ以上の確認の仕様がない話である。

こうした易の達人の話はまだ続く。

易聖といわれた衛大経は同じように自分の死ぬ日を占い、その日に間に合うように墓を作らせ、まさにその予告した日に息絶えたという。(『新唐書』・隠逸伝)

この事例もわざわざ史書に記録が残されたのである。

そして最後に登場する易者の極め付きは『三国志』・方技伝に出てくる管輅その人であろう。

この易者の易断は半端ではなかった。

彼は自分自身の死を前もって予告していただけでなく、人の相を占って何と百人以上の寿命を見事に的中させたという。

これこそ驚愕の事実である。

このあまりにも見事な占いに人々は戦き恐れ、半信半疑の者も管輅に生年月日をずばりと言い当てられ、続いていざ死ぬ日を占う段になると、みな慌てて辞退してしまうというほどその易占は神妙であったという。

もはやこうなると単なる予知というより、神業というべきであろうか。

易断は未来を覗いているのではなく、未来からいまを覗いているのだ。

そこには時空を超えた共時性のもとに、一瞬未来に繋がる小窓が開くというわけである。








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2019年01月05日

前世の記憶は取り出せるのか?

前世を思い出してみましょう!

人の魂が生まれ変わるなどということはにわかには信じられないであろうが、特別それにこだわる立場にはないので話の種として少しだけ触れてみたいと思う。

霊媒師もしくは特殊能力を持った人が霊視すると、まず最初にその人の前世までが見えるわけであって、「あなたは地球人の生まれ変わりですね」といわれる場合と「あなたは他の天体(宇宙人)の生まれ変わりですね」と言われる場合がある。

私などは、ここでまず笑ってしまう。

それでも多少は輪廻転生にも関心があるのだけど、最近気になっていることは、「先の大戦で亡くなった人が生まれ変わってきて、いまの小学生の中にはそういう子供がたくさんいる」ということを霊能者から聴いたことがある。

これを聴いたときは同じようには笑えなかった。






前世の記憶2










前世の記憶(前世の言葉でしゃべる主婦)1  










嘘と真実 23 前世の記憶<1> 1/2















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2018年12月28日

偏食し過ぎると長生きしてしまいます?!

偏食して長生きしてみませんか!?
“フルーツしか食べない男”研究者驚愕の腸内環境に
2018年4月18日

http://news.livedoor.com/article/detail/14593802/



わがままに長生きしてぇーとい云いつつ、本当に長生きできたという羨ましい話?
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現代は色々な情報が氾濫し錯綜している時代である。

しかも昔の人々と比べれば日々入ってくる情報は極めて大量であって、それも一日という時間で区切ってみても数十倍、数百倍にもなるであろう。

情報といってもその内容においては、その信憑性を逐一確認していく作業も当然必要となり、これにもまたさらに多くの情報源が必要になる。

始めからデマと分かるものはいいが、なかには信じ難いものも少なくない。

そういう意味ではいかに雑文とはいえ、ただ面白いというだけでそうした未確認情報をここに紹介することはできない。

このように改まって書かなくてはならないほど現代は不可思議、キテレツな話が溢れすぎているのである。

頭をある程度固くしてしまえば許容範囲が限定されて、そうしたことに煩わされることはなくなるだろうが、当方の頭は格別軟弱にできているらしく、それこそ得体の知れぬ情報にあれこれ引っ張られてしまう。

世の中十人十色とかいうが、これまた千差万別ということもあり意外、例外の類が多いのもその原因の一つである。

一つの枠組み、範疇というものに収まれば何ということもないわけだが、現実には人物や健康情報に関するものを取り上げても定型にはまらな い事象が次々と出てくる。

これなど個性的、特異な存在といえば聞こえはいいが、その実、 奇人、変人、超人となると記録の対象となるわけである──。


たとえば、

フランス人の外科医ポリトママン博士は一九一六年に百四十歳の長寿を全うしてこの世を去ったが、何でも二十五歳の時から大酒呑みになったのだという。

死亡するその日の夕方も、大手術が成功したといって愉快そうに呑んでいて、そのままこときれたのであった。 大酒呑んで長生きとは、何とも羨ましい話ではないか。

アメリカのテキサス州に住む元軍人のジュノ・A・ウイルソン大佐は、九十四歳になるまで一度も歯ブラシを用いたことも、歯科医の厄介になったこともなかった。

それでいて歯は一本も欠けていなかった。

生涯、虫歯、歯周病を知らぬとは、何とも羨ましい話である。

アイルランドのバレー・カフェーのボイル・ネールは、オートミルとトマトとミルクだけで百十五年も生きたという。

似たような話であるが、アメリカのニューヨーク州の優秀な外科医であったスティーヴン・スミス博士(一八二三〜一九二二)は子供の時の病気のためパンとミルク以外の食事をとることができず、 七〇年間それだけで過ごしてきた。

そして七〇歳になったとき、これに小量の葡萄酒をつけ加えたという。

博士は九九歳の長寿で保ってこの世を去ったが、ついに一片の肉も食べずに一生を終わったと記録されている。(『世界奇談集』R.L.リプレー)


