2017年03月30日

人類月面移住計画は凍結されました?!

月はどこから飛来してきたのか?

地球の衛星である月はどのようにして生まれたのだろうか。

地球と同時期に月は生まれたのであろうか?

はるか太古の時代に太陽系の外から飛来した小天体が、地球の引力圏で引き留められたのか?

あるいは、宇宙の彼方から来た宇宙人によって人工的に造られた天体物なのか?

すでに米国の宇宙計画から従来の人類月面移住そのものは凍結され、新たな目標は火星に変更されている。

月が素通りされてしまう理由は一体何であろうか?

ここらの謎は尽きない。





月面に知的生命体の物体と掘削された跡を発見








【UFO映像】NASAがコメントを拒否!!謎の物体の正体は…!?

 







【衝撃】正体不明の衛星「月の謎」に世界が震えた!未だに解明されない誕生   










地球の3倍の大きさの巨大宇宙船が土星の輪の中に

 






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posted by モモちゃん at 10:00| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月12日

アガルタに繋がる人類史の大きな謎とは何か?

ハイジャンプ作戦の謎

日本人には耳慣れないことであるが、西洋やアジア大陸の一部では古代より地底には別の王国があるといわれてきた。

それがアガルタ伝説である。

SF小説でもジュール・ヴェルヌが 1864年に「地底探検」を発表したし、1959年にはそういう映画が作られた。

アガルタとは、地球の中心に別世界あるという説であるだけではなく、それは人々があこがれる理想世界を意味しており、同時にアガルタは地底に存在するという都市の名称でもあるという。

20世紀にはナチス・ドイツがアガルタに強い関心をもっていて、探検隊を世界各地に派遣したとかいわれるが、それ以外にも実際に古今東西の多くの科学者や権力者、探検家がアガルタを捜し求めてきた。

さらには戦争直後の米軍による南極におけるハイジャンプ作戦の謎も絡んでくるし、ときたま報道される南極の古代遺跡や3つの古代ピラミッドの存在も注目される。
 

最近ではCIA元職員エドワード・スノーデンが、米国政府内部の極秘情報として地底人の存在を示唆したことが知られる。

地底人世界は、地上の人類世界よりもはるかに高度な文明が発達していているとされるだけに、ここらは俗悪な人類世界ではにわかには信じがたい話ではあるのだが、宇宙旅行以上にスリリングな世界が本当に足元にあるということになれば愉快この上ないことである。

それこそ平和なアガルタの住人からみれば、地表の人類のいまの様子はまるで野蛮な戦国時代を見ているようなものであろう。




ナチス・ドイツ : UFO作戦 (ロシア/2006) [日本語字幕]  










【閲覧注意】地球の内部が空洞だった説が衝撃的すぎる・・・ 地球の内部には高度文明があるなど地球空洞説に関する知られたくない事実。 【ミステリー】











南極大陸の謎! グーグルアースで古代遺跡を発見! かつて南極には古代文明が存在していた?  










ロシア 巨大隕石落下 (CIA元職員スノーデンの極秘情報 地底人)

 








極秘映像(ソビエトの宇宙船ミールから撮影された地球内部の入り口の映像) アガルタ - 地球内部の入り口 Top secret"AGARTHA - INNER EARTH ENTRANCE"












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posted by モモちゃん at 12:22| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

漢方医李清雲は未曽有の長寿記録に挑戦した?!

人はいくつまで生きられるのか?

2016年のAFP=時事 10月6日付けで、人の寿命の「上限」を発見したとする研究論文が発表された。


米アルバート・アインシュタイン医科大学(Albert Einstein College of Medicine)の研究チームは、世界40か国以上の人口統計データを詳細に調べ、長年続いた最高寿命の上昇が1990年代にすでにその終点に「到達」していたとし、最高寿命の上昇は1997年頃には横ばい状態に達していたという。

その1997年という年は、奇しくもフランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなった年でもあった。

論文の共同執筆者で、アルバート・アインシュタイン医科大のブランドン・ミルホランド(Brandon Milholland)氏は、AFPの取材に「それ以降は、世界最年長者が115歳前後という傾向が続いている」と指摘している。

要するに現代医科学のデーターによれば、人間の寿命は120歳辺りが上限であるとするのがどうやら定説ということになりそうである。

ここまではいわゆる西欧圏の科学的常識ということになる。


これが中国文化圏ともなると、これとはまったく違ったものの見方がされる。

西欧圏とは異なる生命観、健康観が提示されてくるところが実に面白い。

その中国文化圏で、世界一長生きした人物といえば李清雲(Li Qing Yun / リ・チンユン)という名前がまずその筆頭に挙げられる。

彼は何と256歳まで長生きしたといわれ、現代でもそう信じられている伝説的人物である。

李清雲は1677年に生まれ1933年、256歳で亡くなったとされる。

李清雲の画像はネット上に紹介されている。


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清王朝の9人の皇帝の時代を過ごしたという超人であるが、とにもかくにもにわかには信じられないような驚くべき話である。

李清雲とは一体何者なのか?

李清雲という人物は10歳頃から伝統的な漢方医学を学びはじめ、その後中国各地を遊学しながら隈なく歩き回ったという。

彼は清王朝初期の漢方医ということになる。

李清雲は、実際に甘粛省や陝西省、さらにはチベット、安南、西安、満州まで足を延ばし、その都度山林へ分け入って貴重な薬草類を採集してまわった。

長年健康を維持し続けたことで、彼は東南アジアにまでその足跡を残したともいう。

生薬の研究者として、長い年月をかけて免疫力を高め延命効果のある薬草について研鑽し続けたとされる。

彼は約40年間にわたって山野で薬草を精査し続け、霊芝、クコ、オタネニンジン、ツルドクダミ、ツボクサ、米酒だけの食物で、ほとんど菜食主義として一生涯を過ごした。

さらに李清雲は中国の伝統的な漢方医学と同時に、身体の健康増進と延命効果を追求する養生法にも精通し、導引法や気功法を極めたとされる。

養生法とは、身体の機能を高め健康を維持するために気を全身に巡らせる特殊な運動法や呼吸法をとりいれた保険医学、予防医学ともいうべき一連の術式である。

いまでも中国全土に彼の多くの子孫が残っている。

記録によると1749年、71歳のとき彼は武術老師として清国の軍隊に入隊しており、私生活では一生の間に、結婚を23回、そして子供を200名以上もうけたという。

さらに100歳の時(1777年)漢方に精通していたことで、清国政府に表彰されただけではなく、200歳の時には一時期大学の教壇にも立った。

李清雲が人々に示した長寿の秘訣は、「いつも心を穏やかに維持する事。そして、座るときは亀のように、歩くときは気力が溢れる鳩のように、寝るとき犬のように」というものであった。

1933年5月の米国の『タイム』誌には、李清雲氏の死亡記事が掲載されたが、記事のタイトルは上記の彼の言葉をとって「カメ - ハト - イヌ」だったという。


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彼は一般人が好むような喫煙や飲酒を避けたといい、また農夫のように常に早寝早起きをし毎日食事は規則的にとったとされる。

中国で発祥した「養生法」そのものは、元来不老不死に通じるものとして広まったものであるが、身体の免疫力を高めると同時に新陳代謝を呼吸によって自在にコントロールし老化に至るエントロピーを極力抑えるというものである。

その結果が、256歳という驚異的長寿ということになる。
















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posted by モモちゃん at 22:39| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

王族はどのようにして暗殺されるのか?!

王族間の確執は暗殺で終わる!?

北朝鮮の故金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男・金正男(キム・ジョンナム)氏(45)が2月13日、マレーシア・クアラルンプールの空港で暗殺されました。


古代より王族間の権利闘争には暗殺事件が度々発生した。

王位継承では誰が王位に就くかで揉めたわけで、下々の間でも似たような暗殺や自然毒を使ったそれとは分からない殺人事件というのが多々あった。

毒殺の場合は、昔は明確に毒殺とは断定できない状況もあったわけで、そこらは曖昧なままでうまく処理されてしまうようなこともあったであろう。

逆に食い意地の張った王様であれば突如食中毒死するということもあったであろうし、それに何らかの事件性があるとされたのであれば周りの者にとってはとんだとばっちりである。

ただの食中りが恐ろし気な暗殺事件にされてしまう。

随分昔のことであるが、山菜と間違えてトリカブトの葉を味噌汁の具にして一家が中毒死するという事件があった。

近年にも東京の中華料理店の店主が、送られてきたトリカブト入り「葛餅」を食って中毒死するという事件があったし、保険金目的に妻をトリカブトで毒殺したとか、京都では結婚直後に夫に青酸カリを飲ませていたというような忌まわしい事件もあった。

これらもれっきとした毒殺事件であり、いうなれば計画的な暗殺である。

青酸毒は人体の呼吸中枢(神経)を麻痺させるらしい。

神経が正常に働かなければ、それによって支配されている筋肉が機能しなくなり正常な呼吸運動そのものが出来なくなる。

だから青酸毒を盛られれば速やかに窒息死することになる。

自然界の毒物として知られるトリカブトという植物の根は、加工されて「附子」として漢方薬の処方や毒矢にも使われる。

アルカロイド系(アコニチン)の猛毒が含まれるだけに当然取扱には注意がいるわけである。

自然界にはこうした猛毒が存在する。

テレビかなんぞのサスペンス物か推理ドラマを彷彿させる毒殺事件ではあるが、これも昔テレビドラマの「警部コロンボ」を見ていたら、河豚毒(テトロドトキシン)をワインに混入させている場面があり、これもひそかに毒殺を謀ったものであった。

自然界にある毒物を使っての殺人は有史以前から随分あったわけで、中国では古来よりもっぱら鴆毒という猛毒が使われた。

前漢時代、高祖(前漢の創始者・在位前202‐前195)の妻である呂后が、高祖と威婦人との間にできた趙王を殺すのに鴆毒が使われたという。

これも王位継承が絡んでいる。

霊帝(在位167‐189)の后である何皇后が、帝の愛妾を鴆毒を使って殺させた。

女性の嫉妬も恐ろしい。

どうやら毒殺そのものは、女性によっても引き起こされていたことが分かる。

鴆毒は中国の歴史書にも度々登場する有名な毒物であるが、どうやら日本ではあまり知られてはいないようだ。

鴆毒自体は投与されると微量であっても命を落とす猛毒である。

通常鴆毒といえばもっぱら暗殺に使われるわけで、その際には鴆酒として歴史書には登場する。

その鴆酒の作り方はしごく簡単である。

それは毒鳥といわれる鴆という鳥の羽を酒に浸して数回掻き回すだけで簡単に毒酒が出来上がるという。

これを飲んだ者は、当初黄疸のように体が黄色くなるということからみれば、まず肝機能が冒されるわけで、さらに五臓六腑のすべてが爛れて終には死に至るとされる。

服毒すれば確実に多臓器が冒され機能しなくなる。

何でも鴆にはそれほどの猛毒があるということで、古来から王侯貴族には恐れられていた。

かってこの鴆は日本にももたらされていた。

古い記録では『養老律令』(757年(天平宝字元年)に記述があることからみれば、日本にも大陸から持ち込まれた可能性は極めて高いと思われる。

事例としては『太平記』に、足利直義が恒良親王に鴆毒を薬と偽って飲ませ暗殺したとある。

おそらく戦国時代まで使われていたであろう形跡がある。

もっともこの時代にこうした毒物が使用されたであろう。

これだけ有名な毒物であるのだが、一つの謎としてこの鴆という毒鳥の実態は古代よりその存在が曖昧であるとされていた。

たとえ鴆毒を求めても容易に入手できなかったのである。

鴆という固有名詞や漢字があるのだから実際に生息していたのであろうが、どんな鳥なのか残念ながら小生は見たことはない。

中国の『三才図絵』や『本草綱目』あたりにその絵図は紹介されていると思うが、何でも広東省や江西省に生息しているキジ科の鳥で、形は鷹に似ていて首の長さは七〜八寸、くちばしは赤く首は黒いということである。

肉にも猛毒があるといい、その食性は蛇を好物にしていて、獲物の蛇が石垣の間などに逃げ込むと、それを引き出すのに石垣に糞を引っ掛けて石を砕くという。

本当にそのような鳥が生息しているのか疑問であろう。

蛇食い鳥の一種であろうか、そう聞くだけで何とも恐ろしげな怪鳥にみえてくるではないか。

実は鴆という鳥は中国の古い史書や文献には随所に登場するが、本当に実在していたのか疑問視されてきた毒鳥なのである。



それまでこの恐ろしい毒鳥は人々に忌み嫌われ、見つかり次第殺されてきたということで、中国大陸では相当早い時期に絶滅したとされていたわけである。

今でいう絶滅種であり、貴重動物ということになる。

おいおい、毒鳥が貴重な絶滅種とは何だということになってくる。

そうなると、いよいよ架空の鳥だろうということになってくる。

ところが、羽に毒がある鳥は架空の生き物ではなく20世紀末になってニューギニアの森林地帯で偶然発見されたのだ。

それも権威ある科学誌「サイエンス」に大きく取り上げられた(写真参照)。



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つまりこうした事例が出てきたことによって、古代中国大陸にこの種の鴆なる毒鳥が実在していたことの信憑性は一気に高まったというわけである。

歴史上の毒薬として再認識されるに至ったわけである。


歴史上有名な暗殺目的の毒薬ということでは、「ボルジア家の毒薬」というのが西洋ではことのほか高名である。

確かそういう題名の西洋映画が随分前にあった。

そこにはチェーザレ・ボルジアが登場し、彼が手にする家伝の毒薬は確か「カンタレラ」という名前であった。

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名前から察するに恐らくカンタレルスが含まれているハンミョウという昆虫毒が使われていたのか、もしくは猛毒の砒素が主成分だったのかもしれない。

一説によるとカンタレラという毒薬は口にすると甘味があったということであるが、一体だれがその危険な毒物の味見をしたというのであろうか?

口当たりのよいさっぱり味の毒薬というのであれば、使い易いことこの上なかったことであろう。

とにかく、この毒薬が権勢欲の渦巻くルネッサンス時代の暗黒の世界で度々暗殺に使われた。

自然界の昆虫毒といえばまずハンミョウであるが、これは江戸時代薬種商が薬剤として扱っていて砒石(ヒ素を含む)などと同様に劇薬として販売先をいちいち確認していた。

これらは漢方薬としてもっぱら水腫の治療に使われていた。

当時、本当にハンミョウの毒などを使って夫の毒殺をたくらむ女房もいたらしく、そうした逸話も残っているし巷では密かに財産を狙っての毒殺事件も少なくなかったようである。

一例をあげると、江戸時代に書かれた『道徳塗説』に出てくる話がそれにあてまるようだ。

そこには江戸市中で起こった欲に絡んだ毒殺事件が紹介されている。

下谷の源助店の長助という独り者は、ある日深川八幡の富籤を一枚買った。

現代の自治宝くじと思ってもらえばいい。

これがなんと一等百両に当たった。

百両がどれほどの価値があったか気になるところであるが、当時1両あれば家族4人が1ヶ月間裕福に暮らせるだけの貨幣価値があった。

現代で言うなら1両が4,50万円ほどなのかもしれない。

いや2,30万もあれば田舎なら結構やっていけるかなとなる。

これが百両であるから、現代なら数千万の貨幣価値は十分あったことになる。

当時であれば、一般庶民が絶対に目にすることのできない金額である。

ということで、生まれてはじめて百両もの大金を手にした長助は飛び上がって喜んだ。

長助は百両のうちまず二十両をしきたりどうり神社に奉納した。

二日目、六十両を町役の大家に預けて、やっとどうにか落ち着くことができた。

三日目、残りの二十両を持って出掛け、仲間内の借銭、義理もすませた。そしてこの日浅草まで足をのばして、日ごろ口にしたこともないような御馳走を鱈腹食って長屋に帰ってきた。