偏食万歳、たとえ人参、ピーマン、肉類を食わずとも人間は不健康にもならないし、偏食だからといって短命にもならないのだ。

以上ここに紹介した事例は例外中の例外であるが、健康維持に汲々としている現代人には理解しがたい事例ばかりである。

皮肉にもこれらの事例のなかには医者が登場しているから余計に奇異に見えるというわけである。

できたら直接ご高説を拝聴してみたかった。

これらは個人の健康観や食生活を中心に見たとき、特に例外的であるから長寿なのかといいたくなるが、結果的に長寿であったから例外になったわけであろう。

しかしながら、このように例外をいくつも集めると例外も例外としてのそれなりの存在感が出てくるから面白い。

よく調べると例外にも同じような仲間がいて、例外にも前例や類例があるということが認識されてくるというのは非常に愉快なことである。










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「徐福渡来伝説を検証する」太古の日本に渡来した徐福とは何者か?
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posted by モモちゃん at 13:34| 歴史奇談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

不可思議な方術の世界を垣間見る

不思議な占術方術の話し

占いの師匠と思える人に出会ってから、もうかれこれ40年近くになるであろうか。

ただし当時すでに70歳前後であったから、その師匠が亡くなってすでに相当な年月が経っていることになる。

その出会いに至る経緯は少し変わっていて、その最初のきっかけというのは不思議とも思える出来事があったことから始まっている。

それはずっと昔のことであるのだが、父親が自分の姪の結婚相手を探していたときのことであった。

父親は心当たりをあちらこちらと探していて、あるときふと思い立って隣町に住む義兄の家に相談がてら訪ねて行ったことがあった。

義兄の家で客間に入っていくと、そこには先客がいて義兄の隣に座っていた。

それは初老の小柄な男性であったが、父親とは初対面の人物であった。

そうした中で父親は互いに挨拶を済ませると、さっそく姪の結婚相手を探しているというその日訪問した理由を話し始めたのであるが、義兄と客は顔を見合わせて何やら面白そうに笑った。

「その話ば待っとったとよ」と義兄が云う。

父親が怪訝な顔をしていると、義兄はさらに意外なことを口にした。

「こちらの〇〇さんは今日、息子さんの嫁さんを探しに家に来られとるとたい」という。

「えっ!」父親はその言葉に驚く。

義兄はさらに続けて云った。

「〇〇さんは、今日ここに来るとよか縁談が見つかるちゆうて、さっきから待っとらしたとたい」

「一体どういうことですか?」と、父親は怪訝そうに尋ねる。

「〇〇さんは昔から占いが得意たい。息子さんの縁談を占ったら、今日ここにくるとよか縁談に繋がるちゆう占いの卦が出たとげな。それで先ほどからその話ばしょったとたい」

客の男性がここで口を開いた。

「今日の日時、方向ば占ったらこちらの〇〇さんの家になりました。しかも私の家の名前とこちらの家の名前とがもっとも運気が繋がる日が今日でした。縁談や交渉事、約束事が成就して運気が高まる最初のきっかけになる日時がまさに今日という日で、場所がこの〇〇さんの家ということで、いまここで御宅がこらるるとば待っとりました」

意外な展開であった。

普段から占いなど端から信用していなかった父親にしてみれば、狐に鼻を摘ままれたようなおかしな話であったのだ。

ここではそうした不可解な展開ではあったが、その場でその方と父親との間で縁談の話はとんとん拍子に進んで、両家とは近日見合いをするということに話が決まったのである。

結果から言えば、この縁談はうまくまとまって無事結婚までいったのである。

当時の私はこうした経緯を身近に見聞きしていると、いかにもその相手のおじさんの占いが神妙で不可思議に思えてならなかった。

話しが話しだけに半信半疑であったが、とにもかくにも本当に占いでそのようなことが起こりうるのなら愉快ではある。

最初の印象でいえばその占のおじさんは易者然として威張っている風でもなく、外見から言えば特別変わった風でもなかった。

確かに見た目には普通の田舎のおじさんといった風貌であった。

機会がある度にその占いの得意なおじさんと幾度か話していると、いよいよその占いの妙技ともいうべき世界が気になりだした。

よくみるとそのおじさん自身は何だか飄々としていて、不思議な雰囲気が漂っているようにも思えてきていた。

話すことも常人とは少し変わっていた。



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当方がそうした占いに関心を持っていることが、いつの間にかおじさんもそれとなく伝わったらしかった。

そうしたところ突然、そのおじさんが家に訪ねてきて私に手書きの資料をわざわざ手渡してくれただけではなく、自分が習得した占いの全貌について話してくれたのである。

おじさんの占いは神妙であったので関心を持つ者は周りにいくらでもいたはずであるから、逆に私なんぞに何故話してくれるのだろうという感じであった。

それだけにこの突然の展開は驚きでもあった。

そのときのおじさんの話によると、自分の行う占は古くからの占術に独自の工夫を加えたものであるといった。

さらにこれに四柱推命を加味するとさらによいということであった。

そのおじさんの占術の特徴は、人と人、男女の相性、交渉事を占う独自の占いであること等々を詳細に話してくれた。

これに時間とその方向そのものが、場(空間)として密接に関連してくると云うことなどである。

当時、私は中国医学や鍼灸を専門に学んでいたので、幸いにもおじさん(師匠)のいう自然哲学的な占いの理論やそこで語られる空間認識や古典的な陰陽五行説は十分に理解できた。