残りの三両を神棚に上げてその晩はぐっすり眠ったのであるが、夜中にいきなり叩き起こされた。

「百両、そっくり出してもらおうか」と、押し入った三人の賊に長助は短刀を突きつけられたのである。

実はこれこれしかじか、残りの三両は神棚に、と長助は震えながら答えた。

たったの三両ときいて賊たちは拍子抜けしたが、土間近くに置かれていた祝い札の付いた上等の角樽が目に入った。

三両を仲良く山分けしたあとで賊たちは祝杯を上げることにし、その酒を残らず飲み干してしまった。 

翌朝、大騒ぎになった。

長助の長屋近くの路上で風体人相のよくない男達が、三人冷たくなって転がっていたからである。

間もなく長助は助け出された。

そして肝心の角樽の酒が毒入りであったことも判明した。

この角樽は源助店の大家からの到来物であった。

この結果調べが進み、長助から預かった六十両を着服しようとくわだてた大家のたくらみと知れたわけである。

直ちに大家は補縛され入牢、長助は町内預かりとなったという。



一般庶民でもこんな具合であったから、大名家や古代の王宮では毒殺を恐れて常時お毒味役が傍に控えていたらしい。

これもキムタク主演の時代劇があった。

主人公は毒味中に混入されていた毒によって視力を失うのである。

毒味役をおいていてもときには巧妙な方法で毒殺される危険性はあった。

ローマ皇帝ネロが暗殺した異母兄弟のブリタニクスの場合などがその好例である。



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豪華な食事の席でブリタニクスが好きなスープが出された。

傍に控えていた毒味役の奴隷が試食した後に、その湯気の立つスープ状の飲物をブリタニクスに差し出すと(猫舌の彼は)まだ熱かったので、顔をしかめて再び奴隷の手に戻した。

この一瞬に素早く毒物が混入されたのである。

少し間を置いてそのスープ皿はブリタニクスに渡されて、彼はそのまま口にした。

しばらくしてから、ブリタニクスは食事中にいきなり持病の癲癇発作に紛らわしい倒れ方をしてその場で悶死したという。

ネロは、素知らぬ顔でそれを傍観していたのである。

日ごろから用心深く対応している者でも一瞬の隙を衝かれれば、ブリタニクスのようにあっけなく命を落とすことになる。


フランスのブルボン王朝の祖となったアンリ四世は毒殺を恐れて、いつも自分でセーヌ川に水を汲みに行き自炊で卵をゆでていたという。

王様が自炊するとは何事か。


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というのはアンリ四世は毒殺未遂事件も含めて生涯に十七回も暗殺の危険にさらされたというから、安易に毒味役を置くなどという悠長なことはしておられなかったのである。

とにかく身の安全を考えると、まず自分が口にする食べ物の安全性を充分に確かめなくてはならず、細心の注意を払いながら自前で不慣れな調理もやっていたということである。


こうみてくると、まず食いしん坊やグルメ嗜好の美食家は王座に長く座り続けることは無理というものである。

権力者は、そうした権力の座にながく居続けることは実に大変なことである。

あの有名な英雄ナポレオンもセント・ヘレナ島で、最後は毒殺されてあえ無く終わったのである。

有名なイギリスの科学雑誌『ネイチ ャー』に発表されたところによると、残されていたナポレオンの頭髪には常人の十三倍の砒素が含まれていたことが確認されたということであった。

だが、20世紀後半になって次々と新説が現れて最近の歴史学者の研究によると、ナポレオン毒殺はそれまでの定説とは異なり政治的なものではなく、意外にもナポレオンの人妻との不倫が背後に絡んでいたという異説も出てきて、ここらは最後まで英雄的?であったというわけだ。──



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昔から中国では猛毒の砒素を医療分野で使って、難病の白血病の治療を行っていた。

これに注目したアメリカの癌センターが砒素をベースにした薬剤を急性前骨髄性白血病に投与したところ非常な好成績を上げたということで、現在米国では白血病の治療薬として承認されている。

これと繋がるのかどうか分からないが学生時代、症候概論担当の教授(医学博士)から、微量の砒素の投与は小児期の虚弱体質を改善し免疫力を強化する働きがあるということを聞いたことがある。

やはりトリカブト,ハンミョウ同様、毒も使いようということであろうか。

















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タグ:毒針
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2017年01月30日

20世紀の謎・ロシア大公女アナスタシア?

偽物がいっぱい出現!

アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ(1901年6月18日 - 1918年7月17日)は、ロマノフ王朝最後のロシア皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の第四皇女・ロシア大公女として知られる。

1917年の二月革命で成立した臨時政府によって皇帝一家は全員が監禁されるとともに、翌1918年7月17日にエカテリンブルクのイパチェフ館においてヤコフ・ユロフスキーが指揮する銃殺隊によって、裁判手続きを踏まないままでここで一家は殺害された。

この事件によってアナスタシアは、父母や兄弟姉妹と共にわずか17歳の若さで銃殺されてしまった。

不可思議なことに、この事件後に皇帝一家の中でアナスタシアだけがこの殺戮現場から奇跡的に助けられて生存しているという噂が巷に流れた。

噂だけではなくて、自分がそのアナスタシアだという女性がヨーロッパ各地で次々と現れた。

それも一人や二人ではない。その数は、数十人にも及んだのである。

その都度、その真偽が検証されていったのであるが、アナスタシア生存説は20世紀の歴史的な謎の事件ともいわれ、多くの女性が自分が生き残ったアナスタシアであると主張したのだ。

彼女らは家族が殺害された状況で自分がどのようにして生き延びたかについて様々な物語を提供したことで、本や映画、TVドキュメンタリーまでが創られた。

最も有名なのがアンナ・アンダーソンである。

アナスタシアを騙った有名人であり、いまでは王族偽装者の一人とされているが、それでも彼女を支持支援する人は少なくなかったのだ。

このようにたくさんの偽物のアナスタシアが出現した背景には、ニコライ2世がアナスタシアのためにイングランド銀行に預けていた1000万ポンドの遺産ともいうべき信託金の受け取りが目当だったのではなかったのかといわれている。

現在、二十一世紀初頭までにこれら皇帝家族全員の遺骸が確認されたとされている。

また2000年にロシア正教会によってアナスタシアら皇帝一家は新致命者として列聖された。





Anastasia Nicholeavna Romanov -her true story









Anastasia | #TBT Trailer | 20th Century FOX











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posted by モモちゃん at 15:57| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

フォスター・ギャンブルのスライブ宇宙の旅

人は何によって目覚めるのか?

『スライヴ』(THRIVE)は、2011年にフォスター・ギャンブルにより製作されたアメリカのドキュメンタリー映画です。

自然界のそれぞれ無関係な現象が、実際はあらゆるものに繋がっているといいます。

その根源にあるトーラスという本質的エネルギーの様相について解説がされています。

潜在的エネルギー、古代遺物、DNA情報、UFO、地球外知的生命体、ミステリーサークル、ケムトレイル、 ワクチン接種による不妊推進、フリーエネルギー開発を妨害する地球支配者、国際金融エリートが操る経済制度など、人間を取り巻く世界について独自理論を展開している。



スライヴ (THRIVE Japanese) 日本語吹き替え版












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タグ:スライブ
posted by モモちゃん at 09:38| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月25日

昔からイギリスはミステリー現象の宝庫でした!

製作サークルに参加しませんか?

ミステリーサークルは人工物として決着したかにみられていたが、どうやらここにきてさらに様子が変わってきている。

イギリスではいまだにミステリーサークルがいくつかも作られ続けている。

その規模も、幅120メートルという大きさである。

ミステリーサークルは収穫前の麦畑で勝手に作られるわけで、発見されれば高額の罰金刑をくらうことになる。

厳しい監視の目もある地域でこれだけの規模のミステリーサークルを一晩で作るのは不可能のようにも思える。

それでもミステリーサークルは各地に現れる。

しかも巨大で複雑な幾何学模様までが登場してくるとなると、これはいよいよミステリーといわざるを得ない。





Crop Circles 2014 - Ackling Dyke, Nr Sixpenny Handley, Dorset

 





Ackling Dyke, Nr Sixpenny Handley ? Dorset, UK - Reported 6/29/14

 





Decodificado Circulo de cosechas

 












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2016年11月10日

現代に伝えられた謎のオーパーツって何?

オーパーツって、ご存知ですか?

貴金属である最古のプラチナ使用例は3000年以上前の古代エジプト第18王朝 (紀元前1567−1320年)までさかのぼることができ、当時のファラオの装身具にプラチナが使われていたことが知られている。

 この最古のプラチナ製装飾品が、「テーベの小箱」と呼ばれる化粧箱である。(ルーブル美術館蔵)

同様に南米エクアドル、ペルー、コロンビアでは、古代のインディオたちが高度な精錬・冶金・鍛造の技術を用いて、純度80 パーセント以上のプラチナの装身具を製作していた。

 特に紀元前100年頃、古代南米文明であるプレ・インカ文明では、ゴールドとプラチナを使った儀式用の宝飾品が作られていた。

原住民のインディオ(古代アンデス人)は、はるか昔から金や銀、プラチナの冶金・加工技術を確立していたと推定されるのだが、プラチナのを溶かす摂氏1770度以上の高温をコ ントロールする当時の冶金術がどのようなものであったのか、その技術がいまだに解明されないままである。

因みにプラチナは融点が最も高い金属であり、プラチナの加工技術がヨーロッパで確立したのは18世紀後半のことであり、本格的な炉が欧米で作られたのは19世紀初頭であった。






【驚愕】存在するはずのない謎の遺物・オーパーツ7選  










存在するはずのない謎の遺物・オーパーツ 【驚愕】謎だらけ!未だ解明されていない地球上の古代遺跡・遺物・オーパーツ   












【衝撃】月面に高さ5600mの超巨大な塔が立っている!?Google Moonで発見!隠された謎とは?【月の恐るべき事実】












【衝撃】地球上の現代の科学でも解明できない謎10選!嘘のようで本当の話。















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タグ:月の遺跡
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2016年10月25日

日本人とユダヤ人は同じ民族だと何故言われるのか?

日本人の祖先はユダヤ人なの!?

昔から言われているところの日ユ同祖論(日猶同祖論)とは、日本人(大和民族)とユダヤ人(古代イスラエル人)とは、共通の先祖を持つ兄弟民族であるという説のことである。

これは明治期に来日したスコットランド人のニコラス・マクラウド(ノーマン・マクラウド)が著した論説を発端にしたもので、それ以降一部の日本人とユダヤ人によって提唱されているスケールの大きな説である。

かって古代イスラエルの12支族は国が亡びて散り散りばらばらになり、そのうちの10支族の消息が不明なのだという。

そこから、古代の日本にそれらの古代ユダヤ人が渡ってきたのではないか、大和民族とユダヤ人との間に何らかの関連性があるのではないかという文化人類学的な説が登場してきたというわけである。

それらの説を分類すると、

1.古代イスラエルの「失われた10支族」は、たしかに日本に渡来したという説。

2.古代イスラエルの「失われた10支族」のみならず、12支族すべてが日本に来たという説。

3.英ユ同祖論における、世界に散らばった10支族のうちの1支族であると言う説。

4.むしろ古代日本人こそが、ユダヤ人の先祖であるという説。


いまでもこれら4つのパターンでそれぞれが話題になることがあるが、とてもではないがここらは薄っぺらな歴史教科書なんざには書かれることはない


ここで何やら凄いと思えるのが、4番目のような議論が登場してくる日本という国の懐の深さである。

何故に古代イスラエル人は、遠く日本までやってこなくてはならなかったのか?

もとよりそこにはそうすべき理由が、古代イスラエル人側にあったからである。

そうした議論の前に、必要な材料がどこからかぞろっと出てくるところがやはり日本はすごいと思うのである。






歴史ミステリー 日本のルーツはイスラエル?天下の奇祭










【海外の反応】「日本人とユダヤ人は同じ民族だったのか!」 日本語とヘブライ文字の類似性に驚きの声「これは衝撃的な類似性だ」驚きの共通点










歴史ミステリー 古代イスラエル 秦氏の謎










【日本の歴史】 知られて困る・・・これが真実!!






















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タグ:日ユ同祖論
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2016年09月28日

古代の伝説の名医華佗をご存知ですか?

後漢時代に出現した伝説の名医

はるか昔、中国の後漢末期に華佗(か だ、? - 建安13年(208年))という名医がいた。

華佗は、薬学・鍼灸に非凡な才能を発揮した医師であったが、彼がもっとも得意とする医術は外科手術であった。

華佗の外科手術については、歴史書の三国志と後漢書に記録がある。

Guanyu




彼は鍼灸や投薬で治せない病の患者の場合は、麻沸散とよばれる麻酔薬を酒とともに投与して患者の意識を失わせたあと、腹部を切り開いて患部を切除し、さらに腹腔を洗浄し切開部を縫合したのちに薬草の軟膏を塗って傷口の治癒を促したとされる。

歴史上最初の麻酔外科手術ということになるが、華佗の外科手術の術式などの情報は彼が曹操によって殺害されたことですべて絶えてしまった。

『三国志』華佗伝や『後漢書』方術伝には、彼の行った数々の治療や診断の例が記録されているのだが、その症例のいくつかをウ ィキペディアから引用する。

1・陳登を診察した際、陳登の好物だった膾から感染した寄生虫が胃に巣くっていると診断した。治療として煎じ薬を2升作って半分ずつ飲ませ、寄生虫を吐き出させた。華佗は3年後に再発すると言い、果たしてその通りになったが、その時華佗やそれに代わる医者がおらず、陳登は死んでしまった。

2・曹操の武将李通の妻が重病になったとき華佗は、以前流産した際の胎児が残っているためと診断した。李通は胎児はもう降りたと言ったが、華佗は胎児は双子で、一人が残っているのが病因と診断し、果たしてその通りミイラのように石灰化した胎児が体内から取り出された。

3・県の役人の尹正が、手足が熱っぽく、口の中が乾いて、人の声を聞くと苛立ち、小便が通じない、という症状に悩まされていた。華佗は熱いものを食べ、汗が出れば平癒するが、出なければ3日で泣きながら絶命すると診断した。尹正は熱いものを食べたが汗は出ず、果たして診断通りの死に方をした。

4・軍の役人の李成が咳に苦しんで、時に血膿を吐いていた。診察した華佗は病原は肺ではなく腸炎と診断し、さらに18年後にちょっとした再発があるからと、その分も合わせて粉薬を出した。その5・6年後、李成の親類に同じ症状になった者がいたので、李成の親類は後で華佗から貰って来るからと李成に頼み、予備の薬を融通してもらった。親類は治癒すると、約束通り華佗のいるに向かったが、丁度華佗が曹操に捕縛され、薬は手に入らなかった。薬のない李成は、華佗の診察を受けた18年後に病が再発して死んでしまった。

5・重病に苦しむある郡守の様子を診たところ、激怒させるのが最も効果的な治療法だと診断する。そして華佗は高額の薬代を貰いながらも治療を行わず、ついには郡守の悪口を書いた手紙を残し去って行った。これに激怒した郡守が数升の血を吐いたところ、すっかり病気は治ってしまった。


2の症例のように胎児の遺体が石灰化してしまうことは「石児」または「石胎」と呼ばれるもので、非常に珍しい症例であるが、これはときどきニュースとして紹介されることがある。