そのような認識に立つと、小宇宙である人間という存在と大宇宙の自然界との間に流れる自然哲学的な運気を見定めるということでは、時空の捉え方や世界観がまったく別物というわけではなかった。

そこには共通する運気がそのものが常時流れていて、それらが相互に関連し合っているという認識であった。

そのときのやり取りや教示の様子は特別あらたまった雰囲気というわけでもなく、おじさんと自然に会話が続いたのであるが、後から考えると私の理解が及ぶ範囲で手際よく占いの要諦ともいうべき重要なことはその場ですべて教えてもらっていたような気がする。

それはあらたまった師弟という関係を意識するまでもなく、本当に自然な感じで飄々と教えていただいたという感じであった。

何度かそうした教授の機会があって、最後のときには後は自分で研究してみなさいということであった。

さらに思いがけない出会いとしては、二十歳過ぎに不思議なおばあさんにも遭遇したことがある。

おばあさんが云うには、子供は男女の性別が思い通りに産み分けが出来るということであった。

これにも驚いた。

何でもその男女産み分けの方法で、自分はすべての子供をそれぞれ男女産み分けたのだという。

「将来結婚したら、この方法で子供を男女産み分けるといい」と云われたのであるが、これなどは占術というよりは古代中国の運気を使った方術ではないかと思った。

たとえ思い通りに子供が産み分けられたとしても、これがすべての幸せに繋がるという保証はまったく得られない。

そこにはどこまでも人間の勝手な思いが重なっているだけのことなのである。



五十代頃までは時々教えていただいた占いのことを考えることがあったが、それ以降はほとんどないように思う。

占い自体は検証と言うこともあって、自分自身のことも占えるのである。

人との出会いや仕事など機会があるごとに、幾度もあれこれと試してみた。

たしかによい面も悪い面もはっきりと浮かび上がってくる部分がある。

普段見えない部分が見えてくるのである。

しかしながら、次第に自分で占ってみるということをしなくなった。

年齢的にもそうした白黒を決断するような機会が少なくなったのかもしれないし、ことさら占う程のこともないという感じになってきている。

結局、人はある枠からは出られないし、どうであろうと自らその枠からは出ようとはしないのである。

他の人のために占ってあげるということもしない。

これはおじさんから教えてもらった占が役に立たなかったとか、それほど神妙ではなかったということではない。

これまで私にとっては占いそのものは十分に神妙であったし、不思議とそこここで助けられたと思う気持ち自体にも変わりはない。

おじさんの占いがなかったら私自身の運命は百八十度、いまとは違っていたはずである。

占いのお陰でどうにか無難な手順を踏んできたという実感そのものは確かにある。

しかしながらここにきて、いまの自分には占いは必要ではないような気がするだけである。

これまた神妙な感慨ではある。











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2018年12月08日

古代の天狗とは何者なのか?

日本人の祖先はユダヤ人なの!?

昔から言われているところの日ユ同祖論(日猶同祖論)とは、日本人(大和民族)とユダヤ人(古代イスラエル人)とは、共通の先祖を持つ兄弟民族であるという説のことである。

これは明治期に来日したスコットランド人のニコラス・マクラウド(ノーマン・マクラウド)が著した論説を発端にしたもので、それ以降一部の日本人とユダヤ人によって提唱されているスケールの大きな説である。

かって古代イスラエルの12支族は国が亡びて散り散りばらばらになり、そのうちの10支族の消息が不明なのだという。

そこから、古代の日本にそれらの古代ユダヤ人が渡ってきたのではないか、大和民族とユダヤ人との間に何らかの関連性があるのではないかという文化人類学的な説が登場してきたというわけである。

それらの説を分類すると、

1.古代イスラエルの「失われた10支族」は、たしかに日本に渡来したという説。

2.古代イスラエルの「失われた10支族」のみならず、12支族すべてが日本に来たという説。

3.英ユ同祖論における、世界に散らばった10支族のうちの1支族であると言う説。

4.むしろ古代日本人こそが、ユダヤ人の先祖であるという説。


いまでもこれら4つのパターンでそれぞれが話題になることがあるが、とてもではないがここらは薄っぺらな歴史教科書なんざには書かれることはない


ここで何やら凄いと思えるのが、4番目のような議論が登場してくる日本という国の懐の深さである。

何故に古代イスラエル人は、遠く日本までやってこなくてはならなかったのか?

もとよりそこにはそうすべき理由が、古代イスラエル人側にあったからである。

そうした議論の前に、必要な材料がどこからがぞろっと出てくるところかやはり日本はすごいと思うのである。





【相撲は古代イスラエルの神事だった









08 日本とユダヤ Japanese are Jewish










天狗とイスラエル







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posted by モモちゃん at 07:14| 歴史奇談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月29日

今度の新札の肖像はせごどんに決定!?

 西郷隆盛の真影は何時出てくるのか?