91歳女性の子宮に石灰化した胎児
チリ西部の小さな町で、91歳の女性の子宮の中から石灰化した胎児が見つかった。女性は60年以上前の妊娠に気づいていなかったという


http://www.cnn.co.jp/video/14724.html
2015.08.05 Wed posted at 11:27 JST

母親の体内に36年間、胎児の骨格を摘出 インド
http://www.afpbb.com/articles/-/3024138

82歳老婆の腹に“石灰化した40歳の胎児”が発見される ― 人体の驚異「石児・石胎」とは?
http://tocana.jp/2013/12/post_3376_entry.html

その他にも華佗は小児病や食中毒についても巧みな治療を施している。

驚くべきことに華佗は、脳外科手術を曹操に提案したとされる。

物語の
『三国志演義』では、頭痛やめまいの持病に苦しんでいた曹操に召し出されたとき、華佗は曹操の病根は頭にあるため鍼や薬の治療は効かないと診断し、「まず麻肺湯を飲み、その後に斧をもって脳を切り開き、風涎を取り出して根を除きます」と治療法を告げた。

これに曹操は驚愕する。
「お前はわしを殺す気か!」と激怒する曹操に対し、華佗は関羽が毒矢が刺さった肘の骨を削られても少しも動じなかった事を引合いに出して説得する。

しかし曹操は、「脳を切り開く治療法などこれまで聞いたことがない。お前は関羽と親しかったから、治療にかこつけ俺を殺して関羽の仇を討つつもりであろう」とさらに激高すると、そのまま華佗を投獄して拷問にかけた末に殺してしまった。


この部分は物語の創作なので事実かどうかの確認はとれないが、華佗の医術がそれほどに革新的で神妙であったということである。


実は数十年前に華佗の医術や鍼灸について調べたことがあって、「鍼灸師からみた華佗の医術」という論考を東洋医学関係の専門誌に発表したことがあった。


奇しくもこれが後に、中国の医学雑誌に翻訳されて採録された。

どうやら拙論が本場中国でそれなりに評価されたらしい。






















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タグ:外科手術
posted by モモちゃん at 11:39| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月17日

ブレサリアンにみる隠された不都合な真実とは?

絶対に食い物を与えないでください!

    

昔の話なのですが、絶食したまま生きていける「イケメン」の不思議な坊さんが都に突如現れました!?

昔の日本人というのは、予想以上にユーモアのセンスに恵まれていたのではないかと思う。

古典文学である「宇治拾遺物語」とか「古今聴聞集」等をひもとくと、それこそ随所に抱腹絶倒の面白い話が紹介されている。

現代の低俗なテレビ番組など、足下にも及ばない洗練されたおかしさがある。それも読むなら古文のままがいい。

芥川龍之介の「鼻」なども、元になった古典の原文を先に読んでからだと何やら興ざめする。

そうしたなかの話の一つであるが、昔たいそう有り難い坊さん(聖・ひじり)が、都に現れたのだという。

その坊さんは飯を食わずとも生きているという不思議な人で、多くの信者に崇められていた。

いまでいうところの特殊技能者か超人である。

見るからに男前ということもあってか、この坊さんのことが当時の帝や貴族たちの間でも話題になり、ついには宮廷にまで引き出されることとなった。

そうしたなかに物見高い上に、妙に疑り深い若造の公達(貴族)らがいて、わいわいと騒ぎながらこの聖のもとへと押し掛けていった。

「宇治拾遺物語」巻十二の九にある話である。



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「昔、久しく行ふ上人ありけり。五穀を断ちて年来になりぬ。帝聞し召して、神泉に崇め据えて、殊に貴み給ふ。木の葉をのみ食いける。物笑いする若公達集まりて、「この聖の心みん」とて、行き向ひて見るに、いと貴げに見ゆれば、「穀断幾年ばかりになり給ふ」と問われければ、「若きより断ち侍れば、五十余年にまかりなりぬ」といふを聞きて、一人の殿上人の曰く、「穀断ちの糞はいかようにかあるらん。

例の人には変わりたるらん。いで行きて見ん」といへば、二三人連れて行きて見れば穀糞を多く痢り置きたり。

怪しと思ひて、上人の出でたる隙に、「居たる下を見ん」といひて、畳の下を引きあけて見れば、土を少し掘りて、布袋に米を入れて置きたり。公達見て、手を叩きて、「穀糞聖、穀糞聖」と呼ばはりて、ののしり笑ひければ、逃げ去りにけり。その後は行方も知らず、長く失せにけりとなん。」



実は、この話は古典文学の「文徳実録」巻六にも同様の記録があって、この聖、化けの皮が剥がされた後も多くの女性に何故かしら人気があったらしく、町中では「米糞聖人」と愛称で呼ばれ追いかけられたということである。

どうやら米糞聖人には多くの女性を惹きつける魅力があったということになる。

やはりイケメンということもあってか、かえってスキャンダルがもてはやされて思わぬ信心に繋がったらしい。



実は暇つぶしに読んでいた泉秀樹著「歴史のウラ舞台・おもしろ人物帖」という本にもこれと似た話で、食べなくとも生きているという事例が紹介されていた。

江戸時代の医師、橘南渓の記録にあるらしく、不食症として取り上げられている。

三河国巨海村の尼僧が20年間も一切食事をとらずに断食をしているということで、わざわざその地に逗留して調べた記録が残っているというのである。

たとえ尼僧とはいえ、常人離れしたことをするということでお上にも怪しまれ、一時は寺社奉行あたりが厳しく調べあげたらしいが、結局食事を受け付けない不食症として許された経緯があったということである。

「段々小食になり、後には一月に二三度ほど食すればよしといい、其後は段々に不食して、数月の間に少し食することになりて、近き頃は絶えて食せざるようになれり」とあるから、ここらは事実としかいいようがない。

不思議な出来事であるが、けっして珍しいことではなかった。

明治時代の超能力者として知られる長南年恵も14年間ほとんど食事を取らず、大小便もせず、20代の若さを保ったまま40代でなくなったという記録がある。

こんなことが本当にあるのかと思っていたら、今度は「AZ」(十二号)という雑誌に、「二十世紀の仙人少女、丁静」として紹介されている記事に遭遇した。(「気の大事典」にも転載記事あり)

これは現在の中国に長期間断食中の少女(当時12歳)が実在するという驚くべき内容のものであったが、嘘か本当か、目を疑う記事ではないか。

このような事象を中国では昔から「壁穀」(ブレサリアン)といわれていた。

壁穀とは気功状態での長期にわたる断食のことを言うが、何とこの少女の場合2年あまりも普通の食物を口にしていないというのである。

これには家族も周囲の人々も驚いてしまう。

医療機関でいくら調べても原因が究明されない。

最終的には中央の軍事医学科学院専門テーマ研究グループによる西洋医学的、中医学的診断や観察も多項目にわたって行われたことが紹介されているだけに実に興味深いところである。

「神仙伝」などによると、古代の仙人と呼ばれる人たちは特殊な導引行気によって、五穀を食べなくてもよくなり、これによって心身ともに溌剌として、しかもそろって長寿を保ったといわれる。

これはいわゆる生体のエントロピーが極端に減少している状態なのかもしれないし、これによって体内の代謝が調整されて老化現象そのものが極限まで抑えられるということであろう。

さてさて話はこれだけかということになろうが、実はそうではない。

そうした事例にも関連があると思うのだが、宇宙エネルギーの研究で知られる工学博士深野一幸氏の著書にも紹介されていた聖人ババジのことが俄に思い出されてくる。(「あるヨギの自叙伝」バラマハンサ・ヨガナンダ原著)

ヒマラヤには不老不死の聖者集団がいるというのであるが、そこには数百歳とも1000歳ともいわれる高齢の聖者が何人かいるらしい。

その中のひとり聖人ババジは紀元203年生まれだという。

聖人ババジは不老不死の術(クリヤ・ヨガの技法)を会得して現在も外見は25,6歳の青年にしかみえないということである。

古代の仙人同様に五穀を断ち、食気という特殊な呼吸法を行い、寿命を驚異的レベルにまでのばしたというように、現代にまでこれに類する事象が脈々と流れているということは非常に愉快なことである。