西郷隆盛(1828〜1877年)は、自分の肖像写真を生涯一枚も残さなかったということがいまや定説となっている。

一般に流布している彼の画像と言われるものは、まったくの別物か偽物がその場しのぎにあてがわれているということになる。

西郷は終生写真機の前に立つことはなかったというわけである。

結局のところ、遺影としての写真も一切家族にも残さなかったことになる。

西郷自身が、幕末に入ってきた西洋の写真技術そのものにまったく関心がなかったわけはないだろうし、彼ほどの人物が写真を撮られることを理由もなく嫌ったということも考えにくいところである。

ましてや俗説でいうように西郷自からが暗殺を恐れて写真を撮らなせなかったのだとなると、それこそ英傑らしからぬ臆病者としか思えぬ発想で笑える話となろう。

現実はもっと深刻な立場に西郷は置かれていたから、むしろ周囲の者が西郷の身を必死に庇い案じたのだ。

終始緊迫した政治情勢の中に西郷はその身を置き続けていただけに、幕府側とは敵対することもあり幾度か捕縛や暗殺計画にも遭遇してきていた。

そのため西郷の近辺には影武者が置かれたほどである。

西南戦争の発端も、結局のところ明治新政府の西郷暗殺の画策が発端となっている。

そのようなこともあって、むしろ周囲の警護する者たちが西郷の身を案じて写真を撮らせなかったという見方がここではより妥当な理由ということになるはずである。


現代では西郷の肖像写真がまったく現存しないことで、かえって彼の人相や姿が注目されてきているようだ。

いまでもいろいろなところから西郷らしい写真が持ち出されてくる。 

最近ようやく上野公園の立派な銅像なども、生前の西郷の姿を忠実には再現されてはいない事実も知られるようになって、ここでもそれがいい加減な伝聞や合成されたイメージだけで作られたようにいわれだしている。

いまも昔も変わらず、西郷隆盛は民衆に人気があったのは確かである。

やはりそれは西郷隆盛の堂々とした風貌そのものが大いに関係しているのであろう。

そうした伝聞はあっても肝心の写真自体が残されていないのだから、どうしようもないところである。

幕末から維新に掛けての激動の時代にあって、あの坂本竜馬や勝海舟、木戸孝允、高杉晋作らさえしっかりと肖像写真を残している。

遠い薩摩、九州の南端の鹿児島の地にそのような風潮がなかったかというと事実は違っていた。

当時の薩摩藩士の桐野利秋や永山弥一郎だけでなく、西南戦争前には名もない藩士でさえも自らの戦場での死を覚悟して写真を撮っている。

だのに西郷の写真だけはいまだに出てこないのは、そこに何らかの意図が隠されているように思えるのだが、それにしても残念なことには違いない。

その結果ということになるのだろうが、明治維新の悲劇的英雄という一面もあって、当時でさえそれに相応しい風貌がどこかで勝手に作られてしまい、西郷隆盛のイメージだけが先行してしまっていたのかも知れないのだ。


当然のことであるが、西郷隆盛が活躍した時代にはそれこそ数十万もの人々が直接彼の風貌や面相を目にしていたはずである。

西郷は行く先々で衆人の注目の的であったし、倒幕の進軍中もその姿を一目見ようと周辺の町や村から多くの人々が沿道に続々と集まってきた。

ところが肝心の肖像写真そのものが残されていなかったことで、次第に人々の記憶が失われいくと共に、西郷の人相そのものは風化し彼の死後それこそ勝手に変貌していったように思える。


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その最たるものがあの上野の銅像である。

幕末来日したイギリスの外交官(日本語通訳官)、アーネスト・サトウは1867年1月神戸で西郷隆盛と面会したとき、「(西郷は)黒ダイヤのように大きな目玉をしているが、しゃべるときの微笑には何とも言い知れぬ親しみがあった」と日誌にはっきりと書いている。

「黒ダイヤのように大きな目玉」という印象は相当強かったらしく、やはり多くの肖像画にもこれが共通した西郷の特徴となっている。

威風堂々とした体躯と黒ダイヤのように大きな目玉がその特徴となれば、少なくとも維新の英傑に相応しい風格が最初から揃っていたことになる。

しかしながら、それだけではあまりにも情報が少な過ぎる。

どんな過去の偉人であろうと肖像画や写真がなければ、断片的な情報でイメージは後からどんどん膨らませることが出来る。

そこから本物とは違ったイメージ画像が勝手に作られてしまうことになる。

こうなるとこれはまったくの創作ということになる。


その結果が、あの有名なエドアルド・キョッソーネのひどくモンタージュされた肖像画の独特の風貌であり、上野の銅像となってしまうわけである。

この肖像画では西郷の極端に目がデフォルメされて異常なまでに大きく描き込まれている。(1883年当時とされる)

どうみても目の大きさと顔の幅の比率が不釣合いで、通常の人の顔とはいえないものである。

窮屈な顔面に大きな双眸が窮屈そうにはめ込まれているに過ぎない。

西郷の目玉が大きかったにしても、外国人が描いたものだけに日本人から見るとどうしてもそうした違和感がある。 

私に言わせれば、極端な風刺画的デフォルメの手法である。

しかもアーネスト・サトウのいう愛嬌があるとも思えない。



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銅版画家のキョッソーネ自身は、このとき西郷本人とはまったく面識がなかった上に彼の写真そのものが存在しなかったために、取りあえず弟の西郷従道と従兄弟の大山巌をモデルにして肖像をどうにかイメージして合成したというが、これには驚きである。

これだとただのモンタージュ画像ということになる。

同様に、銅像を作った高村光雲も西郷との面識はないわけで、これまたキョッソーネが描いたその肖像画をもとにして顔の部分を製作したとされている。(1899年)

デフォルメイメージ画像の拡散である。


銅像の完成後、その除幕式に招かれた西郷未亡人のイトが銅像を見上げて「宿んし(主人)は、こげなおひとではなかっ!」と思わず叫んだという逸話さえ残されているわけだから、何をか云わんやである。


当方も西郷隆盛の風貌には少なからず関心がある。

まず「黒ダイヤのように大きな目玉」といわれると、私などはあの有名な博物学者の南方熊楠先生のくりくりした目玉をつい思い浮かべてしまう。

眼力がすごいのだ。

普通だと、黒ダイヤのように大きな目玉を持っている人物などすぐには思いつかない。


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何よりもその黒々とした双眸には力があるからに違いあるまい。

しかしそうであれば相当に個性的な風貌であろう。

もしかしたら実際は西郷の「黒ダイヤのように大きな目玉」は、南方熊楠先生よりもずっと大きかったのかもしれない。

インターネット上を検索するとたくさんの西郷隆盛の肖像画と想定される画像が出てくるが、大抵の画像は西郷のイメージ画の延長線上にあるものだと思う。

それで今回は銅像の人相とは別の西郷隆盛の顔を求めて、独自にその手がかりをあれこれと探し求めてみることにした。

西郷の経歴を調べてみると、彼は安政5年(1858年)当時、上京して攘夷派の諸志士らと挙兵をはかったりして密かに活動していた時期がある。

すでにこのとき西郷隆盛は身の危険に晒されていた。

幕府方の捕吏によって厳しく行方が追跡されていたというが、そのとき西郷を探索捕縛するための人相覚なるものが市中に配布されていたという事実がある。

その貴重な写真画像が、昭和34年当時、世界文化社から刊行されていた「科学大観」という画報の1冊に掲載されていた。

これは、いわゆるモンタージュ作画されたお尋ね者の手配書といわれるものであった。

発見して役人に通報すれば、幾ばくかの報奨金が出た可能性もある。


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手配書には、はっきりと西郷吉之助と名前が書かれている。

西郷の似顔絵の隣には長州の高杉晋作や筑前の平野国臣の似顔絵が同じように並んでいる。

手配書とはいえ、その画像がいい加減なもののはずもなく、これは当時の西郷の人相や骨相をある程度正確に捉えている貴重な史料ではないかと思う。


このときの西郷の似顔絵を見ると、わざとらしく相対的に悪人面で描かれている。
 
一方の高杉晋作の場合は写真は残されているので、この手配書の人相との比較検証が出来る。

それなりにモンタージュ作画の出来栄えが分かるわけだ。

どの角度から捉えるかで雰囲気や相貌は変わるだろうが、高杉晋作の場合は手配書と写真を見比べてもそれほど似ているとはいえない。

実際この程度の人相書きで人物が特定できるかとなると、いささか心もとないところである。

高杉でさえこの程度であるから、西郷の場合にしても本当の人相とは程遠いのかもしれない。

しかし手配書の似顔絵といえども、その人物の印象を一瞬にして掴み取るような巧みな描写力があって侮りがたいのも事実である。

描写の中にその人物を彷彿とさせる雰囲気が出されていれば、何となく分かるものなのかも知れない。

ただ、それぞれに悪人面が強調されているところが、ここではかえっておかし味さえ感じさせるところである。


この手配書では西郷は、「黒ダイヤのように大きな目玉」の印象を強調したようには描かれてはいない。

どうみてもそれとは程遠い武骨な面相である。

その面相も骨相も一応東洋人的風貌としてのバランスが、違和感無くとれているのは確かである。

全体にデフォルメされた感じではない。

ただ全体の骨相ということであれば、この点隣の高杉晋作の場合では何となくそれらしく巧みに描かれているようにも思える。

そうなるとこの手配書では、高杉の顔面の下半分の形はほぼ正確に捉えているのではないかと思う。

彼の目じりが上がっているか下がっているかは、見る側の目線の高さでも印象は大きく変わってくるであろう。

肝心の西郷の骨相はというと、全体にいささか角ばっている。

まずそこは長めの眉としっかり横に張った顎が描かれていて、従来のモンタージュや銅像とは明らかに違った印象を受ける。

ここが重要であろう。

どう見ても描かれている3人の中では、西郷がもっともその顎が大きく張っていて特徴的に描かれている。

顔面と目の大きさのバランスが取れている。

それでいて西郷の黒眼は大きかったということであろう。


ここで補足すると、西郷の腹心の武人で同じ薩摩藩士の永山弥一郎とは同郷人の中でも非常に骨相が似ていたということである。

骨相や体格、その雰囲気が似ていただけではなく、顔つきもそれなりに似ていたはずである。

そのことを周囲の者が一様に認めていた。

そのため永山はたびたび西郷の影武者を務めていたともいうが、それうなると逆に永山弥一郎に類似した人相を想定していくことがより本物の西郷の顔に近づくことになるのかもしれない。