最近ではロシアにも食事を摂らないで生存している女性がテレビで紹介されていたし、インドのプララド・ジャニという高齢のヨガ聖者が知られている。

こうした事例そのものは、現代の医科学をもってしてもまったく究明出来ない次元の事象に違いあるまい。



70年間断食の印ヨガ聖者、科学者も仰天 2010年05月10日 20:00 発信地:アーメダバード/インド

インド・アーメダバード(Ahmedabad)の病院で、国防省研究機関の医師団による観察を終えて会見する自称「70年間断食」のプララド・ジャニ(Prahlad Jani)さん(2010年5月6日撮影)。(c)AFP/Sam PANTHAKY

【5月10日 AFP】70年前から食べ物も飲み物も摂取していないという83歳のインド人ヨギ(ヨガの聖者)について、体の仕組みを15日間にわたって調査したインドの科学者たちが、観察期間が何事もなく終了したことに仰天している。

 ヨギのプララド・ジャニ(Prahlad Jani)さんは前月22日から、インド西部アーメダバード(Ahmedabad)の病院に缶詰めにされ、医師30人によって24時間態勢で15日間にわたって観察された。

 期間中、ジャニさんは一度も飲食せず、トイレにも行かなかった。インドの生理学関連研究施設「DIPAS(Defence Institute of Physiology and Allied Sciences)」のディレクター、G. Ilavazahagan氏は、「実験期間中、(ジャニさん)が液体と接触したのは、うがいと風呂の際だけだった」と声明で述べた。

 観察期間を終えた神経学者のSudhir Shah氏は、記者団に「(ジャニさんが)どのように生き延びているのか、わからなかった。何が起きているのか、まだ謎のままだ」と驚きを表明した。

 Shah氏は「ジャニさんがエネルギーを水や食料から得ていないのであれば、周囲からエネルギーを得ているに違いない。エネルギー源が日光の可能性もある」と述べた。「医学専門家として、われわれは可能性から目を背けてはならない。カロリー以外のエネルギー源があるはずだ」

 ジャニさんの観察調査を実施した国防省傘下のインド国防研究開発機構(Defence Research and Development Organisation、DRDO)は、数か月以内に詳細な研究結果を明らかにする考え。兵士たちが飲食をせずに生き延びる方法や、宇宙飛行士への応用、さらには自然災害で閉じこめられた人びとが生き延びる方法などに応用できるかもしれないと期待を寄せている。(c)AFP/Rajesh Joshi
















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タグ:長南年恵
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2016年07月30日

自然毒がもたらした人間との忌まわしい歴史劇

自然毒ほど怖いものはない!?

夫の酒に毒 別居妻を殺人未遂容疑で逮捕 宇都宮

産経新聞 2015年12月1日

夫を毒殺疑い、67歳女逮捕=直前に結婚、遺体から「青酸」―他にも不審死・京都:2014年11月19日




似たような毒による中毒死や自然毒を使った事件というのがある。

随分昔のことであるが、山菜と間違えてトリカブトの葉を味噌汁の具にして一家が中毒死するという事件があった。

近年にも東京の中華料理店の店主が、送られてきたトリカブト入り「葛餅」を食って中毒死するという事件があったし、保険金目的に妻をトリカブトで毒殺したとか、京都では結婚直後に夫に青酸カリを飲ませていたというような忌まわしい事件もあった。

青酸毒は人体の呼吸中枢を麻痺させるらしい。

青酸毒を盛られれば速やかに窒息死することになる。

自然界の毒物として知られるトリカブトという植物の根は、加工されて「附子」として漢方薬の処方や毒矢にも使われる。

アルカロイド系(アコニチン)の猛毒が含まれるだけに当然取扱には注意がいるわけである。

自然界にはこうした猛毒が存在する。

テレビかなんぞのサスペンス物か推理ドラマを彷彿させる毒殺事件ではあるが、これもテレビドラマの「警部コロンボ」を見ていたら、河豚毒(テトロドトキシン)をワインに混入させている場面があり、これもひそかに毒殺を謀ったものであった。

自然界にある毒物を使っての殺人は有史以前から随分あったわけで、中国では古来よりもっぱら鴆毒が使われた。

前漢時代、高祖(前漢の創始者・在位前202‐前195)の妻である呂后が、高祖と威婦人との間にできた趙王を殺すのに鴆毒が使われたという。

霊帝(在位167‐189)の后である何皇后が、帝の愛妾を鴆毒を使って殺させた。

鴆毒は中国の歴史書にも度々登場する有名な毒物であるが、日本人にはあまり知られてはいないようだ。

鴆毒自体は投与されると微量であっても命を落とすのだという。

通常鴆毒といえば暗殺に使われるわけで、その際には鴆酒として登場する。

鴆酒の作り方はしごく簡単である。

これは毒鳥といわれる鴆という鳥の羽を酒に浸して数回掻き回すだけで簡単に出来上がるという。

これを飲んだ者は、当初黄疸のように体が黄色くなるということからみれば、まず肝機能が冒され、さらに五臓六腑のすべてが爛れて終には死に至るとされる。

服毒すれば確実に多臓器が機能しなくなる。

何でも鴆にはそれほどの猛毒があるということで古来から恐れられていた。

古い記録では『養老律令』(757年(天平宝字元年)に記述があることからみれば、日本にも大陸から持ち込まれた可能性は極めて高いと思われる。

事例としては『太平記』に、足利直義が恒良親王に鴆毒を薬と偽って飲ませ暗殺したとある。

おそらく戦国時代まで使われていたであろう形跡がある。


これだけ有名な毒物であるのだが、この鴆という毒鳥の実態は古代よりその存在が曖昧であったのだ。

鴆という固有名詞や漢字があるのだから実際に生息していたのであろうが、どんな鳥なのか残念ながら小生は見たことはない。

中国の『三才図絵』や『本草綱目』あたりにその絵図は紹介されていると思うが、何でも広東省や江西省に生息しているキジ科の鳥で、形は鷹に似ていて首の長さは七〜八寸、くちばしは赤く首は黒いということである。

肉にも猛毒があるといい、その食性は蛇を好物にしていて、獲物の蛇が石垣の間などに逃げ込むと、それを引き出すのに石垣に糞を引っ掛けて石を砕くという。

本当にそのような鳥が生息しているのか疑問であろう。

蛇食い鳥の一種であろうか、そう聞くだけで何とも恐ろしげな怪鳥にみえてくるではないか。

実は鴆という鳥は中国の古い史書や文献には随所に登場するが、本当に実在していたのか疑問視されてきた毒鳥なのである。



それまでこの恐ろしい毒鳥は人々に忌み嫌われ、見つかり次第殺されてきたということで、中国大陸では相当早い時期に絶滅したとされていたわけである。

今でいう絶滅種であり、貴重動物ということになる。

おいおい、毒鳥が貴重な絶滅種とは何だということになってくる。

そうなると、いよいよ架空の鳥だろうということになってくる。

ところが、羽に毒がある鳥は架空の生き物ではなく20世紀末になってニューギニアの森林地帯で偶然発見されたのだ。

それも権威ある科学誌「サイエンス」に大きく取り上げられた(写真参照)。



tin.jpg




つまりこうした事例が出てきたことによって、古代中国大陸にこの種の鴆なる毒鳥が実在していたことの信憑性は一気に高まったというわけである。

歴史上の毒薬として再認識されるに至ったわけである。


歴史上有名な暗殺目的の毒薬ということでは、「ボルジア家の毒薬」というのが西洋ではことのほか高名である。

確かそういう題名の西洋映画が随分前にあった。

チェーザレ・ボルジアが登場し、彼が手にする毒薬は確か「カンタレラ」という名前であった。

名前から察するに恐らくカンタレルスが含まれているハンミョウという昆虫毒が使われていたか、もしくは猛毒の砒素が主成分だったのかもしれない。

とにかく、この毒薬が権勢欲の渦巻くルネッサンス時代の暗黒の世界で度々暗殺に使われた。

自然界の昆虫毒といえばまずハンミョウであるが、これは江戸時代薬種商が薬剤として扱っていて砒石(ヒ素を含む)などと同様に劇薬として販売先をいちいち確認していた。(これらは漢方薬としてもっぱら水腫の治療に使われていた)