永山弥一郎の肖像写真は現在も何点か残されているので、ある程度その人相や骨相は一応ここでも確認できる。(下の2枚の写真)


naga2.jpg naga.jpg



やはり永山も、その特徴として確かに男らしい角張った骨相をしている。

写真で見た永山の顎のラインと手配書の西郷の顎の張り具合は、たしかに雰囲気がよく似ていると思う。

手配書同様にそこには武骨さがしっかりと出ている。

そうであれば、この両者の骨相についての伝聞そのものの信憑性は非常に高いということになってくる。


永山は幕末各地で戦闘に加わり、その抜群の軍功と勇猛さとで知られていたが、最後は西郷と共に西南戦争で三番大隊指揮長として華々しく散った薩摩の武人である。

それでいて武人らしく服装や身だしなみに洒落をみせるところは、西郷や盟友の桐野利秋(中村半次郎)とも共通するところである。

こうした武人としての姿勢からいえることは、人と対峙するときは常に姿勢や服装に最大限の注意をはらっていたということであろう。

西郷にあっても同様であって、どこまでも礼儀正しい人物と捉えなくてはなるまい。

あえてここで言うならば、本当の西郷隆盛は銅像のような浴衣姿などでは外出はしなかったということになる。


桐野は戦死したときその身にフランス製の香水を帯びていたといわれるし、永山も火中に自ら身を投じてその最後も己の屍を晒さなかった。

武骨さの中に洗練されたダンディズムを持っていたというのは、本当にラストサムライの気概を感じさせる部分でもある。

薩摩でも武辺の者として知られていた永山は、それでいて女性や子供らにも親しまれ絶大な人気があったというところなど、その人柄までが西郷と酷似しているからなお更おもしろいところである。

余談であるが、永山の顎や額の形は、どこかしら往年のチャールズ・ブロンソンをも髣髴とさせる。

写真を観るとそのような雰囲気が漂っている。


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ということで実際の西郷の風貌も、おそらくは永山同様にブロンソンの骨太な風貌にも酷似していたように想像されてくる。



ここで再度、永山弥一郎や手配書の人相書の骨相をそれぞれ比較してみると、西郷の人相そのものは、キョッソーネのモンタージュ肖像画や銅像とはまったく違った風貌だったと考えるべきだと思う。

こうなるとやはりキョッソーネのモンタージュ肖像画の信ぴょう性はきわめて低いとしか言えない。

今回、当方もモンタージュの手法を使って、手配書の人相書きに手を加えてみた。

維新後の断髪した西郷と高杉の顔を描いてみたが、その結果はどうであろうか。

断髪してしまうと随分と人相や風貌が変わってしまうのだが、骨相だけは簡単には変えられないところがここでは最大のポイントである。


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西郷隆盛の場合は骨相を覆う顔の筋肉も引き締まっていて、これまでの肖像画とは違った武骨ないかつい風貌をより印象づけているように思える。

そうであれば、西郷の風貌はキョッソーネのモンタージュ肖像画や銅像のような、いささかぷっくりした面貌そのものはやはり似つかわしくないということになってくる。


ここらは当方の目論見どおりというか、西郷の骨相を考慮するだけでも、そこにはいままでのイメージとはまったく違った西郷隆盛の風貌が新たに浮かび上がってくる。

これは従来の肖像画や銅像に対して、別な観点からさらに検討を加えるべきポイントではないかと思う次第である。


民間に西郷隆盛の写真はあるのであれば、すでに発見されて特定されていてもおかしくはないところである。

国会図書館や政府機関にも保管されてはいないのであろうか。

一説によると西郷は、明治天皇から肖像写真を求められていたということであったが、結局写真は提出されないままに終わってしまったのだという。

これはむしろ逆に本物の肖像写真は天皇の下に届けられていて、いまでも宮内庁書陵部に密かに保管されたままになっているのではないかと当方は思っている。

唯一現存するとすれば、宮内庁書陵部である。

今世紀にそれが明らかになるかどうかは分からない。

いつの日か西郷隆盛の真影写真が、日の目をみることを切に願っている。














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2018年05月15日

中世東アジア地域の医療に寄与したホ・ジュン

生命の根源には「気」が関わっている?!