当時、本当にハンミョウの毒などを使って夫の毒殺をたくらむ女房もいたらしく、そうした逸話も残っているし、巷では密かに財産を狙っての毒殺事件も少なくなかったようである。

一例をあげると、江戸時代に書かれた『道徳塗説』に出てくる話がそれにあてまるようだ。


下谷の源助店の長助という独り者は、ある日深川八幡の富籤を一枚買った。

現代の自治宝くじと思ってもらえばいい。これがなんと一等百両に当たった。

百両がどれほどの価値があったか気になるところであるが、当時1両あれば家族4人が1ヶ月間裕福に暮らせるだけの貨幣価値があった。

現代で言うなら1両が4,50万円ほどなのかもしれない。

いや2,30万もあれば田舎なら結構やっていけるかなとなる。

これが百両であるから、現代なら数千万の貨幣価値は十分あったことになる。

当時であれば、一般庶民が絶対に目にすることのできない金額である。

ということで、生まれてはじめて百両もの大金を手にした長助は飛び上がって喜んだ。

長助は百両のうちまず二十両をしきたりどうり神社に奉納した。

二日目、六十両を町役の大家に預けて、やっとどうにか落ち着くことができた。

三日目、残りの二十両を持って出掛け、仲間内の借銭、義理もすませた。そしてこの日浅草まで足をのばして、日ごろ口にしたこともないような御馳走を鱈腹食って長屋に帰ってきた。

残りの三両を神棚に上げてその晩はぐっすり眠ったのであるが、夜中にいきなり叩き起こされた。

「百両、そっくり出してもらおうか」と、押し入った三人の賊に長助は短刀を突きつけられたのである。

実はこれこれしかじか、残りの三両は神棚に、と長助は震えながら答えた。

たったの三両ときいて賊たちは拍子抜けしたが、土間近くに置かれていた祝い札の付いた上等の角樽が目に入った。

三両を仲良く山分けしたあとで賊たちは祝杯を上げることにし、その酒を残らず飲み干してしまった。 

翌朝、大騒ぎになった。

長助の長屋近くの路上で風体人相のよくない男達が、三人冷たくなって転がっていたからである。

間もなく長助は助け出された。

そして肝心の角樽の酒が毒入りであったことも判明した。

この角樽は源助店の大家からの到来物であった。

この結果調べが進み、長助から預かった六十両を着服しようとくわだてた大家のたくらみと知れたわけである。

直ちに大家は補縛され入牢、長助は町内預かりとなったという。



一般庶民でもこんな具合であったから、大名家や古代の王宮では毒殺を恐れて常時お毒味役が傍に控えていたらしい。

これもキムタク主演の時代劇があった。

それでもときには巧妙な方法で毒殺される危険性はあった。
ローマ皇帝ネロが暗殺した異母兄弟のブリタニクスの場合などがその好例である。



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豪華な食事の席でブリタニクスが好きなスープが出された。

傍に控えていた毒味役の奴隷が試食した後に、その湯気の立つスープ状の飲物をブリタニクスに差し出すと(猫舌の彼は)まだ熱かったので、顔をしかめて再び奴隷の手に戻した。

この一瞬に素早く毒物が混入されたのである。

少し間を置いてそのスープ皿はブリタニクスに渡されて、彼はそのまま口にした。

しばらくしてから、ブリタニクスは食事中にいきなり持病の癲癇発作に紛らわしい倒れ方をしてその場で悶死したという。

ネロは、素知らぬ顔でそれを傍観していたのである。

日ごろから用心深く対応している者でも一瞬の隙を衝かれれば、ブリタニクスのようにあっけなく命を落とすことになる。


フランスのブルボン王朝の祖となったアンリ四世は毒殺を恐れて、いつも自分でセーヌ川に水を汲みに行き自炊で卵をゆでていたという。

王様が自炊するとは何事か。


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というのはアンリ四世は毒殺未遂事件も含めて生涯に十七回も暗殺の危険にさらされたというから、安易に毒味役を置くなどという悠長なことはしておられなかったのである。

とにかく身の安全を考えると、まず自分が口にする食べ物の安全性を充分に確かめなくてはならず、細心の注意を払いながら自前で不慣れな調理もやっていたということである。


こうみてくると、まず食いしん坊やグルメ嗜好の美食家は王座に長く座り続けることは無理というものである。

権力者は、そうした権力の座にながく居続けることは実に大変なことである。

あの有名な英雄ナポレオンもセント・ヘレナ島で、最後は毒殺されてあえ無く終わったのである。

有名なイギリスの科学雑誌『ネイチ ャー』に発表されたところによると、残されていたナポレオンの頭髪には常人の十三倍の砒素が含まれていたことが確認されたということであった。

だが、20世紀後半になって次々と新説が現れて最近の歴史学者の研究によると、ナポレオン毒殺はそれまでの定説とは異なり政治的なものではなく、意外にもナポレオンの人妻との不倫が背後に絡んでいたという異説も出てきて、ここらは最後まで英雄的?であったというわけだ。──



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昔から中国では猛毒の砒素を医療分野で使って、難病の白血病の治療を行っていた。

これに注目したアメリカの癌センターが砒素をベースにした薬剤を急性前骨髄性白血病に投与したところ非常な好成績を上げたということで、現在米国では白血病の治療薬として承認されている。

これと繋がるのかどうか分からないが学生時代、症候概論担当の教授(医学博士)から、微量の砒素の投与は小児期の虚弱体質を改善し免疫力を強化する働きがあるということを聞いたことがある。

やはりトリカブト,ハンミョウ同様、毒も使いようということであろうか。






















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2016年06月27日

地球の衛星月はいつどこから来たのか?

月はどこから来たのか?

地球の衛星である月はどのようにして生まれたのだろうか。

地球と同時期に月は生まれたのか?

はるか太古の時代に太陽系の外から飛来した天体が、地球の引力圏で引き留められたのか?

あるいは、宇宙の彼方から来た宇宙人によって人工的に造られた天体物なのか?

ここらの謎は尽きない。


月面に知的生命体の物体と掘削された跡を発見








【UFO映像】NASAがコメントを拒否!!謎の物体の正体は…!?

 







シュメール文明の謎 Zecharia Sitchin ?umeru

 








地球の3倍の大きさの巨大宇宙船が土星の輪の中に

 






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タグ:人工天体物
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2016年02月16日

人工天体の月面には直線状の繋ぎ目がある!?

月の内部には巨大な空洞がある?