中国医学では、生命に関連するエネルギーを生気、真気、先天の元気、後天の元気となど呼ぶことがあります。

先天の元気とは生まれもった固有の生命エネルギーであり、先天的に両親から受け継いだ命のエネルギー源ということになります。

治療の場でも常にそうした体の気の状態には注意を払うのです。



東洋医学関連の古典を読んでいると、瀕死の病人を生き返らせた名医の話しというのによく遭遇する。

中国の歴史書の『史記』(扁鵲倉公列伝)の扁鵲などはその好例として有名である。

これらに類した名医の伝として興味深い逸話や記録が残っているので、いくつかここで紹介してみよう。



あるとき一人の老人が通り雨にあい人家の軒下で雨宿りしていると、その傾きかけた粗末な家の中から女のすすり泣く声が聞こえてきた。

 室内をそれとなく覗いてみると、母親が子供の枕元でうずくまるようにして泣いているではないか。

老人は思わず声を掛けた。

外からの突然の声に女は驚いて、泣きはらした顔を上げた。

老人は母親に静かに語りかけた。

優しそうな老人の言葉に、母親は気を許して事の次第を話はじめた。


母親の話によると、子供の病状が一昨日より急に悪くなり、診てもらった医者はもう手の施しようがないと言い残して帰ってしまったという。

子供の意識は無く命はいくばくもない様子で、もう死を待つばかりだと言って母親はまた泣き崩れた。

老人は気の毒に思い、自分は医術の心得がある、このまま見過ごすにはどうしても心残りだから、自分に子供の脈をとらせてはもらえまいかと言う。

老人は一通り子の脈を診ると、いきなり母親に父親の所在を尋ねた。

この子の父親は既に亡く、いままで母一人子一人で暮らしてきたという。

老人はその答えに頷くと次のように言った。

「やはりこの子の命は絶えそうである。そもそもの原因はこの子が母親の陰の気だけを受けて育てられ、父親の陽の気に包まれなかったことによる。そのため体内の陰陽の調和がとれなくなったのだ。一刻の猶予もない」

そこで老人は母親に起死回生の不思議な妙法を教えた。

母親は戸惑いながらも子供の命が助かるかもしれないと知って、老人の言うとおりに村中にある若衆宿へ直ちに掛けていった。

そこでは、元気盛りの若者が幾人も泊り込んで共同生活しており、そう広くもない部屋の中は若者たちの熱気で溢れかえっていた。

母親はその部屋に駆け込むと、若者たちが遊んでいた将棋の駒をひったくるように掴み取ると、すぐさま家にとって返した。

その将棋の駒を土瓶で煎じて子供に飲ませたところ、生死を彷徨っていた子供は奇蹟的回復をみたのであった。──



Dongibogam





ここに登場する老人こそ、朝鮮医学の集大成ともいうべき医学書『東医宝鑑』を17世紀初頭に編纂した名医許浚(ホ・ジュン)その人であった。

許浚は低い身分から並外れた努力と研鑽によって王を診る御医になるまで出世した名医として知られる。

許浚は、30歳の時1569年、第14代国王・宣祖に仕える儒者の顔の腫れ物を完治させたことで歴史書に登場している。

5年後には宮廷の内医院に入ると、次第に頭角を現し1590年には光海君の天然痘を治療したことで正三品に昇進し、さらに二年後には従一品にまで上った。

許浚に対する王はの信頼は厚かっただけに、1608年に宣祖が逝去するとその死の責任を問われて流罪となる。

しかしながら許浚に代わる名医は宮廷内にはおらず、翌年赦免され元の内医院に戻ることとなる。

流罪になったときに書き始めた医書23編25巻が1610年に完成しこれを第15代国王・光海君に献呈した後の5年後、1615年にその生涯を終える。死後、正一品の位階が与えられた。

彼が著した医書『東医宝鑑』は後に2009年、ユネスコが主催する世界記録遺産に登録された


許浚という人物は家庭的には決 して恵まれた環境で育ったわけではなかった。

いわゆる妾腹の子であり、苦学して医を志したのである。

この逸話にもそうした許浚自身の幼少時の境涯がいくらか反映されているのかも知れない。

起死回生?なんだ馬鹿馬鹿しい、荒唐無稽な作り話ではないかと思われる向きもあろう。

実はこれによく似た同様の話が、後漢時代に活躍した名医華佗の伝の中にもある。

東陽県の陳叔山の一歳の男の子が下痢が止まらなくなり、次第に衰弱していったことがあった。

方々手を尽くしたがどうしても病状が良くならないので父親が心配して、名医として名の聞こえた華佗のもとを遠路訪ねてきた。

華佗は一通り病状と経過を聞くと、父親に向かって詳しく説明し始めた。


 「その子の母親は次の子をすでに妊娠しているはずだ。そのために母乳中に本来含 まれているはずの母親の陽の気が、おなかの胎児を養うのに多くが吸収されてしま い、その母乳は子供を養うには不十分な冷たい陰の気に偏ってしまっているのだ。
だからその子がいまのまま陰の気が充満した冷たい母乳を飲んでいる限り、この病は回復しないだろう」
と、明解な病理、病機を示した。


中国には「名医、棺を返す」と言うような諺があるらしい。

これは名医という ものは死人さえも生き返らせるのだ、といったニュアンスのものかと思うが、扁鵲がそうであろうし、唐時代の孫思邈(ソンシバク:五八一〜六八二)の伝にも、これにぴったり当てはまるような逸話が残されている。

孫思邈はある日、往診の帰りに棺を担いでいく行列と遭遇した。

よく見るとその棺の底からは、ぽとぽと血が滴って落ちているではないか。

不審に思った孫思邈は行列に泣きながら付いていく老婆に、いつ亡くなったのかを尋ねた。

孫思邈が医者であることが分かると、老婆は一人娘が難産で二晩苦しんで出産できずに数時間前に死んでしまったといい、泣きながらどうか生き返らせてくれと懇願した。

棺の蓋を開けさせると、中の若い婦人はすでに血の気が退いて顔色は蝋のようであった。

脈をとってみると、かすかに触れてくるではないか。

孫思邈はまだ望みがあると思い、素早く鍼を取り出し経穴を定めて打った。

しば らくすると妊婦の気が動き、顔に血の気がさし生気が蘇ってきた。

次第に脈が強くなるとともに、産気づき棺の中から「オギャア、オギャア」という産声が聞こえ赤ん坊が生まれたのである。

この成り行きには、周りの人々も驚き大歓声を上げた。

何と、名医孫思邈は鍼一本で、母子二人の命を救ったのである。



このように孫思邈は名医としての誉れ高く、今でも中国では仁術を身をもって示した医師として人々の尊敬を集めている。

いまも孫思邈の霊廟が祀られている。













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2018年02月07日

墓場鬼太郎に震え上がった子供時代

イメージが原作とはまるで違う鬼太郎

水木しげる原作の漫画「ゲゲゲの鬼太郎(奇太郎)」はつとに有名であるが、昭和30年代の紙芝居の世界では「墓場の鬼太郎」という題名で子供たちに知られていた。

おどろおどろしい妖怪の世界が展開していたのであるが、今思えば当時のストーリーにはアニメの「ゲゲゲの鬼太郎」とは全く違った生々しい恐怖感が描き出されていた。

それは本当の意味での不気味さであり、おぞましい様な恐怖感というものを感じさせてもいた。

幽霊人間、鬼太郎であって、決していい子の鬼太郎というイメージではなかったのだ。

確かに描かれている絵のタッチそのものがそうした奇怪な雰囲気を醸し出していた。

今思えば、とても懐かしい幻想の世界でもあった。


紙芝居の「墓場の鬼太郎」はとても面白い作品に思えていたのだが、どうしたことか途中で中断してしまって続編には遭遇しなかった。

ずっと後年になってから、「ゲゲゲの鬼太郎」が少年漫画雑誌に連載が始まった。

それをみて、子供心にも「墓場の鬼太郎」の続きなんだと思った。



墓場鬼太郎 【蟲師 眼福眼過】










【公式】墓場鬼太郎 第1話「鬼太郎誕生」   










ゲゲゲの鬼太郎(昭和46年10月/1971年)










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2018年01月22日

前世のあなたは確かにイケメンであった?!

人それぞれに前世がある!

人の魂が生まれ変わるなどということはにわかには信じられないであろうが、特別それにこだわる立場にはないので話の種として少しだけ触れてみたいと思う。

霊媒師もしくは特殊能力を持った人が霊視すると、まず最初にその人の前世までが見えるわけであって、「あなたは地球人の生まれ変わりですね」といわれる場合と「あなたは他の天体(宇宙人)の生まれ変わりですね」と言われる場合がある。

私などは、ここでまず笑ってしまう。

それでも多少は輪廻転生にも関心があるのだけど、最近気になっていることは、「先の大戦で亡くなった人が生まれ変わってきて、いまの小学生の中にはそういう子供がたくさんいる」ということを霊能者から聴いたことがある。

これを聴いたときは同じようには笑えなかった。






アンビリバボー前世療法スペシャル その6 〜ヒプノセラピー(催眠療法)で前世を思い出す〜   








前世の記憶2










前世の記憶(前世の言葉でしゃべる主婦)1  










嘘と真実 23 前世の記憶<1> 1/2















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2018年01月09日

次々と出現したアナスタシア大公女の不可思議

アナスタシア生存説の謎!

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ(1901年6月18日 - 1918年7月17日)は、ロマノフ王朝最後のロシア皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の第四皇女・ロシア大公女として知られる。

1917年の二月革命で成立した臨時政府によって皇帝一家は全員が監禁されるとともに、翌1918年7月17日にエカテリンブルクのイパチェフ館においてヤコフ・ユロフスキーが指揮する銃殺隊によって、裁判手続きを踏まないままでここで一家は殺害された。

この事件によってアナスタシアは、父母や兄弟姉妹と共にわずか17歳の若さで銃殺されてしまった。

不可思議なことに、この事件後に皇帝一家の中でアナスタシアだけがこの殺戮現場から奇跡的に助けられて生存しているという噂が巷に流れた。

噂だけではなくて、自分がそのアナスタシアだという女性がヨーロッパ各地で次々と現れた。

それも一人や二人ではない。その数は、数十人にも及んだのである。

その都度、その真偽が検証されていったのであるが、アナスタシア生存説は20世紀の歴史的な謎の事件ともいわれ、多くの女性が自分が生き残ったアナスタシアであると主張したのだ。

彼女らは家族が殺害された状況で自分がどのようにして生き延びたかについて様々な物語を提供したことで、本や映画、TVドキュメンタリーまでが創られた。

最も有名なのがアンナ・アンダーソンである。

アナスタシアを騙った有名人であり、いまでは王族偽装者の一人とされているが、それでも彼女を支持支援する人は少なくなかったのだ。

このようにたくさんの偽物のアナスタシアが出現した背景には、ニコライ2世がアナスタシアのためにイングランド銀行に預けていた1000万ポンドの遺産ともいうべき信託金の受け取りが目当だったのではなかったのかといわれている。

現在、二十一世紀初頭までにこれら皇帝家族全員の遺骸が確認されたとされている。

また2000年にロシア正教会によってアナスタシアら皇帝一家は新致命者として列聖された。





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