もう随分と以前の話なのだが、知り合いに不思議なお爺さんが居た。

若い時にどのような職業に就いていたのかは知らないのだが、晩年近くにはさかんに四柱推命などの占いを仕事にされていた。

何やら山に籠って厳しい修行もされたということであったが、あるとき不思議な事を口にされた。

お爺さんが言うには、修行をすると木々の間で囀っている小鳥たちの会話が分かるようになるというのである。

小鳥はただ鳴き合っているのではなく、人間のように互いに会話が出来るというのだ。

行を重ねていくと、そうした特殊な能力が身に就いてくるのだという。

これには驚いてしまった。

さらにお爺さんが言うには、「誰も気付いてはいなだろうが、あの地球を回っている月の内部には巨大な空洞部分がある」というのである。

驚きである。

これもにわかには信じがたいことではあるが、月はただの衛星ではなくどうやら人工物であるかのようなニュアンスで話されたのには、当時の私は狐に鼻を摘ままれたような気分になった。

このことを今振り返ってみると、本当は誰かによってこのことはすでに調査確認されているのかもしれないとも思うのである。

ただそうした情報が隠されているだけなのかもしれない。




宇宙飛行士が月面上で目撃遭遇した戦慄の恐怖の正体! UFO Alien Apollo surface of the moon










月 UFO 謎の人工物 GoogleEarth unidentified flying object Artifact of the moon

 








月UFO,月面都市

 








661B+660再検証(月面のエイリアン基地)Aliens Base on

 









590 月面上の謎の線+UFO(Strange Lines and UFOS on the Moon

 







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タグ:月面探査
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2016年02月13日

預言という事象では常に時間が逆流している

ああもう駄目、今にも死にそう

自分の死ぬ日を予知して、わざわざ周囲に知らせて回ったという人物が古今東西に多数存在していることに気づき、今回それらの記録を探してひたすら集めてみました。

未来をほぼ正確に預言、予知するということは常識では考えにくいことですが、そうした歴史上の事例をあれこれと集めていくと新たな視点も生まれてきます。

過去から未来へと時間が一方に流れているのだというのが普通われわれの感覚的捉え方ですが、本当は未来から過去に時間が流れていて、そこここに干渉しているという量子力学分野の最新研究が注目されています。

要は未来があるから目の前の現在の事象があるのです。

結局のところ、目の前の現象はすでに確定していることであって、はるか未来の時空からただその姿が投影されているだけなのかも知れません。

歴史上にはそうした拡大された時空、次元から俯瞰できる能力を持った人物が居たことだけは、多くの事例をみれば確かなことのように思えてきます。





予知といえばいろいろあるが、今回は人の命、寿命に関わる予知の話としたい。
まず、我が国の古いところでは、聖徳太子が自分の死ぬ日時を予言して、その日に亡くなったという。(『聖徳太子伝暦』)

空海も自分の死ぬ日を予言し、死の四箇月前、弟子たちを集めて告げたことで知られている。

吾、入滅せんと擬するは今年三月二十一日寅の刻なり、もろもろの弟子等悲泣するなかれ」と明言し、その予告通り、承和二年(八三五)に大往生した。

この種の伝統は受け継がれ、比叡山定心院の十禅師成意も弟子や同僚に前もって知らせた上で入滅したというし、熊谷直実入道の入滅の予言も『吾妻鏡』に記録されていて特に有名である。


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外国にもこの類の話は少なくなく、学者というより霊界の話で有名なスェーデンボルグの場合は、死ぬ一月以上前の一七七二年二月にメソジスト派の創始者であるジョン・ウェズリーに手紙を書き、その中で「自分は三月二十九日に死ぬから、それまでに会いに来てくれ」といい、実際にその日に死亡した。

このような話ばかりだとうんざりするので、ここらで少し話の向きを変えてみよう。

文政年間の京都の医界で名医として知られた中神琴渓は、近江国山田村の貧農の家に生まれたが、独学奮励して医者になった人物である。

彼には次のような「死を予知する」ということに関連した逸話がある。

三十を過ぎたある日、いつものように野菜の行商で大津まで出て、ある髪結床に作物を買ってもらい、そこで一休みしていた時のことである。

床屋の親方が妙なことを口にした。

先程帰った客の老人は気の毒だが近いうちに死ぬだろうと言うのである。

それを聞いて半信半疑でそれとなく気に止めていたところ、はたしてその老人は幾日かして本当に死んだ。

琴渓は驚いて、なぜ予知できたのかしつこく親方に尋ねるとその理由を話してくれた。

「これまで何千人もの髪を結ってきたが、死が近づくと決まって代月のところに証が現れるのが分かるようになっただけのことだ」と。

琴渓はこれに大いに感じた。髪結床の親方さえこれだけのことが分かるのである。

自分も医者となりその道を極めれば、人の生死を予見できるようになると。

一大決心をした琴渓は医学書を漁り、その中でも特に六角重任著・吉益東洞閲『古方便覧』二巻を精読・研究し、ついに四十九歳のとき京に出て開業したという。

昔は人の生死を見極めることが、医師の技量の一つであった。

中国の歴史書『史記』・扁鵲倉公列伝にあるように、名医であった扁鵲や倉公は患者の三日後、八日後、半年後の生死を見事に言い当てるわけである。

「後漢書」の伝によると、名医華 佗(? - 建安13年(208年))などは三年後の病気の再発や十年後の病死を的中さたとある。

こうした病状の変化は、すべて顔色や脈に現れるという。

古代中国の医学書『素問』・陰陽別論七に、「凡そ、真脉の蔵脉を持する者は、肝の至ること懸絶にして急なるは十八日に死す。心至ること懸絶なるものは九日に死す。肺至ること懸絶なるは十二日に死す。腎至ること懸絶なるは七日に死す。脾至ること懸絶なるは四日に死す。」とある。

病がすすんで臓器まで冒されると、おのずと死期が決まってくるというのである。

予後に関して古代の医学書『難経』・二十四難にも同じように脈気と死症について記述があるし、その『難経』・十七難にも「其の死生存亡脉を切して之を知るべきことありや」といって、脈と死症の要諦を上げている。

確か五十三難の七伝や六十難の真心痛も死に至るものであるが、素人には何のことなのかさっぱり分からないところである。

こうした予後の判定というものが、疾病の軽重や経過からみての判断というものに掛かってくるとき、当然医者と易者とではその判断基準がおのずと違うはずである。

であるが、しかし多分に易者のいう観相術と医術の望診とは似通っているように思えてくる。

衰弱したビポクラテス顔貌はやはり死相に違いないだろうし、生命力が失われつつある人はそれ相応の衰退を双眸にも顔貌全体にも現してくるはずである。
確かにそれはいえることである。



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病気見舞いに行って、素人目にもああ、もうこれは長くはないなと不謹慎にも内心思ってしまうことと大差はないのかもしれない。

しかしその道を究めた者となると、そこには逆に格別な技量の冴えというか真骨頂があっても、それはそれでいいのではないのかという気分になる。

名人芸というか、世間をあっと驚かせるような究極のセオリーがほしいところである。

人の命に関わる事なので多少差し障りがあるであろうが、広い世間ではそういうちょっとは変わった事象があってもいいのではないかとも思うわけである。

そこでこういう話が出てくる。

『近世奇人伝』に紹介されている中村龍袋という、当時名を知られた観相家の逸話によると、彼は晩年自分の相を観て、「餓死の相が出ている」として門を閉じ、弟子たちの出入りを禁じ、絶食してついには餓死したということである。

これなどはこじつけがましく、予知というより予告めいた自殺というべきものである。
易者とはそういう程度のものなのかということになる。

ところが同じ易者でも本場中国となると、そのスケールがまったく違ってくる。

『後漢書』・方術伝によると、折像という易者が自分の死ぬ日を占い予知した。

そこでその命が絶えるであろう日に、長年付き合った親戚や友人一同を自宅に招いて賑やかに酒宴を開いて別れを惜しんだ。

折像は最後に同席した親しい人々に別れの挨拶をして、それが終わると同時に見事にその場でこと切れたという。

わざわざ記録に残っているのだから、実際にそうだったのだろう。

それ以上の確認の仕様がない話である。

こうした易の達人の話はまだ続く。

易聖といわれた衛大経は同じように死ぬ日を占い、その日に間に合うように自分の墓を作らせ、まさにその予告した日に息絶えたという。(『新唐書』・隠逸伝)

この事例も史書に記録が残されたのである。

そして最後に登場する易者の極め付きは『三国志』・方技伝に出てくる管輅その人であろう。

彼は自分自身の死を前もって予告していただけでなく、人の相を占って何と百人以上の寿命を見事に的中させたという。
これこそ驚愕の事実である。

このあまりにも見事な占いに人々は恐れ、半信半疑の者も管輅に生年月日をずばりと言い当てられ、続いていざ死ぬ日を占う段になると、みな慌てて辞退してしまうというほどその易占は神妙であったという。

もはやこうなると単なる予知というより、神業というべきであろうか。










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posted by モモちゃん at 17:26| 歴史ミステリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする